後ろ語り ― リラ=ファブラ
後の世では、この話はもっと易しく語られるでしょう。
赤い頭巾をかぶった少女が、母に言いつけられて森へ行く。
道の途中で狼に出会い、花に気を取られ、祖母の家で恐ろしい目に遭う。
そして最後には、狩人が狼の腹を裂き、少女と祖母を助け出す。
人々は、そこで言うのです。
道草をしてはいけません。
知らないものと話してはいけません。
母の言いつけは守りましょう、と。
ええ。
それも、間違いではありません。
森には道を外れた者を待つものがいる。
やさしい声で近づき、親切な言葉で誘い、こちらが差し出してしまったものを、あとから返してはくれないものがいる。
けれど、ほんとうは。
あの森で失われかけたのは、少女の命だけではありませんでした。
祖母の名。
母の声。
子が帰るべき家の呼び名。
誰かが誰かを、確かにその人として呼ぶための、細い細い糸。
狼が欲しがったのは肉ではなく、呼び声でした。
人が人を結びとめる、そのあたたかな響きでした。
だから赤い布は、ただ少女を飾るためのものではなかったのです。
それは、母から娘へ。
祖母から孫へ。
恐れと祈りを縫い込みながら渡された、小さな守りでした。
裂けた布は、元通りにはなりません。
狼の牙の跡は残ります。
けれど、その跡はやがて縁飾りとなり、物語の中で赤く揺れるでしょう。
人はいつか、名を守る祈りを忘れます。
そして、こう呼ぶのです。
赤ずきん、と。
リラ=ファブラは、そこで頁を閉じた。
森の奥では、まだ狼が誰かの名を探している。
けれど今夜の少女は、帰るべき声のもとへ帰った。
ならば、この夜の物語は、ここで結んでよいでしょう。




