後ろ語り ― リラ=ファブラ
後の世では、この話は、きっともっとやさしい形に折りたたまれて語られるでしょう。
美しい姫がいました。
誕生の祝いに招かれなかった妖精が、怒って呪いをかけました。
姫は十六の年に糸車の針で指を刺し、百年の眠りにつきました。
城は深い森と茨に覆われ、誰も近づけなくなりました。
けれど、百年ののち、勇敢な王子が現れます。
王子は茨を越え、眠る姫のもとへたどり着き、口づけをしました。
すると姫は目覚め、城も人々も目を覚まし、ふたりは幸せに暮らしました。
そう語るには、美しい話です。
眠りは静かで、茨は試練で、王子の口づけは救いになる。
子どもたちは胸をときめかせ、語り手は灯火のそばで微笑み、聞き手は安心して物語を閉じることができるでしょう。
けれど、本当は。
姫が触れたのは、ただの針ではありませんでした。
それは、ひとの名を未来へ送り出すための記録紡錘でした。
姫が落とした血は、ただの血ではありませんでした。
それは、王国の続きを織るはずだった赤い糸でした。
そして、止まったのは姫の命だけではありません。
王国でした。
祝宴の笑い声も。
母が娘へ伸ばしかけた手も。
父が叫ぼうとした名も。
楽師の弓も。
杯からこぼれかけた葡萄酒も。
炉の火も。
市場の喧騒も。
生まれようとしていた子の最初の息も。
別れを告げようとしていた老人の最後の言葉も。
みな、続きを持ったまま止まりました。
百年とは、短い眠りではありません。
百年とは、失われた朝の数です。
そのあいだに、外の世界では子が生まれ、老い、死に、国境が変わり、歌が忘れられ、旗が塗り替えられ、昨日の約束が古文書になりました。
けれど、茨の内側では、誰も歳を取りませんでした。
誰も別れませんでした。
誰も失いませんでした。
いいえ。
だからこそ、失ったのです。
変わることを。
進むことを。
終わることを。
次の朝へ行くことを。
王は娘を守りたかったのでしょう。
終わりを遠ざけ、断絶を招かず、危ういものをすべて焼いてしまえば、娘は傷つかずに済むと思ったのでしょう。
けれど、終わりを記録から消しても、終わりそのものは消えません。
断絶を招かなかった王国には、始まりも終わりもない一日が与えられました。
それは呪いでした。
そして、たしかに守りでもありました。
なんと残酷なことでしょう。
守るものと奪うものは、しばしば同じ手をしているのです。
百年後に現れた若者は、姫を所有するために来たのではありませんでした。
眠る姫の美しさを、自分の物語に飾るためでもありませんでした。
彼が越えた茨は、腕の強さを試す壁ではなく、問いかける記録でした。
なぜ来たのか。
何を求めるのか。
眠る者を、どのように呼ぶのか。
救われた姫としてか。
手に入れた花嫁としてか。
伝説の証としてか。
それとも、まだ続きを持つ者としてか。
彼は、その名を呼びました。
アウロラ=ロゼリア。
百年前に止められた名。
十六歳の祝宴の日から先へ進めなかった名。
けれど、彼が目覚めさせたのではありません。
呼ばれた名に、姫自身が答えたのです。
眠り続けることもできました。
百年前のまま、痛みを知らず、変化を知らず、失った百年を見ずにいることもできました。
けれど姫は、朝を選びました。
百年前には戻れない朝を。
止まった時間の続きを。
空白を空白として抱えたまま、それでも新しい糸を織る未来を。
だから、目覚めとは、元に戻ることではありません。
目覚めとは、失ったものがあると知りながら、それでも先へ進むことです。
百年鐘は、二度鳴りました。
一度目は、王国が止まるために。
二度目は、王国が進むために。
その音は、きっと後の世には残りません。
物語はやさしく整えられ、針はただの針になり、記録紡錘は糸車になり、名を呼び継ぐ問いは口づけになり、王国の痛みは幸せな結末の後ろに隠されるでしょう。
それでも、茨は知っています。
眠りは物語を閉じなかったことを。
姫は救われたのではなく、選んだのだということを。
そして、百年眠った王国は、百年前の王国として目覚めたのではなく、百年分の空白を抱えた新しい王国として、もう一度、自分たちの名を織りはじめたのだということを。
夜が深くなりましたね。
けれど、まだ灯は消しません。
物語は、眠ることがあります。
名も、記録も、国さえも、長い長い眠りにつくことがあります。
けれど、誰かがその続きを呼び、誰かがそれに答えるなら。
閉じたはずのページは、もう一度ひらくのです。




