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別離【漆】《ベツリ【シチ】》

更新します。

遠くから聞こえる声で、栄州(エイシュウ)は重い(マブタ)をゆっくりと上げた。まだぼんやりと(カス)視界(シカイ)に落ち切る前の()の光が飛び込んでくる。声はまだ遠いが()けてでもいるのか、どんどんと近付(チカヅ)いて来てもいるようだ。長年待ち続けて、何よりも(イト)おしく思っている声の(ヌシ)たちの姿を思い()かべると自然と顔が(ホコロ)んでしまう。きっと心配しながら、それでもいつものように顔を見に来てくれたのだろう。


ひとつ、大きく(イキ)()いてみたものの横たわしたままの身体(カラダ)は、(ナマリ)のようで指先さえも動かすことが出来ない。もう少し(トド)まれるかと思っていたけれど、それは栄州(エイシュウ)だけの(アワ)(ネガ)いだったようだ。


声の聞こえる方に顔だけでも向けようとするが、それさえもままならない。仕方無(シカタナ)目覚(メザ)めたままの姿で近付(チカヅ)(ミナ)(ムカ)えようとして、栄州(エイシュウ)は、はた、と気付(キヅ)いた。そよそよと一定(イッテイ)()で風が身体(カラダ)()でている。視線(シセン)を向けることすら出来ないが、()()(ダレ)であるかなど()()()()()()()()


「また()()()()()()()()()()()()()()()?」


ついふふっと(ワラ)ってしまいながら出した声には、(ムカシ)のような()りはない。(シャガ)れて(カス)れて、弱々(ヨワヨワ)しい。あまりに(オトロ)えた(オノレ)嘲笑(チョウショウ)したくなったが、さらりとした衣擦(キヌズ)れの音と顔を(ノゾ)()(ムラサキ)(マナコ)が、()()(セイ)した。


「おや、目が()めてしもうたかえ?すまぬな、…少しばかり(ニギ)やかしゅうなるようじゃ」


「なんの。はてさて、今日は誰方様(ドナタサマ)が1番に(ジイ)の手をとってくださいますやら」


ははっと(ワラ)ってしまう栄州(エイシュウ)(ヒタイ)に、長くしなやかな(ユビ)()れて(カミ)()き始めた。開いた視界(シカイ)はまだぼやけたままだが、その上に長く伸びてしまった白髪(ハクハツ)が流れ落ちて視界(シカイ)(セバ)めてしまっていた。()いてもらえた分、(イク)らかはっきりとした視界(シカイ)に、栄州(エイシュウ)が何よりも(タツト)んできた悧羅(リラ)の姿が(ウツ)る。


(ワラワ)最初(サイショ)だの」


(カミ)()せた指で栄州(エイシュウ)(マナジリ)(ヌグ)った悧羅(リラ)が、布団(フトン)にしまわれたままの()いた手を(ツツ)んだ。(イタ)わるように、ぽんぽんと(ツツ)まれた手を(タタ)かれると冷たかった指先(ユビサキ)にも、また()(カヨ)い始めたようにも感じてしまう。


「ほんに(ジイ)(アマ)やかすのが上手(ウモ)うなられたものよ」


栄州(エイシュウ)(モロ)うた(オン)(クラ)ぶれば、まだまだ()りぬであろ?」


「なんの。もう()(アマ)るほど(イタダ)きました。…このように()いさらばえてまで(オサ)に手を取って(イタダ)けるなど、里の(モノ)たちが知れば(ウラヤ)ましがりましょうや」


目を(ホソ)めて微笑(ホホエ)んだつもりが、口から出たのは大きな嘆息(タンソク)だった。動かなくなった自身の()(オロ)かしく思って(イキ)()いたのではないのだが、(ツツ)まれた手に(ワズ)かに力が()められるのも分かる。


「お考え(チガ)いをなさいますな。(ジイ)はほんに(サイワイ)でございますれば」


(カサ)ねられた手を(ツツ)み返したいが、その力が()栄州(エイシュウ)には無い。


それほどまでに、栄州(エイシュウ)()いたのだ。


気に()むな、と(ノゾ)()んだままの悧羅(リラ)(アタマ)()でてやりたくても()れ木のように()(ホソ)った(ウデ)には力が無く、上げることが出来ない。


横たわったまま悧羅(リラ)言葉(コトバ)()わすなど(レイ)()くにも(ホド)があるが、()き上がって(スワ)ることさえも1人では(カナ)わない。


()(シバ)りを(ムス)んで、7年(シチネン)


(ムス)んだ(トキ)は、まだどうにか自分の(アシ)で立てていたが、片脚(カタアシ)(シビ)れ歩くのもやっとだった。よく7年も()ったものだ、とはこの(トコロ)よく感じている。先代(センダイ)悪政(アクセイ)荒廃(コウハイ)した里にあって、明日(アス)生命(イノチ)を願うことすら(ワス)れていた(コロ)(ナツ)かしい。

悧羅(リラ)が立ち、里を()て、相談役(ソウダンヤク)大役(タイヤク)(ニン)じられた。800年の間に(ウルオ)っていく里と、日々(ヒビ)()えていく民達(タミタチ)の声がどれほど栄州(エイシュウ)の心を満足(ミタ)してくれただろう。


そこに悧羅(リラ)辛酸(シンサン)苦渋(クジュウ)があったことも分かってはいるし、()()()いたのが(ホカ)でもない栄州(エイシュウ)であることも理解(リカイ)している。それでも悧羅(リラ)(ソバ)(トモ)()ごせたことは、栄州(エイシュウ)(ホマレ)だった。


こんなに長い間、見ていられるとは思わなかった。


1000年(ホド)(ムカ)えると思っていた自分の定命(ジョウミョウ)が、まさか()()()()()つだなどと()()()栄州(エイシュウ)では考えられなかったのに。


そして、何より。


ふうっと小さく(イキ)()くと、部屋の()が、からりと開けられた。開けられた()から(カタ)むいた()の光が()びて、栄州(エイシュウ)の顔に()かる。部屋(ヘヤ)薄暗(ウスグラ)さに()れていた()には(マブ)()ぎる光に、目を(ホソ)めてしまうと、悧羅(リラ)扇子(センス)(サエギ)ってくれた。


「ただいま、悧羅(リラ)ちゃん」


「ずっと()てくれたの?ありがとう、悧羅(リラ)


戸を開けた樂采(ガクト)とともに、部屋に顔を出したのは忋抖(カイト)だった。扇子(センス)(サエ)ぎられて見ることは(カナ)わなかったが、ふふっと悧羅(リラ)(ワラ)ったのは(ツタ)わってくる。


「少しばかり早い(モド)りではないかえ?何某(ナニガシ)かありもうしたかのう?」


()()()()()()()()()()()()()()


揶揄(カラカ)うような悧羅(リラ)の声に、こちらもまた苦笑(クショウ)(フク)んだ忋抖(カイト)嘆息(タンソク)しながら栄州(エイシュウ)枕元(マクラモト)()した。


(ジイ)も、ただいま」


よいしょ、と栄州(エイシュウ)半身(ハンシン)を起こしてから忋抖(カイト)(ムネ)身体(カラダ)(アズ)かると、樂采(ガクト)悧羅(リラ)扇子(センス)を降ろさせた。()わりに自分の手で入る光を(サエギ)ってくれる。


(ジイ)ちゃん、ただいま」


「…、(ボウ)…。今日も良い子であったかの?」


(ノゾ)()んでくる漆黒(シッコク)(マナコ)に、力の入らないはずの栄州(エイシュウ)の顔にも笑顔(エガオ)()かんでしまう。(ヨワイ)18に近くなった樂采(ガクト)は、日を追う(ゴト)忋抖(カイト)()てきた。(マナコ)の色さえ(チガ)えど、立ち姿もその性根(ショウネ)も、出す言葉の端々(ハシバシ)でさえ忋抖(カイト)彷彿(ホウフツ)とさせる。忋抖(カイト)が初めて闘技(トウギ)に出たときのように(ソダ)った姿に、感慨深(カンガイブカ)くなってしまう。


「もちろん。(ジイ)ちゃんの言いつけ通りちゃんと学んでちゃんと鍛錬(タンレン)してるよ。(シン)くんも父様(トウサマ)も、(アニ)さまたちだって手加減(テカゲン)してくれないんだよ?…(ジイ)ちゃんが止めてくれないからさ」


()()のような手をとりながら(ホオ)(フク)らませる樂采(ガクト)の姿に、栄州(エイシュウ)も小さく(ワラ)ってしまった。


「それだけ(ボウ)期待(キタイ)されておるが(ユエ)でしょうて。…(ジイ)()()(マミ)えてみたいものですなあ…」


(フタタ)(ワラ)おうとしたものの、()()んでしまった栄州(エイシュウ)()忋抖(カイト)が静かに(サス)り始めた。


(ジイ)無理(ムリ)しなくていいから」


「なんの。無理(ムリ)などしておりませぬよ。(サイワイ)でしかありませぬ(ユエ)


()き込んで少し(ハナ)れた身体(カラダ)(ササ)えてくれる忋抖(カイト)に伝えてみたが、返されたのは小さな嘆息(タンソク)だった。(ササ)えてくれる(ウデ)(タタ)いて安心させてやりたいけれど、その力が栄州(エイシュウ)にはない。


どうやら(カエ)(トキ)が、()()()()まで(セマ)っているようだ。


自分の力で()を起こすことが出来なくなって1年。

宮に(アズ)けられてから、半年(ハントシ)の間、(マゴ)ともいえる子たちが()()()()栄州(エイシュウ)(ササ)えるようになっていた。

初めはもちろん自分(ジブン)(ヤシキ)に居たのだけれど、少しずつ不自由(フジユウ)になっていく身体(カラダ)(オモンバカ)ってか、悧羅(リラ)の子どもたちが()わる()わる(オトズ)れてくれていた。身を(アン)じてくれる子どもたちに申し訳ないと()びてしまっていたが、子どもたちが来れない(ジカン)には悧羅(リラ)(オトナ)うようになってしまった。栄州(エイシュウ)の身の周りのことや食事(ショクジ)支度(シタク)()ては(シモ)世話(セワ)まで手ずから行おうとされて流石(サスガ)固辞(コジ)してしまうと、事情(ジジョウ)()った重鎮達(ジュウチンタチ)大笑(オオワラ)いしていた。


(ワラ)いごとではございませぬぞ?(オサ)()()()()()()()をさせてしまうなど、民達(タミタチ)(ウラ)まれましょうや」


仕方(シカタ)ないでしょ?、栄州(エイシュウ)悧羅(リラ)()みたいなもんだ。(ムスメ)()の助けになりたいだけなんもん」


(ツト)めの合間(アイマ)に顔を見に来た(シン)(ハラ)(カカ)えて(ワラ)うと、(ミヤ)に来てくれないか、と(ネガ)ってくれた。流石(サスガ)(イチ)(シン)でしかない栄州(エイシュウ)には()(アマ)ると()したのだが、話を聞いたのであろう悧羅(リラ)荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)にまでそれがいいと言われてしまった。


栄州(エイシュウ)()()()じゃないなら(オレ)()れ出そうとは思わないけどさ。こんな広い(ヤシキ)にひとりでなんて置いておけないよ。それにこのままだと悧羅(リラ)がこっちに(キョ)(ウツ)すって言い出すだろうし、それなら栄州(エイシュウ)(ミヤ)()ごしてもらえたほうが、(オレ)としても(タス)かるんだよ」 


たしかに栄州(エイシュウ)には身内(ミウチ)()べる者がいない。


(サキ)荒廃(コウハイ)(ツレアイ)も、子どもたちもすべて手の上から(コボ)れ落ちてしまった。里が平穏(ヘイオン)に向かっていく中にあって、(エニシ)を結び直すことも考えないではなかったけれど、(コボ)れ落ちていった者たちを思えばどうしても()すことができなかった。


あの野花(ノバナ)のように温かい微笑(ホホエ)みを(ワス)れることができなかったからかもしれない。


「いや、しかしですな。お役に立てるような()であればまだしも、()()も起こせぬ老骨(ロウコツ)でございますれば」


「何言ってんの。栄州(エイシュウ)()()()()()。それだけで充分(ジュウブン)なんだよ」


(タノ)む、と()うた(シン)(コトワ)られる前にと、栄州(エイシュウ)(ミヤ)(ウツ)した。ほぼ無理矢理(ムリヤリ)ではあったものの自分の()背負(セオ)い、本当の父にすることのように(ソラ)()けて里を見せてくれながら(ミヤ)()れてきてくれた。


(シン)()から見た里の景色(ケシキ)は、動けなくなってからいつぶりに見れたものだったろうか。眼下(ガンカ)で流れていく街並(マチナミ)と、聞こえてくる民達(タミタチ)の声。あの荒廃(コウハイ)も、栄州(エイシュウ)苦難(クナン)()()(ツナ)がっているのなら(イク)らか(ムク)われたように思えた。


「…(オサ)伴侶(ハンリョ)にこのようなことまでしていただけるとは…」


()()()()()の前に、栄州(エイシュウ)(オレ)たちの()だからね、当たり前のことだよ」


(ツブヤ)いた栄州(エイシュウ)に、(シン)(ワラ)っているばかりだった。


「…ほんに(ジイ)果報者(カホウモノ)でございますなあ…」


(カス)れた声は大きな嘆息(タンソク)(トモナ)ってしまう。(ササ)えてもらっていても、()を起こすだけでも(ダル)さが(ツノ)る。両の(ムネ)一杯(イッパイ)(イキ)()()みたくても、入っていかない。細切(コマギ)れに()り返さなければならない呼吸(コキュウ)だけで、(ノコ)った力も(ウバ)われていく。


ふと、目の前に野花(ノバナ)のような笑顔(エガオ)が見えた気がして、栄州(エイシュウ)は目を見開いてしまった。


(ミナ)()ぶとしようか?」


一度見えた姿(スガタ)(サガ)すように視線(シセン)(オヨ)がせてみたが、見えるのは悧羅(リラ)の姿だけだ。

(カサナ)って見えたのは悧羅(リラ)だったのだったのかもしれない。


樂采(ガクト)と反対の手を取ったまま、悧羅(リラ)(タズ)ねてくれるが栄州(エイシュウ)は小さく(カブリ)()った。忋抖(カイト)(ササ)えられ、悧羅(リラ)樂采(ガクト)に手を(ツツ)まれたまま、とは(サイワイ)()ぎる。これに(ホカ)孫子(マゴコ)たちが来てしまえば、(カエ)ることを(コバ)んでしまいそうだ。


少しばかり心に残ることが無いでもないのだが。


父様(トウサマ)(シン)くんは?」


栄州(エイシュウ)の手を(ツツ)む力を強くしながら樂采(ガクト)が、ちらりと忋抖(カイト)を見た。


大丈夫(ダイジョウブ)()()()()()()()よ」


(シン)居場所(イバショ)(ツレアイ)である悧羅(リラ)ではなく、忋抖(カイト)(タズ)ねてきたことに忋抖(カイト)は首を(カシ)げた。悧羅(リラ)視線(シセン)を返せば、こちらも少しばかり(オドロ)いたようで、おやまあ、と目を(ホソ)めている。


忋抖(カイト)悧羅(リラ)(チギ)りを()わしたことは、公言(コウゲン)されていない。(オオヤケ)にしないでくれ、と忋抖(カイト)が願ったからだ。


「…なんで?また遠慮(エンリョ)とかじゃないだろうな?」


小首(コクビ)(カシ)げて怪訝(ケゲン)(カオ)をした(シン)には、(チガ)うと伝えたが泣き()らした()をした(シン)何処(ドコ)まで本音(ホンネ)だと信じてくれたかは分からない。ただ、本当に遠慮(エンリョ)などではなかった。(チギ)りの相手(アイテ)は1人だと里の民達(タミタチ)は知っている。もしも他の相手(アイテ)を望むなら、1度(チギ)りの(シバ)りを(ホド)かなければならないことも、(キズ)だけは消えずに残るということも、だ。1人の相手と2人が同時に(チギ)れるなどと知られれば、少なからず混乱(コンラン)(マネ)くだろう。


ましてや、それを()したのが悧羅(リラ)だと分かれば、よからぬことを考える者が出てくるのは止められない。悧羅(リラ)()せられ、()とされる者など数え切れないし、(スキ)あらば、と(ヨコシマ)な考えを持つ者たちは今なお多くいる。(シン)唯一(ユイイツ)だと(ミナ)に知らしめられているから、これまでは()()()混乱(コンラン)が起きなかっただけだ。


忋抖(カイト)無二(ムニ)として立っても。

(シン)だけが唯一(ユイイツ)なのだという事実。

(シン)悧羅(リラ)に向けられる劣情(レツジョウ)を、()()()()()()()()()()()()()()、これまで何事(ナニゴト)も起きずに()んでいただけなのだ。


(チギ)りを(ムス)んだことで、本当に()()()()()()()()()()()(シン)悧羅(リラ)唯一(ユイイツ)であることの(トウト)さが()()()


だからこそ、()(ゴト)にしておくことで、これからは忋抖(カイト)もともに悧羅(リラ)(マモ)っていきたい。


そう()いても(シン)不服(フフク)そうだった。


(オレ)()()()()()()()。それに()()()もあるでしょ」


とん、と(シン)(ムネ)(ツツ)いてみたが、(シン)眉根(マユネ)()せるばかりだった。でも、となかなか納得(ナットク)しない(シン)(ナダ)めた後に、右の手の首についた(キズ)悧羅(リラ)秘匿(ヒトク)(マジナイ)をかけてもらった。()わりに右耳の(シルシ)上書(ウワガ)きしてもらえば、(マワ)りの視線(シセン)(シルシ)に集めることが出来た。ただ、(シン)悧羅(リラ)とだけ()ごす(トキ)(カク)したままを(イヤ)がられてしまうから、(アラワ)すようにしていたがそれ以外では知られてしまうことはなかった(ハズ)だ。


だからこそ(ダレ)も知れようはずがないのだけれど、どういうわけか樂采(ガクト)()()()()()ようだ。


()()()()?」


(ハジ)めからだよ?父様(トウサマ)(シン)くんも、悧羅(リラ)ちゃんも何も言わないから(ダマ)ってただけ。どうせ父様(トウサマ)が言わないとか言ったんでしょうけど。しょうもないんだから」


言葉(コトバ)少なに(タズ)ねた忋抖(カイト)に、やれやれ、と樂采(ガクト)(カタ)(スク)めてみせた。(オサナ)(コロ)は何でも口に出してしまって手を()いたものなのに、と(ナツ)かしくなりながら忋抖(カイト)樂采(ガクト)の頭を()でる。(アタマ)()でられながら、なんだよう、と(ホオ)(フク)らませる樂采(ガクト)の後ろで、また()が開けられた。


栄州(エイシュウ)?」


(シズ)かに部屋に入ってきた(シン)が、樂采(ガクト)(トナリ)(スワ)って名を()んだ。(オダ)やかな声が(オボロ)になりかけていた、栄州(エイシュウ)意識(イシキ)を引き上げる。ぼんやりとした視界(シカイ)に、白銀(ハクギン)(カミ)(アザ)やかに(ウツ)った。端正(タンセイ)な顔を少しばかり青褪(アオザ)めさせて、(カタ)(イキ)をしている(サマ)など、悧羅(リラ)何某(ナニガシ)かあった(トキ)にしか見たことはなかったというのに。忋抖(カイト)悧羅(リラ)に同時に()ばれ、(ツト)めも何もかも(ホウ)り出して来てくれたのだろうことは、その姿が物語(モノガタ)っていた。


ほんに有難(アリガタ)い。


()()(トキ)(シン)を選ばなければ悧羅(リラ)(オダ)やかな()はなかった。

(ミヤ)から(モド)る道すがら、いつもであれば通りすぎるだけの近衛(コノエ)鍛錬(タンレン)を見ていなければ、栄州(エイシュウ)(シン)夜伽(ヨトギ)(ニン)()けることはなかっただろう。

(スデ)(ニン)じていたはずと思いこんで、()(カエ)ることすらなかったかもしれない。


()()()()()何かに(ミチビ)かれたのかもしれぬ。


少し目を(ホソ)めてから手を(ウゴ)かそうとすると、(ワズ)かに指先だけがぴくりと動いた。樂采(ガクト)に取られたままの手ではあったけれど、(サト)い子は()()()()で分かってくれたらしい。


(シン)くん、(ジイ)ちゃんがお願いしたいことがあるって」


樂采(ガクト)から(シン)(ワタ)された栄州(エイシュウ)の手を、(シン)が両手で(ツツ)んだ。


「なに?なんでもしてやるよ」


忋抖(カイト)の方へと身体(カラダ)()せた樂采(ガクト)の分、(シン)栄州(エイシュウ)近付(チカヅ)く。


「…まずは感謝(カンシャ)を。紳様(シンサマ)を選べたことこそが(ジイ)(ホマレ)


「…なに言ってんだ。…あの(トキ)栄州(エイシュウ)が決めてくれなかったら、(オレ)()()()()()()()んだよ」


(ツツ)まれた手が(カス)かに小さく(フル)えている。ほんのりと伝わる(アタタ)かさは、(ダル)くなる栄州(エイシュウ)身体(カラダ)を引き止めるようだ。ぎゅうっと(ツカ)まれた手の(ヌク)もりは、()()()見た悧羅(リラ)(オダ)やかな表情(カオ)を思い起こさせる。


(ナツ)かしゅうございますなあ…。紳様(シンサマ)(オサ)を里へと(イザナ)われた()…。あれほどまでに()たされた(オサ)のお表情(カオ)を見ることなど、(カナ)わぬと思うておりましたのに…」


500年ぶりに里人(サトビト)の前に()り、(シン)と手を(ツナ)いで(モド)ってきた悧羅(リラ)は、本当に(シアワ)せそうだった。(ツナ)いだ手の(ヌシ)余程(ヨホド)の安らぎを(アタ)えてくれているのだろうと、思わざるを()ない(ホド)に。


言葉の端々(ハシバシ)(シン)悧羅(リラ)に、栄州(エイシュウ)が引き合わせる前に(エニシ)があったことは気付(キヅ)いていた。けれど、2人が話さないことならばそれで(カマ)いはしなかった。夜伽(ヨトギ)(ニン)()かないと悧羅(リラ)が言い出した時には流石(サスガ)(アセ)りもしたが、(シン)(カタワラ)()てくれることで悧羅(リラ)(オダ)やかに()ごせるならば、()()()()()()といつしか思えていた。結果(ケッカ)として媟雅(セツガ)を始め7人の子に(メグ)まれたものの、子が()されなくとも(シン)()てくれたなら悧羅(リラ)十二分(ジュウニブン)満足(ミタ)されただろう。


(オサ)(サイワイ)にしてくださったこと、ほんに有難(アリガタ)いと思うておりますよ」


「…そんなの(オレ)のほうが、だよ。栄州(エイシュウ)(ミト)めてくれたから、(オレ)悧羅(リラ)(ソバ)()られるようになったんだ」


(ツツ)まれる手に、より一層(イッソウ)の力が()められた。まるで旅立(タビダ)つことを(コバ)むような仕草(シグサ)に、栄州(エイシュウ)の顔も(ホコロ)んでしまう。医師(イシ)としても名高(ナダカ)(シン)だ。栄州(エイシュウ)()など容易(タヤス)くわかるだろうに、(アラガ)おうとしてくれる。何者(ナニモノ)も天の(サダ)めた事柄(コトガラ)には(サカ)らえないというのに、栄州(エイシュウ)見据(ミスエ)灰色(ハイイロ)(マナコ)は、どうにか引き留められないかと考えてくれているようだ。


(オサ)は、ほんによき伴侶(ハンリョ)()られた。紳様(シンサマ)がおられれば(オサ)の心も、治世(チセイ)盤石(バンジャク)であるというもの。…(ケッ)して手をお(ハナ)しになられますな?」


(ダレ)に何て言われたって(ハナ)すもんか。悧羅(リラ)()るから(オレ)は生きてられる。悧羅(リラ)(カエ)(トキ)には一緒(イッショ)(カエ)る。今生(コンジョウ)が終わろうと、来世(ライセ)でどんな姿になろうと、(オレ)悧羅(リラ)から(ハナ)れることはないよ」


「それは何より。(カナ)うならば(ジイ)(フタタ)び、お(ツカ)えさせていただきとうございますなあ」


()(オク)から風にそよぐ木々の葉が(コス)れる音がする。もう見ることはできないが、きっと今日も良い日なのだろう。


空はどこまでも、高く、(アオ)く。

(サト)活気(カッキ)(アフ)れ、走る(ワラベ)笑顔(エガオ)と声が里に木霊(コダマ)して。


()()悧羅(リラ)治世(チセイ)は、きっとまだまだ長く続く。悧羅(リラ)()てくれている間に()()(モド)ってくることができれば、(ミナ)(カカ)えてもらえることだろう。


()ってるよ。悧羅(リラ)(シカ)役割(ヤクワリ)は、栄州(エイシュウ)たちに(アズ)けたんだから(モド)ってきてくれないと、(オレ)(コマ)る」


(ツツ)まれた手から(シン)精気(セイキ)が流れ始めて、息苦(イキグル)しさを軽くしてくれた。(シン)精気(セイキ)を送り始めたのが分かったのか、悧羅(リラ)眷属(ケンゾク)たちの名を()ぶ。姿は見えずとも(リョウ)(シメ)した3つの声は、此処(ココ)()ない(モノ)たちを(ムカ)えに行ったらしい。


()ばずともよい、と申しましたのに」


嘆息(タンソク)しながら(ウッタ)えてみたが、(シン)がゆっくりと(カブリ)()った。身体(カラダ)(ササ)えてくれている忋抖(カイト)からも、()れが伝わる。どうやら(ミナ)がくるまでもう少しだけ頑張(ガンバ)らねばならないようだ、と栄州(エイシュウ)苦笑(クショウ)してしまう。


やれやれ、と(イキ)()いてから栄州(エイシュウ)(シン)忋抖(カイト)()()ぶと、樂采(ガクト)が立ち上がった。何を言わずとも(サト)い子は全て分かってくれているらしく、悧羅(リラ)に声を()けて部屋を出ていく。(シン)への(ネガ)いは、ここにいる(モノ)たち以外には知られたくないという栄州(エイシュウ)の思いを()んでくれたのだ。


ほんとうに(ソコ)の知れない御子(オコ)だ。


樂采(ガクト)のくれた(ジカン)無駄(ムダ)にしてはならないと、栄州(エイシュウ)(シン)(ツツ)まれた手に力を込めた。


()(カタ)をお(ユル)しになってはくださらんか?」


(シワガ)れた声に手を(ツツ)む力と、身体(カラダ)(ササ)える忋抖(カイト)(ウデ)強張(コワバ)った。(ダレ)のことなのかは、名を出さずとも3人とも分かっている(ハズ)だ。


「…な、んで…?」


(ジイ)でございますからなあ。…孫子(マゴコ)のことなら分かりましょうや?」


栄州(エイシュウ)から()()()()が出されるとは思ってもいなかったのか、(シン)の手の力が強くなった。目を細めて(コタ)えてみたが、知っているのは玳絃(タイゲン)栄州(エイシュウ)のもとで泣いたからに(ホカ)ならない。


5年ほど前に栄州(エイシュウ)(ヤシキ)に飛び込んできた玳絃(タイゲン)は、何があったのかと(タズ)ねる(イトマ)も無く泣き(クズ)れた。


()めてももらえない。

(ナグ)られるでも、(ナジ)られるでもない。

(ギャク)()びられて、(セキ)を取ることも(ユル)されない。

顔など合わせられる(ハズ)もない、と幼子(オサナゴ)のように大声を上げて泣き(サケ)んだ。


「…(オレ)、はっ、(ケダモノ)だっ」


()(カエ)される懺悔(ザンゲ)慟哭(ドウコク)は、()いた栄州(エイシュウ)には到底(トウテイ)(スク)えるものではなかった。ただ、しがみついて泣き(ワメ)()()で、ともに泣いてやることしかしてやれなかった。()き出される声と、その姿から何があったのかは推察(スイサツ)することができたけれど、仕方(シカタ)ないと、大事(ダイジ)ないと伝えることすら(ハバカ)られた。そんな言葉では(スク)えないことが分かっていたから。


「…()めてないよ?…(オレ)たちの考えが(アマ)かっただけで、()めを()うべきなのは(オレ)たちの方だ。()()()(ニク)んだりもしてない。(ユル)しを(モト)められるようなことでもない」


「なれど()(カタ)はそう思うてはおられませぬよ?…()()が分からぬ紳様(シンサマ)ではあらせられますまいに…」


小さく出した嘆息(タンソク)は、その場に居た3人の身体(カラダ)強張(コワバ)らせた。


()()()部屋を飛び出した玳絃(タイゲン)は、()()()から(ミヤ)で過ごす(ジカン)格段(カクダン)()っている。(ミナ)(ソロ)(トキ)には(ツト)めて姿を見せてくれてはいるが、それ以外で決して姿(スガタ)を見せようとしない。(シン)忋抖(カイト)()ればまだしも、悧羅(リラ)だけが(ミヤ)に残っている(トキ)など()りつくことさえしなくなった。


どんなに悧羅(リラ)(トナリ)にくるように言っても。

どんなに(シン)(カオ)を見せろと言っても。

どんなに忋抖(カイト)が手を引いて()れ帰ってこようとも。


決して悧羅(リラ)(カタワラ)(ハべ)ることをしなくなってしまった。


(ミナ)()れば()()()()()ように振舞(フルマ)ってくれてはいるが、()()()()()()()()(ユル)されていた()としての(カカ)わりも見せることがなかった。


それでも(マワ)りに気付(キヅ)かせないほどに、一片(イッペン)(スキ)もなく玳絃(タイゲン)というものを(エン)じてくれている。


「…()()()()()()()()…、でも(オレ)たちが何を言っても玳絃(タイゲン)の心を()()いてしまうんだ。(スク)いあげたくても、手を()ばしたくても、話をしてやりたくても、玳絃(タイゲン)を今以上に(コワ)してしまいそうで…。どうしてやったらいいのかも分からないんだ」


ぐっと(クチビル)()んだのは(シン)だけではない。栄州(エイシュウ)を支える忋抖(カイト)も、手を(ツツ)んだままの悧羅(リラ)(イキ)()んで(ウツム)いてしまう。


()(エニシ)()()んでまで、姚妃(ヨウヒ)(スク)ってくれた玳絃(タイゲン)(ネギラ)ってやりたかった。

思い(ナヤ)むことなどないのだと、教えてやりたかった。

()したことに()(ツブ)されて、玳絃(タイゲン)()()(テノヒラ)から(コボ)れてしまうことを(フセ)ぎたかった。


(オコリ)(ハラ)ってしまえば前に進んでくれるだろうという(アマ)い考えだけで、()()()()()()()()()()(アラ)たな苦悩(クノウ)を軽く考えてしまった。


玳絃(タイゲン)()()()、という過剰(カジョウ)期待(キタイ)こそが、玳絃(タイゲン)を苦しめてしまったのだ。


日々(クラ)(シズ)んで、(ウス)まっていく気配(ケハイ)は痛いほど伝わってくるのに、何もしてやれない。


「ならば王母様(オウボサマ)にお(アズ)けなさるか?…姚妃姫(ヨウヒヒメ)のように」


栄州(エイシュウ)姚妃(ヨウヒ)のことまで知っていたことに(シン)忋抖(カイト)悧羅(リラ)を見たが、こちらもまた静かに首を()っただけだ。3()()()()()()()()()()何故(ナゼ)、という気持ちが残るがそれを問い正す(ジカン)はない。


「…っ、…(イヤ)だ…っ、」


姚妃(ヨウヒ)の名に強張(コワバ)ってしまいながら、(シン)(ウッタエ)る。


(マナ)びに行くと(ミナ)に伝えた姚妃(ヨウヒ)は、王母(オウボ)の場へ(アシ)を向けた。物心(モノゴコロ)がついた(コロ)から、いつかは王母(オウボ)(モト)見識(ケンシキ)を深めたいと(ノゾ)んでいたことは(イツワ)りではないし、王母(オウボ)(ネガ)い出ていたことも本当のことだ。あちらとこちらでは(ジカン)の進み方も(チガ)うから、姚妃(ヨウヒ)の中の(ジカン)(ユル)やかにする算段(サンダン)をつけていたが、姚妃(ヨウヒ)()せった()()()に、()()(カナ)わなくなってしまった。


学びたいという思いは、(ワズ)かに残っていた。

けれど、生きたいという思いは何処(ドコ)にも無かった。

ただ、玳絃(タイゲン)(ラク)にしなければ、という願い()()姚妃(ヨウヒ)姚妃(ヨウヒ)()らしめていた。


玳絃(タイゲン)最悪(サイアク)なことなど起こらないと伝えたのは、(シバ)りで悧羅(リラ)紐付(ヒモヅ)いていたからだ。


姚妃(ヨウヒ)自身が、()()を切ることを望んでしまったら無理矢理(ムリヤリ)(トド)めることなど、(タト)悧羅(リラ)であっても出来はしない。(マジナイ)など、強い意志(オモイ)が同じようにあるからこそ結んでいられるのだから。


ならば、と(シン)悧羅(リラ)姚妃(ヨウヒ)(モド)すことを決めた。


姚妃(ヨウヒ)(ツチカ)ってきたものは()()()()に、身体(カラダ)だけを(モド)した。

無邪気(ムジャキ)にはしゃいで(ワラ)ってくれていた、幼子(オサナゴ)(コロ)まで。

王母(オウボ)の手を()りて。


いつかすべてを落とし()んで(カエ)ってくることを約束(ヤクソク)して。


目覚(メザ)めてからの4月(ヨツキ)玳絃(タイゲン)(カタク)なに()(コク)(モド)されていたのは、姚妃(ヨウヒ)に姿を(タモ)つだけの能力(チカラ)がなかったからだ。玳絃(タイゲン)の目の前で幼子(オサナゴ)に返ってしまえば、思惑(オモワク)も知れる。そうなってしまえば、玳絃(タイゲン)(アト)を追うと言い出すことくらい分かっていた。


()姚妃(ヨウヒ)王母(オウボ)の場で(ハス)(ツツ)まれて(ネム)っている。悧羅(リラ)(ハラ)の中と同じように、悧羅(リラ)能力(チカラ)で満たされた花の中で、(ユメ)を見るようにしたいことをしているだろう。


()()()()()()()()()()から、()()く思いで(アズ)けた。

(ネム)瀬戸際(セトギワ)に、玳絃(タイゲン)(サイワイ)(ツカ)めるよう手助(テダス)けをしてやってくれと(ネガ)姚妃(ヨウヒ)は、(シン)悧羅(リラ)に泣きながら()びてくれた。


親不孝者(オヤフコウモノ)で、ごめんなさい」


勿論(モチロン)姚妃(ヨウヒ)に願われずとも()()()()()()()()()()。この上、玳絃(タイゲン)まで(アズ)けることになってしまったら、(シン)悧羅(リラ)も親でいる資格(シカク)()くしてしまうから。


「…(タカラ)なんだ…、()()()()()は2度としたくない…」


(ウシナ)いたくなどない。

(ウシナ)ってはならない。

手放(テバナ)すことなど考えてもいない。

あんな思いは1()()充分(ジュウブン)だ。


「ならば()ってやりなされ。(コバ)まれようと、(イタ)まれようと、()(トド)めて、話をしてやってくだされ。紳様(シンサマ)であれば()()()()いましょう」


「…っ…、まだって…。()()()()()()()()()()のか…」


「それはもう。幾度(イクド)となく(ジイ)(シカ)らせていただき(モウ)したが、どうしても(ウナズ)いては下さらなんだ。流石(サスガ)紳様(シンサマ)(オサ)御子(オコ)であらせられる。こうと決めたら動かれぬのですからなあ。…なれど孫子(マゴコ)(ワロ)うておってくれませぬと、(カエ)り道で(マヨ)うてしまいますれば。ようやっと忋抖若君(カイトワカギミ)を救えたと思うたのですがなあ」


力を()(シボ)って微笑(ホホエ)んでみたが、ぐらりと視界(シカイ)()れる。ずるずると(タオ)()んだ栄州(エイシュウ)身体(カラダ)を、(ササ)える忋抖(カイト)(ウデ)も強くなった。


(ジイ)()()(トキ)居てくれなかったら、(オレ)()()()()()()()。…(ジイ)に何も返せてないのに…」


(フル)える声音(コワネ)を出す忋抖(カイト)に、栄州(エイシュウ)も小さく首を()る。


「…なんの。(ジイ)(ボウ)を抱かせてくだされた…。充分(ジュウブン)ではございませんか…」


ふふっと(ワラ)ってしまうと、ますます(ササ)えてくれる(ウデ)に力が込められていくのが分かる。


「なれど、(ジイ)(オン)を返すなどとお考えになられるならば、最期(サイゴ)の願いを(カナ)えてくだされ」


閉じていく(マブタ)(コラ)えながら言うと、うん、と(コタ)えた忋抖(カイト)からぎゅうっと抱きしめられた。


曾孫(ヒマゴ)まですべからく(イダ)かせてもらいとうございましたが、ほんに充分(ジュウブン)(サイワイ)にしていただきましたなあ…」


「…栄州(エイシュウ)…っ」


ぼんやりと(カス)む目の前で悧羅(リラ)が動く気配(ケハイ)がする。手を()ばして()()()()れたくても()せない(オノレ)苦笑(クショウ)してしまう。


「…(サイワイ)であられよ、(ワレ)(トウト)御方(オカタ)…」


出した言葉に呼応(コオウ)するように、()(ホソ)って(カワ)(クボ)んだ(ホオ)に、ぽたりと水が落ちてきた。


「…一足先(ヒトアシサキ)御前(ゴゼン)失礼(シツレイ)(イタ)無礼(ブレイ)をお許しくだされよ…。ほんに(サイワイ)でございました…」


ぽたぽたと落ちる水は、悧羅(リラ)(ナミダ)らしい。嗚咽(オエツ)(コラ)える声の中で(ハス)(カオリ)がすぐそこにある。(ムセ)び泣く合間(アイマ)に、何度も何度も栄州(エイシュウ)の名を()んでくれている。


重くなる(マブタ)(ウラ)で、(ナツ)かしくも有難(アリガタ)日々(ヒビ)(ウカ)んでは消え、()かんでは消えていった。


先代(センダイ)暴挙(ボウキョ)と、(コボ)れ落ちた多くの同胞(ドウホウ)

立式(リッシキ)で見た悧羅(リラ)の痛いほどの美しさ。


この方ならば、と(ダレ)しもが思い、願い、すべてを(タク)した。


まさか重鎮(ジュウチン)一役(ヒトヤク)として(ハベ)ることが出来るだなどとは思いもしなかったが、800年は本当に一瞬(イッシュン)だった。


悧羅(リラ)が望めば(ハナ)()き、悧羅(リラ)が動けば(サト)(ウルオ)った。

悧羅(リラ)(ダレ)よりも(イタ)み、不満(フマン)の1つも口に出さず、ひたすらに()(シノ)んでくれたから、()()()()


歳若(トシワカ)かった悧羅(リラ)()を押し(ツブ)すような苦渋(クジュウ)を与えたのも栄州(エイシュウ)だったはずだ。

それなのに、(カエ)って行く自分に(ナミダ)(コボ)してくれる悧羅(リラ)が、本当に愛らしい。


「…(オサ)…、(ジイ)最期(サイゴ)の願いは聞き届けてくだされよ?」


「…()の願いじゃ…。かならずや…」


(ムセ)び泣く声と共に、栄州(エイシュウ)身体(カラダ)がふわりと(ツツ)まれた。


「…ほんに、(ホマレ)(ムスメ)じゃて…」


(ホノ)かに(カオ)悧羅(リラ)(ヌク)もりに身を(ユダ)ねると、(マブタ)のその(オク)で手を()ばしてくる姿が(ウツ)った。野花(ノバナ)のような笑顔(エガオ)で手を()ばしてくる()()に、栄州(エイシュウ)の顔が(ホコロ)ぶ。


―――――待っていてくれたのか。


《おかえりなさいませ。永くお(ツカ)れさまでしたね》


ふふっと微笑(ホホエ)(カタワラ)に、2人の幼子(オサナゴ)の姿がある。


《ててさま、いっぱい頑張(ガンバ)ったの?》


《もう一緒(イッショ)でいい?ててさま、いっぱい抱っこしてくれる?》


(ワラ)う野花の(ヒト)と共に、小さな手を大きく開いて手招(テマネ)きをしてくれている。3人が立つ後ろに小さな(ヤシキ)も見えた。


遠い(ムカシ)に無くした、

(カエ)ることを楽しみにしていた、

()()(ヤシキ)


――――――ああ、待たせてしまったな。


広がった緑の野に一歩(イッポ)()み出そうとすると、()()った3人にふわりと(ツツ)まれた。思わず(ツツ)み返したけれど、そこには先刻(センコク)まで(ムシバ)まれていた(ツラ)さも、()れ木のような(ウデ)もない。


《少しばかりゆっくりと(イタ)しましょう。()()()()()()()沢山(タクサン)聞かせて下さいね、あなた》


(ホオ)(ツツ)みながら微笑(ホホエ)む顔は、栄州(エイシュウ)が長い間(ワス)れることができなかったものだ。


『…ああ…、少し…、長くなるけれど…』


差し出された手を取って立ち上がれば、両側(リョウガワ)から幼子達(オサナゴタチ)身体(カラダ)にしがみついてくる。背や(ウデ)にきゃはは、と乗しかかる幼子(オサナゴ)たちを(ササ)えると、ふふっと手を引かれた。


《お茶の用意ができておりますよ》


『…それは、(タノ)しみだ…』


さあ、と引かれた手を強く(ツナ)いで、栄州(エイシュウ)()を進めた。






******************


(アカリ)の消えた近衛隊舎(コノエタイシャ)()の前で、玳絃(タイゲン)身体(カラダ)(マト)わりついた(シズク)(ハラ)った。いつもであれば高く(ノボ)っている(ハズ)の月も、このところ姿を(カク)してしまっている。里にあって雨が()るなど、本当に(メズラ)しいことなのに、今度の雨は長く続いている。栄州(エイシュウ)旅立(タビダ)った翌日(ヨクジツ)から、()り続く雨は7日(ナノカ)にもなろうというのに(イマ)()気配(ケハイ)がない。


何時(イツ)になったら()むんだか。


(クラ)く落ち込む空から落ちる冷たさは、まるで悧羅(リラ)(ナミダ)のようだ。


雨は(キラ)いなんだよなあ…。


玳絃(タイゲン)心咎(ココロトガ)めるようなことがある日には、決まって雨が(カタワラ)にあったように思う。


唯一(ユイイツ)喜ばしかったのは、瑞雨(ズイウ)が生まれてくれた(トキ)だけだ。


ふうっと大きく嘆息(タンソク)して隊舎(タイシャ)の中に入ると、まっすぐに自分の席に進む。()めた上衣(ウワゴロモ)()()てて投げながら、()いたままであった椅子(イス)身体(カラダ)を投げ出す。ぎしりと(キシ)む音とともに、大きく(イキ)()いてから、玳絃(タイゲン)(ツクエ)()()した。


栄州(エイシュウ)旅立(タビタ)つまでは、幾許(イカバカ)りか(イヤ)せていた疲労(ヒロウ)が、()()まりすぎている。


いっそのこと栄州(エイシュウ)()れて行ってくれたら良かったのに。


そうすれば、3人をこれ以上(ナヤ)ませることも、自分の心がこれ以上(キシ)むこともなくなっただろうから。


本当なら、()()()()()()()姿(スガタ)を消したかった。


(ミヤ)を出て。

(サト)から(ハナ)れて。

玳絃(タイゲン)(オロ)かさから()げ出したかった。

ヒトの子の国で()(クダ)ろうともしたのだが、(シバラ)くすると妲己(ダッキ)(クワ)えて(モド)されてしまうのだ。


「なんで?」


()なことを(モウ)される”


何も言わずに出てきても、唐突(トウトツ)に現れる妲己(ダッキ)に初めの内は(オドロ)いたものだが、幾度(イクド)()り返されれば()れてしまった。(モド)らないと何度伝えても、妲己(ダッキ)()が下がるのを見ては()れるしかなかった。


里を出ることを(アキラ)めた(ワケ)ではない。

出来ることならすぐにでも、この場から(ハナ)れたいのだが、栄州(エイシュウ)葬儀(ソウギ)もまだ終わっていない。今、里を出たとしてもまた妲己(ダッキ)()(モド)されるだろう。とはいえ栄州(エイシュウ)(ソバ)()れば、()()()()悧羅(リラ)()る。合わせる(カオ)もなくて自室(ジシツ)()がれば、(シン)忋抖(カイト)が手を引きに来る。姉兄(シケイ)たちに気取(ケド)られるわけにもいかず、かといって泣き(ドコロ)であった栄州(エイシュウ)()なくなってしまっては、心も()()るというものだ。


栄州(エイシュウ)が何か言い(ノコ)したのかもしれないが、3人が()()動き出そうとしてくれているのは分かる。それは(イタ)いほどに分かるのだが、出来れば()()()()にしておいて()しい。5年()ってようやく、自分が()()()()()()()が見え始めたのだ。


()()()()(カカ)わっている(モノ)たちが手を()ばしてくれていても、その手を取る覚悟(カクゴ)玳絃(タイゲン)にはない。


あるのは自分の中の、(オゾ)ましさを消したいという思いだけ。


はあ、と嘆息(タンソク)しながら、駄目(ダメ)だなあ、とひとりごちる。


()ておいてくれたら、(ラク)なのに。


(ユル)してもらおうとも、(ユル)されるとも思ってなどいないのだから。


あーあ、と身体(カラダ)を起こして上を(アオ)ごうとした玳絃(タイゲン)の頭に、ひやりとした小さな身体(カラダ)が乗った。どうやら今夜の目付役(メツケヤク)睚眦(ガイシ)のようだ。どうしても玳絃(タイゲン)はひとりにはなれないらしい。


「…なに?」


【何だはないだろう】


目付役(メツケヤク)にされたことが不服(フフク)なのか、(アキ)れたような嘆息(タンソク)とともに頭から()りた睚眦(ガイシ)で、(ツクエ)から軽い音がした。


(ミヤ)()れば良かろうに。(ホムラ)(ツツ)むは明日(アス)なのだぞ?】


心配(シンパイ)しなくても、その(トキ)にはちゃんと()るって」


【どうだかな】


上げかけていた頭を(フタタ)(ツクエ)(アズ)けると、やれやれとでも言うような嘆息(タンソク)が聞こえてくる。


【これ(サイワイ)と、出ていきかねん】


「…流石(サスガ)(ジイ)見送(ミオク)るまでは考えないって。そこまで恩知(オンシ)らずじゃないし、そんなことしたってどうせ妲己(ダッキ)が来るだろ?」


【分かっておるなら(ミヤ)におってやれ】


「…十分(ジュウブン)()たじゃないか」


小さな()でぱしりと(ヒタイ)(タタ)かれて、玳絃(タイゲン)は顔を(カク)したまま苦笑(クショウ)してしまった。


玳絃(タイゲン)とて、(ユル)されるのなら妲己(ダッキ)(アマ)えていたい。(オサナ)(コロ)から、ましてや生まれ落ちたときからずっと(マモ)り続けて来てくれていた妲己(ダッキ)は、()()()の後も玳絃(タイゲン)(カタワラ)()ろうとしてくれた。()き付けたのは自分だと、目を()まして(ナゲ)玳絃(タイゲン)()び続けていた。()げる玳絃(タイゲン)(ムカ)えに、妲己(ダッキ)()()(ムカ)来ないことを考えても、()()()()び続けていているのだろう。睚眦(ガイシ)はともかくとして、哀玥(アイゲツ)妲己(ダッキ)()()(マカ)せるとは思えないから。

それを分かっているからこそ、(シズ)かに()()ろされれば(モド)っていた。

それを分かっているからこそ、(モド)されて数日は(ミヤ)()ごすことも(ヨシ)とした。


どんなに自分(ジブン)が苦しくても。

どんなに自分(ジブン)(イタ)んでも。

()せられた(バツ)なのだと言い聞かせて。


玳絃(タイゲン)の姿が見えることで妲己(ダッキ)が心安らかになるのであれば、それで良いと思おうともしたのだけれど、やはり無理(ムリ)があった。


玳絃(タイゲン)(ミヤ)()れば、悧羅(リラ)が来てしまう。

玳絃(タイゲン)部屋(ヘヤ)()れば、(シン)忋抖(カイト)(オトナ)われてしまう。


息を殺して過ごしていたくても、()されない()()に心が(コワ)れてしまうのは明らかだった。


だから少しずつ、距離(キョリ)を取ろうとしているのに。

だから少しずつ、生命(イノチ)(ケズ)ろうとしているのに。


何もかもが上手(ウマ)くいかない。


「…ほんとにもう(ツラ)いんだってば…」


(ヒタイ)の下に付いた手で、ぎゅっと(コブシ)(ニギ)ってしまうと、また(アキ)れたような嘆息(タンソク)が聞こえてくる。


(タイ)…、お前は馬鹿(バカ)なのか?】


ぺちりと、(ヒタイ)(タタ)く強さがほんの少しだけ()すと、()()したままの身体(カラダ)が、ひやりとした感触(カンショク)(ツツ)まれた。顔を上げずとも、睚眦(ガイシ)体躯(タイク)(モド)して(ツツ)んでくれているのが知れる。


【何をそのように()やむことがある?お前は(アヤカシ)だろう】


「…()()()()()…」


やれやれと、ごちた睚眦(ガイシ)身体(カラダ)(ツツ)まれると、(カタ)(ウロコ)(ハダ)()さった。冷たいながらも(アタタ)かい睚眦(ガイシ)の体温で、閉めたはずの想いの(フタ)が開けられてしまいそうになって、玳絃(タイゲン)はぐっと(クチビル)()んだ。


睚眦(ガイシ)に言われずとも、自身が(アヤカシ)であることなど知っている。

(アヤカシ)であるからこそ、()しいと切望(セツボウ)するならば、思いのままに動けば良いことも分かっている。


けれど。


玳絃(タイゲン)がしでかしたことは、(アヤカシ)だからと目を(ツブ)っても良いものでは決してない。


「何も考えなくていいなら(ラク)なのに…」


()()()のことも。

()しいと思った感情も。

()()(トキ)の、(オソ)れと(オノノ)きの(サケ)びも。


決して、(ワス)れてはならず、(ユル)されてはならないものだ。


【…(サイワイ)になれと言われたのではなかったか?】


「なれるわけないでしょ…?」


姚妃(ヨウヒ)と約束したことを(タガ)えるつもりではなかった。()()()()()()()()()(サイワイ)になると(チカ)った。だが、()()()(ツカ)もうとしたものは玳絃(タイゲン)(サイワイ)では、決してない。


(サイワイ)なんて…、(オレ)には勿体無(モッタイナ)いことなんだよ」


何よりも(ダレ)よりも大事(ダイジ)な、()を泣かせた。

何よりも(ダレ)よりも大切(タイセツ)な、()傷付(キズツ)けた。

(タツト)んでいる()も、優しすぎる()の心も(イタ)()くしてしまった。


【…だから()なくなると?】


「…何のこと?」


素知(ソシ)らぬ()りをすると、睚眦(ガイシ)が何も言わずに(アタマ)()でてくれた。ゆっくりと(ナダ)めるような()の動きは、何も言わずともこれまでの玳絃(タイゲン)の気持ちを分かってくれているようだ。


泣いて、泣き続けて。

()やんで、()やみ続けて。


()()()()()()()と、ようやく落とし()めた(トキ)には()()()()2年も()っていた。


()()()()なのだ。


「ちゃんと(モド)るから。(タノ)むから、()()()にしてくれよ…」


(シボ)り出した哀願(アイガン)(コタ)えはなかった。()わりに1度だけするりと身体(カラダ)()()られると、睚眦(ガイシ)(ヌク)もりが(ハナ)れていく。小さな嘆息(タンソク)を残して睚眦(ガイシ)気配(ケハイ)が消えてから、玳絃(タイゲン)も大きく嘆息(タンソク)した。


()()していた身体(カラダ)を上げて、椅子(イス)に投げ出せばようやく息がつける。


「…(サイワイ)になんて、なれるわけがないんだ…」


暗闇(クラヤミ)に向かってごちてしまうと、苦笑(クショウ)()れた。ふふっと(ワラ)いながら左耳の(ウシ)ろに()れると、ざらりと()()れた小さな(キズ)に、また苦笑(クショウ)してしまう。悧羅(リラ)から(モラ)った(シバ)りの(シルシ)は、()()()()()()()(タダ)しく言えば()()()()()()()という方が良いだろう。()えられていることが苦しくて()(ムシ)り続けた結果(ケッカ)(ハダ)()()れて見えなくなったのだから。


(キズ)()れれば、まだほんのりと悧羅(リラ)との(ツナ)がりを感じられるのは、玳絃(タイゲン)()そうとしていることを、()めようとしているようにも思える。


それとも、流れ()んでいるのは悧羅(リラ)の苦しみなのだろうか。


「…大丈夫(ダイジョウブ)だよ。…もう苦しまなくて良いんだから…」


ぽつりと(ツブ)やいた言葉は、玳絃(タイゲン)に向けたものか。

―――――それとも。


もう1度深く嘆息(タンソク)しながら、玳絃(タイゲン)はゆっくりと目を閉じた。






****************





白く細い(ケムリ)が、ゆらゆらと(ノボ)っていた。(イマ)だしとしとと()(ツヅ)ける雨の間を()うように、(ノボ)(ケムリ)()いながら、玳絃(タイゲン)(コシ)を落とした。(ケムリ)が発する(フモト)には焼け()げた土が見える。


「…(ジイ)()()()…?」


()げた土の上に先程(サキホド)まで()(ハズ)栄州(エイシュウ)に語りかけても、返事などない。それでも旅立(タビダ)った日の栄州(エイシュウ)表情(カオ)(オダ)やかだった。身体(カラダ)()いが進んで、栄州(エイシュウ)(ヤシキ)(ダレ)かしら行くようになったのも、元はと言えば玳絃(タイゲン)()()んでいたからだ。(ミヤ)(モド)らず栄州(エイシュウ)(ヤシキ)に入り(ビタ)っていれば、姉兄(シケイ)たちだけでなく磐里(バンリ)加嬬(カジュ)からも(アン)じる声が出るのは当たり前だった。それを、栄州(エイシュウ)(オサ)めてくれた。


(ジイ)()(アン)じておられるだけですぞ?なにせ(カワヤ)に行こうにも足が言うことをききませぬのでな」


起きている(ジカン)が短くなっていた栄州(エイシュウ)に言われた(ミナ)も、成程(ナルホド)納得(ナットク)した。それならばと手の()いた者が(ヤシキ)にくるようになってしまったけれど、それでも(ミヤ)(モド)るよりは幾許(イクバク)(ラク)だった。


(ヤシキ)()(ビタ)ってしまっていることを()びると、なんの、と(ワラ)ってくれていた。


「助けてもろうておりますれば。何より若君(ワカギミ)とこのように長く()れますなど、(ジイ)への褒美(ホウビ)でしかござらんなあ」


「何にもしてないよ?」


(マゴ)と共に()れる、充分(ジュウブン)ではございませぬか」


(シワ)()った顔でくしゃりと(ワラ)いながら、幼子(オサナゴ)(コロ)のように頭を()でてくれた。


悧羅(リラ)(オトナ)う時だけは(カク)れてしまうことにも、何も言わずにいてくれた。玳絃(タイゲン)がしてしまったことを知っているのに、(イキドオ)りもせず、かといって(サト)そうとするでもなく、()()()()()()()()()姿()()()()てくれた。


栄州(エイシュウ)(ヤシキ)だけが、(イキ)()ける場処(バショ)だったのに。


(ムカ)えに来てくれると良いのですがねえ」


2人で()ごす中で、時折(トキオリ)(カタ)られる栄州(エイシュウ)の家族の話が好きだった。(マミ)えたこともないのに、(ナツ)かしむように話す表情(カオ)声音(コワネ)(オダ)やかで、栄州(エイシュウ)がどれほど(ツレアイ)と子らを大切(タイセツ)にしていたのかが伝わって、玳絃(タイゲン)の心も(アタタ)かくなったものだ。


「なんでもう1回、(チギ)りを(ムス)ばなかったの?」


亡くしてからの長い(トキ)をひとりで()ごすのは(サミ)しくなかったのか、とふと(タズ)ねた玳絃(タイゲン)栄州(エイシュウ)(ワラ)っていた。


「考えたことはありましたぞ?なれど、()()日々(ヒビ)を思えば()みだすことが(ハバカ)られましてなあ。新たに(ムス)ぶことで、(ワス)れることが(オソ)ろしゅうもありましたかの。それならば、ひとりでよろしいかと思うただけですな」


「そっか」


「とはいえ、この(トシ)にならば少しばかりは(サミ)しゅうもなる。()(マゴ)()()()ってくださることが、どれほどの(イヤ)しか。あとは旅立(タビダ)つ時に(ムカ)えがあれば、何も言うことはございませんな」


大丈夫(ダイジョウブ)だよ。きっと来てくれるさ」


(ミヤ)(ウツ)ってからも玳絃(タイゲン)見舞(ミマ)えば、まだ(ムカ)えが来ない、と(ワラ)っていた。()(ホソ)った手で頭や()()でてくれながら、玳絃(タイゲン)(イキ)()けるようにしてくれていた。


最期(サイゴ)まで心配(シンパイ)かけちゃったねえ…」


手を()ばして(ケム)る土を取れば、じりりと(ハダ)()けたけれど、もう()れられなくなってしまった栄州(エイシュウ)(ヌク)もりのようにも思えて、つい(テノヒラ)を置いてしまう。じりじりと(ハダ)()く音がしても、不思議(フシギ)と熱さは感じない。(ツカ)れ切った心では、もう(アツ)さや(イタ)みなど感じなくなってしまっているのかもしれなかった。


そうであるなら、どれだけ(ラク)になれるだろうか。


細い雨だったものは、少しばかり勢いを()して玳絃(タイゲン)身体(カラダ)()らしていく。寒さも(アツ)さも(イタ)みさえも感じることができなくなれば、ようやく(スク)われるだろうに。


「…本当は()れていって()しかったんだよ…」


1度だけすべてを()わりにしたいと(ツブヤ)いた玳絃(タイゲン)に、その時ばかりは栄州(エイシュウ)も首を()っていた。


()()()()はなりませぬぞ」


どんなに(ツラ)くとも自死(ジシ)だけはするな、と(クギ)()された。何故(ナゼ)だなどと、(タズ)ねるまでもない。玳絃(タイゲン)()()()()()()()()(キズ)()うのは()()()のことを知る者たちだ。だからこそ(サト)を出て、見えない(トコロ)()()てたいと(ネガ)ってしまう。


今になって、姚妃(ヨウヒ)の気持ちがよく分かる。


玳絃(タイゲン)の姿が見えなくなること。

玳絃(タイゲン)が、その場から()なくなること。

それが傷付(キズツ)けてしまった者たちへ出来る、唯一(ユイイツ)贖罪(ショクザイ)なのだ。


あの時の姚妃(ヨウヒ)も同じ思いだったのだろう。


姚妃(ヨウヒ)(オコ)られるだろうなあ」


玳絃(タイゲン)(サイワイ)になれと言ってくれた。

玳絃(タイゲン)(ワラ)って()ごすことを(ネガ)ってくれた。

こんな姿を見られたら何をしているのだと、(アキ)れるかもしれない。もしかしたら書物(ショモツ)(ナグ)られるかもしれないが、それも悪くないと思えた。


「…約束(ヤクソク)(マモ)れてないもんな」


いつのまにか付いていた(リョウ)(テノヒラ)からは、()()なく(ハダ)()く音が(ヒビ)いている。ふいにがくんと力が()けて、じりじりと(トド)(ニブ)い音に目を向ければ、両腕(リョウウデ)が黒く色を変えていた。ゆらりと(カタ)むく身体(カラダ)(ササ)えることも出来ずに(タオ)()むと、目の前で(ケムリ)が上がる。


起きあがろうとしてみるが、どうしたわけか身体(カラダ)(ナマリ)のように重い。そういえば、ぐっすりと(ネム)ることさえも、()()()から無かったように思える。


久しぶりに(ネム)れるかな。


小さく(ワラ)ってしまいながら落ちる(マブタ)に、()(マカ)せると心地良(ココチヨ)睡魔(スイマ)が全身を(カラ)め取ってきた。


「…げんっ!…玳絃(タイゲン)っ!」


ごぷりと(シズ)みかけた意識(イシキ)の外で、(ダレ)かに()ばれたような気がする。ばしゃばしゃと水を()る音もするけれど、(ネム)くて(ネム)くて仕方(シカタ)がない。


「…っ!おいっ!玳絃(タイゲン)っつ!!玳絃(タイゲン)っ!」


遠く聞こえる声は、幾度(イクド)も自分を()んでいる。(タオ)()んでいたのだろう、自分の身体(カラダ)()き起こして(ホオ)(タタ)かれてもいるのだが、どうしても眠気(ネムケ)(サカ)らえない。それでも幾度(イクド)()ばれて()さぶられて、仕方無(シカタナ)く開けた目に()(サオ)表情(カオ)をした(シン)()()んできた。


玳絃(タイゲン)っ!何して…っ、(オレ)が分かるか!?」


「…あー…、父様(トウサマ)かあ…」


ぼんやりと(ウツ)(シン)見留(ミトド)めると、また閉じていく(マブタ)を止めるように(シン)が名を()んでくる。


「…大丈夫(ダイジョウブ)(ネム)いだけ…だよ…」


「お、まえ…、何言って…っ!」


(セマ)眠気(ネムケ)(サカ)らいながら言ってみたが、身体(カラダ)(ササ)える(シン)(ウデ)の力は強くなるばかりだ。何かあるのかとも考えてしまうが、()(ネム)くて(タマ)らない。


「話するの?…後ででいいかなあ…」


何か話があるとしても()()()のことだろうが、()は話したくない。


「…ごめん…、父様(トウサマ)…、とりあえず()せて…」


玳絃(タイゲン)っ!?待、てっつ!!」


ぷつん、と糸が切れるように意識(イシキ)手放(テバナ)した玳絃(タイゲン)に、(シン)(イキ)()んだ。


「お、い…っ?おいってばっ!玳絃(タイゲン)っ!目え開けろっ!」


(サケ)ぶように名を()んでも、(ホオ)(タタ)いても玳絃(タイゲン)(マブタ)が上がらない。()き上げた身体(カラダ)からは、()()げた肉の(ニオ)いだけが立ち(ノボ)ってくる。顔色(カオイロ)(タシ)かめたくても、半分が()け落ちて炭化(タンカ)した皮膚(ヒフ)では()()()()()()


「…やめ、てくれよ…っ?(タノ)むからっ、()()()()話させてくれ…っ」


(フル)える(ウデ)だけでは()りず、抱きしめているすべてで(イヤ)そうとするけれど、()()()()()()悧羅(リラ)(ウデ)を落とした時と同じように、(ジュツ)(コバ)姿(スガタ)身体(カラダ)奥底(オクソコ)から(フル)えが走る。黒くなった(ヒタイ)に手を当てて精気(セイキ)(サグ)るが、()れられる(ハズ)もなくて、()()がまた(シン)の心を(エグ)っていく。


「…っ…!ごめんっ、ごめんなあ、玳絃(タイゲン)…っ」


ぎゅうっと抱きしめると、肉の()けた(ニオ)いとともに、じりじりと熱が伝わってくる。()れている場処(バショ)すべてで精気(セイキ)を流し()むしか出来ず、(オノレ)無力(ムリョク)さに(クチビル)()んでしまう。


栄州(エイシュウ)が残してくれた言葉で、()()()()()()(ハズ)だった。

()()()()()()(タメ)に、もう1度手を引こうとしていた(ハズ)だった。


玳絃(タイゲン)の想いをちゃんと聞いて。

玳絃(タイゲン)傷付(キズツ)けたことを深く()びて。

(スク)い上げる(タメ)に、(シン)に出来ることなら何でもしてやろうと思っていたのに。


どれだけ名を()んでも、どれだけ身体(カラダ)を抱きしめても聞こえてくるのは、()()えとしたか細い(イキ)()だけだ。


(タノ)むよ、玳絃(タイゲン)…っ。ちゃんと(オレ)に聞かせてくれ…っ」


だらりと落ちたままの()げた(ウデ)ツカむと、指の間から(スミ)(コボ)れ落ちていく。まるで此処(ココ)にいることを(コバ)むかのような光景(コウケイ)に、(シン)から嗚咽(オエツ)()れる。(タマ)らずに(クズ)れ落ちそうになる(シン)の耳に、ばしゃりと(ミズ)()る音が(トド)いた。


「…は…!?」


「…っ、ひっ…、玳絃(タイゲン)っつ!!!」


同時に(ヒビ)いたのは唖然(アゼン)とした忋抖(カイト)の声と、悲痛(ヒツウ)悧羅(リラ)(サケ)びだ。


「な、らぬっ!ならぬ!ならぬえっ、玳絃(タイゲン)っつ!?」


()り立つと同時(ドウジ)に走り寄ってきた悧羅(リラ)が声を()り上げても、玳絃(タイゲン)の目が開かないことに(カタワラ)に来た忋抖(カイト)(コブシ)(ニギ)った。


「…なに…、やってんだよ…、馬鹿(バカ)…」


(クズ)れるように(ヒザ)をついた忋抖(カイト)も、色の変わってしまった玳絃(タイゲン)()()ばす。()げた(ホオ)をそろりと(ツツ)むと、じりっと(ハダ)に熱が伝わる。ぴしりと小さな音を立てて亀裂(キレツ)の入った(ホオ)苦虫(ニガムシ)()みながら、精気(セイキ)(ナガ)す。


からからと落ちていく(スミ)の音だけが、(イヤ)鮮明(センメイ)だ。玳絃(タイゲン)身体(カラダ)(スガ)りついた悧羅(リラ)も、どうにか(イヤ)そうとしているのだろうがじわじわと広がっていく(ネツ)言葉(コトバ)(ウシナ)っている。


玳絃(タイゲン)っ、玳絃(タイゲン)っ!目を開けてたも…っ」


声を()らすほどに悧羅(リラ)()びかけても、玳絃(タイゲン)の目は開かれない。

息が切れるほどに(イヤ)(ツヅ)けても、()けた皮膚(ヒフ)(クズ)れ落ちていく。


(スク)える手立(テダ)てがあるはずなのに、()()()()()()()()


()()()()()(ウシナ)ってはならないのに。

()()()()()(コワ)してはならないのに。


なにか。

なにか、あるはずだ。


愕然(ガクゼン)としながら考えを(メグ)らす3人の耳に、(アキ)れたような声がした。


「あーあーもう…、」


(ハジ)かれたように顔を上げた先に()たのは、樂采(ガクト)だった。


樂采(ガクト)…?…なんでお前…?」


精気(セイキ)を送ることも、(イヤ)すことも止めずに(ツブヤ)忋抖(カイト)に、はあ、と大きな嘆息(タンソク)が投げられる。


()()()って、それ(ボク)に聞くの?」


やれやれ、と(カタ)を落としながら悧羅(リラ)忋抖(カイト)の間に()って入りながら、樂采(ガクト)(シャガ)()んで玳絃(タイゲン)身体(カラダ)()れた。(ホノ)かに(カガヤ)き出した(テノヒラ)(シバラ)()()()(サグ)ると、小さく(ウナズ)いてから樂采(ガクト)はぽんっと悧羅(リラ)(カタ)(タタ)いた。


「まだ()()()()()()よ」


にっこりと微笑(ホホエ)樂采(ガクト)の姿に(クズ)れ落ちそうになったのは悧羅(リラ)だけではない。(シン)忋抖(カイト)も大きく嘆息(タンソク)したが、力の()け落ちそうな身体(カラダ)を、樂采(ガクト)の声が(セイ)した。


駄目(ダメ)だよ、(シン)くんも父様(トウサマ)も気を()かないでね?()()()()でいて。でないと(クズ)れるから」


その言葉に()けかけていた力を、(シン)忋抖(カイト)(トド)めて、より一層(イッソウ)精気(セイキ)を送る。何故(ナゼ)樂采(ガクト)此処(ココ)に居て、どうして何もかもを知っているのか問い正したいけれど、()玳絃(タイゲン)(トド)めなければならない。精気(セイキ)を送り続ける(シン)の手首と、忋抖(カイト)右眼(ミギメ)(ハス)()かぶ。それに(ウナズ)いた樂采(ガクト)は、少し居住(イズマ)いを正して悧羅(リラ)の手を取った。


悧羅(リラ)ちゃん、落ち着いてね?」


()えて(フル)える手を(ツツ)みながら、()()ぐに見つめられて悧羅(リラ)は目を見開いた。


落ち着け、と言っても大切な(タカラ)のひとつが(テノヒラ)から(コボ)れかけている。自分のことなら()()()()(イタ)もうが、(マユ)ひとつ動かさない悧羅(リラ)唯一(ユイイツ)(ヨワ)みは、()()だ。


(シン)筆頭(ヒットウ)に、血族(ケツゾク)(イタ)むことを何より(キラ)い、その者以上に(イタ)んで(モロ)くなる。


普段(フダン)であれば何が起こっても、(イキ)をするように(ミチビ)いてくれるのに、()()()()()()()()()()()()()


時折、自分を見失(ミウシナ)うほどに。


()()()()に大きな愛情(アイジョウ)(ソソ)ぎ続け、見返(ミカエ)りなど(モト)めることもせず、真綿(マワタ)(ツツ)むように(マモ)ってくれる。


何も知らない者たちが見れば、何故(ナゼ)()()()()と思うだろうが、()()悧羅(リラ)という(ヒト)なのだ。


(オノレ)よりも(タカラ)(サダ)めた者たちが(サイワイ)であるように。

(シン)から(モラ)った(サイワイ)(コボ)れないように。


(ネガ)い、動く。


()()()()()(ミナ)悧羅(リラ)(カタワラ)居続(イツヅ)けたいと(ノゾ)むし、(マモ)れる自分で()ろうとする。


(シン)も。

忋抖(カイト)も。

樂采(ガクト)も。

玳絃(タイゲン)だって、()()()()()(ハズ)だ。


ただ、少しだけ(ミナ)が、何かを()(チガ)えてしまった()()で。


「考えて、悧羅(リラ)ちゃんなら()()()(ボク)もお手伝いするからさ」


(ツツ)んだままの手に、ぎゅうっと力を()めると、目を見開いたままの悧羅(リラ)から大きな嘆息(タンソク)が落ちた。自身を落ち着かせるように、幾度(イクド)か大きな(イキ)()り返した悧羅(リラ)が、視線(シセン)を動かし始めた。()れる眼差(マナザ)しが、玳絃(タイゲン)(トラ)え、精気(セイキ)を送り続ける(シン)忋抖(カイト)に動く。悧羅(リラ)が見つめる間にも、玳絃(タイゲン)身体(カラダ)から(キシ)む音が(ヒビ)いていく。一際(ヒトキワ)大きく亀裂(キレツ)が走った(ウデ)に、(シン)が顔を上げたけれど、それには樂采(ガクト)(カブリ)()った。


今、悧羅(リラ)思考(シコウ)()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()

()()で、()()()()()()()()()()()のだから。


分たれる道の先を()()()()()()()()()、口に出すことが出来ない。樂采(ガクト)手伝(テツダ)えるのは、悧羅(リラ)が決めた()()()にしかない。


「…っつ…!」


「…ちょっ…と、待てって…っ!」


からからと()がれ落ちていく(スミ)に、(シン)樂采(ガクト)(イキ)()むのと、そうか、とごちた悧羅(リラ)が自分の(ウデ)を切り()いたのは同時(ドウジ)だった。


(ユル)してたも…、玳絃(タイゲン)…っ」


ぽつりと(ツブヤ)いた悧羅(リラ)の手が、(ツツ)んでいた樂采(ガクト)から(ハナ)れると、ふわりと動く。は?、と玳絃(タイゲン)(ササ)える2人(フタリ)が目を見開く前に、()き出して流れ出した血を(フク)んだ悧羅(リラ)玳絃(タイゲン)(フカ)口付(クチヅ)けた。


「…っ!…()…っ!?」


顔の形などとうになく、(クズ)れかけた(クチビル)を深く口付(クチヅ)けて開くと、(フク)んだ血を流し()む。ざらりとした(スミ)を押し退()けて流し()まれた血が、玳絃(タイゲン)(ノド)を通る音がする。名を呼ぶことも(ユル)されないまま、唖然アゼンとしたままの(シン)忋抖(カイト)の目の前で、今度は悧羅(リラ)襟元(エリモト)から光が()れ出した。


その光を、(シン)忋抖(カイト)()()()()()()()


忋抖(カイト)(オサナ)(コロ)に。

(シン)は、悧羅(リラ)窮地(キュウチ)(オチイ)(ゴト)に。


もう何百年も見ることの無かった(ヒカリ)(アフ)れ出て、止めるために声を上げようとした2人(フタリ)は次には、また(イキ)()んでしまった。


悧羅(リラ)から(アフ)れ出た光は、白い(ハダ)(ツタ)って()れた手から玳絃(タイゲン)に流れていく。流れた光は波となって(スミ)()した玳絃(タイゲン)身体(カラダ)縁取(フチド)ると、1本(イッポン)(スジ)になり、当てられた手から()()まれるように悧羅(リラ)の中へと(モド)り、(スミ)であった玳絃(タイゲン)(キズ)が、流れ込む光とともに悧羅(リラ)(ウツ)り始めた。


悧羅(リラ)っ!?!


「…っ!待って!駄目(ダメ)だっ!!」


「動かないでっ!!()()()()っつ!!!」


玳絃(タイゲン)口付(クチヅ)けたまま、炭化(タンカ)する悧羅(リラ)の姿に、(シン)忋抖(カイト)が手を()ばそうとするのを、樂采(ガクト)が間に入って止めた。


ここで(ハバ)まれるわけにはいかない。


びくりと止まった2人(フタリ)視線(シセン)を返すこともせず、樂采(ガクト)(シン)の手を(ツカ)んだ。


全開(ゼンカイ)(モラ)って!!」


右手で(シン)を、左手で悧羅(リラ)(カタ)()れた樂采(ガクト)から(サケ)ばれて、(シン)も道に意識(イシキ)(アツ)めた。これまで(ユル)やかに流れてくる(ハス)精気(セイキ)に、意識(イシキ)(カタム)けたことはない。悧羅(リラ)(ユズ)るためだけに(モラ)い受けていたから、道を開いても流れてくるのは細い小川(オガワ)のようなものだったろう。初めて(ミズカ)()しいと(ネガ)って開いた道が、()けるような熱を持つと、どっと()(ツブ)すほどの精気(セイキ)()()せた。


これまで開いてきたのは、ほんの(ワズ)かであったのか。


(カタ)く閉じられたままの門扉(モンピ)()(ヤブ)る勢いで(メグ)精気(セイキ)に、ぐらりと(カタム)(シン)身体(カラダ)樂采(ガクト)(ツカ)む。(ツカ)まれた(トコロ)が熱を持つと、受け取った精気(セイキ)()()1()()目指(メザ)して()(メグ)り、樂采(ガクト)の手を(カイ)して流れ出ていく。(オボ)れるかと思えたモノを、今度は急激(キュウゲキ)(ウバ)われて、意識(イシキ)手放(テバナ)しそうになるが、樂采(ガクト)()ぶ声と悧羅(リラ)姿(スガタ)()()()()()()(ユル)さずにいてくれる。


「お願い、(シン)くん。(コラ)えて」


受け取った精気(セイキ)の重さに苦しくなるのは、(シン)だけではない。()れる(イキ)の中から(ネガ)った樂采(ガクト)も、気を()けば(クズ)れてしまいそうだ。馴染(ナジ)みのあるものではあるけれど、身体(カラダ)の中で(アバ)(マワ)精気(セイキ)を、左手から(ハナ)って悧羅(リラ)へと送る。(シン)の中へと流れ出した精気(セイキ)が、(シン)()じる前に、(ウバ)い送り出す(タメ)だけに、樂采(ガクト)も当てた手に意識(イシキ)を集める。


玳絃(タイゲン)から悧羅(リラ)へと(ウツ)った(キズ)は、ただの(キズ)ではない。

(アヤカシ)の、それも鬼神(キジン)身体(カラダ)葬送(ソウソウ)するための(マジナイ)栄州(エイシュウ)の安らかな(ネム)りが(ガイ)されることがないように、と願われ悧羅(リラ)荊軻(ケイカツ)(ホドコ)した。2人(フタリ)能力(チカラ)()える()()()()()消せないし、消そうと思うならそれ以上の能力(チカラ)()()()()()()()()()()()()


肉体(ニクタイ)を燃やし()くす(マジナイ)を組み()んだ、(ホムラ)欠片(カケラ)()った(キズ)。それも悧羅(リラ)荊軻(ケイカツ)の手によるものなのだから、2人以上の能力(チカラ)となれば(ハナ)だけだろう。


(シン)がどれほどに(イヤ)しても。

忋抖(カイト)がどれほど精気(セイキ)(オク)っても。

それだけで、(クズ)れていく玳絃(タイゲン)(トド)めることなど、出来る(ハズ)もないのだ。


ゆっくりと、少しずつ悧羅(リラ)へと(ワタ)精気(セイキ)が、(ウツ)った(キズ)(イヤ)していく。出来れば1度に(ユズ)ってしまいたいけれど、それでは駄目(ダメ)だ。亀裂(キレツ)の入った(ウツワ)(イキオ)いをつけて水を(ソソ)げば、()れてしまって元には(モド)らない。(イク)ら同じものとはいえ、これだけの質量(シツリョウ)を持った精気(セイキ)を1度に流せば、悧羅(リラ)といえど()えられるか分からないだろう。


(コワ)れて(クズ)()てさせることだけは()けなければならない。


里のためではなく、悧羅(リラ)(シタ)うすべての者たちのために。


(アバ)(メグ)精気(セイキ)で、樂采(ガクト)身体(カラダ)(キシ)む。じっとりと()かんでくる(アセ)を冷たく感じても、此処(ココ)で止めるわけにはいかない。(ウス)れそうになる意識(イシキ)精気(セイキ)()(メグ)(イタ)みで()えて、2人(フタリ)(ツカ)樂采(ガクト)の手が()え切るまで()えた(コロ)、ようやく先が見え始めた。玳絃(タイゲン)から悧羅(リラ)(ウツ)った(キズ)が、襟元(エリモト)から()れる光が細くなる(ゴト)にゆっくりと()えていく。


「閉じて、(シン)くん」


光が細くゆらりと()らめいたのを見やって、樂采(ガクト)(シン)に道を閉じるように(タノ)んだ。黒く炭化(タンカ)した悧羅(リラ)の顔と右腕が、(ホノ)かに(カガヤ)きながら元の姿を取り(モド)すと、するりと立ち(ノボ)って消えていく。()った光が悧羅(リラ)身体(カラダ)()らしたが、樂采(ガクト)から見える(トコロ)(キズ)は残されていないようだ


ゆっくりと玳絃(タイゲン)から(クチビル)(ハナ)悧羅(リラ)の姿に、どっと疲労(ヒロウ)が押し寄せた。長い(ジカン)(アバ)(マワ)精気(セイキ)(オカ)されて、身体中(カラダジュウ)(キシ)んでいる。大きく(イキ)()くと、樂采(ガクト)身体(カラダ)から力が()けた。


樂采(ガクト)っ!?」


流石(サスガ)に立っていることも出来なくて、ぐらりと(カタム)いた樂抖(ガクト)(ウデ)忋抖(カイト)(ツカ)まれた。()()せられて()に当たった(ヌク)もりに、身体(カラダ)(アズ)けると、(ヒタイ)に当てられた手が樂采(ガクト)(イヤ)し始めた。


「お前、(アト)()()()()()説明(セツメイ)しろよ?」


「は―い…、って(ボク)よりも(シン)くんは?玳兄(タイアニ)さまはっ!?」


(タズ)ねた樂采(ガクト)に、少し目を細めた忋抖(カイト)に言葉に()まってしまう。


「全部は、…無理(ムリ)だったんだね」


(アズ)けていた身体(カラダ)を起こして、(シン)()()められたままの玳絃(タイゲン)近寄(チカヨ)る。


(イキ)(オダ)やかだ。

黒く亀裂(キレツ)の入っていた、()()

()()げていた半身(ハンシン)も、炭化(タンカ)していた右腕(ミギウデ)も、(モト)(カタチ)()()()る。


けれど。


土に投げ出された左腕(ヒダリウデ)()()が、()()()()だ。


からからと()がれ落ちていく音とともに、玳絃(タイゲン)左腕(ヒダリウデ)()()()()()


「…っ…、樂采(ガクト)…、何か()()()()()?」


ぽつりと(ツブヤ)いた(シン)は、玳絃(タイゲン)()()める(ウデ)に力を()める。よくよく見れば、(シン)悧羅(リラ)忋抖(カイト)も、玳絃(タイゲン)精気(セイキ)を送ることを()めてはいない。


だが、()()以上は―――。


「…ごめんね…」


「…っ…」


ふるっと(カブリ)()った樂采(ガクト)に、(シン)(イキ)()んだ。


「…そうか…」


ぐっと(ウデ)に力を入れた(シン)の姿に、樂采(ガクト)(コブシ)(ニギ)ると、(トナリ)()(ササ)えてくれていた忋抖(カイト)からも(イキ)()む音がした。


「とりあえず、(ミヤ)(モド)ろう。玳兄(タイアニ)さまの身体(カラダ)は、()()ぼろぼろだから」


嘆息(タンソク)しながら(ツタ)えると、(シン)忋抖(カイト)視線(シセン)玳絃(タイゲン)に落ちる。だが、悧羅(リラ)だけが玳絃(タイゲン)(スガ)りついたまま、動こうとしない。


悧羅(リラ)ちゃん、玳兄(タイアニ)さまを休ませてあげて。悧羅(リラ)ちゃんが動かなきゃ駄目(ダメ)なのは、()()()()()でしょ?」


そっと悧羅(リラ)()に手を当てると、びくりとした(フル)えが伝わってきた。ぽんぽんと(ナダ)めるように(タタ)いてやると、ゆっくりと身体(カラダ)を起こした悧羅(リラ)樂釆(ガクト)(トラ)える。


「…そう…、…そうであったな…」


玳絃(タイゲン)身体(カラダ)に置いたままの手で、ぐっと(コロモ)(ツカ)んだ悧羅(リラ)が、するりと玳絃(タイゲン)(ホオ)()でた。(カス)かにも動かない玳絃(タイゲン)の姿に1度(クチビル)()んでから、悧羅(リラ)(フタタ)樂采(ガクト)を見た。眼差(マナザ)しだけで、何を(ネガ)われているか(オモンバカ)ることなど、樂采(ガクト)には容易(タヤス)いと()()()()()のだ。


「…玳兄(タイアニ)さまを休ませててくれるなら、(ボク)(アツ)めて帰るよ」


「…すまぬ…」


はあ、と(カタ)を落とした樂采(ガクト)に深く頭を()げてから、悧羅(リラ)(シン)を見た。言葉(コトバ)もなく立ち上がった(シン)(カカ)えられた玳絃(タイゲン)から左腕(ヒダリウデ)が、ぼとりと地に落ちた。ゆらゆらと()れる左の(ソデ)悧羅(リラ)(ムス)ぶと、ふわりと2人(フタリ)の姿が消える。


普通(フツウ)()けて(モド)ったのでは、大騒(オオサワ)ぎになるだろう。(ミヤ)()(モノ)たちにも、()()知られないほうがいい。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。


やれやれ、と嘆息(タンソク)すると、ぽんっと頭に手を置かれた。


「…なんで父様(トウサマ)は残ってるの?一緒(イッショ)に行かなきゃ駄目(ダメ)でしょう?」


「だって、お前だってぼろぼろだろ?大事(ダイジ)な子どもを置いていけるわけない。…何かするんなら手伝わせて()しいしね」


幼子(オサナゴ)じゃないんだから、平気(ヘイキ)だよ。手のかかることじゃないし」


「…それでも、だよ」


くしゃりと(カミ)()()ぜてくる忋抖(カイト)見上(ミア)げると、小さく苦笑(クショウ)()かべている。


父様(トウサマ)って、不器用(ブキヨウ)(アマ)いよねえ」


「はあ?」


落ち着いて見せている忋抖(カイト)(マナコ)は、()えず()れている。玳絃(タイゲン)の姿に心を(イタ)めて、ともに(イタ)(シン)悧羅(リラ)(カタワラ)()たいのだろうに、()である樂采(ガクト)が見える(トコロ)()ることを選んでくれた。


これまでも。

これからも。


ずっと変わらずに、()()()()()()()のだろう。


父様(トウサマ)は、もう少し我儘(ワガママ)になってもいいと思うよ?」


「なんだよ、いきなりさあ…」


「なんでもないよ」


()で続ける手から(ノガ)れて足を進めると、樂采(ガクト)先刻(サキホド)まで玳絃(タイゲン)()場処(バショ)(ヒザ)をついた。上衣(ウワゴロモ)()いで広げてから、地面に散らばった欠片(カケラ)を集めて乗せていく。最後に落ちた(ウデ)(ホカ)は小さな欠片(カケラ)だ。(スミ)となって雨に()けてしまったものは集めようもないが、残されたものを丁寧(テイネイ)(ヒロ)い集める。忋抖(カイト)樂采(ガクト)が集めているのが何なのか分かったのだろう。落ちた(ウデ)を、自分の上衣(ウワゴロモ)でそっと(ツツ)んでいる。


「…(モド)せるのか?」


「…ううん…」


ふるっと、(カブリ)()りながら最後の1つの欠片(カケラ)(ヒロ)って上衣(ウワゴロモ)(ツツ)む。(カカ)えて立ち上がると、苦虫(ニガムシ)()(ツブ)した忋抖(カイト)が見えた。


「持って帰ってきてほしがってたから、それだけ」


(ダレ)が、とは口に出さずとも分かってくれたようで、樂采(ガクト)から上衣(ウワゴロモ)を引き取った忋抖(カイト)が小さく(ウナズ)いた。(スミ)となってしまった玳絃(タイゲン)(ウデ)には、重さも感じない。押し(イダ)きたくても、(ワズ)かな力で(クダ)けてしまう。


こんなふうに苦しめたかった(ワケ)ではないのに。


ひとつ大きく嘆息(タンソク)した忋抖(カイト)(ウデ)を、とんっと樂采(ガクト)(タタ)く。


(ソバ)()なきゃ」


(ウナガ)すように()けだした樂采(ガクト)()()うように、忋抖(カイト)も地を()る。


雨は、また、強くなっていた。

お楽しみいただけましたか?

読んでくださって、ありがとうございます。

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