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別離《淕》【ベツリ《ロク》】

更新します。

場に()()んで見えてしまった惨状(サンジョウ)に、最初に感じたのは驚愕(キョウガク)だった。一瞬(イッシュン)呆然(ボウゼン)としかけた意識(イシキ)(トド)められたのは、悧羅(リラ)(サケ)びと、ひたすらに熱くなる(チギ)りの(キズ)、そして一足(ヒトアシ)(オク)れて辿(タド)りついた忋抖(カイト)舌打(シタウ)ちをしながら横を(トオ)()ぎてくれたからだ。


玳絃(タイゲン)っ!」


(サキ)に入った忋抖(カイト)玳絃(タイゲン)(カタ)(ツカ)むと、(ワズ)かに()いた身体(カラダ)無意識(ムイシキ)のうちに(シン)手刀(シュトウ)(カサ)ねる。ぐらりと(カタム)いた玳絃(タイゲン)は、忋抖(カイト)背中(セナカ)から()()かって動きを(フウ)じてくれた。


父様(トウサマ)っつ!!」


加減(カゲン)することも出来ずに手刀(シュトウ)()びせてしまった(セガレ)気遣(キヅカ)おうとした(シン)に、忋抖(カイト)の声が()った。


()()()(アト)で!悧羅(リラ)のとこ行って!!」


玳絃(タイゲン)(ユカ)に押し付けながら(サケ)ばれて、(シン)も自分を()(モド)すことが出来たけれど、目に入る現状(ゲンショウ)にまた愕然(ガクゼン)としてしまった。


呆然(ボウゼン)(フル)えているのは、(シン)が何よりも(ダレ)よりも大切(タイセツ)(オモ)()だ。(ハナ)れていても、がたがたと(フル)えているのは分かってしまう。いつもの(リン)とした姿など見る(カゲ)も無く、(コロモ)(ミダ)され右の半身(ハンシン)血塗(チヌ)られてしまっている。


父様(トウサマ)っ!早くっつ!!」


目を見開くしか出来ない(シン)忋抖(カイト)怒声(ドセイ)が押す。ふらり、と(アシ)を進めて悧羅(リラ)の前に立った(シン)は、そのまま(クズ)れるように(ヒザ)を付くと力の(カギ)悧羅(リラ)()きしめた。


「…っ、悧羅(リラ)…」


()きしめた(ウデ)生温(ナマヌル)()が、とめどなく(アフ)れて(ニジ)んでくる。(カイナ)(オサ)めた細い身体(カラダ)()えず(フル)え続けていて、どれだけの恐怖(キョウフ)(アタ)えられたかを(シン)に知らしめた。


まさか、ここまでとは思っていなかった。


(アマ)く考えていた自分(ジブン)(ナサ)けなくて、(シン)はぎりっと(クチビル)()んだ。


悧羅(リラ)()ちる。

悧羅(リラ)(マド)わされる。


()()()()()()()()()()()()()()など、(ダレ)よりも(シン)が1番良く分かっていた(ハズ)なのに。


これまで幾度(イクド)となく(マド)わしに(アラ)がえていた玳絃(タイゲン)なら、きっと(タモ)てる。

自分自身を(リッ)して、悧羅(リラ)()としての思いを()んでくれる。

悧羅(リラ)(カイナ)(オサ)めてしまっても、玳絃(タイゲン)()()()()()として(クル)わされることなどないと考えてしまった。


()()()()()()()()()()()()()()、と少し考えれば容易(タヤス)く分かったことなのに、()として()(アン)じる心が(シン)思考(シコウ)(ニブ)らせたのだ。


悧羅(リラ)、ごめん…。ごめんな」


「…(チギ)、りが…っ」


(フル)え続けている身体(カラダ)を強く抱きしめると、か細い声がした。(カス)れ切った声音(コワネ)も、()き出される熱い吐息(トイキ)からも悧羅(リラ)(オビ)えが伝わってくる。


(シン)と、わ、らわの…っ」


大丈夫(ダイジョウブ)…、大丈夫(ダイジョウブ)だ…っ」


(ムネ)の中で(フル)える悧羅(リラ)が、(シン)(コロモ)(ツカ)む。


「…し…、し、んがっ、()な、くな…っ」


(オレ)()()()る」


(チギ)、りっも…っ、…(シバ)りも…っ」


何処(ドコ)にもいかない、(オレ)忋抖(カイト)悧羅(リラ)()()のものだ」


(スガ)るように(コロモ)をぎゅうっと(ツカ)んでくる悧羅(リラ)を安心させたくて言葉を(ツム)ぐが、(シン)()にも冷たい(アセ)が流れた。()えていく自身(ジシン)身体(カラダ)の中で、(チギ)りの(キズ)だけが()けるように(アツ)い。


(タシ)かめなくとも分かる。


(チギ)りが(ホド)けかけているのだ。


「い、っやじゃ、っ、…いやっ、(イヤ)じゃっ(シン)…っ」


「うん、()るよ。心配(シンパイ)しなくていい。(オレ)悧羅(リラ)忋抖(カイト)も、何にも()()()()()()()()


(イナヤ)(ウッタ)える声に、嗚咽(オエツ)()じる。泣き(クズ)れる悧羅(リラ)に『大丈夫(ダイジョウブ)』としか言ってやれない自分が(ナサ)けない。普段(フダン)悧羅(リラ)なら、()()()()姿(スガタ)(モド)すことなど容易(タヤス)いだろう。けれど()悧羅(リラ)()()()せ、と(モト)めるのは(コク)だ。


(シン)(チギ)るまでの間、幾度(イクド)となく(オソ)われた恐怖(キョウフ)を、()()されたのだから。


何の(カカ)わりもない夜伽(ヨトギ)のためだけの者たちであったなら、悧羅(リラ)とて()(マモ)(タメ)相手(アイテ)(アヤ)めることも(ヨシ)とした(ハズ)だ。だが、玳絃(タイゲン)傷付(キズツ)けることは悧羅(リラ)には出来(デキ)なかった。


()であるから。

()であるから。

自分が(イタ)んでも、大切(タイセツ)(タカラ)だけは手にかけられなかった。


()()()()()()のことだ。


だから仕方(シカタ)がない。


そう思おうとするのに身体(カラダ)(イカ)りに(フル)えるのを(コラ)え切れない。ともすれば忋抖(カイト)(オサ)えられている玳絃(タイゲン)の首を、今すぐに()き切ってしまいそうだ。


じろりと()めつけた眼光(ガンコウ)が走ると、部屋が(キシ)む。ぱらぱらと落ちてくる木屑(キクズ)()じって、うわっと忋抖(カイト)の声がした。


父様(トウサマ)っ!気持ちは分かるけど落ち着いてっ!()悧羅(リラ)(サキ)っつ!」


部屋に()ちた殺気(サッキ)()(ツブ)されながら忋抖(カイト)(サケ)んだ。()てつく(コオリ)(ヤイバ)のような殺気(サッキ)は、速さを()して部屋の中を(ハシ)り続けている。玳絃(タイゲン)身体(カラダ)も、忋抖(カイト)身体(カラダ)殺気(サッキ)が当たる(タビ)に切り()かれてしまう。これほどまでに(イカ)りを(アラワ)にした(シン)を、忋抖(カイト)は見たことがない。


(ユル)せないのは、忋抖(カイト)も同じだ。

玳絃(タイゲン)に、だけではない。

()()()()()()予測(ヨソク)出来(デキ)なかった、自分自身(ジブンジシン)にも、だ。


悧羅(リラ)()()()()()()は聞かなくても分かっていたし、()()()()()()()()()とも思った。忋抖(カイト)とは(チガ)(ツラ)さだろうが、玳絃(タイゲン)()()()()にしていれば、(トオ)からず玳絃(タイゲン)の心は(コワ)れただろう。()()(ダマ)って見ていることなど忋抖(カイト)には出来ないし、()()(シン)も同じ(ハズ)だった。


だからこそ悧羅(リラ)(アマ)えておけ、と伝えたのに。


()()がどのようなことになるのかも、十二分(ジュウニブン)に分かった上で、()()()()()()()無理矢理(ムリヤリ)に落とし()んだのに。


()()()()()()()()()()()


悧羅(リラ)(キザ)まれた(シバ)りの(シルシ)が、熱い。

身体(カラダ)(オク)(カタ)く結ばれていたはずの(ムス)びが、(ホド)けていく。


(ツナ)がりを(ウシナ)うことへの恐怖(キョウフ)()り上がってくるが、()すべきは(ホカ)にある。


父様(トウサマ)っつ!!」


みしりと(キシ)身体(カラダ)(クズ)れ落ちそうになるのを、必死(ヒッシ)(コラ)えた忋抖(カイト)の声が部屋に(トドロ)くと、ふっと乗しかかっていた(アツ)が消えた。ほうっと大きな嘆息(タンソク)()いたのは、忋抖(カイト)(シン)同時(ドウジ)だったようだ。(イカ)りを()きだし()くすかのように、深く(イキ)()いた(シン)は、(ウデ)に力を()(ナオ)した。


そうだ。

玳絃(タイゲン)の目を()まさせるのも、(イカ)りに(マカ)せて(ナグ)るのも、(アト)でいい。


()は、悧羅(リラ)恐怖(キョウフ)(ヌグ)うことが最優先(サイユウセン)だ。


(カイナ)から見える悧羅(リラ)(カミ)()()って()()ぶが、聞こえてくるのは(ムセ)び泣く声だけだ。


大丈夫(ダイジョウブ)。話さなくていいから()()()()()()()上書(ウワガ)きはできる?」


悧羅(リラ)にだけ(トド)くように(ササヤ)くと、(コロモ)(ツカ)む手に力が入ったのが伝わってくる。


()()()()()()()()()()。何があっても2度と絶対(ゼッタイ)(ホド)けないように。()()()()()()()()?」


「…あ、…」


問う(シン)(ウデ)の中で悧羅(リラ)が、ごそりと動く。(ワズ)かに顔を(ハナ)すと恐怖(キョウフ)(オビ)えた()が、(ナミダ)(アフ)れさせながら(シン)見上(ミア)げていた。


「言ったよね?(オレ)は何度だって悧羅(リラ)(チギ)るって。(ホド)けたなら何回だって(ムス)(ナオ)すし、(ハナ)れたり()なくなったりしない。だから教えてくれる?」


(ナミダ)が流れ落ちる(マブタ)にそっと口付(クチヅ)けると、(アカ)(クチビル)が動いて(フル)える手が(ムネ)に当てられた。


「分かった。(マカ)せて」


「…なれど…っ」


大丈夫(ダイジョウブ)一緒(イッショ)なんだから」


出来るだけ悧羅(リラ)(アン)じられるように、()()()()()に見えるように(ツト)める。微笑(ホホエ)みながらぽんぽんと、頭を()でてやるとほんの少しだけ悧羅(リラ)から力が()けた。このまま出来れば身体(カラダ)(キズ)(イヤ)して休ませてやりたいが、(チギ)りの(キズ)が消えかけている今、そうすべきでないことは分かっている。


(オレ)大刀(ダイトウ)でいいの?」


(ムネ)に置かれた手で(シン)(ゾウ)(キザ)むのだろうことは理解(リカイ)した。だが長さが()りず、小刀(コガタナ)では(シン)(ゾウ)まで(トド)かない。()()ぜられるだろうが、(キズ)(カサ)ならない。些末(サマツ)なことだが、(アト)が残らなければ悧羅(リラ)(オソ)れを(ヌグ)うことは(ムズ)かしいようにも思える。であれば多少(タショウ)(キズ)が大きくなっても、見えるものがある方がいいだろう。考えあぐねながら大刀(ダイトウ)を取り出そうとすると、()()ばれて視線(シセン)を落とす。


「ん?どうしたの?」


きょとりとしてしまう(シン)の頭に手が()ばされて、(カミ)が引かれる。(ムネ)(モド)った悧羅(リラ)(テノヒラ)には(シン)(カミ)一筋(ヒトスジ)()っていた。


悧羅(リラ)のもいるのかな?」


(タズ)ねると、こくりと(ウナズ)いてくれた。頭を()でるのを一旦(イッタン)止めて、(ツヤ)やかな(カミ)()く。手に残った(カミ)悧羅(リラ)(テノヒラ)に乗せてやると、消えかけた(チギ)りの(キズ)(カサ)なった。(ホド)けかけているとはいえ、どうにかまだ思いを読み取ることは出来るようで、(ナガ)れてきた悧羅(リラ)(オモ)いに(シン)は、ふふっと(ワラ)ってしまった。


「…そうだね、()()()()()()()()()()()()()よね」


(カサ)ねた手を(ツナ)いで微笑(ホホエ)むと、見上げてくる悧羅(リラ)に軽く口付(クチヅ)ける。


「あいつの(コタ)次第(シダイ)だけど、(オレ)(イナヤ)はないよ。むしろ(オレ)がお願いしなくちゃならないことだ」


「…(シン)…」


「出来れば()()()()()()()、自分だけのことを考えて()しいけど、()()悧羅(リラ)だもんね」


(ワラ)える場面でないことは、(ダレ)よりも分かっている。

だが、流れて来た悧羅(リラ)(オモ)いには素直(スナオ)有難(アリガタ)いと感じることが出来た。

それでこそ悧羅(リラ)だと思えてしまう。

だからこそ、(イト)おしい。


(シン)()かれて。

()とされ()くして。

(カイナ)(ツツ)んで、(イツク)しんで。

自分が自分で無くなる(ホド)(クル)わされても。


それでも(ナオ)悧羅(リラ)に見つめられることが、(イト)おしく想ってもらえることが(サイワイ)(タマ)らない。


悧羅(リラ)(タメ)なら(イノチ)()しくはない。

悧羅(リラ)が望むことならすべてを(カナ)える、と(チカ)った思いは色褪(イロア)せてはいないのだから。


「ありがとう、悧羅(リラ)


消えかけた(キズ)から(シン)(オモ)いも(ツタ)わったのか、悧羅(リラ)(マナコ)からまた(ナミダ)(アフ)れ出す。心からの感謝(カンシャ)と少しばかりの(カナ)しみを()めて(フカ)口付(クチヅ)けてから(シン)妲己(ダッキ)()んだ。


“…(マカ)されよ…”


するりと(アラワ)れた妲己(ダッキ)は、すでに体躯(タイク)を大きくしていた。(モト)より悧羅(リラ)の最初の眷属(ケンゾク)なのが妲己(ダッキ)だ。悧羅(リラ)()()()()()()かなど言わずとも分かってくれているのだろう。(シン)意図(イト)も読み取って、ゆっくりと忋抖(カイト)(ソバ)に歩み()ってくれる。


忋抖(カイト)


(ソバ)(ハベ)った妲己(ダッキ)に押されて、玳絃(タイゲン)の上から動いた忋抖(カイト)()ぶと、(ハシ)()ってきた忋抖(カイト)も、悧羅(リラ)の姿を見て(ヒザ)()った。ぐっと(クチビル)()んで言葉を出すこともしないまま、悧羅(リラ)(キズ)(イヤ)そうとしてくれるが、(セイ)しておく。


「…なんで?」


「いいから」


動きを(セイ)されて(イブカ)しむ忋抖(カイト)に、(シン)は一言だけ()いかけた。


忋抖(カイト)、お前、悧羅(リラ)(タメ)なら()()()()()()()?」


「…は…?」


唐突(トウトツ)(タズ)ねられたことの意味(イミ)が、理解(リカイ)(ガタ)かったのだろう。目を見開いた忋抖(カイト)は、きょとりと小首(コクビ)(カシ)げた。


「…なんだよ、いきなり」


「いいから答えろ」


ゆっくりと考えさせてやりたいが、その(ジカン)がない。できれば(チギ)りの(キズ)が完全に消え()る前に、(ムス)(ナオ)してやりたいのだ。


じっと見据(ミス)えた(サキ)で、忋抖(カイト)が大きく嘆息(タンソク)すると頭を()いた。


「…死ねる…」


()き出した嘆息(タンソク)(アト)に、強い覚悟(カクゴ)が見える。(シン)見据(ミス)えられても、忋抖(カイト)(マナコ)()らぐことはなく、()()ぐに見つめ返してくる。


「よし」


(ウナズ)いて(シン)は手を()ばす。ぽんっ、と1度忋抖(カイト)の頭を()でてから(オノレ)とそっくりの(カミ)を引き()いた。開かれたままの悧羅(リラ)(テノヒラ)(アズ)けると、閉じられた(テノヒラ)(ムラサキ)鬼火(オニビ)(ホノ)かに立ち(ノボ)る。燃え()きるのを待つほんの(ワズ)かの間に、忋抖(カイト)の右の手首(テクビ)の上で指を引く。()き出る血と深く(キザ)んだキズを確かめてから、悧羅(リラ)(リョウ)手首(テクビ)自分(ジブン)(チギ)りの(キズ)も上から切り()いた。


「え?何してんの?」


「今に分かるよ」


ますます(イブカ)しげに首を(カシ)げる忋抖(カイト)をいなすと、悧羅(リラ)(ソデ)(ツカ)んだ。(ヒタイ)口付(クチヅ)けてから見やった先に、細く長い(ハリ)がある。


受け取った(ハリ)(カマ)えながら、忋抖(カイト)(ウデ)を引いて、悧羅(リラ)身体(カラダ)(シン)忋抖(カイト)(ハサ)む。


(チギ)るぞ、忋抖(カイト)


「はあ!?何言ってんの!?」


一杯(イッパイ)に引き()せた忋抖(カイト)が、(オドロ)いたように(サケ)んだ。


玳絃(タイゲン)(アト)一緒(イッショ)に消す。何処(ドコ)でも良いから力の(カギ)りに()め」


「ちょっと待って!?どういうこと!?」


「話は(アト)だ。とにかくやるぞ」


「いやいやいやいや、待って待って待って!?悧羅(リラ)は?悧羅(リラ)の気持ちは!?」


突然(トツゼン)言い出されたことに、(アセ)って動こうとする忋抖(カイト)()を、(トド)めた(ウデ)(タタ)く。()いて聞かせてやらなければ、いきなり言われた事に納得(ナットク)などできないだろうが、忋抖(カイト)(シバ)りも(ウス)まってしまっている(ハズ)だ。ほんのりと(ヒカリ)(ハナ)忋抖(カイト)に与えられた(シルシ)が、いつもよりも(カス)んでいる。


「お前の(シバ)りだって()かれかかってんだ。覚悟(カクゴ)があるなら受け入れろ。(イヤ)だって言うなら、(オレ)悧羅(リラ)だけで(チギ)るぞ?いいのか?」


悪戯(イタズラ)(ワラ)って見せながら、(シン)悧羅(リラ)と指を(カラ)ませた。()け落ちていく(チギ)りの(キズ)(カサ)ねてみたが、もうぼんやりとしか(ツナ)がれない。新しく作った(キズ)だけでは、玳絃(タイゲン)の流し()んだ(オモ)いを消し去ることが出来ないということだ。


「それはよくない…、よくないんだけど…。いや、でもさ…」


(オレ)悧羅(リラ)も、()()()()()()()()()()()()と思ってる。でも()()()いることは出来ないから、お前が決めてくれ。…あんまり長くは()ってやれないのが(モウ)(ワケ)ないけどな」


(カマ)えた(ハリ)()ろして苦笑(クショウ)しながら伝えると、忋抖(カイト)三度(ミタビ)嘆息(タンソク)して頭を(カカ)えた。


「…あー…、もう、ほんっとに大馬鹿(オオバカ)なんじゃないの?」


(アキ)れた声で(ツブ)やいた忋抖(カイト)は、悧羅(リラ)の左手を取ると(コウ)口付(クチヅ)けて微笑(ホホエ)んだ。


(コトワ)理由(リユウ)なんて、見つからないじゃないか」


ふふっと(ワラ)忋抖(カイト)の指に、悧羅(リラ)の指が(カラ)んで(ツナ)がれる。(シン)がつけた(キズ)悧羅(リラ)から(カサ)ねられて、忋抖(カイト)が、また(イキ)()んだ。


(ノゾ)まれて(チギ)りを(ムス)べるのだ、と知らしめるには充分(ジュウブン)だったのだろう。手を(ツナ)ぐだけのつもりだった忋抖(カイト)表情(カオ)に、ますます()みが()かんで(シン)(ハリ)(カマ)(ナオ)す。


妲己(ダッキ)(ミッ)つ数えて。忋抖(カイト)、絶対(ハナ)すなよ?」


了解(リョウカイ)


(ウナズ)いた忋抖(カイト)が左の首筋(クビスジ)に、玳絃(タイゲン)の付けた(アト)には(シン)(キバ)()える。妲己(ダッキ)(カゾ)えが(ミッ)つを(トナ)えた刹那(セツナ)悧羅(リラ)身体(カラダ)2人(フタリ)(キバ)()き立てられた。同時に()()ろした(ハリ)が、忋抖(カイト)()から()()ぐに、悧羅(リラ)()えて(シン)までを穿(ウガ)った。


(ムネ)(ツラヌ)(ニブ)(イタ)みで、(シン)忋抖(カイト)(キバ)がより悧羅(リラ)に深く()()んでいく。


「…あ、っ、あっ、あああっつ!!」


唐突(トウトツ)()じり合う()()()と、めりこんでいく(キバ)の痛みで()()悧羅(リラ)を、(ツナ)いだ手で2人(フタリ)が強く引いて(トド)める。衝撃(ショウゲキ)()れた(ハリ)が、ぱきりと(カワ)いた音とともに(クダ)けると、()()()が入り始めた。


悧羅(リラ)のすべてが、(シン)忋抖(カイト)の中へ。

(シン)忋抖(カイト)のすべてが、悧羅(リラ)の中へ。


濁流(ダクリュウ)のように流れた(ジカン)()みしめる間も無く、(クダ)けた(ハリ)穿(ウガ)たれた(アナ)から身体(カラダ)に入っていくと、どくん、とひとつ鼓動(コドウ)(カサ)なった。穿(ウガ)った(シン)(ゾウ)()()()(ツカ)まれて、(ニギ)(ツブ)されるかのような(アツ)に、(イキ)をすることさえも(ウバ)われる。(シラ)んでしまう意識(イシキ)手放(テバナ)してしまいそうにもなるのを()えると、次には(シン)(ゾウ)()()()けるように熱を持った。


(ツブ)され、()かれた(シン)(ゾウ)が動きを止めて、(ヤミ)が押し()せる。ぐらりと()れた(ミッ)つの身体(カラダ)(カサ)なったまま(クズ)れて落ちていく。


やっば、…しくじった…。


途切(トギ)れていく意識(イシキ)の中で、(シン)悧羅(リラ)(サガ)すしかできない。


姿を見せていないと、(オビ)えてしまう。

手を(ハナ)してしまうと、泣いてしまう。

()きしめていてやらなければ、(コゴ)え切ってしまう。


(シン)()ないと。

(シン)(ハナ)れてしまうと。

()()(サイワイ)()()けてしまう。


(サイワイ)にしてやれることは()()残っているのに、()わらせることなどできはしない。


そう思うのに(ウス)れゆく自分では、(ツナ)いだ手に力を()めるように(ネガ)うことしか出来ない。苦虫(ニガムシ)()んだ(シン)(マブタ)が重く重く()じていく―――()()()


ちりん、と小さな(スズ)()がした。


1度目の(オト)で、3人の身体(カラダ)鼓動(コドウ)()(モド)す。


どくん、と()ねた身体(カラダ)に2度目の(オト)()れば、止まっていた呼吸(コキュウ)がぶり(カエ)された。急激(キュウゲキ)に返された呼吸(コキュウ)(セキ)()むしか出来ずにいると、3度目の(スズ)に、ぱんっ、と()(タタ)く音が()ざった。


瞬間(シュンカン)、開かれた視界(シカイ)(アザ)やかな(ムラサキ)(カミ)が飛び込んできた。(ムネ)(アズ)けられた身体(カラダ)は、(ハゲ)しく咳込(セキコ)み続けてはいるが、(タシ)かに()()()る。投げ出されているのは(ハリ)穿(ウガ)った右腕(ミギウデ)だけで、(カラ)ませていた手は(ホド)けることなく(ツナ)がれたままのようだ。()(ウエ)で、(ミズカ)らも咳込(セキコ)みながら悧羅(リラ)(アン)じようと動く忋抖(カイト)の姿も見えた。(ツナ)がれたままの手を少しだけ動かして(キズ)(カサ)ねると、悧羅(リラ)(オモ)いが(アザ)やかに()み取れる。


(シン)忋抖(カイト)()(アン)じる、不安(フアン)

2人(フタリ)との(ツナ)がりが(ホド)ける、(オソ)れ。

2人(フタリ)()させてしまったことへの後悔(コウカイ)と、それらを凌駕(リョウガ)する安堵(アンド)


今度は、(ハナ)さなかった。


ふはっと()れた(ワラ)いとともに投げ出された(ウデ)を上げて、忋抖(カイト)ごと悧羅(リラ)を抱きしめる。


「…上手(ウマ)く行った…、かな…?」


「…父様(トウサマ)、苦しい…」


(ウデ)にも(ツナ)いだ手にも、ぎゅうっと力を入れると悧羅(リラ)が強く(ニギ)り返してくれた。すりっと(ムネ)()りよった悧羅(リラ)から()れる深い安堵(アンド)嘆息(タンソク)が、(シン)強張(コワバ)った身体(カラダ)(ユル)めていく。


「…すま、ぬ…」


「なにが?(サイワイ)でしかないじゃない」


(キズ)をより深く(カサ)ねがら伝えた(シン)(ムネ)に、悧羅(リラ)が強く()()る。顔を上げたのか(ムネ)に当たっていた(ハダ)(ハナ)れると、視界(シカイ)(フサ)いでいた(カミ)が、はらはらと流れ落ちて悧羅(リラ)の顔が見えた。


「…ぐしゃぐしゃじゃないか…」


泣き()くして(ナミダ)()れそぼった顔を(ツツ)んでやると、また大粒(オオツブ)(ナミダ)がとめどなく(アフ)れだした。当てた手に(ツタ)(ナミダ)はそのままに、小さく(ワラ)(シン)悧羅(リラ)が深く口付(クチヅ)けた。まだ(タガ)いの(イキ)()()てたままだというのに、()れたいという悧羅(リラ)の思いが伝わってくる。


「ね?何処(ドコ)にも行ってないでしょ?(オレ)悧羅(リラ)のだよ」


(ハナ)れた(クチビル)を軽く()むと、悧羅(リラ)が何度も何度も(ウナズ)いた。


(カイ)()にも…、すまぬことをした…」


「はあ?なにがだよ?」


(フル)え出した悧羅(リラ)を、忋抖(カイト)が引き上げて(ヒザ)に乗せた。


「あーあー、もう…こんなになって…」


ようやく見えた悧羅(リラ)の顔を苦笑(クショウ)しながら忋抖(カイト)(ヌグ)う。()(マミ)(ナガ)した(ナミダ)(マト)われて、小さく(フル)え続ける()()に、いつもの悧羅(リラ)の姿はない。(リョウ)の手で悧羅の(リラ)(ホオ)(ツツ)んで、忋抖(カイト)悧羅(リラ)に深く口付(クチヅ)けた。


()()()()()()()()()()()()()よ」


ふわりと微笑(ホホエ)んで忋抖(カイト)悧羅(リラ)(ツツ)むと、(コラ)え切れなかったのか嗚咽(オエツ)が聞こえ出した。


(カイ)()、にっ、この、ようなっ、(ゴウ)…」


「いやいや、何言ってんの。むしろ(ウレ)しいことだよ。(オレ)のこと、()()()()()()()のかと思ってたから」


ぎゅうっと抱きしめる(ウデ)忋抖(カイト)が力を()めると、ふるふると悧羅(リラ)(クビ)()る。


「だって(オレ)()んで()()()()()()()


「…それ、は…っ」


苦笑(クショウ)しながら出した言葉に悧羅(リラ)(イキ)()んだ。


「…()()()()()。…ちゃんと()()()()()()()


抱きしめた()を、ぽんぽんと軽く(タタ)いてやると(カイナ)の中から悧羅(リラ)忋抖(カイト)見上(ミア)げてきた。()らぐ(マナコ)を見つめ返して、もう一度(フカ)口付(クチヅ)ける。正直(ショウジキ)何に言えば何が何かも分からなかった。けれど、(シン)(ゾウ)穿(ウガ)たれた瞬間(シュンカン)唐突(トウトツ)にすべてを理解(リカイ)することができたのだ。


悧羅(リラ)()ばかなった、のではない。

()べなかったのだ、と。


(モト)より(チギ)りを(ムス)んでいた(シン)は、(スデ)にすべてを悧羅(リラ)と分け合っていた。

悧羅(リラ)背負(セオ)(ゴウ)も。

(カカ)えている(クル)しみも。

2人(フタリ)(ツチカ)ってきた(サイワイ)も。


2人(フタリ)形造(カタチヅク)られる前からの、(タマシイ)による(ムス)びつきがあるから、()()()()()()()悧羅(リラ)(シン)の名を()んだ。


けれど、忋抖(カイト)はその2人(フタリ)から(ツク)られたものでしかない。


どんなに悧羅(リラ)忋抖(カイト)(オモ)ってくれても。

どんなに忋抖(カイト)悧羅(リラ)(イト)おしいと(オモ)っても。

悧羅(リラ)がすべてを(アタ)えてくれていても、奥底(オクソコ)(カン)()ない場処(バショ)では、忋抖(カイト)への申し訳なさがあった。


ただ純粋(ジュンスイ)に。

もっと自由(ジユウ)に。

(ダレ)(ハバカ)られることもなく。


ひとりの()として、(ダレ)かひとりと(オモ)(オモ)われる今日(コンニチ)があったのではないか、と。

悧羅(リラ)(カタワラ)()(ツヅ)けることで、()()(ゴウ)や苦しみから(ニガ)すことが出来るのではないか、と。


一度取った手を(ハナ)すことが()()くほどに(ツラ)くとも、その(サキ)に本当に忋抖(カイト)(サイワイ)があるのなら。

()()()()()()忋抖(カイト)の手を(ハナ)してやれない、と。


そう思っていたからこそ、悧羅(リラ)(シン)の名だけを()んでいたのだ。


(オレ)(アキ)らめないでいてくれて、…(ハナ)したくないって思ってくれて、ありがとう」


ふふっと(ワラ)って(キズ)の残る手をひらつかせた忋抖(カイト)(ムネ)に、悧羅(リラ)(クズ)れて落ちた。


「…っ、すま、ぬ…っ…」


()びる悧羅(リラ)(フル)える身体(カラダ)(サス)忋抖(カイト)に、悧羅(リラ)が強く(スガ)り付いた。


「ほんっと悧羅(リラ)()()()()()()なあ。…(オレ)()、どれだけ(サイワイ)にしてもらったと思ってるんだよ」


手に入れられないと(アキラ)めていた。


すべてを分け(アタ)えられていても。

(シバ)りを(ムス)んでもらえていても。

(イツク)しむ権利(ケンリ)も、(イト)おしいと言える立場(タチバ)に立たせてもらえていても。


(チギ)り』という唯一(ユイイツ)絶対(ゼッタイ)のものだけは、自分のものにはならないのだと言い聞かせ続けていたのに、()()(アタ)えられてしまった。


本当の意味で『無二(ムニ)』として、(ハナ)れるなと言ってもらえた。

本当の意味で忋抖(カイト)にすべてを(ユダ)ねてくれた。


悧羅(リラ)からの(イツク)しみは、忋抖(カイト)が感じていたものよりも、深く大きなものであったのだ。


(スガ)りついて(ムセ)()きながら(フル)えている身体(カラダ)を強く()きしめてから、忋抖(カイト)悧羅(リラ)を抱き起こした。


「ほら、まずは身体(カラダ)を休めなきゃ。もう(イヤ)しても良いんでしょ、父様(トウサマ)?」


悧羅(リラ)の顔を自分の(ソデ)でごしごしと(ヌグ)いながら(タズ)ねられて、(シン)も、よいしょ、と身体(カラダ)を起こした。(タズ)ねられたものの、(スデ)忋抖(カイト)右眼(ミギメ)には(ハス)()かんで、(カザ)した(テノヒラ)(ホノ)かに光を(ハナ)っている。


「聞く前からやってるじゃないか」


「当たり前でしょ?」


(シン)苦笑(クショウ)しながら手を()ばして悧羅(リラ)(ホオ)(ツツ)む。ゆっくりと精気(セイキ)を流していくと、大きな嘆息(タンソク)(ツツ)んだ(テノヒラ)にかかった。


悧羅(リラ)(キズ)だらけでいるだなんて、見てるだけで(イタ)いんだよ。速く(ナオ)してよ」


「いやいや、お前だってやれるだろ?」


(イヤ)しの(ジュツ)父様(トウサマ)のほうが得意(トクイ)でしょ?ほら、速くして」


「…なんだか、お前(オレ)に冷たくないか?」


()かされて苦笑(クショウ)してしまうが、(シン)悧羅(リラ)()えず血を流している姿を見続けているのは(コノ)ましくはない。とはいえ忋抖(カイト)(カコ)われたままでは、()れられる場処(バショ)(カギ)られて(キズ)見定(ミサダ)めることも出来ないのだが。


「じゃあ、悧羅(リラ)を返してよ」


「それは駄目(ダメ)


駄目(ダメ)って…、(オレ)のなんだけど」


()()()()()()()(イヤ)せるのは知ってるんだから。それに、父様(トウサマ)()()()じゃないでしょ?」


(カザ)した手で忋抖(カイト)が、とんっと悧羅(リラ)首筋(クビスジ)に残された(キバ)(アト)(シメ)して悪戯(イタズラ)(ワラ)う。()わんとしていることが知れて、(シン)(ワラ)えてしまう。


(タシ)かに、()()(シン)()()()()()とは言えなくなった。


忋抖(カイト)(スク)うと決めた日から、同格(ドウカク)だと(ミト)めた(アト)も、ほんの少しの優越感(ユウエツカン)を持っていたのは(イナ)めない。忋抖(カイト)はよく、どうして余裕(ヨユウ)があるのか、と不思議(フシギ)そうにしていたが、(チギ)りを(ムス)べていたのは(シン)であったから、その部分での安心感が余裕(ヨユウ)として見えていたのだろう。

けれど、それも()()()()()()


「そうだな、(オレ)忋抖(カイト)悧羅(リラ)だ」


それも(ワル)くない。

すとん、と(ムネ)に落ちた(オモ)いと、ちくりと(ウズ)(ムネ)の痛みにくすくすと(ワラ)いが()れてくる。


以前の(シン)なら、到底(トウテイ)考えられなかった。

悧羅(リラ)(オモ)いを()せる者。

悧羅(リラ)()れたいと(ネガ)う者。

(ミナ)(ウカガ)い知らぬ(トコロ)で、そのすべてを()かったことにしてきた。

悧羅(リラ)の心に()れるのは自分だけで()りたかったから。


それを忋抖(カイト)が変えた。


(シン)がすべてを差し出しても(オギナ)え切れないことは、忋抖(カイト)(オギナ)ってくれる。

(シン)悧羅(リラ)傷付(キズツ)けたと(ナヤ)んでも、忋抖(カイト)がまた(ムス)び直してくれる。

(タガ)いが(ヌグ)えない悧羅(リラ)(ウレ)いは、どちらかが(ヌグ)えばいい。


この数十年(スウジュウネン)忋抖(カイト)がいつも()()()()()()()()()()()()


いつの間にか(シン)忋抖(カイト)()りかかっていたようだ。


「お前は本当に(オレ)特別(トクベツ)だったよ、忋抖(カイト)


「ええ?なにそれ?知ってましたけど?」


()いた手を()ばして忋抖(カイト)の頭を、くしゃりと()でると()れたようにはにかんで見せてくれる。


「教えてやらねえよ」


ふふっと(ワラ)うと忋抖(カイト)(ウデ)の中からも、小さな(ワラ)い声がした。視線(シセン)を返すと悧羅(リラ)もようやく微笑(ホホエ)みを()(モド)してくれたようで、(シン)の手を(ツツ)んで()()っている。どうにか(ワラ)うまで気持ちを(モド)せたことに、(シン)忋抖(カイト)もほっと(ムネ)()()ろした。


「やっぱり悧羅(リラ)感謝(カンシャ)だな。(オレ)忋抖(カイト)をくれたのは悧羅(リラ)だもん」


(ヒタイ)口付(クチヅ)けると目を細めて悧羅(リラ)がふるっと(クビ)()る。


(シン)がおってくれたからこそであろ?(シン)()()()()()(イマ)()()()()も、(ワラワ)唯一(ユイイツ)であってくれらばこそ、(ワラワ)忋抖(カイト)という無二(ムニ)()られるのじゃ。…のう、忋抖(カイト)?」


()てた(テノヒラ)口付(クチヅ)けながら微笑(ホホエ)悧羅(リラ)忋抖(カイト)をちらりと見やると、忋抖(カイト)もまた、小さく(ワラ)いながら悧羅(リラ)(マブタ)口付(クチヅ)けた。


「まあ、そうだよねえ。父様(トウサマ)悧羅(リラ)()なきゃ(オレ)(オレ)として()れなかった(ワケ)だし。父様(トウサマ)(オレ)(ユル)してくれたから、(オレ)は今、立ってられるんだから」


ねえ?、と悪戯(イタズラ)(エミ)()かべると忋抖(カイト)(シン)の手を取って、自分の右眼に当てた。


()()()王母(オウボ)によって忋抖(カイト)に道が(アタ)えられた(アト)に、(シン)がよく行っていたこと。道を(カサ)ねれば思いを伝えることが出来るから、忋抖(カイト)が不安にならないように、特別なのだと教えるために(アタ)えられた(アト)から、(シン)(コト)あるごとにすべてを()せていたのだが、流れ込んできた思いには少し気恥(キハズ)かしくなってしまった。


忋抖(カイト)()せてくれたのは(シン)が知られていないだろうと思っていた事。

忋抖(カイト)(スク)うと決めて、荊軻(ケイカツ)()(シバ)りを(ムス)びたいと助力(ジョリョク)を申し出た(トキ)()だったから。


(ワタクシ)が同じような境遇(キョウグウ)にあっても、紳様(シンサマ)のようには出来かねましたでしょう。これまでも紳様(シンサマ)(オサ)(ツレアイ)であられたことに感謝(カンシャ)(イタ)しておりましたけれど、()()()ほど、(ホマレ)に思うたことはございませんでしたよ」


(シン)の知り()ていなかった(トコロ)で、荊軻(ケイカツ)に事実を聞かされた忋抖(カイト)が泣いている。忋抖(カイト)(タメ)に、と悧羅(リラ)荊軻(ケイカツ)に頭を()げた(シン)覚悟(カクゴ)(ヒザ)()忋抖(カイト)が見える。(シン)苦悩(クノウ)葛藤(カットウ)(ダレ)よりも分かった上で、()()()()()(ムネ)()らなければならないと(チカ)う想いが流れこんでくる。


「…知ってたのかよ…」


「けっこう前からね。()(ゴト)にしとこうかとも思ったけどさ」


あまりに()()ずかしくて退いてしまう手が(ツカ)まれて、強く(ニギ)られた。


(オレ)父様(トウサマ)父様(トウサマ)で良かった」


「…お前なあ…、()()()()()()()だぞ…」


苦笑(クショウ)してしまいながら()り上がってくる感情(オモイ)を、必死(ヒッシ)()(コロ)してみたけれど、(フル)えてしまった声音(コワネ)(カク)せなかったようで、忋抖(カイト)がくすくすと(ワラ)っていた。


父様(トウサマ)がこんなに涙脆(ナミダモロ)いってことも、(ユル)してもらえなかったら知らなかったことだよねえ。ちゃんと近衛(コノエ)隊長(タイチョウ)らしくあれるように(オレ)たちで(ササ)えてあげなきゃだね、悧羅(リラ)


「そうさの、忋抖(カイト)(トモ)(ササ)えてくりゃれば、容易(タヤス)かろうよ」


ぽん、と忋抖(カイト)に押し出されるようにして動いた悧羅(リラ)が、(シン)(ムネ)(オサ)まる。ふわりと()きつかれた(シン)も、(カオ)悧羅(リラ)(ニオ)いに、ほうっと安堵(アンド)しながら忋抖(カイト)の手を(ニギ)り返した。


(タノ)まれてくれるか?」


父様(トウサマ)みたいにはなかなかなれないけどね。近付(チカヅ)けるようには精進(ショウジン)するから気を長くして待っててよ。…ところで、さ…?」


(ツナ)いだ手を(ナダ)めるように(タタ)いた忋抖(カイト)が、小さく嘆息(タンソク)した。言葉を(ツム)がなくても(ウナガ)(サキ)にあるのが玳絃(タイゲン)のことだと知れて、(シン)も大きく嘆息(タンソク)した。


「どうするかなあ…」


(モド)ってきた悧羅(リラ)()()せながら、(シン)視線(シセン)(カエ)した。妲己(ダッキ)に乗し()かれた玳絃(タイゲン)身体(カラダ)は、(シン)たちが()()んだ(トキ)のまま、ぴくりとも動いていない。手加減(テカゲン)できずに()るった手刀(シュトウ)が、確実に玳絃(タイゲン)意識(イシキ)(ウバ)ったのだろう。ちらりと妲己(ダッキ)を見ると、静かに(コウベ)()っている。(シバラ)くは目覚(メザ)めない、ということだ。


(シン)の考えが(アマ)かったとはいえ、悧羅(リラ)恐怖(キョウフ)を思い出させた上、唯一(ユイイツ)(チギ)りを(ウバ)われかけたのだ。正直(ショウジキ)に言えば()()いてやりたい。


それが(タト)え、自分の(タカラ)であっても(シン)にとれば悧羅(リラ)(イタ)め、傷付(キズツ)けられたとあれば(ユル)すことなど出来はしない。


何より玳絃(タイゲン)()()()()にしておいては、また悧羅(リラ)傷付(キズツ)けるかとしれない。同じような思いを悧羅(リラ)にさせるなど(モッ)ての(ホカ)だ。


それは分かっているのだか。


大事(ダイジ)には(イタ)らぬ”


うーん、と頭を(ヒネ)っていると妲己(ダッキ)の低い声がした。ふるりとひとつ大きく()()った妲己(ダッキ)は、玳絃(タイゲン)の上から体躯(タイク)()ろして、(トナリ)(ハベ)りなおしている。妲己(ダッキ)が動いたことではっきりと見えた玳絃(タイゲン)の姿に、ぶるりと(フル)えてしまう悧羅(リラ)(カコ)(ウデ)を上げて(カク)す。同じくして(トナリ)から()びた忋抖(カイト)の手が、悧羅(リラ)目元(メモト)(オオ)ってくれた。


やっと落ち着きを取り(モド)せた悧羅(リラ)恐怖(キョウフ)を思い出させたくなかったのだが、忋抖(カイト)も同じように思ってくれたようだった。


「どうしたらいいかねえ、忋抖(カイト)


「どうするもこうするも、妲己(ダッキ)大丈夫(ダイジョウブ)って言うんならどうにかなるんでしょ」


(タズ)ねた(シン)に、忋抖(カイト)嘆息(タンソク)しながら答えた。


「まあ、それはそうなんだけど」


本音(ホンネ)を言えば(タタ)き起こして(ナグ)(タオ)したいとこなんだけどね?」


「…出来ることなら(オレ)()()()()()んだけどなあ…」


あー、と上を(アオ)ぎながら、(シン)(イキ)()いてしまう。


そう出来たらどんなに心が()れるか分かっているが、玳絃(タイゲン)()を押してしまったのは(ホカ)でもない(シン)忋抖(カイト)なのだ。


(ダレ)よりも悧羅(リラ)()とされることの悦楽(エツラク)を知ってしまっている2人(フタリ)が、道を(シメ)してしまった。


だからこそ、(オノレ)(イカ)りだけで、(コブシ)(フル)えないことがもどかしい。


「だからさ、とりあえず()に行かない?」


「ん?」


ぽんっと(カタ)に手を()かれて、(シン)(アオ)いでいた視線(シセン)(モド)した。


「だって玳絃(タイゲン)が起きなきゃ話はできないし、悧羅(リラ)だって()(モド)(ジカン)もいるでしょ?」


「そりゃあまあ…、そうだろうけど…」


(ウデ)の中の悧羅(リラ)が、また小さく(フル)えているのは分かっている。忋抖(カイト)の言う通り妲己(ダッキ)が何かしらの確信(カクシン)を持っているのなら、(シン)にも(イナヤ)は言えない。(シン)(カタワラ)()れなかった間も妲己(ダッキ)だけは、悧羅(リラ)(カタワラ)(ハナ)れなかった。


悧羅(リラ)(タオ)れないように。

悧羅(リラ)(コワ)れないように。

ひたすらに悧羅(リラ)(マモ)り、(ササ)え続けてくれたことを知っているから、(シン)妲己(ダッキ)にだけは頭が上がらない。

妲己(ダッキ)()てくれたからこそ、悧羅(リラ)(コワ)れずに()んだ。妲己(ダッキ)がいてくれたからこそ、(シン)はまた悧羅(リラ)(カタワラ)(モド)ることができたのだし、(アマ)るほどの(サイワイ)も手に出来たのだ。


(シン)(ツミ)(ユル)すと言ってくれていても、妲己(ダッキ)への感謝(カンシャ)信頼(シンライ)だけは日々大きくなるばかりだ。


その妲己(ダッキ)が言うのなら、とも思えはする。(ウタガ)うことすら出来ないし、悧羅(リラ)()(モド)るまでの(ジカン)が必要なのも分かる。


玳絃(タイゲン)が目を()ましてしまったら悧羅(リラ)無理(ムリ)をしてでも()としてあろうとするだろう。(ミズカ)らに(アタ)えられた恐怖(キョウフ)(イタ)みも、すべからく()()んで。


()()()()()()()

()()()()()()()


只々(タダタダ)玳絃(タイゲン)(ウレ)いを(ハラ)うためだけに()ろうとするだろう。


()()悧羅(リラ)という(ヒト)であるのは、(シン)1()()()()()()()()()


「だからって、何で()なんだよ?」


「…父様(トウサマ)ってたまに()けるよね。やっぱり馬鹿(バカ)なの?」


きょとりとしてしまう(シン)に、忋抖(カイト)(アキ)れたような嘆息(タンソク)()げる。


「…(オレ)の時と同じだろ?…悧羅(リラ)父様(トウサマ)(オレ)じゃない(ニオ)い付けてるの、()えられんの?」


小首(コクビ)(カシ)げた忋抖(カイト)は、当てたままの手で悧羅(リラ)を自分に()き寄せた。(シン)(ムネ)から忋抖(カイト)(ムネ)(ウツ)された悧羅(リラ)をぎゅうっと抱きしめて、忋抖(カイト)(カタ)(スク)めて見せた。


(オレ)()だね。()だって()(クル)いそうだ。早いとこ自分の(ニオ)いにしたいんだけど、父様(トウサマ)(チガ)うの?」


「…いや、そりゃ、そうだけど…。ええ…?お前性格(セイカク)変わってないか?」


小首(コクビ)(カシ)げる忋抖(カイト)呆気(アッケ)に取られてしまうと、何かを(ツム)ごうと動いた悧羅(リラ)(クチビル)忋抖(カイト)が深く口付(クチヅ)けて(フサ)いでいる。悪戯(イタズラ)(ワラ)って見せる忋抖(カイト)悧羅(リラ)に何かを(ササヤ)けば、悧羅(リラ)が口を(ツグ)んだ。何を伝えたのか聞こえなかった(シン)はまたきょとりとするしかない。


「変わってないよ。あの時の父様(トウサマ)の気持ちが(イヤ)になるほどわかったってだけ。…(アジ)わえって言ったじゃないか」


ふふっと(ワラ)忋抖(カイト)に、(シン)悧羅(リラ)()ばれる前に話していたことを思い出した。


()るのと(アジ)わうのは(チガ)うだろ?一緒(イッショ)(ササ)えてくれるって言うんなら、丁度(チョウド)良い。お前に()()()(オレ)の気持ちを(アジ)合わせてやるよ」


確かに(シン)は、そう伝えた。

伝えた上で忋抖(カイト)なら、と思った。


「分かってるつもりだけど」


あの時()()答えてくれた忋抖(カイト)なら、忋抖(カイト)のことを(オモンバカ)っていた(シン)が、笑顔(エガオ)(ウラ)で泣いていたことも。

忋抖(カイト)(ナヤ)み苦しんだそれ以上に、(シン)(フカ)(カンガ)()いたことも。

それでも(スク)うことを選んだことも。


きっといつか分かってくれると信じていた。


()()()()()()()()()()()。だから一緒(イッショ)()に行こう?悧羅(リラ)(マト)っていいのは父様(トウサマ)(オレ)(ニオ)いだけなんでしょ?」


「…そうだよ…、(オレ)(ユル)すのは()()()()だ…」


間違(マチガ)ってはいなかった。

()()()忋抖(カイト)(スク)いたいと願った気持(キモ)ちも。

忋抖(カイト)()()(カン)じた思いも。


何も間違(マチガ)っては()()()()()


「それに、そうしてやらないと悧羅(リラ)(ネム)れないじゃない。夜から(ホトン)()せて()()()()()んだからね」


(フタタ)びふふっと(ワラ)忋抖(カイト)の声に、(シン)はまた()りあがる熱い思いをぐっと(コラ)えた。


「…そうだな…。悧羅(リラ)(ネム)れるのは(オレ)()()(カイナ)の中だけだ」


「でしょ?だから、さっさと行くよ。ここは妲己(ダッキ)(マカ)せて良いみたいだし。父様(トウサマ)(ノコ)りたいなら(オレ)はそれでも良いんだけどねえ」


一緒(イッショ)(イヤ)じゃなかったのかよ?」


ひょい、と悧羅(リラ)を抱き上げて立ち上がる忋抖(カイト)気取(ケド)られないように(ニジ)んでしまった(ナミダ)(カク)してみたが、きっと(カク)せなかったのだろう。げしっと()られてよろける(シン)に、くすくすと忋抖(カイト)悧羅(リラ)(ワラ)い声が()ってきた。


(イヤ)だよ?でも悧羅(リラ)()()()()()()()()()()()()()んだもん」


あはは、と(ワラ)いながら歩き出す忋抖(カイト)に続こうとすると、背後(ハイゴ)から名を()ばれた。()り向いた(サキ)では、妲己(ダッキ)がじっと(シン)を見ている。有無(ウム)を言わせない視線(シセン)は、此処(ココ)に残れと(ウッタ)えかけていた。


「…分かった…」


「…(シン)…?」


上げかけていた(コシ)を下ろした(シン)悧羅(リラ)の声が()かる。(ウゴ)かなくなってしまった(シン)(アン)じたのだろうが、それには手を()げてひらつかせておいた。


(アト)で」


「なれど」


大丈夫(ダイジョウブ)何処(ドコ)にも行かないから。ちゃんと悧羅(リラ)のとこに行くよ。…待ってて」


上げた手をひらつかせ続けて頭を()くと、(アシ)を止めていた忋抖(カイト)がぽんぽんと悧羅(リラ)()(タタ)いた。


妲己(ダッキ)が話したいことがあるんだってさ」


「ならば、(ワラワ)もともに、」


抱き上げられた(ウデ)の中から()りようとする悧羅(リラ)に、駄目(ダメ)、と忋抖(カイト)が首を()った。


心配(シンパイ)しなくても、少し話してくるだけだよ」


不安気(フアンゲ)表情(カオ)()れる(マナコ)で見やられた(シン)も、微笑(ホホエ)んで悧羅(リラ)を見る。


「であるならば、やはりともに」


「だーかーらーあ、駄目(ダメ)だってば」


もう一度忋抖(カイト)(ウデ)から()りるために()(ヨジ)った悧羅(リラ)を、忋抖(カイト)苦笑(クショウ)しながら()き直した。


「ここは父様(トウサマ)を立ててあげなきゃ。それが分からない悧羅(リラ)じゃないでしょ」


(ホオ)口付(クチヅ)けながら(ウゴ)きを(セイ)された悧羅(リラ)が、何か言おうとして口を(ツグ)んでいる。それでも(マヨ)っているのか(シン)に手を()ばしてくるが、(シン)(コマ)ったように小さく(ワラ)うと、(アキラ)めたのか嘆息(タンソク)している。


「…せんなきこと…」


(ホソ)めた眼と()せられた睫毛(マツゲ)が、(ウレ)いを()びて()れる。それらは(イマ)青褪(アオザ)めたままの悧羅(リラ)(カオ)(カゲ)りを落としたが、(シン)忋抖(カイト)(チガ)意味(イミ)()とされた。


ただ(ウレ)えて()()せた。

ただ(ウレ)えて(イキ)()いた。

哀愁(アイシュウ)(タダヨ)表情(カオ)を見てしまっただけなのに、2人(フタリ)身体(カラダ)奥底(オクソコ)で、(ヨク)がどくんと()ねてしまう。


(カワ)き切ってもいない血に(マミ)れ、(コロモ)(ミダ)され、(オビ)えさえも(ヌグ)い去れてはいないのに。

悧羅(リラ)不安(フアン)(オビ)えを(ハラ)うために、(イツク)しまなければならないのに。


(オノレ)(ヨク)だけで陵辱(リョウジョク)してしまいそうになる。


「…ほんっと(マイ)っちゃうなあ…」


引かれようとしていた悧羅(リラ)の手を思わず取ってしまいながら、(シン)はますます苦笑(クショウ)してしまう。取った手の(コウ)口付(クチヅ)けて指を()むと、ぴくり、と悧羅(リラ)(フル)えた。


どんな姿でも、どのような(トキ)であっても悧羅(リラ)()とされない日がない。


それはなんと(サイワイ)なことなのだろう。


ついくすくすと(ワラ)いだしてしまいながら、悧羅(リラ)の手に(カオ)()せると、(クスグ)るように(ホオ)()でられた。


「ちょっとお、2人(フタリ)だけで通じ合わないでよね。ほら悧羅(リラ)行くよ、もう(オレ)限界(ゲンカイ)


()れられる(ホオ)心地良(ココチヨ)すぎて()を細めた(シン)(アキ)れたのか、忋抖(カイト)悧羅(リラ)を引き寄せた。(ハナ)れていく指に後髪(ウシロガミ)を引かれて、無意識(ムイシキ)のうちに手を()ばしてしまう。


()()()()()()()から(ハヤ)く来てよ?支度(シタク)(トトノ)えといてあげるから」


悪戯(イタズラ)に、にっと(ワラ)った忋抖(カイト)(キビス)(カエ)して部屋を出ていく。閉められた()の先で(ワズ)かに速まった足音(アシオト)に、(シン)(コラ)え切れずに()き出した。


「ほんっと、忋抖(カイト)って(ヤツ)は」


声を上げて(ワラ)いたいが、玳絃(タイゲン)を今起こしてしまってはまずいことになる。けれど(シン)(オモンバカ)ろうとする忋抖(カイト)真意(シンイ)可笑(オカ)しくて、()み上げる(ワラ)いは(オサ)えられそうにない。


「あいつは本当に(ダレ)()たんだろうなあ、妲己(ダッキ)


くっくっと()れ出る(ワラ)いを必死(ヒッシ)(カク)しながら(コエ)()けると、妲己(ダッキ)が動いた。(ハナ)()らしながら歩いて来た妲己(ダッキ)は、大きな()でぱしりと(シン)の頭を(ハタ)いてきた。


“ヌシに決まっておろうが。まことようと()られてしもうたものだ”


低く(ヒビ)く声は(アキ)()てたようにも聞こえるが、()()()()()ことは(ワズ)かに細められて下がった(マナコ)が教えてくれる。


“…よもや忋抖若君(カイトワカギミ)をも(チギ)りを結ばせるとは、(ワレ)でも考えの(オヨ)ばぬことをする(ヤツ)よ”


「だってしょうがないじゃない。置いていかないって約束(ヤクソク)したんだから」


“それはそうであろうが…。ヌシとて(チギ)りだけは分け(アタ)えとうはなかっただろうに”


(カタ)(スク)めて見せる(シン)の頭に妲己(ダッキ)()が、ふわりと乗った。そのまま(イタ)わるようにぽんぽんと()でられて、らしくない、と苦笑(クショウ)してしまう。


「まあ、そりゃあね。だけど妲己(ダッキ)にも、まだ欲張(ヨクバ)れって言われてたしさ。悧羅(リラ)にもきつい思いさせちゃったからね。出来るかどうかは()けだったんだけど」


そう。


(シン)忋抖(カイト)2人(フタリ)とも悧羅(リラ)(チギ)りを結べるかは、正直(ショウジキ)分からなかった。だが、あの瞬間(シュンカン)にはそれを(ツタ)える(スベ)(ジカン)も無かった。悧羅(リラ)戸惑(トマド)ったのは、事を()()げられなかった時に、(ウシナ)うことを知っていたからだろう。


(シン)か。

忋抖(カイト)か。

もしかしたら、悧羅(リラ)(フク)めた全員が。


それでも()()()()()()()()()()と思ったのだ。

(ハナ)れる()など(モト)より無いが、()()と言われた()もした。


“さすがの(ワレ)もひやりとさせられたぞ。ヌシが(タオ)れた時には、がぶりと()らわせられると立ち上がったものを。()しいことをした”


「本当にね。だけど妲己(ダッキ)なら(タタ)き起こしてくれるのも分かってたからさ。…どうやら()()()()()()()みたいだよ」


“そうだな。王母様(オウボサマ)()()(アルジ)()り取るおつもりではあられぬようだ”


小さく嘆息(タンソク)して()()ろした妲己(ダッキ)に、うん、と(シン)(ウナズ)いた。


意識(イシキ)(ヤミ)(トラ)われる刹那(セツナ)、引き(モド)してくれた音は王母(オウボ)のものだ。場に()ばれたことは数えるほどしかないけれど、()()()に聞いた音と同じだった。


「…また、大変なことが起こらなきゃいいんだけど」


手を()してもらえたのは有難(アリガタ)いが、悧羅(リラ)無理難題(ムリナンダイ)を押し付けられるのは()と出来ない。何の対価(タイカ)もなく手を差し出す王母(オウボ)ではないと知っているだけに、何を言い出されるのか一抹(イチマツ)不安(フアン)が残る。悧羅(リラ)に言えば、(タワム)れだろうと一笑(イッショウ)()されるかもしれない。(ミズカ)らの(ゴウ)(シン)忋抖(カイト)()き込み()ぎることがないように、と()()()()()()粛々(シュクシュク)と受け止めてしまうだろう。


“ここで考えあぐねておっても分からぬことは分からぬだろう。王母様(オウボサマ)のお考えなど、(ワレ)らには(ウカガ)い知ることなど出来ぬのだから”


「…まあね…」


ふわりと()らされた()で、また(ハタ)かれて(シン)苦笑(クショウ)する。妲己(ダッキ)の言うとおり(カミ)である王母(オウボ)の考えなど(シン)に読めはしない。(サキ)んじて動けるとすれば、悧羅(リラ)だけだ。とはいえ悧羅(リラ)王母(オウボ)の考えを分かるわけではなく、()()()()()()()()と思いながら動くしかないとは、以前言っていた。そうして歩んできた道が大きく(ハズ)れたことは無かったが、()()()()()()()()()()とは(カギ)らない。


“ともあれ出来ることなど何もなかろうよ。であれば、()ヌシがせねばならぬことを()しておけ”


ふう、と小さく嘆息(タンソク)した(シン)の前で妲己(ダッキ)がちらりと玳絃(タイゲン)を見た。


「そうだね。起きたらまず話さなきゃ。…悧羅(リラ)玳絃(タイゲン)も、()()泣かせちゃうなあ…」


“…やむをえまい…、なれどヌシの(カカ)えておる(イタ)みほどではなかろうよ”


(オレ)?」


意外な言葉にきょとりと首を(カシ)げてしまうと、妲己(ダッキ)から(アキ)れたような苦笑(クショウ)()れた。


()(モノ)が。(ワレ)()()()()()(ジカン)、ヌシを見てきたと思うておる?”


くっくっと(ワラ)妲己(ダッキ)が、(シン)身体(カラダ)(ユル)めさせるように()()ってくる。妲己(ダッキ)から体躯(タイク)()せるなど、悧羅(リラ)(カタワラ)()()()れるようになってから初めてのことだ。


玳絃若君(タイゲンワカギミ)(マナコ)(オコリ)()らし、(マコト)を見せる(タメ)とはいえど、(ワレ)がヌシに(ネゴ)うてしまえば(イナヤ)とは言えぬ。それを知った上で(ナオ)、ヌシに()うたのは(ワレ)だ。…すまなかったな”


すりっと()せられる(ヤワ)らかな毛並(ケナ)みに(オドロ)いてしまう。


「いや、(オレ)納得(ナットク)したことだし…。妲己(ダッキ)(アヤマ)ることなんてないんじゃないかな…?」


()()()()にしていたら、()()()玳絃(タイゲン)(コワ)れた。いや、()()()などと(トオ)い日ではなく、それは()()かもしれなかった。自分の()したことを(クヤ)み、(ナヤ)み、()い上がることも(ノゾ)まなくなっていたかもしれない。他の子どもたちよりも繊細(センサイ)な心を持つ玳絃(タイゲン)が、自分を曲げてまで()したことは(ダレ)よりも玳絃自身(タイゲンジシン)(イタ)めていたから。気付(キヅ)かない()りをして、見ないように目を()らしていた玳絃(タイゲン)が、押し(ツブ)される前に(スク)いたかった。妲己(ダッキ)()われたのは(タシ)かだが、決めたのは(シン)だ。悧羅(リラ)()りに()た下の双子(フタゴ)が、()()()()()心を無くすなど(ユル)せなかったから。


“だからヌシは()(モノ)だと言うておるのだ。(アルジ)御子方(オコガタ)が泣かぬよう、苦しゅう思われることがないよう、(オノレ)ばかりが(コラ)えておってどうするのだ?”


「いや、でもさ…。()()()()()悧羅(リラ)()いたんだよ?悧羅(リラ)()えてきたことに(クラ)べたら、(オレ)のことなんてなんでもないし…。むしろまた泣かせちゃったんだから、()まれるかと思ってたんだけど」


()()はもう(ユル)した。(アルジ)()えておられた間、ヌシが(ワロ)うておったわけでもあるまいに。…まあ、()うたところで()とするヌシではなかろうが、()びは受け入れてくれ”


苦笑(クショウ)(フク)みながら身を()せた妲己(ダッキ)が、やれやれ、と()(シン)(ツツ)んだ。


“受け入れぬと(モウ)すのであれば、(オノコ)御子方(オコガタ)の前で、口を(スベ)らせてしまうかもしれぬぞ”


「何を話すのさ?」


“そうだな、(アルジ)(ジョウ)()わせる手立(テダ)てについて、でも(カタ)るとしようか”


「…お願いだから、それだけはやめて…」


揶揄(カラカ)妲己(ダッキ)体躯(タイク)(ウデ)(マワ)すと、()()()でてくれる。


舜啓(シュンケイ)あたりに教えてしまおうか?ヌシに(アルジ)(ユズ)ったは、舜啓(シュンケイ)であったろう?”


()()()洒落(シャレ)になんないってば」


もう!、と懇願(コンガン)する(シン)に、いつもの妲己(ダッキ)(ワラ)い声が間近(マヂカ)で聞こえ出した。


“ならばヌシもこれ以上(コラ)ゆるな。(ワレ)()われようとも、(ユル)せぬことは(ユル)せぬと言え。ヌシとともに(アルジ)(ササ)ゆることが出来るは忋抖若君(カイトワカギミ)しかおられぬのだからな”


(オダ)やかに(サト)声音(コワネ)に、(コラ)え切れずしがみついてしまう。妲己(ダッキ)には()()()見透(ミス)かされているのは分かっていたけれど、こんなにも、(アン)じてくれているとは思っていなかったのだから仕方(シカタ)ないだろう。


忋抖(カイト)との間でちくりと(ウズ)いた痛みもぶり返してくる。


本当は(イヤ)(イヤ)(タマ)らなかった。


ずっと自分だけのもので()って()しかった。

悧羅(リラ)身体(カラダ)も。

声も。

心も。

(カミ)の1本に(イタ)るまで、()()()

(シン)だけのものにしておきたかった。


忋抖(カイト)の時も、玳絃(タイゲン)の時も、()を切られる思いで(アズ)けていた。ともすれば、場に飛び込んで()()がしてしまいそうな烈情(レツジョウ)も、ずっとひた(カク)しにして()()()()来た。


忋抖(カイト)の言う余裕(ヨユウ)など、本当は何処(ドコ)にも無かったのに。


(ヤワ)らかな毛並(ケナ)みに顔を(ウズ)めると、嗚咽(オエツ)()れてきてしまう。体軀(タイク)にしがみついた(シン)()を、ゆっくりと妲己(ダッキ)()で始めた。


“なんだ、泣けるのではないか。ヌシはもう(オノレ)のことでは泣けぬのではないかと思っておったのに”


「…うっさい…」


(イタ)わるような(オダ)やかな声音(コワネ)(ミチビ)かれて、大きな体躯(タイク)にしがみつく。


“ヌシが泣こうが(ワメ)こうが、(ワレ)(アルジ)との(エニシ)は切れぬ。ヌシが()らねば(アルジ)(ダレ)(サイワイ)にしてくれようか”


「…忋抖(カイト)がいる…。()()()()()悧羅(リラ)を泣かせることなんてしない」


“…ほんに()(モノ)になったのか?忋抖若君(カイトワカギミ)がヌシのように()れるはずもなし。ヌシが()ればこそ、忋抖若君(カイトワカギミ)若君(ワカギミ)のままでおれるのだ”


ぽんぽんと優しく()(タタ)かれてしまえば、大きくなる嗚咽(オエツ)(コラ)えることなど出来はしなかった。声を上げて泣いてしまう(シン)を、変わらない苦笑(クショウ)(ツツ)む。


“ヌシのことは(ワレ)が見ておいてやる。時には()()()()()(アマ)やかしてもやろう。だが(ワス)れるなかれ、(ワレ)(アルジ)唯一(ユイイツ)はヌシ以外に()らぬ。(ワレ)がヌシの(ホカ)には(ミト)めてやらぬのだからな”


揶揄(カラカ)う声はあまりにも(ヤサ)しく心に()もる。


(オレ)で、本当に良いのかな…」


(ホカ)(ダレ)()るという?”


「…だから忋抖(カイト)…」


若君(ワカギミ)無二(ムニ)であろう。これまで(ワレ)がお(ササ)えしておったものが、若君(ワカギミ)の手に(ワタ)っただけのことだ。大事(ダイジ)ない、()()()()()()()()()()()


くっくっと(ワラ)(タビ)()れる体躯(タイク)に、ますます顔を(ウズ)めてしがみつくと、()で強く抱きしめられた。


“泣き終えたなら(モド)るがよかろうよ。(アルジ)忋抖若君(カイトワカギミ)が、心ここにあらずで待っておられることだろう”


「…妲己(ダッキ)が泣かせたんじゃないか」


“やむをえまい。(チギ)りを分け合うなど、ヌシにとりては()()くにも(ヒト)しかろう?(アマ)やかしとうもなる”


「…ばれてた…?」


ぎゅうっと1度強くしがみつくと、妲己(ダッキ)が声を上げて(ワラ)い始めた。もう!、と顔を上げた(シン)の顔に残った(ナミダ)()でごしごしと(ヌグ)ってくれる。


“分からいでか。忋抖若君(カイトワカギミ)も分かっておられるからこそ、(アルジ)をお()れなされたのだろうよ。…ほんにようと()られたものだ”


いつの日か見たのが最期(サイゴ)であった(ハズ)妲己(ダッキ)の顔に、また(シン)(マナコ)(マミダ)(ニジ)む。

悧羅(リラ)(ウタガ)い、信じることもせず、罵倒(バトウ)し、(オノレ)の死さえ望ませた()()()から、2度と見ることは(カナ)わないと(アキラ)めた妲己(ダッキ)(オダ)やかな表情(カオ)


もう向けられることはないと思っていたのに。


“これが近衛(コノエ)隊長(タイチョウ)とは、なんとも(ナサ)けないことよ。これではいつまで()とうが、(ワレ)(マモ)うてやらねばなるまいな”


くっくっと(ワラ)妲己(ダッキ)の姿に(タマ)らなくなって、(シン)もまた妲己(ダッキ)にしがみついた。


「…(タノ)むよ…」


(マカ)されよう。御子方(オコガタ)よりもヌシは手はかかるだろうが、やむをえんな”


(ヤワ)らかな()はゆっくりと()()でてくれる。まるで幼子(オサナゴ)をあやすように(イタワ)られて、(シン)(コラ)えていた声を上げてしまった。






*****



(シン)湯殿(ユドノ)に入ったのは、それから(シバラ)く後。忋抖(カイト)悧羅(リラ)()れだしてから数えれば、半刻(ハンコク)()ぎていた。


「やっと来たの?」


湯殿(ユドノ)()を開けると同時に(ヒビ)いた忋抖(カイト)の声は、少しばかりの(イラ)つきを(フク)んでいた。そうは言われても泣き()らした顔で忋抖(カイト)の前に出ることは出来なかったから、あの(アト)()()()()についても少し話していたのだ。()れが退()いたのは哀玥(アイゲツ)が持って来てくれた手拭(テヌグ)いと、睚眦(ガイシ)(ツメ)たい体躯(タイク)()やしてくれたからだ。哀玥(アイゲツ)は何も言わずにいてくれたが、睚眦(ガイシ)にはひたすらに馬鹿(バカ)なのか、と(アキ)れ続けられた。それでも目元(メモト)()やしてくれたのは、睚眦(ガイシ)なりの(イタワ)りなのは分かっている。


流石(サスガ)半刻(ハンコク)()ぎていることに気付(キヅ)いたときは、4人で顔を見合(ミア)わせて(ワラ)ってしまったが、これでも(イソ)いだほうだ。とはいえ()つと言ってくれた忋抖(カイト)にとれば、拷問(ゴウモン)に近い(ジカン)であったことも分かる。


「悪かったって。ちょっと話が長引いてさ」


手早(テバヤ)隊服(タイフク)()いで湯殿(ユドノ)に入ると、(カイナ)悧羅(リラ)(オサ)めたまま忋抖(カイト)()()かっていた。もう!、と(ホオ)(フク)らませながらも、何処(ドコ)かほっと安堵(アンド)したように見えたのは、多分見間違(ミマチガ)いではない。


(ハス)の道だけではなく、(チギ)りの(キズ)でも(シン)忋抖(カイト)(ツナ)がってしまった。いつもの(シン)であれば忋抖(カイト)が不安になるようなことは流さない。けれど、(チギ)りを結び(ナオ)忋抖(カイト)が自分の思いを読ませた(トキ)には、()()()()()()余裕(ヨユウ)は無かった。(シン)の不安と苦悩(クノウ)()()()()流れてしまったのだと思われた。


余程(ヨホド)、心を(ナヤ)ませてしまったらしい。


()としては(ワズ)かばかり(モウ)(ワケ)ないとも思えたが、同じ()(ササ)える()としては、その心遣(ココロヅカ)いは有難(アリガタ)いと思える。


小さく(ワラ)ってしまいながら、(アラ)()身体(カラダ)()()ける。悧羅(リラ)から(ウツ)った()は、(シン)にもしっかりと()()んでいたようで、流す(タビ)()が赤く()まっていった。幾度(イクド)身体(カラダ)を流して(キヨ)めて、流れていく()から血の色が消えたのを確かめてから(シン)()()かると、待っていたように忋抖(カイト)悧羅(リラ)(ワタ)してきた。


そこで初めて(シン)も、あれ?、と首を(カシ)げてしまう。


声が聞こえないのは、(ネム)っているものだと思っていた。()()()()のことがあったのだから、泣き(ツカ)れて忋抖(カイト)(カイナ)()ているのだろうと思っていたのだが、受け取った悧羅(リラ)身体(カラダ)(サス)(シン)の手を分かっているかのように小さく(フル)えている。


まるで幾度(イクド)()てさせた(アト)のように。


悧羅(リラ)?」


不思議(フシギ)に思えて名を()べば、(アズ)かった細い身体(カラダ)強請(ネダ)るように(ムネ)()()ってくる。


忋抖(カイト)…、お前()()()んだよ?」


悧羅(リラ)を抱き直しながら忋抖(カイト)を見れば、少し(ハナ)れた場処(バショ)で固くなった()()ばしている。


()きだしただけだよ?」


ぽきぽきと身体(カラダ)から()る音を(マト)いながら、忋抖(カイト)()で顔を(アラ)い始めた。


「…()きだしたって、お前…」


「だって、悧羅(リラ)の中に父様(トウサマ)(オレ)のじゃない(ヨク)(ノコ)ってるのが(イヤ)だったんだもん。(ニオ)いも()えらんなかったし。あ、中には入ってないよ」


「…そういうことを言ってるんじゃないんだけどなあ…」


当たり前のように言い切る忋抖(カイト)に、苦笑(クショウ)してしまう。


()きだした』と容易(タヤス)忋抖(カイト)は言ってのけているが、中にも入らず忋抖(カイト)(ヨク)上書(ウワガ)きしたわけでもないのであれば、()()()()()出したのかは聞かずとも分かる。ここ数日(スウジツ)(ネム)(ジカン)(ケズ)って(シン)忋抖(カイト)2人(フタリ)(ジョウ)()わし続け、(サラ)には玳絃(タイゲン)(タイ)して(マド)わしをまで使ツカった悧羅(リラ)()()()(イヤ)される(ハズ)がない。


先に()に行っていた忋抖(カイト)が何をしたのかは、悧羅(リラ)姿(スガタ)物語(モノガタ)ってくれる。忋抖(カイト)(コエ)(ニオ)いで安心はしたのだろうが、()き出されるだけで(ツナ)がってはもらえていないのだろう。(クスブ)る熱を(コラ)える悧羅(リラ)から()れる吐息(トイキ)が熱い。安心からか、とろりと微睡(マドロ)んではいるが遠くなる意識(イシキ)の中から、(キザ)めと(ウッタ)える声がする。


(ホカ)()(ニオ)いも。

(ホカ)()劣情(レツジョウ)も。

(ノコ)された(アト)も、()()()()()()してくれと、言葉はなくとも聞こえてきてしまう。


(サキ)(イヤ)してやってれば良かったのに」


小さく(ワラ)(シン)に、忋抖(カイト)(ワラ)うと立ち上がって、()から出た。


「何言ってんの。()()って言ったでしょ?悧羅(リラ)唯一(ユイイツ)父様(トウサマ)なんだよ?()()いて(サキ)に入れるわけない」


(ミョウ)(トコロ)遠慮(エンリョ)する(ヤツ)だよね、お前って」


()()ってくる悧羅(リラ)(ナダ)めようと、身体(カラダ)(サス)るとびくりと(フル)えたのが(カカ)えた(ウデ)から伝わってきた。目を閉じたまま、それでも(シン)(カイナ)()ることが分かったのか安堵(アンド)吐息(トイキ)()悧羅(リラ)の頭を()でながら、忋抖(カイト)が、あはは、と(ワラ)う。


遠慮(エンリョ)してるわけじゃないよ。ただ(タツト)んでるだけ」


悧羅(リラ)の頭から(シン)(カタ)に手を(ウツ)して、忋抖(カイト)が、ぽんっと(タタ)いてくる。


父様(トウサマ)、ごめんね。…で、ありがとう」


「…何がだよ?」


「言わなくたって()()()()()でしょ?」


変わらないように、何でもないことのように答えてみたが返されたのは忋抖(カイト)苦笑(クショウ)だった。


()()から出たら、(オレ)対等(タイトウ)になれるように頑張(ガンバ)るからさ。今だけは父様(トウサマ)だけのものにしていいよ」


「もう対等(タイトウ)だろうがよ…」


()はね?」


ふふっと(ワラ)いながら遠くなる忋抖(カイト)の優しさに、()()んだはずの(ナミダ)がまた(アフ)れだす。(コボ)れてしまわないように、悧羅(リラ)(カミ)に顔を(ウズ)めてみたが、悧羅(リラ)(カオリ)はますます(シン)の心を(ユル)めてしまう。


父様(トウサマ)(オレ)特別(トクベツ)だって言ってくれるけど、(オレ)にとっても父様(トウサマ)特別(トクベツ)なんだよ」


からりと閉められた()の音に()ざって、忋抖(カイト)気配(ケハイ)(トオ)ざかった。


「…ほんっと、あいつは…」


(ウズ)めていた顔を上げて見上(ミア)げれば、ゆらゆらと(ノボ)っていく湯煙(ユケムリ)が見えた。視界(シカイ)(カス)んでいるのは湯煙(ユケムリ)のせいだけではない。


今日はずっと泣かされっぱなしだ。


(フカ)く大きな嘆息(タンソク)()きながら自嘲(ジチョウ)してしまう。湯殿(ユドノ)(フチ)に頭を(アズ)けて、(イダ)いた悧羅(リラ)の顔が()()からないように(トトノ)える。


「…し、ん…?」


(アセ)()いた(イトオ)しい顔を(ヌグ)うと、微睡(マドロ)む声で名を()ばれた。


「起こしちゃった?まだ()てていいよ。湯当(ユア)たりする前には、()れていくから」


(ムネ)の上で()じろぎし始めた悧羅(リラ)()(タタ)いて、そのままでいるように(シメ)したが首を()られてしまった。動き始めようとする身体(カラダ)(トド)めて、(シン)は目を閉じる。


出来ることなら今の顔は見せたくない。

()()(ホド)(オソ)れ、(オノノ)いていた悧羅(リラ)()()()()(カナ)しませたくなどない。

すべて流れ込んでしまっているのだとしても、悧羅(リラ)が見てくれる(シン)は、どんな(トキ)であれ()りかかれる存在でありたい。


であればこそ、今だけは顔を見られたくないのだ。


動く悧羅(リラ)()()めるように力を()めたけれど、(ホソ)身体(カラダ)はするりと(ウデ)()け出してしまった。気付(キズ)かれないように小さく()き出した嘆息(タンソク)が消える前に、(クチビル)(カサ)ねられて()きだそうとした吐息(トイキ)()()まれてしまう。(カサ)ねられた(クチビル)にされるがままになっていると、首に手が(マワ)されて悧羅(リラ)が強く()きついてきた。しっとりとした陶器(トウキ)のような(ハダ)質感(シツカン)に、無意識(ムイシキ)のうちに(シン)も強く抱き返してしまう。


「し、ん、」


(クチビル)(ハナ)れる(ワズ)かの間に、(アマ)い声が自分の名を()ぶ。


「…(シン)…」


(スガ)るように。


「…(シン)…、……(シン)…っ」


(モト)めるように。


「…(シン)っ…」


(タシ)かめるように()ぶ声に、ふつふつと熱が(タギ)る。


「…なあに…?」


深く(カサ)ねられて(ムサボ)るように()り返される口付(クチヅ)けに()(マカ)せていると、(スガ)りついたままの悧羅(リラ)()(ヨジ)った。

  

「…(ハナ)れるな…」


「…うん…」


()じろぎされる(ゴト)に、(タガ)いの(ハダ)()れる。


「…いなくなるな…っ」


「…うん…」


()わさった(ハダ)から伝わる熱が、(シン)(タギ)らせる。


「…キラいに…っ、ならないで…っ」


「…なれるわけないでしょうに…」


(フル)えを(ハラ)んだ声に閉じていた()を開けて、悧羅(リラ)(ホオ)にそっと()れる。(カサ)ねられていた(クチビル)(ハナ)れて、すぐそこに()火照(ホテ)(ホオ)(アカ)()めた悧羅(リラ)が見えた。()れる(マナコ)()き出される熱い吐息(トイキ)が、言葉以上のものを(シン)に知らしめてきた。そっと(ホオ)()でれば、()ってくる姿に、小さな微笑(ホホエ)みが()れてしまう。


(シン)にしてみれば悧羅(リラ)嫌悪(ケンオ)するなど、ありえない。


悧羅(リラ)()()()決断(ケツダン)をしても。

()()()行動(コウドウ)をしたとしても。

(タト)()()(シン)にとって()()()()苦しい結果(ケッカ)()()せたとしても。


悧羅(リラ)の手を(ハナ)すことのほうが、(シン)にとっては()(クル)うほどに(ツラ)いことなのだから。


悧羅(リラ)から(オレ)の心が(ハナ)れるなんてこと、絶対(ゼッタイ)にありえない。()()()()()考えるんだったら、(チギ)りだって(ムス)(ナオ)したりしないでしょ」


当てたままの手で(ホオ)(クスグ)ると、悧羅(リラ)がぎゅうっと強く抱き付いてきた。


「…(ワラワ)(シン)苦し(クル)しゅう思わせることしか出来ておらぬなあ…」


「…そんなことないよ…」


より一層(イッソウ)強く抱きついてくる悧羅(リラ)を、そっと抱きしめ返す。(カタ)(アズ)けられた顔が()られた意味は、(シン)にも分かっている。(シン)(ゾウ)に新たに(キザ)んだ(キズ)が、(カサ)ねた(ハダ)から()()()()()()()()()()()()


「…(ワラワ)唯一(ユイイツ)()()()()(ノゾ)んだは、(シン)のみ…。()()()れてもらえなんだを()いたは、(シン)()()()()()…」


「…うん…」


(カク)たる言葉(コトバ)などなくとも伝わってくる。


数多(アマタ)(オノコ)()を開こうとも、()()()(シン)であれば、とひたすらに(ノゾ)んでおった…。…()()(カナ)わぬものと(アキラ)めておったから…」


「…うん…」


悧羅(リラ)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()言葉(コトバ)(ツム)いでいるのかも分かっている。


「…(シン)()()()()()()()うてくれた(トキ)、どれだけ()たされたか…。媟雅(セツガ)身籠(ミゴモ)れた(トキ)(シン)(ワラワ)だけのものにすることができると、()()()()(フル)えたか…」


「…うん…」


それでも聞きたい。

悧羅(リラ)の口から。

悧羅(リラ)の言葉で。


軽い口付(クチヅ)けを()わしながら、(アサ)はかにも願ってしまう。

 

忋抖(カイト)(スク)うと決めた(トキ)も、忋抖(カイト)無二(ムニ)()()()()()うたは(シン)であった。…(ワラワ)()やまぬように、泣かぬようにとそればかりを(アン)じて…」


「…うん、そうだったね…」 


()わされる口付(クチヅ)けは、段々(ダンダン)と深くなる。


「…玳絃(タイゲン)(コワ)れぬようにと(ネガ)い、忋抖(カイト)を置いてゆくことさえも(ヨシ)とせなんだ。()()(トキ)(ワラワ)(マヨ)うたことも()()()()()…」


「…うん…」


(クチビル)(ハナ)される(ワズ)かの間に、かかる吐息(トイキ)が熱い。(サソ)うように(シタ)を出せば、(スガ)るように()いかれる。


強く抱きつかれるたびに願ってしまう。


()()()()()()()のだ、と。

(シン)()()唯一(ユイイツ)なのだ、と。


()()()()()()()()()()


「…(ワラワ)の手に(アマ)るほどの(サイワイ)をくれたは(シン)だ…。(ワラワ)其方(ソナタ)(ネガ)うことならば、すべからく(カナ)えると決めておる…」


「…っ…」


「…なれど、(ワラワ)如何(イカ)(サイワイ)()としてもらえようとも、(シン)(クル)しゅう思わせてしまうのなら、()()(トキ)出逢(デア)わぬ方がよろしゅうあったのではないかとも思うてしまう…」


(ツム)がれる言葉の重みに、心が締め付けられる。


思い返せば悧羅(リラ)(シン)の願ったことに(イナヤ)(トナ)えたことなどなかった。血族(ケツゾク)のことは(モト)より、(オサ)として立たねばならない(トキ)でも、(シン)難色(ナンショク)(シメ)せば()()()()()()()()()()()ことであっても(シン)納得(ナットク)出来るまで待っていてくれた。媟雅(セツガ)身籠(ミゴモ)ってくれた(トキ)も、姚妃(ヨウヒ)(サズ)かった(トキ)も、(オサ)の立場であれば『産む』と一言言い切ればいいのに()()()()()()()(シン)の願いが何なのか、(シン)()()()()()()()のか、必ず聞いてくれていた。


悧羅(リラ)を想えばこそ(イナヤ)を伝えたことで、泣かせた数は両手では()りない。


忋抖(カイト)のことも、玳絃(タイゲン)のことも、所詮(ショセン)(シン)(スク)いたいという我儘(ワガママ)でしかなかったのに、それでも(シン)が願ったから受け入れてくれたのだ。


(ワラワ)出逢(デア)うことがなければ、(ワラワ)()(シン)の手を望むことがなければ、(シン)()()(サイワイ)であったのではないか、と」


()(マワ)された(ウデ)(カス)かに(フル)えている。ふるっと首を()るしかできなくなる(シン)に、悧羅(リラ)が強く抱きついた。


「…それでも、すまぬとしか言えぬ。(シン)がどれほどに(クル)しゅうなろうとも、(シン)がどれほどに(イタ)もうとも、(ワラワ)()(シン)手放(テバナ)せぬ」


1度ぎゅうっと()きしめられると()を起こした悧羅(リラ)が、(ヒタイ)口付(クチヅ)けてくる。


悧羅(リラ)、…(オレ)悧羅(リラ)のこと(ツラ)くしてる…?」


「…あるはずもなし…」


わかり切っていることを(タズ)ねてしまう(シン)に、口付(クチヅ)けを落とした悧羅(リラ)(カス)かに微笑(ホホエ)んでみせた。


「…(シン)がくりゃるもので、(ワラワ)(イタ)むことなどありはせぬ。…()()()()(サイワイ)であるだけじゃ…」


「…(ウソ)ばっかり…。(オレ)我儘(ワガママ)言わなかったら()()()()()()()()()()()でしょ…」


(シン)がくりゃるものであらば(ワラワ)(サイワイ)なのだと、()うておらなんだかえ?」


少しばかり苦虫(ニガムシ)()んでしまう(シン)に、悧羅(リラ)はますます身体(カラダ)()せた。左の(カタ)玳絃(タイゲン)の付けた(アト)を消すために深く(キザ)んだ、(シン)()(アト)が引き()れ赤い色を(マト)っているのが見えた。


(キズ)だらけにしちゃってるのに…?」


付けた(キズ)にそっと()れると、悧羅(リラ)は小さく(カブリ)()って微笑(ホホエ)んだ。


(シン)(キザ)んでくりゃるのなら、()()(サイワイ)でしかない。()えて見えぬようになるは、(セツ)のう思うてしまうほどに。消えぬ()()()(ネガ)いとうもある」


「そんなこと言われたら、本当にしちゃうよ?」


()れた(キズ)(クチビル)()せて(キバ)を立てると、吐息(トイキ)悧羅(リラ)がぶるりと(フル)えた。


「おやまあ、(ヨロコ)ばしゅうあること。(シン)のものだと(キザ)み続けてくりゃるのか?」


ふふっと(ワラ)った悧羅(リラ)(ヒザ)を立てて、(ミズカ)(ハダ)近付(チカヅ)ければ当てていた(キバ)がゆっくりと()()んでいく。


「…っ、」


切り()かれる(ハダ)の音に()じって()みこんだ悧羅(リラ)の声に、(シン)(タガ)(ハズ)されてしまう。


(シン)(ワラワ)唯一(ユイイツ)。何を()て置いても其方(ソナタ)だけは、(ワラワ)から手を(ハナ)してやることなど出来ぬ」


「…うん…」


食い込ませた(キバ)に力を入れると、口の中に(アマ)()(アジ)が広がった。どちらからともなく新しく付けた(チギ)りの(キズ)(カサ)ねれば、悧羅(リラ)本音(コエ)も流れてくる。


出逢(デア)わなければ、などと思ったことなどない。

(エニシ)を結んだことを()やんだこともない。

それでも、悧羅(リラ)出逢(デア)わなければ(シン)には、もっと(オダ)やかな(サイワイ)があったのではないか、と。


それでも(ハナ)すことなどできはしない。

(ハナ)れることを選ぶなら、生命(イノチ)()てと言われる方を選ぶのだ。


()()(アン)じる思いだけが流れてくる。


「…すまぬ…」


()びる声とは裏腹(ウラハラ)に、流れてくる本音(ホンネ)(シン)(タマ)らなくなってしまう。


「…もしも、(シン)(ワラワ)()て置きとうなったならば、(ワラワ)(シン)(ゾウ)(ツブ)してからにしておくりゃ。(シン)(モロ)うた(セイ)じゃ。()わらせてくりゃるのも(シン)が良い」


「…っ…」


小さな(ワラ)い声とともに出された言葉に、(シン)も息を()んだ。


そんなことなどある(ハズ)もない。

悧羅(リラ)手放(テバナ)すくらいなら、自分の命を()つ方が万倍も楽だというのに。


(ワラワ)を生かすも、()えよと(メイ)じられるも(シン)のみ。唯一(ユイイツ)である其方(ソナタ)()()()できぬこと」


止めていた()悧羅(リラ)が動かせば、(シン)(キバ)がより深く(ハダ)()さる。切り()いた(ハダ)から()が流れ出して、(アマ)い味が口内(コウナイ)(クスグ)って(コラ)えるのも限界(ゲンカイ)になってしまう。ぐっと(キバ)を立てて悧羅(リラ)細腰(ホソゴシ)(ツカ)んだ(シン)は、そのまま(タギ)り切った(オノレ)悧羅(リラ)の中に押し()んだ。


「ん、あっんっ!」


びくりと()ねる悧羅(リラ)を強く()きしめて(トド)めるが、(オク)まで一気(イッキ)に入り込んだだけで()てる悧羅(リラ)(シボ)りあげられる。すぐ(ソバ)で聞こえる(コエ)と、待っていたように(カラ)みつく悧羅(リラ)の中に()まり切っていた(ヨク)()き出してから(キバ)()く。(ウデ)の中を見下(ミオ)ろせば、(アカ)()れた(クチビル)から、(アワ)吐息(トイキ)()れていた。


「…(オレ)でいいの…?」


もう幾度(イクド)となく(タシ)かめた言葉だ。

答えなど分かり切っているのに、それでも(タズ)ねてしまう。


(シン)()()()()()()()()


「…いつか嫉妬(シット)(クル)って、本当に悧羅(リラ)(アヤ)めるかもしれないのに…?」


苦笑(クショウ)してしまうと、悧羅(リラ)が手を()ばして(シン)(ホオ)()れてきた。


(シン)()()()()()と望むならば、喜んで受け入れようて。()()()(トキ)でも(カマ)わぬえ?」


「…もっと(ツラ)くなることを、()()お願いするかもしれなくても?」


(シン)(ネゴ)うてくりゃるものならば、(ワラワ)のすべてで()してみせよう」


するりと動く指が、気付(キヅ)かぬウチに(コボ)れていた(ナミダ)(ヌグ)ってくれる。


(ワラワ)唯一(ユイイツ)(シン)のみじゃ」


(ヤワ)らかく微笑(ホホエ)んだ悧羅(リラ)が、言い聞かせるように(シン)()げてくれた。何も変わらないのだと伝えてくれる悧羅(リラ)の顔を、しっかりと見ていたいのに(ニジ)視界(シカイ)では上手くいかない。


()も心も(イタ)んでいるのは悧羅(リラ)のほうなのは分かっている。

(シン)(タノ)んだことで、悧羅(リラ)(イタ)めてしまったことも(イヤ)になるほど分かっている。


「…ごめん、なあ…」


それでも()()()唯一(ユイイツ)()(アマ)えさせて()しい。


ぼろぼろと(コボ)れ始めた大粒(オオツブ)(ナミダ)が、抱きしめたままの悧羅(リラ)の顔に落ちていく。ふるっと(カブリ)()った悧羅(リラ)()()せられて抱き()められた、刹那(セツナ)


(シン)慟哭(ドウコク)(ヒビ)いた。



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