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別離【捌】《ベツリ【ハチ】》

更新します。

ゆらゆらと()れる寝所(シンジョ)(アカリ)が、横たわった玳絃(タイゲン)の顔を()らしていた。(オダ)やかな寝息(ネイキ)を立てている(ヒタイ)に手を置いて、(シン)はゆっくりと精気(セイキ)(オク)る。さらりと流れる(カミ)()いた手で()いてもやるが、ぴくりとも動かない姿に小さく嘆息(タンソク)してしまう。


「…(オレ)駄目(ダメ)父親(チチオヤ)だねえ、玳絃(タイゲン)…?」


送り()んだ精気(セイキ)(ウッス)らと(アカ)(イロ)づく(ホオ)(ツツ)むと、伝わってくる(ヌク)もりにまたやるせなくなる。


樂采(ガクト)(シカ)られちゃったよ。…お前にも、(アキ)れられるかなあ?」


樂采(ガクト)(シカ)り飛ばされて、玳絃(タイゲン)身体(カラダ)(アタタ)める為に()を使ったのは、二刻(フタコク)前だ。


雨に()れたからか、それとも黄泉(ヨミ)(トビラ)(タタ)いたからか、()(モド)った玳絃(タイゲン)身体(カラダ)(ヒド)()えていた。


ずっと()きしめていたのだから、()えているのは分かっていたのに、(モド)った(シン)玳絃(タイゲン)手放(テバナ)すことができなかった。


(アタタ)めてならなければ。

休ませてやらなければ。


そうしなければならないと分かっているのに、どうしても動けずに(ウズクマ)ってしまったのだが、それは悧羅(リラ)も同じだったようだ。


起こったことを、()いてしまったことを()び続けていた2人(フタリ)を、(モド)って来た樂采(ガクト)(シカ)り飛ばした。


「何してんのっ?!」


(カイナ)(ツツ)んでいた(シン)と、(スガ)りついていた悧羅(リラ)()き飛ばすなど、()()()()樂采(ガクト)からは考えられないことだ。(トモ)(モド)った忋抖(カイト)が、よろけた悧羅(リラ)に手を()ばすことさえも、この(トキ)樂采(ガクト)(ユル)さなかった。


(トウ)さまっ!こんな馬鹿(バカ)たちに手なんて()さなくていいよっ!こんなのどうでもいいから、玳兄(タイアニ)さまを(アタタ)めてきて!」


(ウバ)い取った玳絃(タイゲン)忋抖(カイト)に押し付けながら、じろりと()めつける樂采(ガクト)(マナコ)には(イカ)りと侮蔑(ブベツ)の光が()らいでいた。それでも手を()ばそうとした、(シン)悧羅(リラ)の手を力一杯(チカライッパイ)(ハタ)き落とした樂采(ガクト)は、そのまま2人の胸倉(ムナグラ)(ツカ)んだ。


「…おいっ!樂采(ガクト)っ!」


(トウ)さまは(ダマ)っててっ!2人とも何なんだよ!?何してんのさっ!?玳兄(タイアニ)さまはぼろぼろなんだって、(ボク)言ったよね?!(ダレ)よりも(イタ)んで、自分を()めまくってたのに、妲己(ダッキ)ちゃんに(ムカ)えに行かせてたのは、何処(ドコ)(ダレ)だった!?」


流石(サスガ)に止めようとした忋抖(カイト)の言葉も(サエギ)って(サケ)んだ樂采(ガクト)剣幕(ケンマク)は、きっと一生(ワス)れられない。


「助ける道はあったでしょう!?玳兄(タイアニ)さまが、どうしたいかなんてとっくに分かってた(ハズ)でしょうっ!!()びることも、()げることも(ユル)さなかったくせに!本当に(ノゾ)んでることを聞こうともしなかったくせに!なんで自分たちが1番苦しいみたいな顔してるんだよ!!馬鹿(バカ)じゃないのっ!?」


樂采(ガクト)、言い()ぎ」


五月蝿(ウルサ)いよ、(トウ)さま!言わなきゃ分かんないんだよ、この馬鹿(バカ)たちはっ!!(シン)くんも悧羅(リラ)ちゃんも、自分たちだけが(ツラ)いって思ってるじゃないか!父様(トウサマ)だって、(ボク)だってこんな玳兄(タイアニ)さまなんて見たくなかったんだ!自分たちのしでかしたことを()やんでばっかりで、玳兄(タイアニ)さまが無くしたものなんて、どうでも良いって思ってんだよっ!!でなきゃ、()()()玳兄(タイアニ)さまのままで、休ませてやることもしないなんて出来るはずがないじゃないっ!」


(ツカ)んだ胸倉(ムナグラ)を強く()(ハナ)されて、(シン)悧羅(リラ)(ユカ)に投げ出される。あまりにも(ハゲ)しい(イカ)りをぶつけられて動けなくなる2人に、樂采(ガクト)は言い(ハナ)った。


「自分たちを(アワ)れむ(ヒマ)があるんなら、玳兄(タイアニ)さまのことを考えてよっ!自分たちが無くしたものを数えるくらいなら、玳兄(タイアニ)さまが無くしたものを数えてよっ!!1番(ツラ)いのは、玳兄(タイアニ)さまでしょうっ!?」


部屋を切り()くような怒声(ドセイ)の終わりは、嗚咽(オエツ)(マミ)れていた。


「…ほんっ、とにっ、ふざけないでっ!!」


樂采(ガクト)、…もういいから」


(カタ)(フル)わせて、(イキ)(アラ)げて、ぼろぼろと大粒(オオツブ)(ナミダ)(コボ)し始めた樂采(ガクト)忋抖(カイト)()()せて()(タタ)く。


「ごめん、お前は()()()()んだもんな。(ダレ)にも言わずにいてくれたんだよな」


忋抖(カイト)(カイナ)(オサ)められた樂采(ガクト)から()れる、押し(コロ)した泣き声に呆然(ボウゼン)としたままだった(シン)悧羅(リラ)は、(ユカ)(ツメ)を立てるしかなかった。


(ヨワイ)17になったばかりの(マゴ)叱咤(シッタ)され、(サト)されたのが(オサ)近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)だなどと、(ワラ)(バナシ)にもならない。


「あんなに(オコ)樂采(ガクト)なんて、きっと玳絃(タイゲン)も見たことないぞ?見とかないと、後悔(コウカイ)しちゃうかもしれないんだけどな…」


思い出して苦笑(クショウ)しながら、(ネム)ったままの玳絃(タイゲン)(ホオ)(クスグ)っていると、部屋(ヘヤ)()が静かに開けられた。()り向かなくとも、(オトナ)った者くらい(シン)には分かってしまう。


樂采(ガクト)は?」


(アヤマ)ってから来るってさ」


(トナリ)を通り()ける忋抖(カイト)(タズ)ねると、やれやれと(カタ)を落としている。


悧羅(リラ)に言いすぎたからって」


(オレ)は良いのかよ」


父様(トウサマ)には、まだ言い()りないらしいよ?」


「…ええ?…って、そうか…、そうだよなあ」


自嘲(ジチョウ)するように小さく(ワラ)(シン)に、忋抖(カイト)嘆息(タンソク)しながら(コシ)()ろした。樂采(ガクト)(サト)い子だ。幼子(オサナゴ)(コロ)から、(マワ)りよりもひとつ(サキ)を読んだ動きをしていたし、心を動かされることがあっても声を(アラ)げることなどなかった。先見(サキミ)(サイ)で見えたことを、(ハバカ)ることなく口に出すことには少し手を()いたが、それに助けられてもいた。


幼子(オサナゴ)らしからぬ(トコロ)も多かったけれど、それが樂采(ガクト)気性(キショウ)なのだと思っていたのだが、どうやら(チガ)ったらしい。


「あいつは父様(トウサマ)のことが大好きだからね。アコガれでもあるから、()()んだままで動けないなんて、そんな姿(スガタ)を見たくなかったんだよ」


幻滅(ゲンメツ)させちゃったかな?」


「そんなわけないでしょ?」


「なら、良いけど」


くすくすと小さく(ワラ)いながら玳絃(タイゲン)(ホオ)()でる(シン)に、忋抖(カイト)(ナラ)って精気(セイキ)(オク)り始めた。


樂采(ガクト)にとって(シン)は、憧憬(ドウケイ)(イダ)き、(タツト)んでもいる存在(ソンザイ)だ。生まれ落ちたときから自分を(マモ)り、(イツク)しみ、深い愛情(アイジョウ)()しみなく(ソソ)いでくれていた者だ。


突如(トツジョ)(アラワ)れた樂采(ガクト)忋抖(カイト)の子であると知らしめられても、里の(タミ)たちが(ウタガ)いもせずに受け入れてくれたのも(シン)が当たり前のように()でていたからだ。


()()ない樂采(ガクト)に、好奇(コウキ)の目が向かないように。

樂采(ガクト)が、心無(ココロナ)い言葉で傷付(キズツ)くことがないように。


ひたすらに()きしめて何が起こっても、いつも前に立って(マモ)(ミチビ)いてくれる()を見ていたからこそ、()(シン)の姿に(イキドオ)ったのだろう。


「…(ナサ)けない(トコロ)ばっかり見せちゃったかなあ」


「だから、たまには良いんだって。いっつも父様(トウサマ)ばっかり格好良(カッコウイ)いって()められてて、(オレ)立場(タチバ)なんて無かったんだから。なあ、玳絃(タイゲン)。お前だって、そう思うよな?」


精気(セイキ)を送りながら、ぽんぽんと(トコ)の上から玳絃(タイゲン)身体(カラダ)(タタ)忋抖(カイト)(シン)はまた小さく苦笑(クショウ)した。(タシ)かに(オサナ)(コロ)から樂采(ガクト)に、鍛錬(タンレン)指南(シナン)(タノ)まれていた。(シン)大刀(ダイトウ)()るう姿や、近衛隊(コノエタイ)(ヒキ)いているのを見かければ、顔を(カガヤ)かせて学舎(マナビヤ)(マド)から()を乗り出して名を()び、手を()っていたものだ。学舎(マナビヤ)に入りたての(コロ)などは乗り出しすぎて落ちるのを、(アワ)てて止めたことも1度や2度ではない。


「落ちたら怪我(ケガ)しちゃうってば!」


「うわあ!(シン)さまだあ!」


「あー!がっくん、良いなあ」


落ちる樂采(ガクト)を受け止めて学舎(マナビヤ)の中に返せば、他の子らからの(ウラヤ)まし()な声が上がって指南(シナン)が止まってしまっていた。


「ぼくの、おじいちゃんは格好良(カッコウイ)いでしょ」


他の子らに(ムネ)()って自慢(ジマン)し、にこにこと抱きついてくる樂采(ガクト)には(ワラ)えたものだ。けれど、流石(サスガ)学舎(マナビヤ)迷惑(メイワク)をかけないように近くには行かないようにしたのだが、そうすると(ミヤ)(モド)った(シン)から(ハナ)れようとしなかった。(マワ)りに迷惑(メイワク)をかけられないから、近くには行けないと伝えた時は(メズラ)しく泣き(サケ)んでもいた。


「何で、(シン)だけに()()()()()(オレ)たちが行っても、手を()るくらいなんだけど?」


(オレ)なんて、『あ、()たんだ』で()ませられてるよ」


あまりにも大泣(オオナ)きするものだから、舜啓(シュンケイ)灶絃(ソウゲン)が首を(カシ)げていたが、子どもたち、特に(オノコ)たちは学舎(マナビヤ)に入り立ての樂采(ガクト)心配(シンパイ)して様子(ヨウス)を見に行っていたらしい。


(アニ)さまたちは、お顔見に来てくれるもん。お友達とたくさん遊んで、おむかえにもきてくれるもん」


「…お前ら、なにしてんの?」


「いや、だって樂采(ガクト)心配(シンパイ)だし」


「そうそう、樂采(ガクト)可愛(カワイ)すぎるのがいけないんだよ」


「あのなあ…」


行動を(アラワ)にされた子どもたちに、忋抖(カイト)(アキ)れていたが、姚妃(ヨウヒ)(トキ)忋抖(カイト)もそうだった、と()められて弟たちを止めるのはやめたようだった。


「確かに(オレ)様子(ヨウス)を見に行ったり、(ムカ)えにいくことも(ムズカ)しいもんねえ」


「しんくんは、ぼくのだもん。ぼくの、おじいちゃんだもん」


しゃくり上げながらしがみつかれていたことが、(ナツ)かしい。


「あんなに小さかったのに、大きくなったもんだよな」


父様(トウサマ)たちのお(カゲ)でね。悧羅(リラ)まで(シカ)るようになるなんて、荊軻(ケイカツ)さんが聞いたら(ヨロコ)ぶよ」


思い出してついくすくすと(ワラ)ってしまうと、その樂采(ガクト)()を開けて入って来た。()り向いた(シン)忋抖(カイト)が、自分を見て(ワラ)いを深めたことに、なに?と(イブカ)しげにしながらも(マヨ)いなく(シン)(トナリ)(スワ)る姿に、ほらね?、と忋抖(カイト)視線(シセン)を送って来た。


まだ見放(ミハナ)されてはいないことに安堵(アンド)した(シン)も、樂采(ガクト)の頭を()でる。


悧羅(リラ)は?」


「もう少し頭()やしてから来るって。なにか考えてたみたいだけど、とりあえず()使(ツカ)わせておいたよ」


「そっか、ありがとうな樂采(ガクト)


「本当にね。馬鹿(バカ)すぎるんだから、みんなして」


くしゃりと(カミ)()()ぜてやると、嘆息(タンソク)して見せてくる。(カク)そうとした、はにかんだ顔が見えて(シン)忋抖(カイト)もますます苦笑(クショウ)してしまった。


樂采(ガクト)(シカ)り飛ばされた(アト)玳絃(タイゲン)(シン)忋抖(カイト)(アズ)けた悧羅(リラ)は、頭を()やしてくると部屋を出ていった。けれど、(アズ)けられた玳絃(タイゲン)()(アタタ)めても、(トコ)(ウツ)しても顔を出さない。ただ何を見ても(ココロ)を動かすな、とだけ(チギ)りの(キズ)から伝わってきていた。


(シン)忋抖(カイト)も、初めは何のことなのか分からなかった。


黄泉(ヨミ)(トビラ)(タタ)かせて、黒く()()げ、左腕(ヒダリウデ)(ウシナ)わせてしまった玳絃(タイゲン)の姿以上に戸惑(トマド)うことなど何も無いと思っていたから。


だが、すぐに()()間違(マチガ)いだったと気付(キヅ)かされてしまった。


氷のように()え切った玳絃(タイゲン)身体(カラダ)に、()()はあったのだ。


()()げていた(ハズ)玳絃(タイゲン)の左の半身(ハンシン)

その(コシ)に、()()はあった。


色もなく、ただ縁取(フチド)られた()()赤子(アカゴ)(テノヒラ)程度(テイド)の大きさの(ハナ)(ツボミ)

(カタ)く閉じられたままの(ツボミ)は、(シン)忋抖(カイト)によって(ナガ)される精気(セイキ)(メグ)ると、(ホノ)かに光り、開き、動く。川を揺蕩(タユタ)(ハス)は、(メグ)精気(セイキ)呼応(コオウ)して開き切ると()り、送ることを()めるとまた何事(ナニゴト)もなかったように色を(ウシナ)い、元に(モド)ったのだ。今も(トコ)の中で、同じことが()り返されているのは見ずとも知れる。


何故(ナゼ)(ハナ)(キザ)()まれたのか。

この(ハナ)が、()()()()()ことを玳絃(タイゲン)()いるのか。


分からないことばかりで言葉を(ウシナ)ったのは言うまでも無いが、少なくとも玳絃(タイゲン)(ヌク)もりが取り(モド)せたのだから()しとすべきなのだろう。


玳絃(タイゲン)、お前まだ起きたくないのか?」


樂采(ガクト)()でる手を休めて玳絃(タイゲン)(カミ)を、くしゃりと()()ぜながら(シン)はぽつりと(ツブヤ)いた。


目を()ましたくないのか。

目を()ませないのか。


後者(コウシャ)であれば、どんなことをしてでも何を投げ打ってでも取り(モド)す。だが、前者(ゼンシャ)であれば、起きた(トキ)に何と言葉を()ければいいのか正直(ショウジキ)に言えば、まだ分からない。


「お前はそんなに寝坊助(ネボスケ)じゃないと思ってたんだけどなあ」


「いやいや、父様(トウサマ)啝咖(ワカ)灶絃(ソウゲン)よりましってだけだって。(オレ)(ヒザ)の上で寝落(ネオ)ちされて、立てなくなったことがどれだけあったと思ってるの?」


「そういえば、そうだったなあ…。()ろして目え()ましたら可哀想(カワイソウ)だって、忋抖(カイト)もそのままにしてくれてたもんな」


ふふっと(ワラ)いながら玳絃(タイゲン)(ヒタイ)小突(コヅ)いてから、忋抖(カイト)もそのまま手を当てたが、(シン)(トナリ)からはきょとりとした声がかかった。


「でもさ、玳兄(タイアニ)さまが起きちゃったら、(シン)くんも(トウ)さまもなんて言うか決めてるの?」


小さく首を(カシ)げて問われて、(シン)忋抖(カイト)苦笑(クショウ)してしまう。本当に樂采(ガクト)()げさせてくれない。こと今回のことに(カン)しては、余程(ヨホド)(ハラ)()えかねているらしい。


「…それなんだよなあ…。(アヤマ)りたいのは間違(マチガ)いないんだけど」


「なんに(タイ)して?」


「どれってことはないな、()いて言えば全部」


「何をもって、ぜんぶなの?」


「それは…」


淡々(タンタン)()い返してくる樂采(ガクト)眼差(マナザ)しが、(スルド)く光って(シン)忋抖(カイト)は言葉に()まってしまった。じっと()つめてくる樂采(ガクト)()に、()()()()()見透(ミス)かされているようだ。


いや。

もしかしたら、本当に見透(ミス)かしているのかもしれないが。


()びるのが(サキ)だとは思っている。

()びなければならないとも思う。


自分を()(コロ)してまで姚妃(ヨウヒ)(スク)うことを選んでくれた玳絃(タイゲン)が、そのまま(オコリ)(シズ)むことだけは()けたかった。


玳絃(タイゲン)()()()勝手(カッテ)期待(キタイ)して、悧羅(リラ)(ジョウ)(ツウ)じることで(トラ)われた()(エニシ)からも()いてやれると思っていた。


(ノゾ)んでいた褒美(ホウビ)として悧羅(リラ)(カイナ)(オサ)めても、()とされる(ハズ)が無いと思い()んで。


(アズ)けると決めて、()()()()ことは分かって残したのに、()()()玳絃(タイゲン)(ハラ)を立てて一瞬(イッシュン)、本気で命を(ウバ)おうとした。


悧羅(リラ)傷付(キズツ)けたことに、ではない。

(チギ)りを消されたことに、でもない。

(シバ)りを(ホド)かれたことに、でもない。


悧羅(リラ)(ココロ)奥底(オクソコ)に、玳絃(タイゲン)()()()()(キザ)みつけられること。

()()()()()()()()()()悧羅(リラ)の前に立ち始めたこと。


それは、(シン)にとっても、忋抖(カイト)にとっても (ユル)(ガタ)く、(オソ)ろしいことなのだ。


本当は、()()()()()()()()()()()()のに。


姉兄(シケイ)たちが唯一(ユイイツ)(ツナ)いでいく中で、どうして玳絃(タイゲン)()()(ノゾ)まないのか。


(ツナ)がりそうな(エニシ)を何かの(コトワリ)を付けて、どうしていつも()ち切ることを選んできたのか。


答えは明白(メイハク)だ。


玳絃(タイゲン)さえも気付(キヅ)かない眼差(マナザ)しの(オク)に見えていたものは、(シン)忋抖(カイト)の中に見出(ミイダ)したものと()()だったのだから。


だからこそ、聞こうとしなかった。

だからこそ、見ようともしなかった。


()びられることも。

話を聞くことも。

()めることも。

(ナジ)り、(ナグ)り、(イカ)りをぶつけることもしなかったのは、玳絃(タイゲン)(ツム)ぐであろう、その(サキ)を見るのが(コワ)かったからだ。

聞いてしまえば(スク)うために、悧羅(リラ)が動き始めることも分かっていたから。


見ない()りでいてくれたなら。

気付(キヅ)かないままでいてくれたなら。


もう2度と、(シン)の心を()()くことは起きない。


変わることのない日々(ヒビ)を送るために、玳絃(タイゲン)()気付(キヅ)かずにいてくれることを(ノゾ)んでしまった。


芽生(メバ)えてしまえば(オサ)えることが(ムズ)かしいことは、(ダレ)よりも分かっている。800年を()えて(ナオ)悧羅(リラ)()とされ続けている(シン)だからこそ、見えたものが(イツワ)りではないことも痛いほどに分かっていた。それでも、どうしても(シン)忋抖(カイト)以外を受け入れることは出来ない。

()()()()()()玳絃(タイゲン)(オノレ)の心に気付(キヅ)き、()()言葉(コトバ)にしたならば、(シン)(マヨ)いなく(コバ)んだだろう。


「…ああ、そうか…、……()()()()()()()…」


考えに(フケ)り止めていた手を動かすと、指の間から玳絃(タイゲン)(カミ)(コボ)れ落ちる。


「ほんっと、(オレ)って(ナサ)けない父親(チチオヤ)だ」


父様(トウサマ)?」


ふふっと自嘲(ジチョウ)してしまうと、忋抖(カイト)(カタ)(タタ)いてくるが、あまりにも単純(タンジュン)で、あまりにも手前勝手(テマエガッテ)な答えにますます苦笑(クショウ)するしかない。


自分の手で傷付(キズツ)けたくないから、気付(キヅ)いて()しくなかった。


これ以上、(シン)悧羅(リラ)の間に入り込む者が()えることなど(ユル)せない。


ただ、それだけだった。


「なあ、忋抖(カイト)。お前、悧羅(リラ)(オレ)たちのほかに手を()ばすのって(ユル)せるか?」


「…はあ?…冗談(ジョウダン)でしょ?」


「だよなあ。(オレ)もそうだもん」


読み()いた自分の思いを()してもらうために口に出した(シン)に、目の前の忋抖(カイト)(マユ)()せた。


「やめてよね?」


「うん、玳絃(タイゲン)には悪いけど、こればっかりは(オレ)無理(ムリ)


置いたままの手で玳絃(タイゲン)(ヒタイ)()でながら、(シン)は深く嘆息(タンソク)する。


()びなければならなかったのは、()()()()()()()()()()()ことは、ただひとつだった。


()びるとか、()めるってことじゃなくて、(オレ)はちゃんと玳絃(タイゲン)と向き合わなきゃ駄目(ダメ)だったんだなあ」


「それは(オレ)も同じだよ。玳絃(タイゲン)悧羅(リラ)2人(フタリ)になることをあんなに(コワ)がってたのにさ。聞かないまんまで、残したんだから」


「うん。(オレ)たちは初めから間違(マチガ)ってたんだ。(オレ)たちが決めてやるんじゃなくて、玳絃(タイゲン)の気持ちを聞いてから決めるべきだった。…ごめんな、玳絃(タイゲン)…」


今更(イマサラ)気付(キヅ)いた(トコロ)(フカ)(エグ)れた玳絃(タイゲン)の心を取り(モド)すことは出来ない。心だけでなく左腕(ヒダリウデ)まで(ウシナ)わせては、この(サキ)近衛(コノエ)として(ツト)めるのも(ムズカ)しくなるだろう。


近衛(コノエ)に入ることは、玳絃(タイゲン)(オサナ)(コロ)からの(ネガ)いだった。末子(マツゴ)として来てくれた玳絃(タイゲン)は、どちらかと言えば(アマ)えたな子で(シン)悧羅(リラ)(ソバ)によく()てくれた。2人(フタリ)とともに()たいと何処(ドコ)に行くにも()れて行ってくれ、とよくせがまれた。


朝議(チョウギ)も、里に()りるのも1番多くともに行き民達(タミタチ)(カコ)まれる悧羅(リラ)を見ては、顔を(カガヤ)かせていたものだ。


『1日でも早く近衛(コノエ)に入って、母様(カアサマ)(マモ)る』


そう言い続けて、ひたすらに鍛錬(タンレン)して()につけた能力(チカラ)だったのに。


(アサ)はかな考えで進ませた結果(ケッカ)玳絃(タイゲン)()()()()(シン)(ウバ)ってしまったのだ。


(ユル)してくれなくてもいいから、話だけはさせてくれな?」


ぽんぽんと(トコ)の上から玳絃(タイゲン)身体(カラダ)(タタ)くとあのさあ、と嘆息(タンソク)()じりに(ツブヤ)いた樂采(ガクト)から、ぱしりと(アタマ)(ハタカ)れた。


「まだそんなこと言ってるの?(ユル)すとか(ユル)されないとか、そんなの関係(カンケイ)ないでしょう?(シン)くんは、思った通りに玳兄(タイアニ)さまのお話聞くの。()()()()のことも、今までのことも、ぜんぶ聞いて。あとのことは、()()()()なんだから」


まったく、と(アキ)れたような嘆息(タンソク)()姿(スガタ)に、(シン)(カタ)を落とした。


先見(サキミ)(サイ)を持っている樂采(ガクト)は、今の状況(ジョウキョウ)も、()()()()行程(コウテイ)もすべて見えているのだろう。口には出さないことがあるとしても玳絃(タイゲン)を思い、(シン)たちの助けになろうと()()()に来てくれたのだ。(アト)で話せと言った忋抖(カイト)の言葉には(ウナズ)いていたから、話せることもあるのかもしれないが何処(ドコ)まで()()んで良いものかも分からない。


樂采(ガクト)の持つ先見(サキミ)(サイ)は、(オニ)として持つものではない。長足(オサタ)悧羅(リラ)でさえ()()能力(チカラ)は持っていないし、(マジナイ)()悧羅(リラ)右腕(ミギウデ)として(ササ)えてくれている荊軻(ケイカツ)でさえ、(メグ)まれてはいない。(ハタ)から見れば、2人は先を見通(ミトオ)して動いているように見えるかもしれないが、悧羅(リラ)荊軻(ケイカツ)(ミズカ)らが()知識(チシキ)から予測(ヨソク)して動いているに()ぎず、樂采(ガクト)のように()()()()()()()鮮明(センメイ)に見ている(ワケ)ではないのだ。


()み立てた予測(ヨソク)とはいえ、これまで(アヤマ)った道に進むことがなかったのは流石(サスガ)と言うべきだが、今回に関しては悧羅(リラ)も読めなかった。樂采(ガクト)だけが、()()()()()()()()()()()()()()見えているのだろう。


それは、王母(オウボ)精気(セイキ)(ユズ)り受けて(ソダ)った樂采(ガクト)だからこそのものかもしれない。


樂采(ガクト)玳絃(タイゲン)()てる(アイダ)(オレ)たちに話せることはあるか?」


(オレ)もそれが気になってた。ちゃんと説明しろって言ったよね?」


玳絃(タイゲン)から手を(ハナ)して、樂采(ガクト)の頭を()でる(シン)忋抖(カイト)も深く(ウナズ)いた。


悧羅(リラ)(オレ)(チギ)ったことも知ってたみたいだし?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()も全部知ってるんじゃないのか?」


そっと手を()ばした忋抖(カイト)樂采(ガクト)(カタ)(ツカ)むと、やれやれとでもいうような嘆息(タンソク)(ヒビ)いた。


「…んー…、まあねぇ…。悧羅(リラ)ちゃんには先に話しちゃってるし、()()言えないことでもないから良いんだけどさ」


(カタ)に置かれた忋抖(カイト)の手に、自分の手を重ねながら樂采(ガクト)は小さく(ワラ)ってみせてくる。


(ボク)()()()()玳兄(タイアニ)さまの行末(ユクスエ)だよ。()()(トキ)悧羅(リラ)ちゃんが()()()()()、それで()()()()()だけ」


行末(ユクスエ)?」


(ワズ)かに(マユ)()せた(シン)忋抖(カイト)に、樂采(ガクト)は静かに(ウナズ)いた。


(ボク)たちは大きな()の流れの中で()()()()()()。それは2人(フタリ)とも知ってるでしょ?悧羅(リラ)ちゃんも(コト)あるごとに言ってるもんね」


「まあ、そうだな。東王父様(トウオウフサマ)に神になることを(スス)められても、悧羅(リラ)()()(コトワリ)にして(コバ)んだし」


100年ほど前に東王父(トウオウフ)によって(タメ)された(マジナイ)(アラガ)った(トキ)(モド)った悧羅(リラ)(オサ)としての自分を『里を(アズ)かっているにすぎない』と言った。(サカ)らえない世の流れの中のひとつでしかなく、ただ(アズ)かっているだけだ、と。役目(ヤクメ)()わる(マデ)、ただ(マモ)るだけだ、と。


「そう、悧羅(リラ)ちゃんは良く()()()()()。大きな流れの中で生かされている以上、(サカ)らえないことがあることも。(エラ)ぶその先で道が(ワカ)たれることも分かってる。だからこそ、より気を(クバ)って進む道を選んできてたでしょ?」


「まあ、(タシ)かにな」


里を(アズ)かる悧羅(リラ)(カタ)には、20万の(タミ)生命(イノチ)が乗っている。里で()らす者たちが安寧(アンネイ)享受(キョウジュ)できているのは、悧羅(リラ)が選び取ってきた道が正しかったということだろうが、悧羅(リラ)とて(マヨ)わない(ハズ)はない。()()()()()()悧羅(リラ)()()()()(ナヤ)み、(イタ)み、苦しんできたのかを知っている者は(カギ)られている。


より近くで悧羅(リラ)(ササ)えて来た者。

悧羅(リラ)(イタ)みも苦しみも、ともに()()って(イヤ)してやれる者。


()()()を手にする前には、すべてを1人で(カカ)えてきた悧羅(リラ)だからこそ(オノレ)決断(ケツダン)(マヨ)うこともあるのだ。


(ボク)だって、ぜんぶが見えるわけじゃないんだけどね。言った通り見えたのは行末(ユクスエ)だけなんだけど、悧羅(リラ)ちゃんって自分の大切(タイセツ)なものが目に見えて傷付(キズツ)くと、いつもの悧羅(リラ)ちゃんじゃ無くなるでしょ?悧羅(リラ)ちゃんが出来ないことなんて、世の流れに(サカ)らうくらいのことなのに」


「だから、その行末(ユクスエ)とか()(ナガ)れってのは何なのさ?」


(カタ)(スク)めて見せる樂采(ガクト)に、忋抖(カイト)が首を(カシ)げた。


「言ったでしょ?玳兄(タイアニ)さまの行末(ユクスエ)だって。()()(トキ)()()()()黄泉(ヨミ)の門を(クグ)らせるか、(トド)めるか。悧羅(リラ)ちゃんがどっちを選ぶかで()()()行末(ユクスエ)も決まったんだよ」


「決まったってことは(クツガエ)せない何かの流れに乗ったってことか」


(イキ)()きながら(ツブヤ)いた(シン)に、うん、と樂采(ガクト)(ウナズ)く。ということは、()()(トキ)悧羅(リラ)はとてつもなく大きな決断(ケツダン)をしたということだ。それが何かはまだ分からないが、樂采(ガクト)の顔はこれで良かったのだと言っているようにも見える。


「道のひとつで見えたのは、玳兄(タイアニ)さまが黄泉(ヨミ)の門を(クグ)るのを止めなかったら、悧羅(リラ)ちゃんが(コワ)れる姿だったんだ。(ボク)としては、そっちを選ばれなくて良かったと思ってる。そんなの見たくないし、悧羅(リラ)ちゃんが(コワ)れるってことは里も(オニ)も、もしかしたら(アヤカシ)の世も(クズ)れて消えることにもなりかねないことだから。そんな(ゴウ)まで背負(セオ)わせたくないもん。(シン)くんと(トウ)さまだって、そうじゃない?」


(モト)められた同意(ドウイ)に、(シン)忋抖(カイト)も、そうだな、と(ウナズ)いた。


ただでさえ(オサ)という(オモ)(ゴウ)背負(セオ)わせている。これ以上は看過(カンカ)出来ないし、何より悧羅(リラ)(コワ)れたという先で起こる事柄(コトガラ)は、(シン)忋抖(カイト)(トド)め切れず(スク)うことも出来なかったということだから。


「じゃあ、その最悪の行末(ユクスエ)()けられたとして選んだ道で起こることは?玳絃(タイゲン)は、これ以上傷付(キズツ)かずにいられるのか?」


最悪(サイアク)結末(ケツマツ)ではないにしろ、選びとった道の先でまた玳絃(タイゲン)心咎(ココロトガ)めるならば、今度こそ手を(ハナ)すことは(ユル)されない。


「んー…、それは玳兄(タイアニ)さま次第(シダイ)ってしか言えないんだけど…。ただ、自分で自分を()てることはできなくなっちゃったんだよね」


少し考えるように言葉を切った樂采(ガクト)が、手を()ばして玳絃(タイゲン)身体(カラダ)をぽんっと(タタ)いた。


2人(フタリ)ともさ、玳兄(タイアニ)さまを(トド)めるために悧羅(リラ)ちゃんが血を()ませたの(オボ)えてる?」


(タズ)ねる樂采(ガクト)2人(フタリ)(ウナズ)くと、それなんだけどねえ、と樂采(ガクト)(カタ)を落とした。


「あのね、まず分かってて()しいんだけど、(ハス)精気(セイキ)って王母様(オウボサマ)能力(チカラ)そのものだから、普通(フツウ)(オニ)じゃ()け入れられなくて身体(カラダ)(コワ)れるんだ。悧羅(リラ)ちゃんは元々(モトモト)(ハス)(ムスメ)だからどうってことはないし、(シン)くんと(トウ)さまは道を(サズ)けられたときに、()えられるように(ツク)りを変えられてる。生まれがちょっとな(ボク)でも、(シン)くんから(ハス)精気(セイキ)だけもらったら、身体(カラダ)の中がぼろぼろになっちゃったくらいにね」


「なんで、いきなり(ハス)精気(セイキ)の話になるんだよ?」


突如(トツジョ)として(カタ)りだされた話に、忋抖(カイト)がますます首を(カシ)げるが、樂采(ガクト)玳絃(タイゲン)身体(カラダ)(タタ)きながら、ちらりと(シン)を見やった。視線(シセン)を受け止めた(シン)が、まさか、と(ツブヤ)いて(イキ)()むとその(カタ)にも手を乗せてぽんっと(タタ)く。


玳兄(タイアニ)さまの半分は悧羅(リラ)ちゃんから出来てる。だけどそれでも(ハス)精気(セイキ)を受け入れるだけの(ウツワ)は無かった。…でも、()()()まで(イタ)んだ玳兄(タイアニ)さまを(イヤ)すには、(ハス)精気(セイキ)(タヨ)るしかない。だったら残された道は何だったか、なんて、()()()()()でしょう?」


問いかけるような声音(コワネ)に、(シン)が目を見開くと忋抖(カイト)も、あ、と(ツブヤ)いた。


玳絃(タイゲン)()いた(ハナ)は、()()()()()()か…」


思わず(トコ)に入ったままの玳絃(タイゲン)の手を(ニギ)りながら、(シン)はがっくりと項垂(ウナダ)れた。(コト)の大きさに気付(キヅ)いたのか、忋抖(カイト)もぶるりと(フル)えている。ああ、と大きくごちた2人(フタリ)樂采(ガクト)嘆息(タンソク)が乗し()かる。


(ハス)精気(セイキ)は、普通(フツウ)(オニ)では受け入れられない』


ならば。


何故(ナゼ)玳絃(タイゲン)()ちた身体(カラダ)()()(イヤ)された?

何故(ナゼ)悧羅(リラ)(オノレ)の血を玳絃(タイゲン)()ませた?

何故(ナゼ)玳絃(タイゲン)身体(カラダ)悧羅(リラ)(ハナ)(キザ)まれた?


その答えは、ひとつしかない。


玳絃(タイゲン)は、(ツク)りごと変えられたのだ。


(シン)忋抖(カイト)が、()()()()()()()()

(ハス)精気(セイキ)(オノレ)(イヤ)せるように。

(タト)え、玳絃(タイゲン)が望んでいなくとも()()()()()てることのないように。


悧羅(リラ)の手で。

悧羅(リラ)意思(イシ)で。


(ニギ)った手に(ツヨ)く力を()めながら、(シン)は深く(イキ)()いてしまった。


玳絃(タイゲン)身体(カラダ)(クズ)れ始め、黄泉(ヨミ)(トビラ)(オク)へと足を進めた()()刹那(セツナ)悧羅(リラ)は確かに()びの言葉を口にしていた。(シン)が何も()せずにいた、あの(トキ)相談(ソウダン)する(ジカン)(マヨ)う思いも(ユル)されてはいなかったのだ。


だから、()びたのだろう。


玳絃(タイゲン)の思いも聞けず、その先を(シバ)ることを決めてしまうなど、悧羅(リラ)()()()()()(イタ)んだのか。


たったひとりでそんな決断(ケツダン)をさせてしまったことが、あまりにも(クヤ)しくて(タマ)らない。


くそ、と(クチビル)()んでしまう(シン)に、あのね、と樂采(ガクト)が声を上げた。


玳兄(タイアニ)さまを(ウシナ)わずにいるためには、()()道しかなかったよ」


「そうなんだろうな…、…でも…」


ぐっと(ツカ)んだ手に力を入れる(シン)(カタ)を、樂采(ガクト)は優しく(タタ)くと、呆然(ボウゼン)とする忋抖(カイト)(カタ)にも手を置いた。


(ハナ)(キザ)まれたけど、(シン)くんや(トウ)さまのとは(チガ)う。形としては哀玥(アイゲツ)くんや睚眦(ガイシ)くんの()き方に()てるけど、それともまた(チガ)う。()()契約(ケイヤク)なんだ」


「…契約(ケイヤク)?」


「うん。玳兄(タイアニ)さまが自分で自分を(イタ)めないようにするためだけの、ね」


は?、と声を上げかけた(シン)忋抖(カイト)の横で、ごそりと(トコ)が動いた。はた、と見やれば横たわっていた玳絃(タイゲン)(ウッス)らと目を開け始めている。


玳絃(タイゲン)っ!」


(ニギ)っていた手に力を入れながら(ノゾ)()(シン)を、朧気(オボロゲ)に見つめ返した玳絃(タイゲン)(マナコ)(トラ)えた。


「…父様(トウサマ)…?あれ…?(オレ)どうしたんだっけ…?」


きょとりとしながら大きな(イキ)()玳絃(タイゲン)(マナコ)に、自分の姿が(ウツ)っているのが見えて、(シン)はその場に(クズ)()ちた。


「お、っ前…っ、もう…っ」


()みあげる安堵(アンド)とともに(ナミダ)(アフ)れて、思わず顔を(カク)すと、この馬鹿(バカ)!、と忋抖(カイト)玳絃(タイゲン)を抱きしめて嗚咽(オエツ)()らし始めた。


「え?え?(カイ)兄様(アニサマ)…?なに?どうしたの?」


(シン)忋抖(カイト)に泣きながら抱きしめられて、起こっていることが理解(リカイ)できない玳絃(タイゲン)からは困惑(コンワク)する声だけが聞こえてくる。


「なんなんだよう…」


理解(リカイ)できないまま、とりあえず落ち着かせようと(ニギ)られた手を(ニギ)り返して、反対(ハンタイ)の手で忋抖(カイト)(ツツ)もうとした玳絃(タイゲン)が、あれ?、と(ツブヤ)いた。


「…?」


右腕(ミギウデ)感覚(カンカク)()()(ニギ)り返された力強さが(シン)のものか、忋抖(カイト)のものかは分からないが、(アタタ)かさだけは感じることができる。


けれど。


上げようとした左腕(ヒダリウデ)何処(ドコ)にあるのか分からない。幾度(イクド)(ウデ)を動かそうとしてみるが、当たり前に()()にあった(ハズ)(オモ)みも感覚(カンカク)も感じえない。(ミズカ)らの上を(オオ)う父と兄から視線(シセン)を動かすと、平坦(ヘイタン)布地(ヌノジ)が見えた。


「……?…は…?」


見やった(サキ)光景(コウケイ)玳絃(タイゲン)から、血の()退()く。先刻(サキホド)まで(タシ)かに()った(ハズ)左腕(ヒダリウデ)が、()()に無い。目を見開いてみても(カタ)から先は、(ツブ)れた(コロモ)があるだけで動かそうと意識(イシキ)を集めても景色(ケシキ)が変わることがない。


「え?えっ!?」


(アワ)てて身を起こすと、しがみついていた(シン)忋抖(カイト)が勢いで(ハジ)かれた。起こしたもののぐらりと(カタム)玳絃(タイゲン)を、一瞬(イッシュン)(ハナ)れた2人(フタリ)(ササ)えたけれど、玳絃(タイゲン)視線(シセン)はあるはずの左腕(ヒダリウデ)場処(バショ)から動かない。起き上がった反動(ハンドウ)で、ゆらゆらと()れる(ソデ)に手を()ばしてみたが空虚(クウキョ)布地(ヌノジ)(ツブ)れただけだ。


「…(オレ)、どうしたんだっけ…?」


(ミヤ)栄州(エイシュウ)(ナツ)かしむ(ミナ)の中にいるのが(クル)しくて、葬送(ソウソウ)した場に(モド)ったことは、(オボ)えている。(ナツ)かしみながら(サケ)()()わす()()()には、(シン)悧羅(リラ)忋抖(カイト)()たから。()ってしまえば少しばかりは居心地(イゴコチ)もましになったかもしれないが、()()()以降(イコウ)、心に()()さったままの(トゲ)(サケ)(オボ)れることさえも(ユル)してくれなくなっていた。それでも、出来る(カギ)(トド)まろうとはしたのだ。


玳絃(タイゲン)(カタワラ)()ようとする悧羅(リラ)に、()(ツツ)まれる(マデ)は。


これまでも幾度(イクド)悧羅(リラ)は、()()()()()()()()()()()()()


(オビ)えることも、()やむこともしなくて良いのだと教えるように玳絃(タイゲン)の姿が見えれば(カタワラ)にこようとしてくれていたけれど、どうしても玳絃(タイゲン)には受け入れられなかった。


()れてしまえば、思い出してしまうから。


(カサ)ねた(ハダ)(アツ)さも。

(ムサボ)るように()り返した口付(クチヅ)けも。

とめどなく()き立ってくる劣情(レツジョウ)と、()ちたいと(ネガ)ってしまった悦楽(エツラク)も。


()れられた瞬間(シュンカン)()を走った(ヨク)()(タマ)れなくなって、部屋を出た(ハズ)だった。


その場に居なくとも、栄州(エイシュウ)を送った場で語りかければ落ち着けると思ったし、栄州(エイシュウ)面影(オモカゲ)(イヤ)して()しかった。


いつもの笑顔(エガオ)で。

いつもの口調(クチョウ)で。


些末(サマツ)なことですなあ」


そう言って頭を()でてくれるような気がしたから。(ヌク)もりを(モト)めて()()げた土に()れたことも(オボ)えているが、その(アト)はどうしたのだったか?


思い出そうと無い(ウデ)を押さえる右手(ミギテ)を見やれば、そこにはいつもの()があって、黒くない、と玳絃(タイゲン)(ツブヤ)いた。


最期(サイゴ)に見た(トキ)、土に当てた両の(ウデ)は黒く()けているようだった。熱さも(イタ)みも不思議(フシギ)(ホド)に感じなかったけれど、(ハナ)(クスグ)った肉の()ける(ニオ)いが確かにあった。


「…ああ、そうかあ…」


黒く見えた(ウデ)と、(クズ)れ落ちた身体(カラダ)

(アワ)てて()()ってきた、(シン)の声。


急速(キュウソク)(オソ)ってきた眠気(ネムケ)は、雨で()えたからだとばかり思っていたが()()()()()()()()()()


ゆらりと()れる左の布地(ヌノジ)を強く(ツカ)んで、玳絃(タイゲン)は小さく(ワラ)ってしまう。


「…(バツ)を受けたんだね…」


「「(チガ)うっ!」」


ぽつりとごちた玳絃(タイゲン)に、(シン)忋抖(カイト)は同時に(サケ)んだ。


「お前が何の(バツ)を受けるって言うんだよ!?そんなことある(ハズ)ないだろう!」


「いや、だって…。これは、()()()()()()でしょ?」


「だから(チガ)うって!」


ぺたりと身体(カラダ)()り付く布地(ヌノジ)を持ち上げて見せる玳絃(タイゲン)(カタ)を、(シン)(ツカ)んだ。


「いいか、玳絃(タイゲン)。お前に(バツ)(クダ)るなら、(オレ)の方がよっぽど(バッ)せられなきゃなんないんだぞ?」


「どうして、父様(トウサマ)(バツ)を受けるの?それこそ可笑(オカ)しいよ?」


きょとりとして首を(カシ)げた玳絃(タイゲン)は、また自嘲(ジチョウ)するように微笑(ホホエ)んでいる。(ウデ)を無くしたことは当たり前なのだと受け入れようとする(サマ)に、(シン)(ムネ)がつきりと痛んだ。


可笑(オカ)しなもんか…。(オレ)はお前の話を何にも聞かなかったんだ…。()()()()()()()って思いこんで、お前の(オモ)いも言葉(コトバ)も見ない()りしてたんだから」


「そんなの、()()()()()()でしょ?」


「どうでも良い(ハズ)ないだろうが…」


(トラ)えていた視線(シセン)を、そっと(ハズ)して苦笑(クショウ)する玳絃(タイゲン)の姿に、(シン)苦虫(ニガムシ)()んだ。


話だけでも聞かせて()しいのに、玳絃(タイゲン)がすべてを(アキラ)めてしまっているのが痛い(ホド)に伝わってくる。


(バツ)(コウム)ったなどと思って欲しくないのに、どんな言葉を(ツム)げば玳絃(タイゲン)の心を(スク)えるのだろうか。


どうすれば、玳絃(タイゲン)()の心を見せてくれるだろうか。


(オレ)が話そうか?」


(ナヤ)(シン)心内(ココロウチ)が伝わったのだろう。(アン)じる忋抖(カイト)には(カブリ)()っておいた。これは(シン)()()()()()()()()()()()()()


栄州(エイシュウ)(ヨド)玳絃(タイゲン)の心を(トド)めてくれた。

悧羅(リラ)(コワ)れる玳絃(タイゲン)身体(カラダ)を引き止めてくれた。


なればこそ、(シン)()()手繰(タグ)って玳絃(タイゲン)(スク)わなければならないのだから。


すべてを(アキラ)めさせるには、まだ早い。


(カタ)に置いた手にぐっと力を()(ナオ)してから、(シン)はひとつ大きく(イキ)()く。


玳絃(タイゲン)


静かに()ぶと()らされていた視線(シセン)が、ゆっくりと(モド)った。けれど、まっすぐには見つめ返せないようで(ウツム)玳絃(タイゲン)の名を、もう1度()ぶ。


玳絃(タイゲン)


「…なに?」


嘆息(タンソク)()じりに返された声は、玳絃(タイゲン)苦悩(クノウ)(シン)()き付けてくる。


「ごめんな」


何を言いようもなくて出した()びの言葉に、玳絃(タイゲン)身体(カラダ)がぴくりと(フル)えた。


「お前はずっと言ってくれてたのにな。(オレ)忋抖(カイト)顔向(カオム)け出来ない、悧羅(リラ)2人(フタリ)になるのは(コワ)いってさ。(オレ)がお前の気持ちを(カロ)んじたから、…苦しかっただろ?」


「…そんなの、…別に…、(オレ)(セキ)だし…」


(チガ)うよ、お前の(セキ)なんかじゃない。見誤(ミアヤマ)った(オレ)()()()うものだ」


「…それこそ(チガ)うと思うけど…」


()()めるように声を出す玳絃(タイゲン)(カタ)を、(シン)はぽんっと(タタ)いた。


(チガ)わない。手を取れって()()したのは(オレ)たちなのに、(オレ)はあの一瞬(イッシュン)、本気でお前を(コロ)そうともした。全部の(セキ)をお前に(ナス)りつけようとした。(ユル)されることじゃない」


「それも当たり前のことでしょう?(オレ)がしたことは(コロ)されて(シカ)るべきことだもん」


「そんなわけあるか」


(ウツム)いたままの玳絃(タイゲン)(ヒザ)の上で、(コブシ)が作られている。強く(ニギ)られた右手が白く色を変えていくのが、仄暗(ホノグラ)寝所(シンジョ)の中でも見えて、(シン)はその手をそっと(ツツ)んだ。


「…むしろ、()()()()()()()()()よ…」


「…馬鹿(バカ)なこと言うな」


「…(ホウ)っておいてよ…。その方が父様(トウサマ)にとっても母様(カアサマ)にとっても、(カイ)兄様(アニサマ)にだって良いことでしょう?」


「できるわけない。見放(ミハナ)したらお前、どっかに行っちゃうだろ?」


「…だって、それが1番良いことなんだ」


(ツツ)んだ手は小さく(フル)え出して、ますます(コブシ)を強く作っていく。両手(リョウテ)(ツツ)んで開かせると、()いこんだ(ツメ)(テノヒラ)から血が(ニジ)み出した。


「良くないし、(ダレ)もそんなこと(ネガ)ってもないよ。なのに、どうしてそれが1番だって言える?」


(ニジ)んだ血を自分の(ソデ)(オサ)えて止めながら(イヤ)し始めると、だって、と小さな声がした。


「…だって、母様(カアサマ)(ヒド)いことした」


悧羅(リラ)()()()()()って(ノゾ)んだことだよ?」


「…父様(トウサマ)との(チギ)りを(ケガ)した」


「そんなのいくらでも(ムス)(ナオ)せる」


「…兄様(アニサマ)(シバ)りも(ホド)いちゃった…」


忋抖(カイト)はもっと良いもの(モラ)えたから気にすんな」


(ツム)がれる言葉が、すべて(シン)たちを(オモンバカ)るものばかりで(シン)は小さく嘆息(タンソク)してしまった。


本当に(ヤサ)しい子に育ってくれたことが(ウレ)しくもあるが、その分どれだけ玳絃(タイゲン)(イタ)んだのかと思えば(ムネ)(ウズ)く。


「なあ、玳絃(タイゲン)。お前は(ヤサ)しいから、気にするなって言っても無理(ムリ)かもしれないね。だけど、お前本当はどうしたかった?」


(イヤ)()わった手を(ツツ)(ナオ)して(タズ)ねると、びくりと身体(カラダ)(フル)わせたのが伝わってくる。


今更(イマサラ)って思うかもしれないけど、教えてくれないか?玳絃(タイゲン)()()()()()()()のか、玳絃(タイゲン)()()()()()()()()のか。()()()()()()()()()()()()


「…っ…」


(シン)の問いかけに(イキ)()んだ玳絃(タイゲン)の手が、また(コブシ)を作っていく。


「どんな(ネガ)いでも、もう()しつけたりしないからさ。言える分だけで良いから、(オレ)に教えてくれ」


「…聞いたって…、どうすることもできないよ…」


「うん、そうかもしれない」


(カタ)(ニギ)られた(コブシ)を開かせながら、(シン)も深く(ウナズ)いた。


玳絃(タイゲン)(ノゾ)むことが、忋抖(カイト)と同じ場処(バショ)()つことならば受け入れてやることは出来ない。

玳絃(タイゲン)(ネガ)うことが、黄泉(ヨミ)(トビラ)(クグ)ることだとしたら(カナ)えてはやれない。


「それでも聞かせてくれないか?その上で、もしも玳絃(タイゲン)(ユル)してくれるなら、どうしたらいいのか一緒(イッショ)に考えさせてくれると(ウレ)しい」


開かせた手を両手で(ツツ)んで、(タノ)む、と頭を()げた(シン)玳絃(タイゲン)がますます(イキ)()む音が(トド)く。かたかたと(フル)え続ける玳絃(タイゲン)に気持ちを()き出せと(ネガ)うことが、どれほど(オソロ)しいことを()いているかも分かっている。本来(ホンライ)なら、玳絃(タイゲン)苦悩(クノウ)も、悲痛(ヒツウ)も、慟哭(ドウコク)も見ない()りをしてきた(シン)(ネガ)えることでもないことも。だが、ここで受け止めなければまた玳絃(タイゲン)(オノレ)()め続けてしまうだろう。(チガ)うと、どれほどに声を()らして伝えようとも()りかかったものを(バツ)だと()えてしまう。


たとえ何が出来なくても、()()()()(ヌグ)いさってやらねば、(シン)()としても()としても玳絃(タイゲン)と向き合えなくなってしまうだろう。


「…(タノ)む、玳絃(タイゲン)(オレ)にもう1度お前の声を聞かせてくれ…」


深く頭を下げたまま(ツナ)いだままの手を強く(ニギ)ると、玳絃(タイゲン)(フル)えも伝わってくる。小さな(フル)えだったものは大きく強くなり、(ツツ)んだままの手も(ヒド)(ツメ)たくなっていく。声の代わりに()れた(イキ)()が聞こえ始めると、下げ続けていた頭の(オク)玳絃(タイゲン)(クズ)れ落ちた。


「…玳絃(タイゲン)っ!」


(アワ)てて()き起こした玳絃(タイゲン)は、青褪(アオザ)めた表情(カオ)で、(コエ)も無く大粒(オオツブ)(ナミダ)(コボ)していた。強く()()められた(クチビル)にも血を(ニジ)ませてまで嗚咽(オエツ)(コラ)える姿に、(シン)(ムネ)がまた(ウズ)いた。(タマ)らずに引き()せて(カイナ)(ツツ)むと、限界(ゲンカイ)だったのだろう。忋抖(カイト)玳絃(タイゲン)()に手を()ばして(サス)り始めた。


「…ごめんなあ、玳絃(タイゲン)…。(コワ)いよな?(クル)しいよな?」


閉じた(カイナ)の中で(フル)え続ける玳絃(タイゲン)()()ると、()し殺した嗚咽(オエツ)が聞こえてくる。


「分かった、言いたくないなら()()()()でもいい。…だけど、(オレ)が手を()ばし続けることだけは(ユル)してくれ」


幼子(オサナゴ)をあやすように、ぽんぽんと身体(カラダ)(タタ)きながら()きしめると、少しずつ大きくなる嗚咽(オエツ)()じって()びる声がし始めた。


「…め、なさっ…、」


「うん」


「…ごめん、なさっ…い、っ」


「もういい。もう十分受け取った。(オレ)の方こそ、悪かった」


出来るだけ(オダ)やかに、玳絃(タイゲン)が感じている(オソ)れが少しでも軽くなるように()(タタ)いていく。


「…き、えたかったんだ…っ」


「…うん…」


「顔、見るのもっ、(ソバ)にいるのも辛いからっ」


「…そうか…」


背を(タタ)くたびに()き出される(オモ)いに、(ムネ)()()かれそうだ。玳絃(タイゲン)身体(カラダ)(サス)忋抖(カイト)も、同じ想いなのだろう。ぎゅっと(クチビル)()んで、(サケ)びたいのを(コラ)えてくれている。


「…(オレ)さえ()なくなれば…っ、父様(トウサマ)母様(カアサマ)もっ、兄様(アニサマ)(サイワイ)なままでいられるからっ」


「…それは(イヤ)だなあ…」


(フル)える身体(カラダ)を、ぎゅうっと抱きしめてやると、(シン)(コロモ)(ツカ)まれた。


「…()()()()()したのに、(ダレ)()めてくれなくてっ、…()びることも(トガ)められることもなくてっ」


「…うん…」


「…だったら、(オレ)が自分で自分を(バッ)しなきゃって…。(オレ)(イタ)むことでしかっ、(ツグナ)えないって思って…っ」


ようやく()き出してくれた玳絃(タイゲン)本音(ホンネ)が止まらないように、(シン)はゆっくりとその()(サス)る。懺悔(ザンゲ)(ゴト)(ツム)がれる言葉の重みを受け止めていると、(チギ)りの(キズ)(ウズ)き出した。ちらりと忋抖(カイト)を見やると、がっくりと項垂(ウナダ)れている。(シン)が感じているように忋抖(カイト)もまた、これほどまでに玳絃(タイゲン)()()めてしまっていたことをやるせなく思っているのだ。これ以上は、と止めるような声も(トド)くが駄目(ダメ)だ、と伝えておく。


ここで止めれば、玳絃(タイゲン)は2度と心を開かない。


(シン)の思いに小さく嘆息(タンソク)した忋抖(カイト)は、やれやれ、と玳絃(タイゲン)の頭をくしゃりとかき()ぜた。何を言うでもなく置かれた(テノヒラ)(アタタ)かさに、玳絃(タイゲン)慟哭(ドウコク)が強くなる。


「…ちゃんと、(ツグナ)うからっ…。もう、消えさせて…っ」


(ツカ)んだ(コロモ)(ニギ)りしめて(ネガ)玳絃(タイゲン)に、(シン)(カブリ)()った。見えなくとも動きで(イナヤ)(シメ)したことが伝わったのか、また(クズ)れ落ちそうになる玳絃(タイゲン)(ササ)えると、なんで、と小さく問われた。


「…な、んでっ、」


ぎゅっと(ツカ)まれた(コロモ)とともに、大きくなる哀絶(アイゼツ)にも(シン)(カブリ)()る。


「…なんでえっ」


玳絃(タイゲン)()()()()()()()()


「なんでだよお…っ」


(カイナ)の中で(サケ)んだ玳絃(タイゲン)が、どんっと(シン)(ムネ)(タタ)いた。繰り返される悲痛(ヒツウ)(サケ)びに、(シン)も抱き()める力を強くしていく。(アズ)かった顔から(アフ)れだす(ナミダ)が、(コロモ)()みて(ハダ)()してくる。(フル)え続ける(ウデ)幾度(イクド)(タタ)かれても痛みなどない。ただ、玳絃(タイゲン)苦悩(クノウ)だけが()()さって、心を(エグ)られてしまう。


もっと早く、声を聞けていれば。

もっと早く、向かい合っていれば。

もっと早く、()()めてさえいればこんなにも(ココロ)(トガ)めさせることもなかったのに。


あまりの自分の不甲斐無(フガイナ)さに、苦虫(ニガムシ)()みながら(カコ)(カイナ)を強くする。


「お前が消えることを良しって言えるほど、(オレ)は出来たやつじゃない。玳絃(タイゲン)が、消えたいって願うくらい自分を()めるなら、(オレ)一緒(イッショ)(ツグナ)わせてくれ」


「…父様(トウサマ)、が、なにをっ…」


沢山(タクサン)あるよ?」


大切(タイセツ)玳絃(タイゲン)を、(スク)うことを(アキラ)めていた。

大切(タイセツ)玳絃(タイゲン)を、1度とはいえ本当に(ガイ)そうとした。

大切(タイセツ)玳絃(タイゲン)の、本当の気持ちも見ずに手前勝手(テマエガッテ)な考えを()し付けた。


(コワ)れるほどに心咎(ココロトガ)めさせて。

(ウデ)(ウシナ)わせて。

近衛(コノエ)としての未来(ミライ)まで見えなくして。


(シン)が動くことを(オソ)れたから、玳絃(タイゲン)は大事にしていたものすべてを(ウシナ)うことになったのだ。


あれほどに『玳絃(タイゲン)(タカラ)』だと伝えていたくせに、何もしてやれていなかった。(ウデ)の中で(フル)えて、泣きじゃくる(タカラ)の姿に(シン)は小さくごちてしまう。


(オレ)(ムカ)えに行かなくちゃいけなかったのになあ…」


()()は、(シン)(ツミ)だ。


(ミヤ)を出て、(サト)(アト)にしようとする玳絃(タイゲン)()うのは、(シン)でなければならなかった。同じように(ナヤ)妲己(ダッキ)如何(イカ)(タノ)まれようとも、(シン)が行かなければならないことだった。


どんなに(コバ)まれようとも。

どんなに()かれようとも。

手を引いて、話をして、ぶつかり合ってでも取り(モド)さなければならなかった。


そんな当たり前のことでさえしなかった(シン)への、(ツミ)


玳絃(タイゲン)(オノレ)()りかかったことを(バツ)だと受け止めてしまうなら、(シン)も同じだけの(バツ)(モラ)い受けなければ本当の(オモ)いを聞くことすら(ユル)されなかったのだ。


「なあ、玳絃(タイゲン)、お前は(オレ)(タカラ)だよ」


(カイナ)の力を少しだけ()いて頭を()でると、(タタ)()がびくりと止まった。


「それでも、お前がどうしても消えたいって言うなら(オレ)一緒(イッショ)に消えてやる。ひとりでなんて()かせてやらない」


「…は…?」


父様(トウサマ)っ!?」


出した言葉に玳絃(タイゲン)(イキ)を止めたのと、忋抖(カイト)(コシ)()かせたのは同時(ドウジ)だった。


「…なに…、言ってるの?なんで…っ、」


「だってお前は(タカラ)だから」


「…(カア)(サマ)はっ?」


忋抖(カイト)がいるから大丈夫(ダイジョウブ)だろ?玳絃(タイゲン)をひとりにする方を選んだら、それこそ悧羅(リラ)(オコ)られるさ」


当てたままの手でくしゃりと玳絃(タイゲン)(カミ)()ぜる(シン)の前では、ひたすらに忋抖(カイト)(クビ)()っている。(オドロ)きすぎたのか(ムネ)(タタ)き続けていた玳絃(タイゲン)も、(シン)(コロモ)(ツカ)んで動きを止めてしまった。


「…な、んで…、そこまで…」


「だから言ってるだろ?お前は(オレ)(タカラ)だって。お前が(バツ)を受けるなら、(オレ)も受けなきゃ。玳絃(タイゲン)が前を向けないなら、(オレ)()わりに見ててやる。玳絃(タイゲン)が自分を(ユル)せないなら、(オレ)一緒(イッショ)背負(セオ)ってやる。玳絃(タイゲン)が取り(モド)したいものが出来たなら、何をおいても取り返してやるさ。さしずめ一緒(イッショ)になるために、(オレ)利腕(キキウデ)()とそうか?」


ふふっと小さく(ワラ)いながらしがみつく玳絃(タイゲン)(アタマ)を、ぽんっと(タタ)いてから(シン)大刀(ダイトウ)を取り出した。


「…父様(トウサマ)、何しようとしてんの?」


「大したことじゃないよ」


目を見開く忋抖(カイト)(ワラ)ってみせながら、(シン)は取り出した大刀(ダイトウ)をくるりと持ち直す。よいしょと()を返して、右肩(ミギカタ)(ネラ)いを(サダ)めてから手を(ハナ)すと、(ニブ)(ヤイバ)の光がゆらりと()れて勢いよく落ち始めた。は?、と(ツブヤ)忋抖(カイト)の声に顔を上げた玳絃(タイゲン)が顔を上げると、玳絃(タイゲン)の横を通り過ぎた(ヤイバ)(シン)右肩(ミギカタ)にめりこんだ。(アザ)やかな血飛沫(チシブキ)を上げながら()りこむ(ヤイバ)(ウデ)を切り落とす寸前(スンゼン)(ハジ)かれたように身を起こした玳絃(タイゲン)忋抖(カイト)が落ちていく大刀(ダイトウ)(ツカ)んだ。


父様(トウサマ)っ!」


(サケ)玳絃(タイゲン)が残された右腕(ミギウデ)大刀(ダイトウ)(ヤイバ)(ツカ)んだものの、(ヤイバ)半分(ハンブン)以上は(シン)右肩(ミギカタ)()()んで千切(チギ)れかけた(ウデ)がだらりと()がる。


「な…っ、なんてことしようとしてんだよっ!!」


「何って、お前と一緒(イッショ)になるだけだよ?」


だらだらと流れ出す()青褪(アオザ)めながら(ヤイバ)(ツカ)玳絃(タイゲン)に、(シン)は小さく微笑(ホホエ)んだ。だらりと落ちかけた(ウデ)(トコ)()れれば、広がっていく()(ヒビ)(カワ)いた音に玳絃(タイゲン)がまた(イキ)()んでいる。


「…は…!?」


「だって、お前とおんなじになんなきゃお前の()()(ネガ)いを聞く資格(シカク)もないだろ?玳絃(タイゲン)の気持ちが聞けて、これから先も一緒(イッショ)にいさせてくれるなら(ウデ)の1本くらい(ヤス)いもんだ。…これくらいで、お前の()()()()()びれる(ハズ)もないんだけどな」


「なに、馬鹿(バカ)なこと…」


馬鹿(バカ)でいい。(オレ)が、玳絃(タイゲン)()でいたいだけなんだから」


きょろきょろと視線(シセン)を動かす玳絃(タイゲン)の顔を残った手で(ツツ)みながら、(シン)はにっこりと微笑(ホホエ)んだ。


「言葉にすることが(ツラ)いなら、そのままでもいい。だけどもしも()き出すことで、お前が(ラク)になれるなら教えてくれないか?お前が()()()何を(ノゾ)んでるのか」


ゆっくりと(ツツ)んだ(ホオ)(クスグ)ると、玳絃(タイゲン)(マナコ)から(フタタ)大粒(オオツブ)(ナミダ)(コボ)れだした。


「消えることでも、黄泉(ヨミ)(トビラ)(クグ)ることでもない、その(オク)になにかあるんだろ?…大丈夫(ダイジョウブ)、どんな答えでも受け止めるし、ちゃんと答える。絶対(ゼッタイ)に手は(ハナ)さないって(チカ)うから」


こつり、と(ヒタイ)を付けて(ネガ)うと、玳絃(タイゲン)身体(カラダ)からも力が()ける。(ササ)えてくれていた(ヤイバ)から(ハナ)れた右腕(ミギウデ)(スガ)りつくように(シン)()れれば、落ちそうになる大刀(ダイトウ)忋抖(カイト)(ササ)えてくれた。


「…軽蔑(ケイベツ)しない…?」


「するわけないだろ?」


「…(オコ)らない?」


(オコ)られなきゃならないのは、(オレ)の方だよ?」


ぎゅうっとしがみついてくる身体(カラダ)を受け止めて()()った(シン)は、(ウナガ)すように玳絃(タイゲン)身体(カラダ)()()せた。


「…(オモ)、い続けたい…」


(カス)れるように(ツブヤ)かれた(ネガ)いは、あまりに小さかった。


「…ただ、見てるだけでいいんだ」


「…うん…?」


「…()れることなんて(ノゾ)んでない。(カタワラ)にいることも(ネガ)ってない。…ただ、遠くからでも見れればいい、ただ、(シズ)かに(オモ)い続けられるだけでいい…」


玳絃(タイゲン)…、それは…」


出される(ネガ)いは、(ハル)(ムカシ)(シン)(ネガ)っていたことと同じもの。


「…それさえ(カナ)えてもらえるなら、ほかに何もいらない…」


あまりにもささやかで、あまりにも(ハカナ)い。

泡沫(ウタカタ)のような、(アワ)い、(ネガ)い。


「…たった、それだけかよ…」


(ホソ)(ツム)いだ身体(カラダ)がまた(フル)え出して、(シン)は大きく嘆息(タンソク)しながら玳絃(タイゲン)(ホオ)(ツツ)んだ。


もっと欲深(ヨクブカ)(ネガ)いであったなら、(シン)はきっぱりと(イナヤ)と言っただろう。この先も悧羅(リラ)(カイナ)(ツツ)むことを(ネガ)われたなら、(シン)(コバ)むことしかできかっただろう。


けれど。

玳絃(タイゲン)()()()()()()()


1度でも悧羅(リラ)()せられたなら、その甘美(カンビ)(ワナ)から()け出ることなど(ムズ)かしい。


あの手で。

あの声で。

あの表情(カオ)で。


見つめられ、(カラ)めとられ、()ちていく先が(ソコ)の見えない(ヌマ)だとしても(トラ)えられていることが(サイワイ)でしかなくなってしまうから。


それがどんなに(サイワイ)なことか、(ダレ)よりも(シン)()()()()()悧羅(リラ)()とされる(ヨロコ)びを知っている(シン)だからこそ、()()()()(ネガ)玳絃(タイゲン)の心がどれほどに苦しいかも、痛いほどに分かる。だからこそ、()()(ネガ)われるものだと思っていたのに、()()玳絃(タイゲン)が口にしない(コトワリ)など、ひとつしかない。


「お前は本当に優しい(ヤツ)だなあ」


つい、くすくすと(ワラ)ってしまう(シン)に、玳絃(タイゲン)からも大きな嘆息(タンソク)()れた。ぐっと(ツカ)まれた(コロモ)から伝わる(フル)えは、言葉にしない玳絃(タイゲン)苦悩(クノウ)()()()()だろう。


(イナヤ)を伝えなければならない(シン)が、これ以上傷付(キズツ)かないように。

()れてしまった先で、また悧羅(リラ)を泣かせることがないように。

(ノゾ)むことでこれ以上、忋抖(カイト)の心を(エグ)らないように。


優しすぎる玳絃(タイゲン)であるが(ユエ)の答えに、(ムネ)(オク)が熱くなる。


「…本当に、お前って(ヤツ)は…」


当てた手で(ホオ)(クスグ)りながら上向(ウワム)かせて、(シン)はもう1度玳絃(タイゲン)(ヒタイ)を付けた。


「そんなの駄目(ダメ)だなんて、言うはずないだろう?」


ふふっと(ワラ)ってしまう(シン)の前で、玳絃(タイゲン)の目が見開かれていく。


「…いいの…?」


「いいも何も、お前の心はお前だけのものだ。止めさせることなんて出来ないよ?」


「…でも、父様(トウサマ)兄様(アニサマ)(オレ)()()()(オモ)いを母様(カアサマ)に持ち続けるの(イヤ)でしょ?」


「そんなことない」


見開かれた(マナコ)()かび上がる(ナミダ)(ヌグ)ってやりながら、(シン)もまた微笑(ホホエ)みながら(カブリ)()る。何処(ドコ)までも自分の気持ちを置き去りにしてしまう玳絃(タイゲン)眼差(マナザ)しは、まるでいつかの自分と忋抖(カイト)を見ているようだ。


「…でも…」


「良いんだって」


言葉に()まる玳絃(タイゲン)(カミ)をくしゃりと()ぜて言い切ると、(シン)は小さく嘆息(タンソク)した。


確かに以前の(シン)なら悧羅(リラ)懸想(ケソウ)する(モノ)は、(ダレ)であれ(ユル)せなかった。悧羅(リラ)のすべては(シン)だけのものであって()しかったし、悧羅(リラ)にとっての(シン)()()()()()()()()()から。今でも唯一(ユイイツ)であるという自負(ジフ)はあるし、その自信(ジシン)()らいではいない。けれど(シン)唯一(ユイイツ)であるが(ユエ)に、悧羅(リラ)を泣かせてしまうこともまた事実(ジジツ)なのだ。


泣かせたくなどないのに、(シン)が決めたことには(イナヤ)を言わない悧羅(リラ)に、()()玳絃(タイゲン)(アワ)(ネガ)いまで(コバ)んだなどと知られては、きっとまた泣かせてしまうだろう。であれば、()()(ネガ)いを(コバ)むことなど出来よう(ハズ)もない。


(タト)え、()()()玳絃(タイゲン)(クル)しく思う日が来ることが分かっていても。

(タト)え、()()()玳絃(タイゲン)劣情(レツジョウ)()がされる日が来ることが見えていても。

(カナ)わない(オモ)いであろうと、(シタ)い続ける、ただそれだけのことが生きる意味(イミ)になることを()()()()()()()


(コバ)むことも、(イナヤ)を伝えることも()()()()()()()()


「…でも、本当にいいのか?」


(ツツ)んだままの(ホオ)(クスグ)りながら、確かめるように(タズ)ねる(シン)玳絃(タイゲン)は小さく首を(カシ)げた。


(ツラ)いことの方が、多いかもしれないぞ?」


(オモ)い続けること。

(シタ)い続けること。


()()()は、生半可(ナマハンカ)覚悟(カクゴ)で出来ることではない。


(シン)は500年(オモ)い続けたけれど、()()()()()()()()()()()、という(アワ)(ネガ)いがあったからこそ()えられた。


()()()()()()()()()()悧羅(リラ)(カイナ)(イダ)けるかもしれない。

()()()()()()()()()()悧羅(リラ)に声が(トド)くかもしれない。


()()()

()()()


そう(ネガ)えていたのは()がれていたこともあるけれど、(シン)悧羅(リラ)にとって(モット)も遠い者であったからだ。


手が(トド)(ワケ)もなく、声も聞こえる(ハズ)もない場処(バショ)から(シタ)うことと、すぐ(カタワラ)(シタ)い続けることとでは(ワケ)(チガ)う。何より玳絃(タイゲン)悧羅(リラ)()として(セイ)を受けている。(ダレ)(ハバカ)られることも、(ダレ)(トガ)められることもなく悧羅(リラ)(カタワラ)()(ツヅ)け、()れられる権利(ケンリ)も、言葉を()わす(スベ)ももう持っている。けれど、玳絃(タイゲン)目指(メザ)(サキ)では、それを()てることにもなりかねない。


()として悧羅(リラ)()れることも。

()として悧羅(リラ)(アマ)えることも。

()として(カタワラ)()ることも、言葉を()わし微笑(ホホエ)みかけられることでさえも、すべて(クル)しく思ってしまう日が来るかもしれないのだ。


()()()()忋抖(カイト)()()()()


ちらりと忋抖(カイト)視線(シセン)(ナガ)すと、(ツカ)んだままの大刀(ダイトウ)()(ニギ)りしめたまま大きく(カタ)を落としている。今の玳絃(タイゲン)は、(スク)われなかった先の忋抖(カイト)の姿、()()()()だ。苦虫(ニガムシ)()んで、言葉を必死(ヒッシ)()み込んでくれてはいるけれど、()としての姿で()としての()位置(イチ)から悧羅(リラ)恋慕(レンボ)する(ツラ)さを思い出しているのが(イタ)いほどに伝わってくる。


「…父様(トウサマ)…」


()き出すように(ツブヤ)忋抖(カイト)(ツカ)大刀(ダイトウ)が、ぎりっと(キシ)む。


「うん、()()()()()


玳絃(タイゲン)(アワ)(ネガ)いを(コバ)むことはしないが、()()(トキ)にまた玳絃(タイゲン)が苦しむ姿は見たくない。けれど()()(トキ)がやってきたとしても、(スク)いあげるという選択肢(センタクシ)をとることも、きっと(シン)には出来ない。


で、あれば()()()()()()()()()()()()()()(シン)よりも、玳絃(タイゲン)(ヒビ)く言葉をかけてやれるのは、同じ想いを()てきた忋抖(カイト)だけだ。


(オレ)役割(ヤクワリ)だと思ってたけど、()()手を()りなきゃ、だな。


はあ、と大きく嘆息(タンソク)してから(シン)忋抖(カイト)()ぶ。大刀(ダイトウ)をゆっくりと(トコ)()ろした忋抖(カイト)(ウナズ)くと、一歩、玳絃(タイゲン)の横に動く。ゆっくりと玳絃(タイゲン)(カイナ)(オサ)めた忋抖(カイト)は、大きく嘆息(タンソク)した。


「…ばかだなあ、お前…」


力の(カギ)玳絃(タイゲン)()()めて、出された声音(コワネ)(フル)えていた。


()()が、どれだけキツいか分かってる?…()()()…、お前が、ずっと苦しむような(ネガ)いなんて出して…」


「…兄様(アニサマ)、…ごめん…っ」


(オダ)やかな忋抖(カイト)の声に、閉じた(カイナ)の中でかたかたと(フル)える玳絃(タイゲン)の、小さな()びの声が(カサ)なる。ともすれば(フル)えの音のほうが、より強く耳に(トド)く。(イタ)みを(ハラ)んだ声音(コワネ)に、(ツツ)んでいる忋抖(カイト)も、見守る(シン)(ムネ)(オク)(ウズ)いてしまう。


「…なんでお前が(アヤマ)るんだよ…、(オレ)が、(オレ)()()がお前に()びなきゃなんないのに…」


「…でも、ごめん…」


「いいから、もう(アヤマ)んな…」


ぐっと(クチビル)()みながら、より一層(イッソウ)玳絃(タイゲン)(ツツ)(カイナ)に力を入れて、忋抖(カイト)は上を(アオ)いだ。玳絃(タイゲン)が選んだのなら(イタ)(カタ)ないと思う。見守(ミマモ)ると決めた(シン)(トモ)に、進む(サキ)を見ているしか出来ないことも分かっている。けれど、()として自分の(オモ)いをひた(カク)して()ごさなければならないことは、言葉(コトバ)では言い(アラ)わせないほどに(ツラ)いのだ。


()として()れることに感謝(カンシャ)もするが、飛び()えられない(カベ)愕然(ガクゼン)ともしてしまう。

()でなければ触れられなかったことを有難(アリガタ)く思うと同時に、()として()れたい(ヨク)に押し(ツブ)されそうにもなる。


1度も()として()れたことのなかった忋抖(カイト)でさえ、(クル)いそうだったのに、()()()()()()()()()()()()玳絃(タイゲン)()()()えられるとは思えない。


忋抖(カイト)(ウン)良く(スク)いあげてもらえたけれど、玳絃(タイゲン)には(スク)い上げられる道もないのに。


はあ、と大きく嘆息(タンソク)して忋抖(カイト)視線(シセン)(シン)に向けた。


(スク)いたい。

()()べたい。

(オモ)うだけでなく、せめて玳絃(タイゲン)(サイワイ)だと(ワラ)えるように。

贖罪(ショクザイ)のような日々(ヒビ)を送らせるのではなく、(トガ)められることなど何もしていないのだと(シメ)してやりたい。


心を(コワ)して。

利腕(キキウデ)(ウシナ)わせて。

近衛(コノエ)としての未来(ミライ)も、()としての(サイワイ)も、玳絃(タイゲン)から(ウバ)ってしまったのは(シン)悧羅(リラ)、そして忋抖(カイト)なのだから。


「…父様(トウサマ)…」


深く(イキ)()いて()忋抖(カイト)の前で、(シン)もまた大きく嘆息(タンソク)した。


「…だから…、()()()()()()()…」


あーくそっ、とごちた(シン)が残った手でくしゃりと忋抖(カイト)(カミ)をかきまぜた。


「ほんっとお前は(オレ)そっくりだよ」


「…ごめん…。だけど、父様(トウサマ)だって無茶(ムチャ)してさあ…」


落ちかけている(シン)右腕(ミギウデ)を、ちらりと見やりながら忋抖(カイト)(カタ)(スク)めると、(シン)もまた(カタ)(スク)めている。


(オレ)は良いんだよ」


置かれた手がぐしゃぐしゃと(カミ)()ぜると、(タガ)いの(チギ)りの(キズ)が熱くなる。熱くなった(キズ)から、親でいたいのだという(シン)の思いが流れて来て、忋抖(カイト)が目を細めてしまうと目の前の(シン)が小さく苦笑(クショウ)した。


玳絃(タイゲン)に手を()()べたいのは、(シン)も同じだ。出来ることなら忋抖(カイト)と同じ位置(イチ)に立たせてやれれば、とも思わないではない。


だが、どうしても()無理(ムリ)だ。


忋抖(カイト)(スク)うと決めるまで、長く(ナヤ)んだ。

300年の長い間、忋抖(カイト)(アタ)えられた()としての立場から、決して()み入ることをせず(オノレ)(リッ)して()える姿を見続けたからこそ、(シン)の心は動かされた。

そんな(シン)葛藤(カットウ)苦渋(クジュウ)を知ってくれているからこそ、同じ場処(バショ)に立った今でも忋抖(カイト)(シン)(オモンバカ)ってくれる。


(イツワ)らずに(オモ)い続けろと、()げた(トキ)も。

()(シバ)りで無二(ムニ)だと、知らしめた日も。

(チギ)りという形で、(ゴウ)に巻き込んだ後も。


悧羅(リラ)唯一(ユイイツ)父様(トウサマ)だけだ。(オレ)無二(ムニ)充分(ジュウブン)


そう言って(ワラ)ってくれる忋抖(カイト)だから、特別(トクベツ)だと思える。

そう言って(ワラ)ってくれる忋抖(カイト)と、悧羅(リラ)(ササ)えていけることを(サイワイ)に思う。


だからこそ、忋抖(カイト)以外を(ミト)められない。

だからこそ、忋抖(カイト)以外を(ユル)すことは(ムズカ)しい。


それがたとえ血を分けた()で、大切な(タカラ)であっても()(シン)には(ウナズ)けないのだ。


自分の狭量(キョウリョウ)さに(アキ)れてしまうが、仕方(シカタ)ない。

はあ、と大きく嘆息(タンソク)して止めていた手を動かすと、忋抖(カイト)が小さく苦笑(クショウ)した。


「分かってるだろうけど、同じようには多分無理(ムリ)だぞ?最後(サイゴ)に決めるのはお前でも(オレ)でもないけどさ」


「それは分かってる。どうしても()えられそうにないってのが見えたら、()()()()()()


「だったら、まあ…。あー…、もう…。()()()の方が()かせるかもしんないってのに…」


(カミ)をかき混ぜていた手で、ぴんっと忋抖(カイト)(ヒタイ)(ハジ)いた(シン)頬杖(ホオヅエ)を付いたのを見やって、忋抖(カイト)玳絃(タイゲン)()んだ。()ばれた玳絃(タイゲン)が、びくりと(フル)えるのを()(タタ)いて落ち着かせる。


玳絃(タイゲン)、本当に良いのか?本当に(ツラ)いんだぞ?」


ぽんぽんと(タタ)く音に、玳絃(タイゲン)(イキ)()む音が()じる。


「手の(トド)(トコロ)悧羅(リラ)()るのに、(オモ)いを(カク)さなきゃいけない。お前は()として()れられないのに、そうできる父様(トウサマ)(オレ)()悧羅(リラ)を見続けなきゃいけない」


(ナダ)めるように、(サト)すように話す忋抖(カイト)(コロモ)(ツカ)まれる。


「見てるだけを自分に()すなら、絶対(ゼッタイ)(マワ)りに気付(キヅ)かれないように()()わなきゃいけない。(ミヤ)でも(サト)でも、自分の心が()れないようにしなきゃなんないんだぞ?」


伝える忋抖(カイト)脳裏(ノウリ)にも、()()()()(ヨミガエ)ってくる。


(オレ)みたいな奇跡(キセキ)も起きない」


自覚(ジカク)もしていなかった忋抖(カイト)でさえ、仲睦(ナカムツ)まじい(シン)悧羅(リラ)を見れば(ウラヤ)ましかった。

自分の(オモ)いを自覚(ジカク)してからは、悧羅(リラ)(カタワラ)(ダレ)(ハバカ)られることもなく(イツク)しめる(シン)(ネタ)ましくも思った。


それでもどうにか立っていられたのは、悧羅(リラ)()であったからだ。


()としてなら、悧羅(リラ)()れられる。

()としてなら、悧羅(リラ)()れてもらえる。

(トド)かなくても。

(ツタ)えられなくても。

姿も声も忋抖(カイト)(ノゾ)めば、()()()()()()()()()から()えられた。


悧羅(リラ)がいる。

()()()()()()()忋抖(カイト)(サイワイ)だったから。


「ずっと(オモ)い続ける(サキ)に、玳絃(タイゲン)(サイワイ)はあるのかよ?」


()(タタ)く手を休めて(カイナ)の中の(カミ)を、くしゃりと()ぜると、ある、と(カス)れた声がした。


母様(カアサマ)が、(ワラ)ってくれてさえいれば。その姿を見れるなら(サイワイ)でしかないよ…」


悧羅(リラ)が、この先また()(サズ)かっても?それでも、()()()()()()()?」


「…()()(オモ)いを消す方が(イヤ)だ…。母様(カアサマ)(サイワイ)なら、それでいい…」


(コロモ)(ツカ)む弱さとは裏腹(ウラハラ)に、(ツム)がれる言葉はか(ボソ)くも強い決意(ケツイ)(ハラ)んで部屋に(ヒビ)いた。出された言葉に忋抖(カイト)も、うん、と(ウナズ)く。


「うん、そうか…、そうだよなあ…」


止めていた手で、ぽんぽんっと玳絃(タイゲン)の背を(タタ)くと忋抖(カイト)(カイナ)(オサ)めた身体(カラダ)()()った。


「じゃあ、()げちゃだめだよ?」


「…っ…」


「遠くからなんて見なくても、悧羅(リラ)玳絃(タイゲン)のすぐ近くにいてくれるんだ。声も聞けるし手も()ばせるのに、それを()てるなんて勿体無(モッタイナ)いことだろ?」


「…でも…」


「でも、も、なんで、もないんだよ?」


強張(コワバ)ったままの玳絃(タイゲン)身体(カラダ)(ユル)ませるように、ゆっくりと忋抖(カイト)は背を(タタ)く。


「500年、声もかけられなかったし、手も()ばせなかった男がここにいるんだよ?民達(タミタチ)の中にだって、(イマ)だに悧羅(リラ)懸想(ケソウ)してる(ヤツ)らがいる。悧羅(リラ)(カタワラ)にくることがないから、悧羅(リラ)が知らないだけでね。玳絃(タイゲン)(オレ)も、そんな(ヤツ)らや父様(トウサマ)からすれば、すごく(メグ)まれてるんだぞ?」


ねえ?、と忋抖(カイト)に見られて、引き合いに出された(シン)苦笑(クショウ)するしかない。


(ウラヤ)ましい(カギ)りだよ」


「…それは…、だって(オレ)母様(カアサマ)()だからだし…」


「そう、玳絃(タイゲン)(オレ)悧羅(リラ)が産んでくれた、悧羅(リラ)()だ。だから()()()。だから当たり前に(カタワラ)にいることを(ユル)されてる」


ぽんっと()(タタ)いてから玳絃(タイゲン)の顔を上げさせて、まだ(ナミダ)()れた(マナコ)忋抖(カイト)視線(シセン)を合わせた。


悧羅(リラ)(カタワラ)に来れるのは、(カギ)られた者だけなんだよ。その中でも恋慕(レンボ)を持っていられる者は、本当に少ない。そんなの持った時点(ジテン)で、父様(トウサマ)に消されちゃうんだから。…(オレ)だって(ナグ)られる覚悟(カクゴ)したんだぞ?」


「…うん…」


「でもね、玳絃(タイゲン)悧羅(リラ)唯一(ユイイツ)である父様(トウサマ)が、玳絃(タイゲン)()()()()()()()って言ってくれてる。(ミト)めるだけでも、自分は(イタ)んでるのにさ。お前が()なくなることよりも、お前の(オモ)いを大事(ダイジ)にするほうを選んでくれた。お前が父様(トウサマ)大切(タイセツ)(タカラ)()だから(ユル)してくれるんだ」


()かんだままの(ナミダ)(ヌグ)ってやるが、玳絃(タイゲン)(マナコ)忋抖(カイト)が言葉を(ツム)(ゴト)に、新しい(ナミダ)(アフ)れさせる。


(ツミ)とか、(バツ)とかの話じゃない。玳絃(タイゲン)(オモ)いは()じることでもない。でも、どうしても贖罪(ショクザイ)だって思うなら、お前は強くなれ。玳絃(タイゲン)の心を強くして、悧羅(リラ)(カタワラ)(オモ)い続けていく強さを持て。()()()()()()なんて(アワ)期待(キタイ)()てて、玳絃(タイゲン)(サイワイ)()()()()()って、(ユル)してくれた父様(トウサマ)(シメ)して見せろ。玳絃(タイゲン)(サイワイ)になることが、1番の罪滅(ツミホロ)ぼしになるんだから」


声も出せずに大粒(オオツブ)(ナミダ)(コボ)し続ける玳絃(タイゲン)に、忋抖(カイト)が、な?、と微笑(ホホエ)んだ。手を()ばして、自分の(ソデ)()れそぼった玳絃(タイゲン)の顔を(ヌグ)う。


「ほら、もう泣かなくていいから。お前がずっと泣いてると、悧羅(リラ)が落ち着かなくて大変になるんだぞ?」


ふふっと小さく(ワラ)いながら出した名に、玳絃(タイゲン)(カタ)(ワズ)かに(フル)えて、(ヌグ)い続ける忋抖(カイト)の手を(ツカ)んだ。


大事(ダイジ)だもんな?」


(ソデ)に顔を(カク)した玳絃(タイゲン)に問いかけると、静かに、だがしっかりと(ウナズ)いている。


「じゃあ、(ソバ)にいてやんなきゃ。玳絃(タイゲン)がいてくれないと、悧羅(リラ)(サイワイ)になれないんだからね」


それにもまた(ウナズ)く姿に微笑(ホホエ)んで、玳絃(タイゲン)の頭を()でる忋抖(カイト)の手に(シン)の手が(カサ)なった。2人からくしゃりと頭を()でられた玳絃(タイゲン)から、大きな嘆息(タンソク)()れる。


顔を(カク)したまま何度も(ウナズ)玳絃(タイゲン)()でながら、忋抖(カイト)と目を合わせた(シン)は、ほっと安堵(アンド)した。


(シン)がうまく伝えられなかったことを、伝えてくれたことに感謝(カンシャ)する。出来れば自分の言葉で(スク)いたかったが、同じ立場で話せない(シン)では玳絃(タイゲン)の心に(ヒビ)かなかったろう。()りかかりすぎた気もするが、ちらりと視線(シセン)を送った(サキ)忋抖(カイト)がゆっくりと(カブリ)()ってくれた。


助かった、と(クチビル)の形だけで伝えると、ほんの少しだけ(カタ)(スク)めた忋抖(カイト)が、ひらひらと手を()って千切(チギ)れかけた(シン)(ウデ)(ツカ)んだ。(カタ)(ウデ)が押し付けられると、忋抖(カイト)右眼(ミギメ)(ハス)()かびあがる。


ゆっくりと(キズ)(イヤ)し始めた精気(セイキ)とともに、とりあえず(ナオ)せ、と伝わる(アキ)れた声に、(シン)も、やっぱり、忋抖(カイト)は特別だ、と苦笑(クショウ)してしまうしかなかった。


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