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五十路転生 ―ホットフラッシュは魔法では治りません―  作者: ねねこ


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5 謁見室空振り

 その場を離れ、レオルドについてユイが向かったのは普通であれば、決して一生足を踏み入れることのなかった場所だった。


 ―― 謁見室。


 レオルドが先に立ち、漢方薬のカバンを持ったユイが歩き、その後ろをカルーシャがフワフワ浮いて着いてくる。

「何でカルーシャ着いてくるの?」

『だって心配ではないですか』

「心配?」

『ユイが脅されたり閉じ込められたりしないか』

「そんなことしませんよ」

 レオルドがため息をつきながらカルーシャに言う。

「大丈夫、レオルドにそんな度胸ないわよ、カルーシャ」

 ユイが軽くそう言うと、レオルドが足を止める。

「ユイ様、今のはどういう意味ですか?」

「だってあなた、真面目すぎるもの」


 ユイはけろりと言った。


「脅したり閉じ込めたりみたいな強引なこと、向いてないの見てたら分かるわ。さっきの宰相さん?ああいう人ならやりかねないなって思うけど、あなたにはそういうことは無理。これでも前世は管理職してたからね」

「……」

「むしろ一人でいろんなこと抱え込んで胃を痛めるタイプ」

「なぜそこまで言い当てるんですか……」

「顔」

「顔万能すぎません?」

『ユイは疲れてる人を見つけるのが得意なのです!』

 カルーシャがなぜか誇らしげに胸を張る。


 レオルドは深々とため息をついた。


「女神様までそう仰るなら、もう否定はしませんが……」

「あと、目の下の隈がものすごく濃い」

「っ」

「ちゃんと寝てないでしょ」

「……女王陛下の件で色々と立て込んでおりまして」

「だからって徹夜は駄目。今夜は白湯を飲んで早めに寝なさい」

「はい……」


 完全に母親に叱られる幼子の顔だった。


 そんなやり取りをしながら、三人は長い回廊を進んでいく。


 高い天井。

 繊細な彫刻が彫られた柱や窓枠。

 回廊の壁に並ぶ巨大ないくつもの肖像画は歴代の王族のものだろうか。

 磨き上げられた床には、窓から差し込む光が白く反射していた。


「うわぁ……」

 ユイは思わず周囲を見回す。

「ほんとに王宮なんだ……」


 完全に観光客の視点だった。

 前世で一度だけ行ったことのあるフランス旅行で見た、ベルサイユ宮殿を思い出す荘厳さだった。


「こちらです」


 果たしてたどり着いた一際豪奢な扉の前。

 レオルドは扉の前にいる護衛騎士に声をかけ、扉を開けてもらった。


「筆頭宮廷魔術師レオルド・エヴァンス様、聖女ユイ様と共にご帰還にあらせられます!」

「だから聖女じゃないって……」

『ユイ、そろそろ諦めては?』

「何でよ、カルーシャも否定してよ」


 謁見室に入る。

 だが。


「あれ?」


 その玉座に女王の姿はなかった。

 謁見室には、先ほどの失礼な宰相がふんぞり返っているだけだった。


「女王様は?」

「女王陛下は体調不良につき、私室へ戻られております」

 と、そこにいた騎士が教えてくれた。

「そっか、良かった」

「良かった、とは?」

「体調不良の人を無理やり座らせて待たせてるんじゃなくて。じゃあ、レオルド、ここにはもう用はないから、女王陛下の私室へ連れて行って」

「分かりました」

「ちょっとまてーい!」

 割り込むような怒鳴り声がして、ユイは露骨に顔をしかめてそちらを見た。

「……何か御用ですか?」

「そのかばんの中を改めさせていただきたい!」

「はあ?」

「女王陛下の元へ怪しげなものを持ちこませるわけにはいかないのだ!」

『ユイが持ってきたものを怪しいとは何事ですか!』

 カルーシャの返しに、宰相は一度だけ深く頭を下げる。

「女神カルーシャ様。私はこの国の宰相でトレギス・エヴァンスと申します」

「エヴァンス?ということは……」

「……父です」

 苦渋の表情でレオルドが呟いた。

「我が愚息が大変お世話になっております。ですが私はこの国の宰相として、女王陛下の元へ持ち込まれるものに関しては全てを把握しておく必要のある立場であるとご理解ください」

「……だって、カルーシャ」

『仕方ありませんね……。ユイ、そこのテーブルに持ってきたものを並べて説明を』

「分かった」


 謁見室のテーブルの上でカバンを開き、持ってきた漢方を1つずつ並べていく。


「まずこれ。加味逍遙散(かみしょうようさん)

「かみ……?神の薬ですか?」

 レオルドの言葉に、ユイが首を振る。

「違う、漢方薬。イライラして眠れない人向け。不眠に効くのよ」

『ええ、私も使ってます』

「カルーシャ様も不眠……?」

『はい!ユイが作ってくれる漢方薬は私の加護もあるのでよく効くのですよ』

「これは桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)。のぼせや足の冷えに効果があるわ」

「……ふむ」

 いつの間にかテーブルのそばに立っていたトレギス宰相もテーブルの上をまじまじと覗き込みながらユイの説明を聞いていた。

「これは三物黄芩湯(さんもつおうごんとう)。桂枝茯苓丸と違って、むしろ眠っている時に足が暑くて仕方のない症状がある人向け」

「ほう……」

「こっちは温経湯(うんけいとう)。手のひらとか足の裏とかピンポイントの火照りと、肌が乾燥している人向け」

『これは私も良く使ってます』

「カルーシャ、乾燥肌だもんねえ」

『少しはましになりましたが……』

「待て。女王陛下は夜中に足の裏から燃えるように熱いと言っていた。それで眠れないと」

 宰相様が薬を見ながらつぶやく。

「最近は肌の乾燥も訴えていたな」

「そうなの?なら、温経湯メインにサブで加味逍遙散からがよさそうね」

 テーブルからその二種類を盆に乗せた。

「基本的には食前の服用です。空腹時に服用するのが一番効果があるので。ただし、二種類を一度に服用はしないで、一つを食前。もう一つを食事と食事のちょうど真ん中くらいの時間での服用が一番効果的です」

「……服用の前に、これに毒などないことを確認させてもらってもいいか?」

『なんですって!?』

「構わないわ」

 咎めるようなカルーシャの声にユイが被せる。

「本当によいのか?」

「だって毒なんて入ってないもの。入れる理由もない。私だってこの国の女王陛下にはお健やかに過ごしてほしいもの」

「では、毒見薬を手配させていただく。それと、その漢方とやらの成分を宮廷で調べさせていただくがいいか?」

「ええ。どうぞ好きなだけ持って行って。じゃあ毒見役の人の準備ができたら言ってください。毒見が終わったら、早速今夜から女王陛下に漢方を処方したいので」

 漢方薬は効き目が出るまで時間がかかる。それが慢性的なものならなおさらだ。

 ただ、ユイの漢方はカルーシャの加護がある。その分効きも早い。

「ではユイ様の部屋はお客様用の部屋を用意してありますので準備ができるまで、そちらでおくつろぎください」

 とレオルドが案内役の女官を連れてくる。

「そう、ありがとう。カルーシャはどうする?」

『ここまで着いてきたことだし、私もマーガレットに挨拶はしておきたいし、色々釘も差したいからユイと同じ部屋でいい?』

「私はいいけど」

『じゃあそうします。そういうわけで、私はしばらくユイと同じ部屋で寝泊まりしますね。あ、ユイの部屋には私の加護が発動しているので、変なことしようとしても無駄よ?』

「……変なことって何ですか」

『そうね、例えば魔法でも盗聴とか監視とか、一切不可能よ。年頃の女の子のプライバシーは守らないと』

「ぷらいばしー……とは?」

『ユイの前世での道徳の一つよ。個人が他者から余計な干渉をされないように自分の情報を守ること』

「王宮の中で個人の秘密など……!」

『秘密じゃないわ。プライバシーよ。例えば宰相さん。あなたが何歳までおねしょをしていたとかばらされたいと思う?』

 謁見室が静まり返った。

 レオルドが一瞬ググッと唇をかみしめるのがユイから見えた。

 トレギス宰相の眉がぴくりと動く。

「……私はおねしょなど一度もしておりません」

『たとえ話です』

「なぜよりによってその例えなのですか」

『ばらされたくないという意味では、分かりやすいでしょう?』

 カルーシャは悪びれもなく言った。

 トレギスは頭を抱えたくなった。

 目の前にいるのはこの世界で最も崇高な存在であるはずの女神だ。

 なのに会話が妙に庶民的である。

「つまりですね」

 ユイが助け船を出した。

「誰だって見られたくないことや、一人になりたい時間くらいあるでしょう?」

「それは……」

「女王様だってそうよ」

 ユイは肩をすくめる。

「まして私は前世はともかく、今は16歳のぴちぴちの女の子なんだから」

『そうです!』

 カルーシャが即座に同意した。

『着替えもあります!寝顔もあります!いびきやあくびだって!』

「カルーシャ、それ全部言わなくていいから」

『あっ』

 カルーシャが口元を押さえた。

 遅い。

 レオルドが遠い目をしている。

「なるほど……」

 トレギスは深く息を吐いた。

「少なくとも盗聴や監視をするつもりはありません」

『本当かしら?』

「本当です。カルーシャ様に誓います」

『ならよろしい』

 女神は満足そうに頷いた。

「カルーシャ、過保護」

『ユイは放っておくと自分のことを後回しにするではありませんか』

「それはカルーシャもでしょ」

『……』

「ほら」

『……最近はちゃんと寝ています』

「本当に?」

『七時間くらい』

「偉い」

『えへへ』

 褒められたカルーシャが嬉しそうに笑う。

 その様子を見ていたレオルドがぽつりと呟いた。

「女神様と聖女様というより……」

「友達だから」

『友達ですから』

 二人の声が綺麗にハモった。

 レオルドはもう何も言わなかった。が、こっそりとため息をつくことは仕方ない。


 だって、完全に想定外だったのだ。

 聖女がこんなだなんて。そして女神までついてくるなんて。

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