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五十路転生 ―ホットフラッシュは魔法では治りません―  作者: ねねこ


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4 王宮こもごも

「……女王陛下は」

 ぽつり、とレオルドが言った。

「昔は、とても穏やかな方でした」

 ユイは何も言わず聞いていた。

「民にも優しく、王宮の誰からも愛されていた方です」

「うん」

「ですがここ一年ほどで急激に変わってしまったのです」

 心から心配している苦しそうな声音だった。

「突然怒鳴る、泣き崩れる、眠れない。暑いと言って苛立つことが多いのです」

「辛いわね……」

「誰も信じられないと怯える」


 レオルドは拳を握る。


「やれるかぎりのことはしました」

「……」

「しかし、治癒魔法も、精神安定術式も効きませんでした」

「……」

「私は筆頭宮廷魔術師だ。なのに陛下の不調のお役に立てていません……」

 青い瞳が伏せられる。

「でも、誰も治せないなら私がどうにかするしかない。そんな時に、あなたのことを聞いたのです。辺境の村に、不調を直す不思議な薬を作る、カルーシャ様の加護を受けた聖女がいると」

 ああ、とユイは思った。


 この子。


 完全に何もかも抱え込むタイプだ。


「レオルド」

「はい」

「あなた、自分が何とかしなきゃって思いすぎ」

「当然でしょう。私は筆頭魔術師です」

「当然じゃないわよ」

 ユイはきっぱり言った。

「人間には限界があるの」

「……」

「王宮の筆頭魔術師だからって万能じゃない」

「ですが」

「女王様の不調は、あなたが悪いわけじゃない」

 その瞬間。


 レオルドの目が、わずかに揺れた。


 たぶん。


 ずっと誰にも言われなかった言葉だ。


「……陛下を救えなかった」

「まだ救えてないだけ」

 ユイはあっさり言った。

「これからでしょ」

「……随分簡単に言いますね」

「だって女王様、話を聞く限り、確実に更年期障害だもの」

「だからその確信はどこから」

「前世の経験」

「……」


 するとその時。


『見えてきましたよー!』

 カルーシャが空を指差した。


 遠く。

 地平線の向こう。


 白い巨大な城壁が見える。


「うわぁ……」

 ユイは思わず声を漏らした。


 王宮だ。


 想像していた以上に巨大だった。


 白亜の城壁。

 無数の尖塔。

 陽光を反射するガラス窓。

 この国の主要産業の一つがガラス産業なのだ。

 中央には、丘の上に建つ壮麗な王城。

 まるでそこだけで一つの街のようなスケール。


「すご……」

 完全に観光客の顔になった。


 レオルドが少し笑う。


「気に入りましたか」

「そりゃテンション上がるわよ」

「てんしょん?」

「気分が上がるって意味」

「なるほど」


 絨毯はそのまま高度を下げていく。


 すると。


 王都の人々がざわめき始めた。


「あれは……宮廷魔術院の飛行絨毯!?」

「筆頭様だ!」

「隣の女の子は誰?」

「聖女様って噂の……?」

「いや、もう一人いる。あの長い銀髪……あれは……カルーシャ様では!?」

「女神さまが降臨されたのか!?」

 視線が集まる。

 ユイはちょっと嫌そうな顔をした。

「目立つわねぇ……」

「そりゃ、筆頭宮廷魔術師が直々に迎えに行きましたから」

「うわぁ……」

「しかも女神様が一緒です」

『えへへ!』

「カルーシャ。原因あなたじゃない」

『?』


 分かってない。


 王城が近づく。


 巨大な白い塔。

 庭園。

 噴水。

 衛兵たち。


 そして。


 王城の最上階のバルコニー。


 そこに、一人の女性が立っていた。


 豪奢なドレス。

 長い金髪。


 けれど。


 遠目にも分かる。


 ひどく、疲れた顔をしていた。


 ユイはすっと目を細めた。


「……あの人?」

「はい」

 レオルドの声が低くなる。


「この国の女王陛下、マーガレット様です」


 その瞬間。

 バルコニーの女王が、ふらりとよろめいた。


「っ!」


 周囲の侍女たちが悲鳴を上げる。

 レオルドの顔色が変わった。


「女王陛下!?」


 だがユイは、その姿を見て確信した。


 ああ、あれは。

 限界まで我慢している人の顔だ。




 空飛ぶ絨毯は、王城前の巨大な白石広場へゆっくりと降下していった。


 眼下ではすでに衛兵たちが整列している。

 槍を持つ騎士。

 白い制服の侍女。

 宮廷魔術師たち。


 そしてその中央には、豪奢な服を纏った貴族たちらしき人影も見えた。


「うわぁ……」

 ユイは思わず呟く。

「なんかめちゃくちゃお迎えされてるんだけど」

「礼節を持ってお迎えせよとの女王陛下の命ですので」

 レオルドが淡々と言った。

「女神の愛し子を丁重に迎えよ、とのことでした」

「待って、なんか肩書き盛られてない?」

『盛ってません!』

 カルーシャが元気よく言った。

『事実です!』

「女神本人が言うと重いのよ」


 絨毯が静かに接地する。

 ふわり、と浮遊感が消えた。

 同時に、広場にいた人々が一斉に頭を下げる。


「筆頭宮廷魔術師レオルド・エヴァンス様、ご帰還!」


 ぴしり、と揃った声。

 空気が張り詰める。


 ユイはちょっと引いた。


「うわぁ……ブラック企業の管理職感ある……」

「ぶらっく……?」

「なんでもない」


 レオルドは慣れた様子で絨毯から降り立つ。

 その瞬間、周囲の空気がさらに引き締まった。


 ああ。

 この人、かなり偉いんだ。


 今さらながら実感する。


 ユイもその後に続いて絨毯から降りた。


 すると。


 ざわ―――。


 その場の空気が揺れた。


「……あれが?」

「本当に少女だぞ」

「聖女……?」

「だが魔力は感じない」

「しかしカルーシャ様が……」


 ひそひそ声が飛び交う。

 ユイはちょっと居心地悪そうに肩をすくめた。


「なんか品定めされてる感じ」

「気にしなくて結構です」

 レオルドが低く言った。

「宮廷の人間は疑い深いので」

「へぇ」

「特に、自分たちが解決できなかった問題を解決できるかもしれない存在には」


 その声には、わずかに棘があった。


 ユイはちらりと彼を見る。


 たぶん。

 レオルド自身も、ずっと色々言われてきたのだろう。


 若すぎる筆頭宮廷魔術師。

 天才。

 特別扱い。


 妬みも期待も、全部浴びてきた顔をしている。


「レオルド様」


 ひとりの年配貴族が前へ進み出た。


 細身の男だ。

 立派な髭。

 いかにも高官らしい服装。


「その娘が?」

「はい」

「……本当に?」

 露骨な視線だった。


 疑い。

 軽視。

 そして焦りと尊大なマウントめいた視線。


 ユイは心の中で、あー……となった。


 いるいる。

 こういうタイプ。


「女王陛下は今朝も錯乱状態に陥られたのですぞ。これ以上、妙な民間療法のような真似をされては――」

「民間療法で悪かったわねぇ」

 ユイは普通に口を挟んだ。


 一瞬、空気が凍る。


 貴族の眉がぴくりと動いた。

「……ほう」

「あなた、ちなみに眠れてない人に気合いで頑張れって言うタイプ?」

「何?」

「あと食欲ない人にちゃんと食べろだけ言うタイプ?」

「……」

「それ、わりと逆効果よ」


 しん、と静まり返る。


 周囲の侍女たちが、ぎくっとした顔をした。

 図星なのだろう。


 貴族の男は顔を赤くした。

「き、貴様……!」

「落ち着いてください、宰相閣下」

 レオルドが静かに割って入る。


 宰相。


 ああ、やっぱり偉い人だった。


「ですが、彼女はカルーシャ様が直接推薦された方です」

「しかし!」

『ユイはすごいのですよ!』

 空中からカルーシャが割り込んだ。


 瞬間。


 その場の全員が硬直した。


「め、女神様……」

「本当におられる……」


 カルーシャはぷんすか怒っていた。


『ユイをいじめるとバチを当てますよ!』

「女神様!?」

『ユイは私の大事なお友達なのですから!』

 宰相が青ざめる。

 ユイは慌てた。

「カルーシャ、脅しちゃ駄目」

『だって感じ悪いです!』

「気持ちは分かるけど!」


 すると。


 くすっ。


 小さな笑い声が聞こえた。


 振り向く。

 そこには、若い侍女がいた。


 慌てて口を押さえている。


「も、申し訳ありません……!」


 だが。

 その場にいた他の侍女たちも、少しだけ空気が緩んでいた。


 たぶん。


 ずっと張り詰めていたのだ。


 女王の不調。

 王宮の重苦しい空気。

 誰も余裕がない。


 そんな中で、ユイとカルーシャのやり取りはあまりにも場違いで。

 だからこそ、少しだけ救いになった。


 ユイはその侍女へにこっと笑った。


「あなた」

「は、はいっ」

「名前は?」

「オラル、です」

「オラル。あなたちゃんと寝てる?」

「えっ」


 侍女は目を丸くした。


「顔色悪いわよ。あと肩凝ってるでしょ」

「な、なんで……」

「目の下のクマ」

「……っ」

「若い女の子がそんなの作ってちゃダメよ」


 その侍女は、一瞬だけ泣きそうな顔をした。


 レオルドが静かに息を呑む。


 ユイは気づいていない。

 この王宮で、ここ数ヶ月。

 侍女に向かって、そんな言葉をかけた人間など、誰もいなかったことに。

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