表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五十路転生 ―ホットフラッシュは魔法では治りません―  作者: ねねこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/7

3 王都からの迎えは空飛ぶ絨毯でやってきました

 王都からの迎えは、晴れた昼過ぎにやって来た。

 最初に異変に気づいたのは、畑仕事をしていた神官たちだった。


「……なんだありゃ」


 春の青空の中を、何かが飛んでいる。


 鳥ではない。

 馬車でもない。


 きらきらと光る布のようなものが、複数、風を裂いて滑るように近づいてくる。


「えっ」

「うそ」

「大きな布!?ううん、絨毯が飛んでる!?」


 教会の人々が次々と外へ飛び出してきた。

 そしてそれは、中庭の上空でふわりと減速した。


 長方形の巨大な絨毯が5枚下りてくる。

 深い紺色の布地には銀糸の刺繍が施され、縁には魔法陣が淡く光っている。

 完全に空飛ぶ絨毯だった。


「うわぁ……」

 マリナが目を輝かせる。

 一方ユイは。

「腰に悪そう」

 第一声がそれだった。

「ユイ姉さま夢がない!?」

「だって揺れるし、姿勢悪い状態でしか乗れなくない?これ」

 五十八歳経験者の視点である。


 絨毯は静かに地面へ降り立った。

 最前列の絨毯の中央に立っていた青年が、ゆっくりこちらへ歩いてくる。

 他4枚の絨毯には騎士らしき装束と武装の男たちが数人ずつ乗っていた。


 年は二十代前半くらいだろうか。


 淡い金髪。

 切れ長の青い瞳。

 漆黒の宮廷魔術師装束。


 整った顔立ちだが、どこか神経質そうで、目の下にはうっすら隈がある。


 ――あ、寝不足。


 ユイは一目で察した。


 青年は教会関係者たちを見渡し、最後にユイへ視線を止めた。

「……聖女ユイ様、ですね?」

「私の名前は確かにユイですが、聖女じゃないです、断じて」

「話には聞いていましたが、本当にそういう感じなんですね」

 初対面なのに少し疲れた顔をされた。

 失礼である。

 青年は胸に手を当て、一礼する。

「王立宮廷魔術院所属、筆頭宮廷魔術師レオルド・エヴァンスです」

「ユイです」

「存じております」

 レオルドは淡々と言った。


 だがその視線は鋭い。

 こちらを測るような目だ。


「女王陛下の件で、お力をお借りしたく参りました」

「カルーシャから聞いてるわ」

 その瞬間。

 ぴくり、とレオルドの眉が動いた。

「……本当に女神様と会話できるのですね」

「できるわよ」

『できます!』

 突然、春風みたいな声が響いた。

 周囲がぎょっとする。

 空中に淡い光が集まり、小さな人影が浮かび上がった。

「カルーシャ」

『こんにちはユイ!王都からユイのところに使いが来るって聞いて、私もきちゃった!』

 幼女が空中に浮かんでいた。紛れもなく女神カルーシャだった。

 幼い姿になったカルーシャが空中で手をぶんぶん振っている。

 威厳がない。そのあたりは根こそぎ天界に置いてきたに違いない。

 教会側は慣れているので「ああいつもの女神様だねぇ」くらいの反応だが、王都側の護衛たちは完全に硬直していた。

「め、女神カルーシャ様自ら降臨……!?」

「こんな気軽に!?」

「しかも小さい!?」

『省エネモードです!』

 カルーシャはえへんと胸を張った。

 可愛い。

 たぶん本来の女神への感想ではない。

 一方レオルドは頭を抱えていた。

「本当に……報告書通りだった……」

「何だと思ってたの」

「誇張かと」


 分からないでもない。この教会やこの村にいる人間はカルーシャが気軽にここに現れるようになったことにはすでに慣れているが、ここの領民以外には彼女はこの国にとっての女神であり、神聖な存在なのだ。間違っても隣の家に気軽に遊びに来るように「きちゃった!」などと現れるような存在ではない、ないはずなのだが……。


「カルーシャ様はご自分が神であることに少々無頓着であることは聞いていましたが、今その原因が少しわかった気がします。あなたの影響ですね」

「え、ひどい。私はただの善良な領民ですよ?」

「善良な領民は女神に向かって、ちゃんと寝てる?とは聞きません」

「なぜそのことを……!」

「報告書にありましたので」

 レオルドは真顔だった。

 ユイはむっとする。

「大事なことでしょ。寝不足は万病の元よ」

『その通りです!』

 カルーシャが元気よく頷いた。

『最近はちゃんと六時間寝ています!』

「少ない!7時間は寝なさいっていつも言ってるでしょ、カルーシャ!」

「女神様!?」

 ユイとレオルドの声が綺麗に重なった。


 一瞬、顔を見合わせて沈黙した。


 レオルドははっとしたように咳払いをした。

「……とにかく。あなたに診ていただきたい女王陛下の症状は深刻です」

 空気が少し引き締まる。

 先ほどまでの気安いやり取りから、宮廷魔術師の顔へ戻っていた。

「突然怒り出したかと思えば泣き崩れる。夜も眠れず、頭痛と動悸が続いているそうです」

「うん、更年期ね」

「……その「こうねんき」というもの、本当に呪いではないのですか」

「違うわ」

 ユイは即答した。

「年齢による身体の変化。珍しいことじゃない」

「ですが、王宮付きの治癒術師たちは皆、魔力の乱れと衰退だと。私もそのように確認しました」

「更年期になると自律神経も乱れるから、魔力があるならそっちにも影響出るんじゃないかしら?」

「……」

 レオルドが黙る。

「ねえ、まずは王宮へ連れて行ってくれる?実際にお会いしないと何も分からないわ」


 ユイはじっと彼を見た。


 若い。

 二十代前半くらい。

 筆頭宮廷魔術師なんて立場なら、相当無理しているだろう。


 目の下の隈。

 張り詰めた肩。

 休めていない人間の顔だ。


「あなたもちゃんと寝てないでしょ」

「……は?」

「肩凝ってるし、胃も荒れてるわね」

「なぜ分かるんです」

「顔。すごく疲れてる」

 レオルドは絶句した。

 その隣でカルーシャがうんうん頷く。

『ユイはすごいのです』

「女神様まで……」


 なんだろう。

 この宮廷魔術師、妙に苦労人の気配がする。


 ユイは少しだけ昔を思い出した。


 前世で見てきた。

 責任感が強くて。

 真面目で。

 周囲の期待を全部背負い込んで。

 勝手に潰れていく若い子たちを。


 だからだろうか。

 この青年を見ると、ときめきより先に。


 ――ちゃんと食べてる?


 という感情が来る。


「……とりあえず」

 ユイはぽん、とレオルドの肩を叩いた。

「移動中にちゃんと休憩入れなさい」

「え?」

「あと甘いもの食べる?私が作ったクッキーならあるけど」

「は?」

「疲れてる時は糖分。あと水分補給はこまめに」

 完全に孫を心配する祖母の顔だった。

 レオルドはしばらく固まっていたが、やがて困惑したように眉を寄せた。

「あなた、本当に十六歳ですか……?」

「身体はね」

「怖いこと言わないでください」


 その時だった。


『ユイー!』

 カルーシャがぴょこぴょこ飛びながら絨毯を指差す。

『見てください!これ最新式なんですよ!』

「へぇ」

『この術式なら、王都まで半日です!馬車だと10日はかかるのに!』

「速いわねぇ」

『しかも揺れが少ない高級仕様です!』

 するとレオルドが少しだけ誇らしげな顔になった。

「……私が術式設計を担当しました」

「えっ」

 ユイは改めて絨毯を見る。


 よく見ると、縁の魔法陣はかなり複雑だ。

 風を制御する術式。

 衝撃吸収。

 温度調整。

 浮遊安定。

 姿勢安定。


「あら」

 ユイは少し感心した。

 魔術についてはいろいろ勉強してるので、何となくだが魔法陣が描く効能が分かるのだ。

「ちゃんとしてるじゃない」

「ちゃんとしてる……とは?」

「腰への負担、かなり軽減されてるわよこれ」

 その瞬間。

 レオルドの目が、わずかに見開かれた。

「……分かるんですか」

「分かるわよ。それなりに勉強してるもの。長時間移動のしんどさは年取ると切実なの」

「また年寄りみたいなことを……」

「みたいじゃなくて年寄りなのよ中身は」

「冗談に聞こえないんですが」

 カルーシャが横で楽しそうに笑っていた。

『ユイは前世で五十八歳まで生きたのです!』

「女神様!?」

『それで前世で亡くなった後、私がこの世界に連れて来たのですよ!』

「それ、拉致って言うのでは!?」

 レオルドが本気で叫んだ。

 護衛騎士たちもざわつく。

「転生者!?」

「だからあんなに達観して……?」

「いやでも聖女様十六歳……」

 ユイは遠い目をした。

「別に好きで人生二周目してるわけじゃないんだけどねぇ」

「…………」

 レオルドはしばらく沈黙していた。


 それから。

 ぽつり、と呟く。


「……なるほど」


 その視線が、少しだけ柔らかくなる。


「だからあなたは、私に対してつらそうな人間を見る目をしているんですね」

 ユイは瞬いた。

 その言葉は少しだけ嬉しかった。

 レオルドはすぐに表情を引き締める。

「失礼しました。準備が整い次第、出発したいのですが」

「はいはい」

 ユイは軽く手を振った。

「ちょっと荷物取ってくるわね」

「荷物?」

「私が作った漢方薬一式」

 

 カルーシャの加護をもらって10年以上。ユイは領民の為、教会のために漢方を作ってきた。

 最初こそ敬遠されたが、カルーシャ本人が降臨し、ユイの作る漢方の効能を説いたので、この領内ではユイの漢方はカルーシャ様の薬、として広く受け入れられるようになっていた。

 

 だが、ユイの漢方かばんを見たレオルドの眉がわずかに寄った。

「……薬草ですか」

「そうよ。カルーシャの加護つき」

「ですが王宮には最高位の治癒術師たちがいます。その治癒でさえ効果はありませんでした。辺境の薬草程度で改善する症状とは――」

「思ってない顔ね」

「……」

 図星だったらしい。

 ユイは苦笑する。

 

 ああ。

 なるほど。

 この青年、魔法で何でも解決できると思って育ってきたタイプだ。

 そしてたぶん。

 女王を救えなくて、かなり追い詰められている。


「レオルド」

「……なんでしょう」

「魔法でも治せない不調って、あるのよ。私はそのために呼ばれたんでしょう?」

「……」

「カルーシャにも頼まれたし、行くわよ。だから、私のやることをきちんと見ていて」

 その言葉に。

 彼の青い瞳が、わずかに揺れた。


 春風が吹く。

 空飛ぶ絨毯の銀糸が、陽光を受けてきらりと輝いていた。



「じゃあ、行ってきまーす。お土産買ってくるねー!」

 レオルドと一緒に絨毯に乗り、ユイは教会の前に出て来たみんなに手を振った。

「では参りましょうか。半日もかからず着くので、夕食は王宮で召し上がっていただきます」

「すごーい!王宮のごはんとかめっちゃ美味しいのでは!?」

 はしゃぐユイを見て、レオルドがフッと笑う。

「何か?」

「いえ。年相応のところもあるのだなと思っただけです」

 空飛ぶ絨毯が浮かび上がる。


 ふわり、と。


 思っていたより揺れは少ない。

 むしろ高級列車みたいな滑らかさだ。


「……あら、本当に快適」

「ですからそう言ったでしょう」

 レオルドが少し得意げに言った。


 絨毯の縁に刻まれた魔法陣が淡く光る。

 周囲には薄い風の膜のようなものが張られていて、強風もほとんど感じない。


「これ、風圧も遮断してる?」

「はい。長時間飛行で体温を奪われるので風の遮断は絶対です」

「へぇ」

「あと耳鳴り軽減術式も」

「ああ、気圧の変化はつらいからね……」

 ユイは素直に感心した。


 前世なら飛行機で耳が痛くなっていた年齢である。

 こういう配慮はありがたい。


 カルーシャはそんな二人のやり取りを楽しそうに見ていた。


『レオルドは頑張り屋さんなのです!』

「女神様、余計なことを」

『三日徹夜でこの絨毯の術式を完成させたのですよ!』

「なぜそれを!?」

「は!?」

 ユイがぎょっとして、レオルドを睨む。

「三日徹夜って、馬鹿なの!?」

「緊急案件でしたので」

「だからって徹夜は駄目!」

「ですが」

「ですがじゃない!」


 ユイはばんっと絨毯を叩いた。


「人間は寝ないと壊れるの!」

「……」

「集中力落ちるし判断力鈍るし自律神経も狂うし胃もやられるし免疫も落ちる!」

「……」

「あと肌にも悪い!」

「そこですか」

「大事よ!睡眠不足だったころのカルーシャの肌なんて、そりゃもうボロボロでひどかったんだから!」

『ちょ、ユイ!覚えてるんですか!?』

「覚えてるわよ!だからレオルド!あなたもきちんと寝なさい!仕事は大事だろうけど、それより大事なのは自分の健康よ!」

 レオルドは完全に叱られる子供みたいな顔になっていた。


 護衛騎士たちが後ろの絨毯でひそひそ話している。


「筆頭様が怒られてる……」

「しかも年下に……」

「なんか母親っぽい……」


 ユイは聞こえていたが気にしなかった。


 それより。


「あなた、食事も抜いたでしょ」

「……」

「図星ね」

「忙しかったので」

「だからって」

「……はい」


 素直である。

 たぶん根は真面目なのだろう。


 ユイはため息をつくと、鞄を漁った。

「はい」

「……これは?」

「蜂蜜とナッツのクッキー」

「手作りですか」

「保存食兼おやつ。教会の孤児院の子たちには好評よ。甘いものは脳の栄養になるし、疲労回復にもなる」

 レオルドは少し迷った後、受け取った。


 一口食べる。


 その瞬間。

 ぴたり、と動きが止まった。


「……美味しい」

「でしょう?」

 ユイはなぜか得意げだった。

「甘さ控えめで、でも疲れてる時にちょうどいい感じだと思うわ」

『ユイ、私にも一つ……』

「しょうがないな。はい、カルーシャ」

 空中にクッキーを一枚差し出すとふわふわと絨毯の周りを飛んでいたカルーシャが嬉しそうにクッキーを受取って食べる。

『蜂蜜の良い香りがします』

「蜂蜜多めにしてるからねぇ。はい、レオルドももう一枚どうぞ」

「……」

 レオルドはもう一枚食べた。


 さらにもう一枚。


 無言で。


「ちゃんとお腹空いてたんじゃない。はい、お水も飲んで」

「……ありがとうございます」

「おなかが空いたときはちゃんとご飯食べなきゃだめだよ」

「……はい」

 なんだか大型犬に餌付けしている気分だった。

 カルーシャが楽しそうに笑っている。

『よかったですねレオルド!』

「何がですか」

『ユイはご飯をちゃんと食べる人には優しいのです!』

「食べない人には優しくないのですか?」

「ごはんを食べられる環境にあるのに食べないことはダメよ。それは私が一番嫌いなこと」

 ユイは当然のように言った。

「嫌い……」

「ええ。ごはんをちゃんと美味しく食べる人のほうが好きだわ」


 レオルドは少しだけ黙った。


 それから、静かに窓の外――いや、絨毯の外を見た。


 眼下には森。

 川。

 小さな町。


 世界がゆっくり流れていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ