27 村へ帰る日【最終話】
宴の翌朝、ユイは少しだけ増えた荷物を持ち、半年お世話になった部屋をゆっくりと見回した。
寝心地のいいベッド。
ちょうどいい高さの枕。
いつも清潔な着替えが用意されていたクローゼット。
身支度のための鏡台は、今日も変わらず磨き上げられている。
半年しか暮らしていないはずなのに、不思議とこの部屋は見慣れた景色になっていた。
「半年、お世話になりました」
小さく頭を下げ、ユイは部屋を後にした。
部屋を出ると、そこにはレオルドが待っていた。
「レオルド」
「お帰りのための準備はできています。王宮の正門へ参りましょう」
「分かった」
そのまま、レオルドの先導で王宮を出て、帰るための魔法の絨毯が用意されている王宮の前庭へ向かった。
そこにはーー
「あ……?」
マーガレットを筆頭にトレギス、ローリア、料理長、城の騎士団、名前も覚えていないたくさんの城で働く人々が待っていた。
広い城の前庭を埋め尽くすほどの人々が、静かにユイを送るためにそこにいた。
「ユイ様」
マーガレットがユイに歩み寄る。
「誰も強制していないのに、みな、あなたをどうしても見送りたいと集まったのですよ」
「……」
「あなたがこの国にもたらしてくださったものは、計り知れません。その恩にどう報いればよいのか、今の私にはまだ分かりません。それでも、王国を代表して申し上げます。本当にありがとうございました、ユイ様。そして、カルーシャ様も」
魔法の絨毯の上で座っていたカルーシャがマーガレットを振り返る。
『湿っぽいのはなしですよ、マーガレット!これが今生の別れではないのですから』
「はい、カルーシャ様」
「あの、皆さん……」
ユイは手に持った漢方のカバンの持ち手を強く握りしめて、深く頭を下げた。
「本当にお世話になりました。この半年楽しかったです。私みたいな田舎者の平民に優しく接してくださって、本当に本当に嬉しかったです」
「ユイ様!こちらこそ、たくさんの研究を共にしていただいて、本当にありがとうございました!」
シーラの声をきっかけに、
「ありがとうございました!」
「どうかお元気で!」
「ユイ様、また来てください!」
「聖女様、ありがとうございました!」
感謝の声が次々と重なり、広い前庭を埋め尽くしていく。
その声は、いつまでたっても途切れることがなかった。
惜別の思いはあったが、村に帰れるうれしさは強く、ユイは絨毯に腰かけた。その隣には魔力操作の為レオルドが乗る。
今回は護衛はいない。カルーシャが一緒にいるのでユイを送る役目はレオルドだけで特に問題はないとマーガレットとトレギスが判断したのだ。
それもまた、マーガレットとカルーシャのささやかな気遣いだった。
カルーシャは自分の座っていた場所をユイに譲ると、絨毯の横でいつものようにふわふわと浮かび始めた。
『私は適当についていきますので、レオルドのいいように絨毯を操作してください』
「分かりました、カルーシャ様」
「うん、前より乗り心地良くなってない?」
「魔法陣をいくつか書き換えてみました」
絨毯の中央に乗り込んだユイは来た時より確実に乗り心地が良くなったことに気づいて、レオルドに問いかけると、そう返答が返ってきた。
「あれだけ忙しかったのに、そんなことまでしてたの!?」
「乗り心地は大事でしょう?やるなら徹底的にするのが性分です」
そうだ、この人、研究バカだった……。
それからユイの村までの半日の距離を、のんびりと進んで、夕方には見慣れた懐かしい村の神殿が見えて来た。
「見えて来た!」
「ユイ様、身を乗り出さないでください、危険です」
「分かってる分かってる」
「……」
だって、仕方ない。ここは今のユイにとっては故郷なのだ。
漢方に使う薬草を育てる畑、魔物を狩る森、優しい神官様、老シスター、孤児院の子どもたち。
小さな村だけど大事な場所。
神殿の外に、子どもたちが出迎えてくれているのが目視できる距離になってきた。
「神殿には、ユイ様が今日帰ると先触れは出しておきましたので」
「用意いいわねえ」
「カルーシャ様が出してくれたのです」
『ちょっとユイの村の神殿の私の神像へ神託を送ったのです。今日の夕方、ユイが戻ると』
「神託ってそんな使いかたでいいの!?」
『女神ですから!』
カルーシャは胸を張る。
「絶対違うと思うんだけど……」
レオルドが肩を震わせて笑う。
「カルーシャ様らしいですね」
そう話しているうちに、絨毯はゆっくりと神殿の前庭へ降り立った。
「ユイお姉ちゃん!」
一番に駆け寄ってきたのは孤児院の子どもたちだった。
「お帰りなさい!」
「ユイ姉だ!」
駆け寄ってくる子どもたちを見た瞬間、ユイは絨毯から飛び降りた。
「ただいま!」
次の瞬間、小さな子どもたちが一斉に抱きついてくる。
「寂しかった!」
「ちゃんと帰ってきた!」
「お土産ある?」
「最後の一人だけ欲望が正直すぎる!」
思わず笑い声がこぼれる。
その様子を見守るように、神官と老シスターが静かに歩み寄ってきた。
「お帰りなさい、ユイ」
「お帰り。元気そうで安心しましたよ」
「神官様……シスター……。はい、ただいま帰りました」
「お疲れさまでした。ユイの王都での活躍はこの辺境も村にも届いていましたよ」
「え!?」
「行商人の皆さんがこの村に来ては、聖女ユイ様の話を聞きたがり、ユイの作った食材を仕入れたがり、漢方薬について教えてほしいと言うのです」
「……」
「私たちはそのたびに言いました。この村に聖女はいません。ユイは聖女ではなく、この村の子です、と」
「……ええ。この村では私は聖女じゃありません。ただのユイです。カルーシャの友達で、この村で育った一人の娘です」
胸の奥が熱くなる。
帰ってきた。
本当に、自分のいるべき場所へ。
「さあ、ユイ。荷物を置いていらっしゃい。今夜はごちそうですよ」
「やった、嬉しいです。あ、レオルドはどうする?泊まっていく?」
「いいえ。私は明日の昼までに戻らないと仕事がありますので、このままとんぼ返りになります」
「夜になるよ?危なくない?」
「大丈夫です。これを、こうして……」
レオルドが絨毯の端っこの魔法陣に魔力を流すと、絨毯が形を変えた。
まるでバイクのような形へ。
「え?え?」
「一人乗りの高速タイプです。形については何度も試行錯誤したのですが、またがるように座って乗るのが一番体勢も楽だったので、このようにしました」
子どもたちが「すげー!」「かっけえー!」とはしゃいでいる。
「……空飛ぶバイクだ」
「ばいく、とは?」
「前世で普通に街を走ってた乗り物。空は飛ばないけど」
「ユイ様、ぜひ今度は覚えている限りでいいので、乗り物についてのご教授を」
「今度は何作る気なのよ……」
「何か作れるかもしれません。今はまだ分かりませんが……。今日はもう帰ります。またお会いした時に」
「また会えるの?」
だって、レオルドは王宮でも一番忙しい魔術師だ。
こんな辺境の村まで来る用事なんて、もうないはずなのに。
「また会えますよ」
その時のレオルドの笑顔は、夕暮れの茜色に溶けるように、少しだけ照れくさそうに見えた。
頬が赤くなっていたように見えたのはたぶん夕暮れのせいだ。
あとは、明日更新のエピローグで完結です。




