25 ドレス革命
『お願い、ですか?』
カルーシャがきょとんとした顔で問い返す。
『何でしょう』
無理なことを言う子ではないことは分かっているが、ユイが「願い」と言い出すのは初めてで、カルーシャには彼女の願いが見当もつかなかった。
「カルーシャはあの真っ白な世界に帰るのよね?」
『はい。初めてユイに会ったあの世界です。あそこは私の神域で、神域内には、私の神官たちもいます』
「うん。あのね」
少しもじもじしてから、意を決したように、ユイはカルーシャの手を取った。
「カルーシャが神界に帰っても、たまには村に来て一緒にご飯食べてほしいし、体調も診せてほしいし、おしゃべりもしたいの」
『……』
「ダメかな?」
その金色の瞳が大きく見開かれた。
神になってから数え切れないほどの願いを聞いてきた。
時に祈りの洪水に押しつぶされそうにもなった。
国を守ってほしい。
雨を降らせてほしい。
豊穣を与えてほしい。
病を治してほしい。
けれど――。
「一緒にご飯を食べたい」
そんな願いを向けられたのは初めてだった。
その胸の奥が、じんわりと熱くなる。
神になってから、こんなにも満たされた願いは一度もなかった。
「神様にお願いするには不遜かな?」
ユイの言葉に、感極まった顔でカルーシャが抱き着いてくる。
『いいえいいえ!もちろんです!』
「いいの?」
『はい!行きますとも!ユイと共に過ごす時間は私にとってはとても大事なものですから!』
神と人間が友達になる。
それはひょっとしたら思ったより簡単なことなのかもしれない。
『そうと決まれば、ユイ。早く村に帰る準備をしましょう!』
「せっかちだなぁ」
『私も王宮は嫌いではありませんが、ユイの村のあの穏やかな空気と子供たちの声が恋しいのです』
「うん、そうだね。私も子供たちに会いたいし、神官様たちの体調も気になる」
『ところで、ユイ』
「何?」
『レオルドのことは良いのですか?』
「レオルド?何が?」
『何が、とは……。あなた、レオルドがあんな顔をしていたのに気づいていなかったのですか?』
「え、どんな顔?」
『ユイが倒れた時、今にも泣きそうな顔をして支えようとしていたのですよ?』
「そんな大げさな」
『大げさではありません。トレギスなどは、もう少し落ち着けと命令する羽目になっていましたし』
「うわぁ……」
確かに、目を覚ましたあともレオルドにはずいぶん怒られた。
――無理なものは無理と言え。
そう言って、あれほど必死な顔をしていた。
『それに、ユイが村へ帰ると言ったら、きっと寂しがりますよ?』
「ええ?なんで?」
『なんで、と聞きますか……』
カルーシャが呆れたように額に手を当てる。
『あなた、レオルドと一緒にどれだけの時間を過ごしたと思っているのです。毎日のように顔を合わせ、喧嘩をして、笑って、困った時には助け合って。そんな相手が突然いなくなるのですよ?』
「そりゃ、多少は寂しいかもしれないけど……」
『多少、ですか』
カルーシャはふう、と小さく息を吐いた。
『まあ、いいでしょう。こういうことは、本人たちが気づくまで待つしかありませんからね』
「だから何の話をしてるの?」
『秘密です』
「えー!」
頬を膨らませるユイを見て、カルーシャはくすりと笑った。
『ユイは人のことや健康状態には聡いのに、自分のこととなると途端に鈍くなりますね』
「え?そう?」
『自覚がないところなど実にユイらしい。まあそんなユイだから、あの子もやっと分かってきたのでしょうけど……』
この世界に降りてきて、本当に良かった。
そう思いながら。
それからユイは、レオルドやシーラ、魔術師団と共に実験や研究を重ねた。
当初はあと一か月という約束だった滞在も、新たな薬草や処方をユイが思い出すたびに延び、気がつけば半年近くが過ぎていた。
半年。
年頃の少女が慣れた自宅以外で過ごし、それがしかも王宮とあっては長い日々だ。
この半年の間にマーガレットの不調はすっかり良くなり、魔術師団だけで対応できる範囲になっていた。
トレギスに関しても、家令たちが熱心に魔術師団へ通い、漢方薬の知識を学んだ。
主人の体調不良にも対応できるよう、屋敷の体制は万全に整えられていた。
ロッソからもマーガレット宛に書簡が届いた。
ユイにもらった処方箋どおりに漢方薬を飲み続けた結果、体調は大きく改善し、魔術も再び使えるようになったという。
もうこれでここでやり残したことはない。
そして秋も深まった頃。
「冬になる前には村へ帰りたい」
そのユイの希望が受け入れられ、最後の実験を終えたその日、王宮での生活は幕を閉じることとなった。
聖女様を送り出す宴という名目で、国内の貴族を集めた晩餐会が開かれることになった。
これが最後の宴だから、とマーガレットに説得され、渋々出席することになったユイだった。
だが、もうコルセットが必要なドレスは遠慮したい、というか遠慮します、というユイの言葉に、マーガレットはしばらく考えて、1人のお針子をユイの元へ遣わした。
「はじめまして、ユイ様。私はローリアと申します」
おそらく前世の娘と同じくらいの年齢の女性がユイの元を訪れた。
「陛下よりうかがっております。以前、コルセットの締めすぎで倒れられたとか」
「はい、そうなんです!」
「でしたら、私ども、城のお針子が考案したドレスを着てみるのはいかがでしょう。コルセットの必要のないドレスで、最近、国内の貴族のお嬢様方で流行しております」
「え、そんなのできたんですか?」
「はい。陛下が、ユイ様が倒れられた時に城中のお針子に触れを出して、コルセットの必要のないドレスを作れと」
「え、私のせいで皆さんに余計な仕事増やした!?」
「いいえ。余計ではございません。コルセットの苦しさから解放されたことで、皆様大変喜んでおります。私どもも自分たちの考案したドレスを皆様に着ていただけるのは嬉しい限りです」
「ええと……じゃあまず見せてくれる?」
「はい。隣の部屋にご用意してますのでどうぞ」
ローリアの先導で、隣りの部屋に行くと、一体のドレスを着た人形がユイを出迎えた。
「わあ……!」
そのドレスは所謂エンパイアラインのドレスで、胸のすぐ下のところに切り替えのラインがあり、そこからスカート部分が真っすぐにストンと落ちているため、コルセットは必要ない。
シンプルなドレスに、華やかな刺繍とレースがふんだんにあしらわれていて、決して地味ではない。
スカートと胸元にスパンコールがあしらわれ、その輝きが光を受けて眩しいくらいだ。
「いかがでしょうか?これでしたらコルセットはいりません」
「うんうん!すごく素敵!お腹周りも楽そうだし、足元もきれいに隠れそう」
「はい。ご令嬢の皆様だけでなく、奥様方にも非常に好評で、息苦しさから解放されたとお褒めのお言葉をたくさんいただいております。最近では、帝国の皇帝陛下が皇后さまのためにご注文くださいまして、それがきっかけになり、他国からも少しずつ注文が入るようになりました」
「それはとても良いことだと思うわ。締め付けるのはやっぱり苦しいし」
「はい」
ユイはドレスを眺め、これなら、と心の中で一息つく。
「ありがとう。私、これなら最後の晩餐会も楽しめそう」




