24 決めました
倒れたユイにカルーシャが付き添い、しばらく経つ。
マーガレット、トレギス、レオルドはユイとカルーシャのいる部屋に続く応接間にいた。
壁も分厚く、消音の魔法陣を展開しているため、二人のいる部屋からは物音一つ聞こえない。
そしてユイが目を覚ましたと女官が伝えにきて、すぐに様子を見に行こうとしたレオルドだったが、マーガレットに止められた。
「陛下……!?」
「なりません、レオルド。今、皇帝陛下が先にカルーシャ様とユイ様に面会をしております」
「え?」
廊下側の扉からロッソが部屋に入ったという。
「カルーシャ様が許可されたことです。我々には待つことしかできません」
ここがたとえ王国内であっても、女神の意思は世界のなにより強い権限を持つ。それは決して揺らがぬ世界の法則なのだ。
「レオルド。お前の心配は分かる。だが、ここは抑えろ。カルーシャ様がいらっしゃるのだ、ユイ様に何かあるはずもない」
「父上、しかし……!」
「抑えろと言ってる」
これは父が息子を諫めているわけではない、宰相からの命令だ。
レオルドは言葉を飲み込み、ぎゅっと拳を握り締めた。
(ユイ様……!)
倒れ伏したときのユイの顔色は青白かった。
いつもの血色の良い肌とはまるで違っていた。
それを見て、彼女は前世持ちであったとしても、今、この世界ではただの16歳の少女なのだと初めてレオルドは痛感したのだ。
この王宮へ招いてからというもの、自分たちは彼女にどれほどの負担を背負わせてきたのだろう。
できるから。
大丈夫だから。
その笑顔に甘え、自分たちは気づかぬうちに、体にも心にも大きな負担をかけていたのではないか。
陛下の健康は、16歳の少女にはあまりにも重すぎる責任だったのではないか。
その思いが、胸を鋭く刺した。
その時、三人がいた続き部屋の扉が開き、応接間にカルーシャに手を引かれたユイとその後ろからロッソが入ってきた。
三人は慌てて立ち上がり一礼する。
『ユイは無事に目を覚ましました。体調にも問題はありません』
「皆さん、ご心配をおかけしました」
微笑むユイにレオルドが歩み寄る。
「ユイ様、本当に大丈夫なんですね!?無理はしていないのですね!?」
「ええ。ごめんなさい、コルセットがきつくて倒れちゃったの」
レオルドの表情に疑問が一気に浮かぶ。
(は?コルセット???)
「いやー、私がちょっとしんどいくらいで倒れるはずないわって思って考えたんだけど、これが原因だって分かったの。慣れないドレスにコルセットでだいぶ苦しかったのよね。あと、ちゃんとご飯も食べてなかったのも良くなかったと思う」
「……」
「……レオルド?」
レオルドの顔の前でひらひらとユイが手を振る。
「私は、あなたが無理をして倒れたのだと……!陛下も父上も、どれほど心配したと思っているんです!」
「ご、ごめん。でも本当に苦しかったのよ? コルセットってあんなに締めるものなの?」
「それなら最初に言ってください!」
「だって、貴族の人ってみんな平気そうだったし……私だけ弱音吐くのもなあって」
「弱音ではありません!無理なものは無理と言えと、あなたはいつも言ってるではないですか!それはあなた自身もそうあるべきではないのですか!?」
レオルドの詰め寄る言葉に、ユイは反射的に口を開く。
「えっと……その……」
だが、続く言葉が出てこない。
「……はい、ごめんなさい……」
「分かってくださればいいのです。ではまず、そのコルセットを緩めましょう」
「ちょ、それは今ここで!?」
「何か問題が?」
「問題しかありません!」
「レオルド」
マーガレットが深いため息をついた。
「年頃の女性に何を言っているのです。女官を呼びなさい」
「……あ」
「ユイ様、女官を呼びますから、一度そちらの部屋にお戻りください」
と、マーガレットが先程までカルーシャとロッソと話していた続き部屋を扇で指し示す。
「は、はい……。では失礼します」
踵を返して続き部屋へ向かうユイを見送りながら、レオルドは自分の配慮の足りなさをようやく悟り、気まずそうに視線を伏せた。
ちなみにこの様子を見ていたトレギスとロッソが
「まだまだですね」
「まあ若いと言うのはこういった間違いを重ねてこそです」
と同年代らしい会話で意気投合していた。
女官が来て、コルセットを緩めてもらい、いつもの普段着に着替えてようやく息が楽になった。
やっぱり、こっちのほうが気持ちも体も楽だ。
(うう……やっぱり前世も今世も、平民の私には王宮なんて場違いなんだよ。早く村に帰りたい……)
村へ帰って、漢方薬を作る。
薬草を育て、村の子どもたちに調合を教え、孤児院の子どもたちと遊ぶ。
そんな穏やかな毎日に戻りたい。
元々、カルーシャとの約束は、この世界に漢方薬を広めること。
なら、その役目はもう自分一人が背負う必要はない。
材料もレシピも、全部差し出す。
何か思い出したものがあるのなら都度連絡もする。
漢方はこれからは王国が制度として広めればいい。
国と国との駆け引きなんて自分には向いていないし、その上で漢方まで広めろなんて荷が重すぎる。
だから、それができる「国家」に任せるのが一番いい。
そうだ、帰ろう、早く帰ろう。
レオルドとの約束の期間が終わったら絶対帰る。
もうマーガレットの状態も安定したし、レシピもある。
トレギスも問題ないだろう。
ロッソだけはまだ心配だけど、数日漢方薬を使ってもらって様子を見て大丈夫そうなら今後の方針は決められる。
そこまで考えて、やっとユイは落ち着いた。
やはり王宮での生活は、相当ストレスになっていたらしい。
「よし!カルーシャ、いる?」
ユイの声の後に、ふわりと空中に幼女の姿のカルーシャが現れた。
『呼びましたか、ユイ』
連絡が取れなかった期間を反省したカルーシャが、ユイに対してだけ念話の加護を追加で与えたのだ。
なので、どこにても、ユイとカルーシャは会話が可能になり、ユイに呼ばれればすぐにカルーシャは来ることができるようになった。
「あのね、レオルドとの約束の期間が終わったら、私、すぐに村に帰る」
『帰るのですか?』
「うん。だってもともと私は陛下のために来ただけだし」
『それもそうですね』
「カルーシャと約束した、漢方薬をこの世界に広める役目は王国に任せようと思うんだ。マーガレット陛下なら他の国ともうまくやってくれると思うし」
『なるほど、それはいい考えだと思います』
「漢方薬の材料やレシピは全部置いていくし、新しく作ったものがあったらすぐ連絡する。それでいいよね?」
カルーシャは微笑みながらそっとユイの頬に小さな手のひらを当てる。
『ユイ、私のいとし子。あなたがそうしたいと決めたのなら、そうすればいいのです。あなたはこの世界で私の願いを叶えてくれました。私にとってそれがどれほど嬉しいか』
「カ、カルーシャ?」
『あなたはニ度目の命を今日まで私の願いのために使ってくれました。ですから、これからは気負わず自分のやりたいことだけをやって幸せに生きてくれればいいのです』
「ど、どうしたの?」
いきなり神様らしいこと言いだした……!
『私は元々、あまり地上に降りることはしていませんでした。ですが、あなたの村に下りてあなたを始めこの世界の者たちと言葉を交わすことが楽しくて、食卓を共にすることが幸せで、ついしょっちゅう来てしまうようになりました。全てがとても楽しくて楽しくて、神になってからこんなに楽しい時間を過ごしたのは初めてでした』
「……」
『ですが、さすがにそろそろ上位よりお叱りを受けました。この世界の管理者たる女神としての本分を忘れるなと』
「……つまり上司から仕事しろって言われたのね」
『ユイの前世の言葉で言えばそうですね。ですから私は、ユイと私が初めて会ったあの神域に帰ろうと思います』
「え……?もう会えないの?」
『いいえ。約束したでしょう、見守っていると。ユイも、私が無茶をしていないか、時々確認してくれるんでしょう?』
「するよ、するけど」
『あなたは私に、神になって初めての友達をくれました。それがとても嬉しかったのです』
微笑んだカルーシャにユイは一抹の寂しさを感じたが飲み込む。
「ねえカルーシャ。1つだけお願いがあるの」
『何ですか?』
「うん、あのね」




