23 ロッソの問診
女官に先導される形で、ロッソが部屋に入ってくる。
マーガレットやトレギスはいない。
帝国の皇帝が護衛もつけずにいいのだろうかとユイが思っていると、同じことをカルーシャも思ったらしい。
「ロッソ。護衛はいないのですか?」
「カルーシャ様とユイ様との歓談に護衛は必要ないでしょう」
にこやかな笑顔はやはり似ているけど別人なのだと割り切ってしまえば心にもうさざ波は立たなかった。
「それで、ロッソ。私への用向きは何ですか?」
「もちろんご挨拶を申し上げるためです」
「私への挨拶だけなら、自国の神殿で祈りを捧げればよいでしょう?それで私には聞こえますし、返事もしてますよね」
そんな仕事までしてたのかカルーシャ。
世界中の王様から毎日のように祈られて、そのたびに返事までしてたの?
……そりゃ過労にもなる。
「世界にお姿を現す形で降臨までされたのはマーガレット様の立位の時以来でしょう?」
いや、この女神様、割と気軽に「来ちゃった」ってうちの村には来てましたよ!?
とは言えなくてユイは女官の用意してくれたミントティーに口をつけた。
「ロッソ、用向きを聞きましょう。神殿では伝えられないことなのでしょう?」
「さすがの御慧眼です。実は……私の健康状態のことなのです」
「病の兆候は見られませんが……」
「はい。病ではありません。しかし、このところ以前より疲れやすくなり、長時間の執務も体に堪えるようになりました。そして、カルーシャ様もご存じの通り、我が帝国はまだ皇太子を立位しておりません」
「ロッソには息子がいたでしょう?」
「はい。おりますが、お恥ずかしながら我が息子ながらどうにもダメでして……」
「ダメ、とは?」
「能力的に帝国を任せるには不安なのです」
「……そうですか。ロッソがそういうのなら、まだまだ皇太子としてはダメな子なのですね」
「はい。ですが私ももうこの年です。そろそろ退位も考えなくてはいけません。ですが、今の息子に帝国は任せられない以上、まだしばらく私が踏ん張るしかありません。皇太子を決めないまま退位してしまうと、神殿が自分たちに都合のいい傀儡を立ててくることは見えていますから」
「なるほど……。それで、私に直に何かを頼むためにわざわざ使節団の団長に扮して来たわけですね?」
「はい、その通りです」
グッとロッソが拳を膝の上で握り、頭を下げる。
「カルーシャ様。これは我ながら勝手なお願いだとは思ってます。ですが、帝国はもとよりこの王国を始め、近隣の国を守るためにも、どうかお力を貸していただきたいのです」
「お願いの内容によります。まず、聞かせてください」
「はい……」
ロッソが意を決したように顔を上げる。
「カルーシャ様に加護を戴きたいのです」
少しだけ静寂があり、カルーシャが困ったように微笑む。
「加護、ですか」
「はい。私は立位の時にカルーシャ様に二つ加護を戴きました。1つは帝国に壊滅的な自然災害が発生しないこと、もう一つは作物の実りを豊かにしてほしいと」
「はい。その加護を与えましたね」
「この二つの加護は私が皇帝でいる限りは続きます。ですが、最近、私の精神状態が不安定でして……」
少し沈んだ声で、ロッソが続ける。
「以前は朝から夜まで働けたのですが、最近は昼過ぎにはひどく疲れてしまいます。イライラしたり今まで普通にできていたことが面倒になったり眠れなかったりと、今までの私ではないようなのです。そして多少なりとも使えていた魔術が使えなくなりました。ご存じの通り、帝国では魔術はそれほど浸透はしていませんし、使える者も限られています。私は魔術が使えるから皇帝に立位できた身です。魔術が使えなくなったと神殿に知られれば付け込まれることになります」
ええと……ロッソ様、ひょっとして……。
「ねえカルーシャ」
「はい」
「ロッソ様の状態だけどもしかして……」
「そうですね、私もユイと同じ意見です」
カルーシャがそっと微笑んで、目の前のくたびれた顔を見せる皇帝の手を取る。
「ロッソ。あなたに必要なのは私の新しい加護ではありません」
「加護では……ない?」
「加護とは国を治める者に、国と民を守り導くために授けるものです」
「はい」
「ですが、今あなたに必要なのは加護ではなく、自分自身を労わることです」
「自分を労わる……ですか?」
「そうです。まず、十分な休息をとることからです」
「休息……ですか。難しいですね……」
「大事なことです。私からの神託を神殿に出しますからまずゆっくり休みなさい。私からの神託であれば、神殿も無視はできません。そして、あなたの症状に関しては、ユイのほうが詳しいので、ユイに任せます」
「ユイ様に、ですか?」
「はい。私もあなたと同じような苦しみがあったのです。それを治して寄り添ってくれたのがユイでした」
ロッソが驚いたようにユイを見る。
「ロッソ様。おそらくロッソ様は更年期障害だと思われます」
「こうねん……き、しょうがい……とは?」
「加齢に伴う体の不調です。これは男女ともに、程度の差はあっても誰にでも起こり得る体の変化です。そして神であるカルーシャにも見られた症状ですので、決して特別な不調ではありません。これはうまく付き合っていくことで和らげられる不調なのです」
「……私は、弱くなったわけではないと……?」
「はい。弱くなったわけではありません。年齢を重ねれば誰にでも起こり得る、ごく自然な体の変化です」
「……」
「まず先ほどカルーシャが言ったようにゆっくりとお休みください。睡眠不足は不調になるための毒でしかありません。もし寝つきが悪いようでしたら漢方を処方します」
「薬ですか?」
「ええ。カルーシャの加護もいただいている薬ですから、安心して飲んでください」
「……」
「ロッソ。薬に頼るのは悪いことではありません。自分の体調を整えるために必要なことだと考えられませんか?」
穏やかなカルーシャの言葉に、ロッソが考え込む。
「……少しだけ。まず、今夜試させてもらってもいいですか?」
「もちろんです。ではのちほどお届けしますが、その前に服用する漢方薬を決めるためにいくつか問診をお願いします」
「もんしん……とは……?」
「体調の聞き取りです。ロッソ様、先ほど聞いた以外の症状で特に困っていることはありますか?」
「そうですね……。最近、あれほど楽しかった読書が面倒になってます。読書は私にとっては知識を学び、仕事を少しだけ忘れられる時間なので、これがなくなったことには困ってます。それと動悸が最近気になります」
「なるほど……」
「どうですか、ユイ」
「そうですね……。柴胡加竜骨牡蛎湯にしましょう」
「さ、いこ……?」
「漢方薬の名前です。ロッソ様のように、体力はあるのに眠れない、イライラする、不安になる、動悸がする……そういう方によく使われます」
「私の症状に当てはまりますね」
「はい。頭の興奮を鎮めて、気持ちを落ち着かせる薬です。劇的に治す薬ではありませんが、少しずつ眠れるようになれば体も楽になります」
「それなら……試してみたいです」
「できれば数日は続けてください。それから寝る前にはカモミールのハーブティーも飲みましょう」
ロッソが肩から力を抜いて微笑んだ。
「私は弱くなったのではなかったのですね」
「違います。今まで何十年も帝国を支え続けてきたロッソ様の体が、『少し休ませてほしい』と言っているだけです」
「ロッソ。国を守る皇帝ならば、自分の体をまず守るのです。それで初めて民は安心します」
ユイとカルーシャの言葉に、ロッソは心底安心したように頷いた。




