22 騎士団長の正体と女神の帰還
「ユイ」
マーガレットの声に立ち上がる。
「レオルド、ユイ。今から少しいいかしら」
「私もですか、陛下」
「ええ。ああ、ロッソ殿。こちらはレオルド・エヴァンス。宮廷筆頭魔術師で、宰相のトレギスの息子です」
レオルドが礼儀を守りロッソに軽く頭を下げる。
「お名前はかねがね。若くして筆頭魔術師を務められるとは、素晴らしい才能ですな」
「恐縮です」
「では二人とも、一緒に奥の謁見室へ」
「はい。行きましょうユイ様」
(うわ、なんか絶対難しい話だ。カルーシャいないのに……!私だけで大丈夫かな……?)
と不安が一気に押し寄せ、ちらりとレオルドを見る。
彼は静かに笑って、
「参りましょう、ユイ様」
と手を差し出してきた。
その手を取り、彼の手袋越しの温もりだけで安心してしまったのは、我ながら単純かもしれない。
謁見室にはいつもはない円卓のテーブルと5つの椅子が用意されていて、まずマーガレットが座り、その真正面にロッソが座る。
彼は護衛を一人も連れてきてはいなかったが、とくに緊張も恐れている様子もない。
そして、マーガレットの左側にトレギス、右側にユイ、ユイの隣にレオルドが座り、円卓の椅子が埋まる。
「では、此度の訪問につきまして話を始めましょう」
トレギスの言葉に、ロッソとマーガレットが頷く。
「失礼ながら、一つ伺ってもよろしいでしょうか」
レオルドが手を挙げる。
「何ですか、レオルド」
マーガレットの声に、少しだけ躊躇った後、レオルドが疑問を言葉にする。
「通常であれば、使節団の代表者は陛下の正面ではなく、やや控えた位置に案内されるものです。なぜ正面なのですか?」
「レオルド。これはわたくしの判断です」
窘めるようなマーガレットの言葉だった。
「いや、しかし……!」
そこでロッソがパンパンと手を叩く。
「いやはや、レオルド殿は色々とよく見ていらっしゃる方ですな。そしてそれをきちんと言葉にできる有能さをお持ちだ。宰相殿、良い息子であらせられますな」
「恐縮でございます」
「いいえ。忠臣というものは、時に主君が見落としたことを指摘する勇気を持たねばなりません」
ロッソは穏やかな笑みを浮かべたまま、マーガレットへ視線を向けた。
「マーガレット陛下。こちらの宮廷には、実に優秀な方々がおられるようだ。これは陛下が良き国を作っている証でしょう」
「ありがとうございます。ええ、わたくしは良い家臣に恵まれております」
マーガレットは微笑み返した。
「でしたら、こちらもこれ以上の無礼はできません」
ロッソは静かに立ち上がった。
胸に右手を当て、先ほどまでとはまるで違う威厳をまとった声で口を開く。
「改めまして、ユーフェトフ王国の皆様にご挨拶申し上げます。」
優雅な仕草で懐から出した金の指輪を右手の中指にはめる。
その指輪の紋章は、ユイ以外の全員が知っているものだった。
「テフェンス帝国皇帝――ロッソ・フォン・テフェンスでございます」
一瞬。
謁見室から音が消えた。
「……は?」
思わず声を漏らしたのはユイだった。
「い、今……なんと……?」
ガタンと立ち上がったレオルドにマーガレットが視線を向ける。
「レオルド、座りなさい」
マーガレットは静かに頷く。
「この方は間違いなくテフェンス帝国皇帝陛下です。わたくしも幾度となくお目にかかっております」
「お会いするのは5年前の帝国での世界会議以来ですかな?」
「ええ、そうなりますわね。しかし、此度は驚きましたわ。まさか皇帝陛下が身分を偽って使節団の代表としてくるとは」
「ははっ。カルーシャ様が降臨されたと聞けば、代理など寄越してはいられません。王族たる者、自らお目にかかるのが礼儀でしょう」
ロッソ――いや、皇帝ロッソは穏やかに笑う。
「私も、戴冠の日にカルーシャ様より加護を賜って以来、お会いできておりませんでしたからな。よい機会だと思い、家臣たちを説き伏せました」
この世界の王族は最上位に就く時に、女神カルーシャより直々に加護を与えられる。
それが女神から国を治めることを認められた証となるのだ。
「こちらの国に、加護を与えられた聖女がいると聞いたときには正直半信半疑でしたが……」
ロッソの視線がちらりとユイを見る。
「いやはや、直にお会いして、カルーシャ様が加護を与えたのがユイ様であったことに納得しました。人をよく見て、小さな違和感を見逃さず、身分に惑わされない。そして見知らぬ異国の使節にも惜しみなく知識を授けようとする。その慈愛こそ、カルーシャ様がユイ様をお選びになった理由なのでしょう」
いや、そんなんじゃなくて、更年期障害で苦しんでいたカルーシャにちょっと更年期障害の対応と知識を教えただけで……。
『ただいまーーーーー!!』
その時、いきなり頭上の空間が割れて、大きなガラスの瓶を持ったカルーシャが元気に空気を読まず帰還の挨拶をした。
幼い姿ではなく、誰もが知る神殿の神像の姿だ。
「カルーシャ!?」
「「「「カルーシャ様!?」」」」
『見てください!たんさんすいを持ち帰ってきましたよ!……って、ロッソではないですか。なぜここに?』
ふわふわと浮かんだまま疑問を口にするカルーシャにロッソが立ち上がり深々と頭を下げる。
「カルーシャ様。此度、カルーシャ様が降臨されたと伺い、とるものもとりあえずお会いしようと参った次第です」
なんかもういきなり色々ありすぎて頭がついてこない……。
とふらついたユイはテーブルに突っ伏した。
「ユイ様!」
最後に聞こえたのはレオルドの声だった。
やがて、意識を取り戻したユイの横にはカルーシャがまた幼い姿になって蹲っていた。
カルーシャに膝枕をされた状態でソファに横になっていたユイはゆっくりと体を起こした。
部屋には、カルーシャの他には誰もいない。
『大丈夫ですか、ユイ』
「……まあ、何とか……」
『いきなり倒れたので、びっくりしました』
「うん……それなんだけどね。おそらくこのドレスが原因」
『ドレスですか?』
「そう。コルセットなんて今まで縁のなかったものでぎゅうぎゅうに締め上げられたんだもの。具合も悪くなるよ……ごはんもちゃんと食べられなかったし……」
『なるほど……』
前世でも今世でも、こんな正装には縁がなかった。完璧に仕上げてくれた女官の皆さんが悪いんじゃない。この正装に耐えられなかった自分が悪いのだ。
もっと鍛えよう、と明後日の方向の決意をしたユイだった。
『私が不在の間の詳細は、マーガレットとトレギスから聞きました。たんさんすいを見つけたら嬉しくなってしまって……帰るのが遅くなりました……』
「そっか。飲んでみた?」
『はい!向こうの神の食卓に呼ばれ、たんさんすいには健康になる効果もあると教えていただきました!』
「……前世の世界にも神様いるんだ……」
『どの世界にも神はいますよ。時々管理者は交代しますが。……まさかロッソが来ているなんて思ってもいませんでした』
「だよね、仕方ないよ」
しゅんとしている幼女は心底反省しているという風だったが、別にカルーシャは悪いことなどしてない。ただただ、諸々のタイミングが悪かっただけだ。
『それで、ユイが目が覚めたら私と一緒にロッソと話を、ということなのですが、立てますか?』
「え、もう私、いらなくない?」
『それがロッソがどうしてもユイも一緒に、と……』
「……何の用だろ」
『それはまだ聞いていないのです……』
「そういえば、一つ言ってなかったことがあるんだけど」
『はい?』
「ロッソ様ね……私の前世の夫にすごく似てるの」
『えええええっ!?』
「最初見た時びっくりしたよ。髪の色と目の色が違うだけで身長も顔立ちもそっくりなんだもん。一瞬、彼の生まれ変わりなのかと思っちゃった」
『ユイの前世の旦那さんはまだ生きてますよ?』
「え、ほんと?」
『本当です。ユイの前世の世界で、ユイの前世の家族の様子も確認もしてきましたから』
「じゃあ幸人さんは元気なのね?」
『お元気です。お孫さんに絵本を読んで差し上げている優しいおじいちゃんですよ。息子さん家族と一緒に暮らしてました』
「娘は?」
『お姉ちゃんのほうは、アメリカ、ですか?海の向こうでバリバリ働いてますよ』
と、いうことは息子はちゃんと結婚して子供にも恵まれたんだな、良かった……。娘は相変わらず仕事一筋みたいだけど、あの子らしい。
前世の私が死んだときは、息子は大学を留年して卒業してまだ社会人になったばかりだったから心配だったんだ……。
『つまり、ロッソは完全に似ているだけの他人ですね!』
ユイは思わず笑ってしまった。
「そうだね」
良かった。
前世の家族が、今も幸せに生きているなら、それでいい。
「良かったよ……本当に」
それから少し休んでいると、私とカルーシャを待っていたはずの人が向こうからやってきた。
女官が先に来て
「ロッソ様が今からこちらにいらっしゃいます」
とお茶の用意を始めた。
すると、ぽん、とカルーシャが大人の姿に戻り私の隣に座る形でロッソ様を待つことになった。
うん。似ているだけだ。
幸人さんは、今も向こうの世界で幸せに生きている。
そう思えたら、不思議なくらい胸のつかえが消えていた。




