21 ロッソとユイ
「あの、ロッソ様は本当に騎士団長なのですか?」
「……どういう意味でしょうか?」
「違和感がありましたもので……失礼な質問でしたらこれ以上は聞きません」
「いえ、違和感とはどのような?」
「言ってもいいんですか?」
「私は外交の使節団としてこちらに伺ってます」
「はい、聞いてます」
「マーガレット陛下は当然として、ユイ様も今回の外交の重要人物です。ですから、その方の信頼を得るためにも私に感じた違和感とやらを聞いておかねばなりません」
テーブルに手をついたロッソが少し微笑む。
イケオジが微笑むのはだいぶ刺さるのでやめてほしい。
しかもこの人の笑顔はあの人を思い出すには十分なのだ。
「外交とは、お互いの信頼が大事です」
「私は外交の専門家ではないので分かりませんが、そうなのですね」
「はい。私はユイ様からの信頼を得るためならお答えできる範囲であれば、何でも正直にお話しいたします」
「あの……では申し上げます。ロッソ様の立ち居振る舞いを見て、騎士団長というより、もっと偉い人に見えました。それから、その右手の中指の指輪の痕。騎士様は、指輪をつけないと聞きます。それは剣を持つ時に邪魔になるからだと」
王宮にいる護衛騎士にそう聞いたことがあり、それを覚えていたので、彼の指輪の痕にとても違和感を感じたのだ。
「偉い人、ですか……」
その言葉に、ロッソは少しだけ目を細めた。
「ユイ様の観察眼は素晴らしいですね。……正直、驚きました。そこまで見ておられましたか」
「では……」
「そうですね。これはのちほど、マーガレット様もいる場所で改めてお話しすることにいたしましょう。その時には、きちんと本当のことをお話いたしますよ」
「……分かりました」
「それより、ユイ様。今日ここに並べていただいた料理の作り方を、教えていただくことは可能でしょうか?」
多少強引に話を変えられたとは思ったが、戻す必要は感じなかった。
「もちろんです。食材も必要ならご用意いたしますよ」
「それはありがたい。いや、このにんにく、ですか?臭いは少々きつめですが、この臭いのおかげで食欲も出る感じで素晴らしいです。それに疲れも取れるような……」
「ええ。そういう効果のある食材です。特にこのにんにくには、カルーシャの加護も付与されているので、効能はとても強いです」
「ほう、ますますカルーシャ様にお会いできるのが楽しみになってまいりました!」
あ、まずい。
とは思ったが、カルーシャは今いませんとは言えなくて、曖昧に微笑んだだけのユイだった。
「では、ユイ様。年寄りのお相手を、一曲お願いできますかな?」
ロッソが立ち上がり、ユイに手を伸ばしてくる。
「……わ、私、ですか?」
「聖女様と一曲踊れたとなれば、帝国へ帰ってから良い土産話になりますので」
うう、幸人さんと同じ顔でそう言われたら断れるわけないじゃない……!
「分かりました。ただあの……わたしはただの村娘で平民ですので、きちんとした作法は分かりません」
「なんの。それを言うなら、私とてただの平民でございます。」
ロッソは肩をすくめて笑った。
「平民同士で王宮で踊るのも、一興でしょう。」
「……わ、分かりました」
(ここまできたらやるしかない……!女は度胸だよね、お母さん!)
ユイは覚悟を決めて、ロッソの手を取って立ち上がった。
まだ食べていないゼリーケーキは後で食べよう。
「それでは、広間の中央へ」
「ちゅ、中央、ですか?」
「はい」
端っこでいいのに!
とは言えず、そのまま手を引かれて広間の中央へと歩いていき、正面からロッソと向き合う。
穏やかな笑顔。
身長も同じくらい。
見た目で違うのは髪と瞳の色くらいだ。
二人が広間の中央に立つと、待っていたかのように楽団が演奏を始めた。
そしてごく自然にロッソの手がユイの腰に添えられる。
(レオルドより緊張する……!)
だが、それは口に出すわけにはいかないので、固い笑みを浮かべたまま、レオルドと踊った時と同じように足を踏み出した。
ロッソの歩幅に合わせるだけで、不思議と足がもつれない。
少し足と手に力が入ってしまうのは慣れてない、慣れてないから……!と心の中で言い訳をするユイだった。
レオルドに叩き込まれた基本の型を思い出しながら、一歩、また一歩と音楽に合わせて進む。
「お上手ですよ。慣れていないとは思えません」
「ろ、ロッソ様が上手に導いてくださっているからです……!」
「そう言っていただけると、多少は場数を踏んできた甲斐がありますな」
穏やかな笑みを浮かべたまま踊るその姿は、やはり前世の夫と重なって見えて、ユイの胸は妙に落ち着かないのだった。
必死になって踊った一曲が終わり、スマートにロッソがユイの手を離してくれる。
「ありがとうございました、ユイ様」
「こ、こちらこそ……。お相手頂き光栄です」
「私は少々、歓談してまいります」
「はい」
簡単にカーテシーで最後を締めくくり、そのまま先ほどのテーブルまで戻るとおいてあったはずのゼリーケーキの皿は片付けられてしまっていた。
「ええっ!?」
まだ食べてなかったのに……!と思い、ケーキの卓を見るが、もうそこにあった皿も空っぽになってしまっていた。
がっくりして椅子に崩れ落ちると、後ろから声が聞こえた。
「テーブルに突っ伏すのはやめてください」
顔を上げると、レオルドが立っていた。
「だって……だって、楽しみにしてたケーキが……」
「これですね」
と、テーブルにレオルドがゼリーケーキを乗せた皿を置いてくれた。
「え!?」
「ユイ様が食べたそうにしていたのは見ていましたので、念のため一皿確保しておきました」
「レオルド……!」
「はいはい、どうぞゆっくりと味わってくださいね」
ロッソが座っていた椅子に座ったレオルドがやれやれ、と言うふうに微笑んでユイを見つめる。
(だから顔がいいんだってば……!)
レオルドは、ロッソとは全然違うけれど、今世のユイをときめかせるには十分な顔面なのだ。
「ところでユイ様」
「ひゃいっ!?」
念願のゼリーケーキを一口食べて感動していたところで、レオルドに低い声をで呼ばれた。
「なななななにっ!?」
「いえ……先ほど、ロッソ様と何やらこのテーブルで話をしていらしたでしょう?」
「見てたの!?」
「私は今日はユイ様の動向をすべて見ているように陛下に言いつかっておりますので。それで、ロッソ様とはどのようなお話をされていたのですか?」
「どのようなって……。にんにくの話」
「は?」
「ニンニク料理が気に入られたみたいだから、食材としてお分けしますって話をしてたの」
「他には?」
「……それだけだよ」
「そうは見えませんでしたが」
「え?」
「ユイ様は何かを見つけた時の顔をしていました」
「……」
あの人が本当にただの騎士団長なのか、などと聞いたとは言えない。
指輪の痕だけで疑ったなんて、言いがかりだと言われればそれまでだ。
「レオルド、あのね……」
「あとでゆっくりと聞かせていただくことにします。こちらに陛下がいらっしゃいます」
レオルドの視線を追いかけると、こちらに向かってマーガレットとトレギスとロッソが一緒に歩いてくるところだった。
目的は間違いなくこのテーブルだ。
さっきまでゼリーケーキで幸せだった気分が、一瞬で吹き飛んだ。




