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五十路転生 −転生先は更年期障害が呪いとされている世界だったので、現代漢方薬の知識を持ち込むことを女神に許されました−  作者: ねねこ


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20/28

20 宴

 夜になり、王宮の大広間で歓迎の宴が始まった。

 ユイは昼間とはまた違う淡い青のドレスに着替えさせられ、アクセサリーも髪型も変え、髪にも小さな真珠の髪飾りを編み込まれていた。その真珠の飾りは、海洋国家である帝国からの贈り物としてマーガレットに贈られたものだったが、マーガレットから「これをわたくしから聖女に贈ってもよろしいか」と言われた帝国側が、「聖女様を飾る宝石が、我が帝国のものであることは誉でございます」などと言ったものだから、今、真珠の髪飾りはユイの髪にあった。

 

「参りましょう、ユイ様」

 黒の正装に身を包んだレオルドが右手を差し出す。

 いつもの白いローブじゃない、髪もきちんとしているレオルドの顔も佇まいもやはり貴族らしく洗練されていた。

 何だろう、レオルドがそばにいると安心する。

 それはこれから挑む未知の場所へのお守りのような安心感だった。

 

「……お願いします」

 昼間よりも少しだけ自然に、その手に自分の手を重ねる。

 レオルドは軽く頷くと、ゆっくりと歩き出した。

 大広間の扉が開く。


 その瞬間――


(まぶしい……!)


 思わず目を細めた。

 天井には無数の魔導灯が星のように輝き、磨き上げられた床は鏡のように光を映している。王国自慢のガラス細工をふんだんに施した魔導灯のランプはきらびやかな世界を作っている。

 壁際には色とりどりの料理が並び、楽団の奏でる優雅な音楽が広間いっぱいに流れていた。

(映画やアニメで見たことある舞踏会だ……)

 自分がそこへ入る日が来るなど想像したこともなかったが、まぎれもなく目の前にある光景は現実で。


 今日まで、ユイは王宮の限られた人間としか接してこなかった。

 だから、この国にこれほど多くの貴族がいることにも驚いた。

 色鮮やかなドレスをまとった令嬢たち。

 胸いっぱいに勲章を付けた壮年の貴族たち。

 軍服姿の騎士。

 王宮勤めの高官。

 ざっと見渡しただけでも百人近くはいる。

(……これ全員、国の偉い人?)

 胃が痛くなってきた。

「緊張していますか?」

 隣からレオルドが小声で尋ねる。

「してないように見える?」

「……いいえ」

「さすがにこれは緊張するわよ、私でも……」

 レオルドの口元が、ほんの少しだけ笑った。

「良かったです」

「え?」

「そういった普通の感性もお持ちで」

「どういう意味よ……!」

「大きな声を出さないで。扇で口元を隠してください。そう、そのように。ご安心ください。今夜、ユイ様のお相手は私が務めます」

「……え?」

「陛下より、そのように命じられております」

 その一言で、少しだけ肩の力が抜けた。

(よかった……知らないおじさんと踊るとかじゃないんだ。レオルドなら一緒に練習したし安心)

 でもマーガレットの命令だから一緒にいてくれるのか……と思うと、少しだけさみしい気持ちになる。

 

 その時だった。

 会場の反対側から、使節団が入場してくる。

 自然と視線が、一人の男へ吸い寄せられた。

(やっぱり……)

 先頭はロッソだった。

 昼間と同じ騎士の礼装。ただ違うのは、手袋を外していた。

 それなのに。

 誰よりも自然に人の輪の中心に立ち、誰よりも堂々と歩いている。

 周囲の騎士たちも、無意識に半歩下がって彼の後ろにつく。

(……やっぱり変。)

 騎士団長だから。

 使節団の代表だから。

 そう言われれば納得できる。

 けれど、それだけでは説明できない何かが、あの男にはあった。

 騎士団長というより――会社の社長とか、会長とか。

 前世で何度か見た、「偉い人」の佇まいに、よく似ていた。

 堂々とした気品というか。そんな感じの空気があったのだ。

 

 ユイはその違和感を胸の奥にしまい込んだ。

 

(私には関係ない。外交は私の仕事じゃないもの。それよりカルーシャ、早く帰ってきてよおおおおお!)



 

 宴が始まり、まずはレオルドと最初の一曲を踊る。


 足を踏まず。

 転びもせず。

 最後まで笑顔も絶やさず。


 それだけでユイの中では百点満点だった。

(終わった……!生き延びた……!)

 音楽が終わるとレオルドに一礼する。

「ありがとうございました」

「お見事でした、ユイ様。練習の成果が出ています」

「九割くらい、レオルドが支えてくれたからだけどね」

「残り一割がユイ様です」

「二割くらいにしといてよ」

 そんな小さなやり取りを交わすと、レオルドは周囲の貴族への挨拶に呼ばれて離れていった。

 ようやく自由になったユイは、誰にも気づかれないよう、そっと料理の並ぶ長卓へ向かう。

(よし。今なら誰も見てない)

 目の前に並ぶのは、色鮮やかな料理の数々。


 肉料理。

 魚料理。

 見たこともない果物。


 そして――


(ゼリーケーキもある……! 綺麗……!)


 スポンジの上には、少し固めに仕立てられた色とりどりのスライムゼリーが丸く載せられ、その上には砂糖漬けの花びらが一枚。

 宝石細工のような美しさだった。

 令嬢たちにも人気らしく、卓の上には残りわずか。

(なくなる!)

 ユイは慌てて皿を差し出し、一つ確保した。

 それからテーブルの並ぶ食卓のコーナーへ行くが、空いているテーブルがない。

(参った……。立ったまま食べるわけにはいかないし)

 と皿を持ったままうろうろしていると

「失礼、聖女ユイ様」

 バリトンの低い声に名前を呼ばれ、だから聖女じゃないってば……!とうんざりした顔のまま振り返ると。

「あ……」

 幸人さん、と呼びかけて飲みこんだ。違う、この人は幸人さんじゃない。


 そこに立っていたのは、帝国使節団団長のロッソだった。


 間近で見ると、やはりよく似ていた。


 鼻筋も。

 目元も。

 笑ったときの口元まで。

 かつて愛したあの人に。


(今頃元気にしてるかな、幸人さん……)

 と罪悪感を感じている場合ではなかった。

「ええと……ロッソ、様……?」

「お名前を覚えていただけていたとは光栄です。こちらのテーブルが空いていますのでどうぞ」

 と、ロッソが自分のいるテーブルの空いている椅子を勧めてくる。

 ここで断るのは外交上よろしくないことくらいにはユイにもわかる。

 助けを求めて周りを見たが、見知っている者はいなかった。


(レオルド!こういう時こそそばにいてよ……!)


 と、心の中でレオルドに当たり散らすユイだった。

「で、では、失礼いたします……」

 皿をテーブルに置いてから、ドレスのすそを少しだけ上げてロッソが引いてくれた椅子に座る。

「王国の料理は初めてですがどれもこれも美味ですね」

「そ、そうですね。ここの厨房の皆さんは新しい美味しいものを作ろうと毎日頑張ってらっしゃいますから」

「特にこれ。この焼いた鶏肉の味。不思議な香ばしさがあって初めての味です」

「あ、それはにんにくですね」


 ユイが持ち込んだ食材の一つだ。料理長がすっかり気に入ってメインの料理に使われるようになった。


「にんにく?初めて聞きます」

「私が王宮に持ち込んだ食材なんです。カルーシャの加護もついているので危険な食材ではないですよ」

「カルーシャ?ユイ様は、カルーシャ様を普段からそのように呼ばれているのですか?」


 しまった、と思ったが遅かった。


「ええ。カルーシャとは普段から仲よくしていますので、様付けで呼んだことはありません」

 ここは素直に答えておこう。偽りを言う必要はないのだから。

「それはそれは……」

「あの、ロッソ様」

「はい、何でしょうか、聖女ユイ様」

「ええと、その、聖女って言うのやめてください。私は聖女じゃないし、カルーシャもそう思っていませんから。ユイで結構です」

「ではユイ様と」

「はい。あの、ロッソ様」

「はい」

「あの、ロッソ様は本当に騎士団長なのですか?」

「……どういう意味でしょうか?」


 一段低くなったロッソの声を聞いて、ユイは自分の違和感が間違いではなかったと悟った。

 さらに、同じテーブルに着いて見えた彼の右手の中指には、指輪を外した跡が残っていた。

 その痕跡が、胸の中の違和感を確信へと変えた。

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