19 使節団の到着
それから二日間は、ユイにとって地獄の特訓だった。
前世でも今世でも経験したことのない礼儀作法。挨拶。
姿勢を崩さず立ち続ける練習。そして舞踏。
特に舞踏は苦戦した。
足元だけはレオルドの判断で、歩きやすいぺたんこの靴にしてもらった。
踊るときにも靴が見えないよう、ドレスの裾をお針子たちが工夫して直してくれた。
(ありがとう、お針子さんたち……!)
少し歩きにくくはなったが、ヒールで踊るよりはずっといい。
「歩いている間は私が必ず支えます。転ぶことはありません。踊るほうに関しては、お相手次第ですので、どうかお気をつけて」
レオルドにそう言われ、ユイはその言葉を信じることにした。
そして、何とか詰め込みの二日間が終わった頃、王都の外壁門に使節団がいよいよ到着したとの知らせが入った。まもなく王宮へ到着となる。なお、肝心のカルーシャは、まだ帰ってきていない。
「ユイ様、ご準備は良いですか?」
レオルドが隣に立ってくれる。
「いいいいいいい、いい、わよ……」
盛大に嚙んだ。
女官の皆さんにしっかりと外見は変身させてもらっても、中身はただの平民だ。
「では、私がエスコートしますので、手を」
「手!?」
「はい。私の手を取ってください」
「……は、はい」
手袋をはめた右手を、レオルドの左手に乗せる。
そっとその指先に力が入り、胸の奥まで掴まれたような気持ちになる。
(こ、これはエスコート!ただのエスコートなんだってば!前世の夫ーーー!!これほんとに浮気じゃないからねーーー!!!)
心の中で必死に前世の夫に謝っていると少し落ち着いてきた。
ここまできたらやるしかない。女は度胸だ、とよく言っていたのは、前世の母だったか。
「では、参りましょう、ユイ様」
「……うん!」
「うんではなく」
「は、はい……!」
そして二人は、帝国使節団の待つ正門へと歩き出した。
豪奢な王宮の正門の広場には先にトレギスが出迎えに出ていた。
「ユイ様の立ち位置は、父上の左隣になります。最初の第一声は覚えてらっしゃいますね?」
「はい。……ようこそいらっしゃいました、テフェンス帝国エタユーダ辺境伯領よりの使節団の皆様、でいいのよね?」
「そうです。相手は帝国の貴族。家名を間違えることだけはなきよう気をつけてください」
「分かった」
そのまま、レオルドはユイの手をトレギスへと預けると、一歩後ろへ下がった。
ほんの一歩程度の少しの距離なのに、隣りにレオルドがいないだけで不安が増していく。
そして広場の入り口の正門が開いた。
そこから綺麗な隊列を組んだ一団が入ってくる。
「来た……。今回はエタユーダ辺境伯様ご本人は来ないと聞いてはいるが、ご本人の側近が代理としてこられているとのことだ」
「ふうん、本人じゃなくて代理なの?それ、軽く観られてない?」
小声での会話は、まだ遠い向こうには聞こえないだろう。
「そうだ。我が国の女王陛下への使節でありながら本人が来ないということは、それだけ我が国を軽く見ているということでもある」
「トレギスさんもそれは気に入らないわけだ」
「当然だろう。だが、カルーシャ様が降臨された国へ無関心とはいかぬ、ということだ。……話はここまでだ。来たぞ」
「はい」
口を閉じ、レオルドに教えられたとおりに開いた扇で口元を隠す。
「遠路はるばる、ようこそいらっしゃった、テフェンス帝国エタユーダ辺境伯領よりの使節団の皆様。私はこの国の宰相を務めておりますトレギス・エヴァンスと申します」
トレギスが頭を下げる横で、ユイも頭を下げ、口上を述べる。
「ようこそいらっしゃいました、テフェンス帝国エタユーダ辺境伯領よりの使節団の皆様。私はユイと申します」
「おお、あなたがカルーシャ様の加護を持つ聖女様ですか!」
低く穏やかな声だった。
その声に促されるようにユイは顔を上げる。
「……え」
目の前に立っていた男を見た瞬間、思考が真っ白になった。
(夫!?幸人さん!?)
そこに立っていた使節団の代表は、前世の夫・永井幸人と、瓜二つだった。
そのまま、マーガレットの待つ謁見室まで使節団を案内する間も、ユイは扇の陰に隠れて先頭を歩く使節団の代表の騎士の顔をちらちらとみていた。
(うん……そっくり。スーツ着せてネクタイ締めたら、幸人さんそのまま)
世の中に似ている人は三人はいるとは言われているが、それは異世界分もカウントされるのだろうか。
そんなユイの挙動不審さに気づかないレオルドではなかった。
(先ほどから、先頭にいる代表の騎士ばかり見ている……。何か気になることでもあるのか?)
という疑問をこの場で口にはできない。
やがて一行は謁見室へと通され、マーガレットが玉座から立ち上がる。
「あちらにおわすのが、我が国の女王、マーガレット様です」
トレギスの紹介の言葉を受けて、使節団の先頭にいた騎士が、マーガレットの前に出て膝をつく。
「ユーフェトフ王国の女王陛下、マーガレット・ユーフェトフ様に初めてまかり越します、私はテフェンス帝国エタユーダ辺境伯の側近騎士団長のロッソと申します」
「家名は?」
「私は辺境伯閣下直属の騎士団長でございます。平民故、家名はございません」
「では、ロッソ殿と呼ばせていただいても?」
「光栄でございます」
それから腰にあった筒から、親書を出す。
黒い皮手袋をしたままなので、少々出しにくそうだった。
「こちらを」
「私が受け取らせていただきます、ロッソ殿」
トレギスが親書を受け取り、広げてから目を通し、恭しくマーガレットの元へ持っていく。
受け取ったマーガレットが真剣な目で親書を読む。
「……ふむ、ふむ……そうか、そのような……」
それからチラリとマーガレットがユイを見た。
「ユイ、こちらへ」
マーガレットに手招きされ、どうしたものかとレオルドを見ると、レオルドがユイの手を取った。
「陛下のところへお連れします。私の手を放さないようにしてください」
「……」
無言のまま頷くと、レオルドが玉座に向かって歩き出すのに合わせてついていく。
しっかりとしたレオルドの歩き方は、ユイを安心させてくれた。
「陛下。ユイ様をお連れしました」
「ありがとう、レオルド。下がっていいわ」
「はっ」
そのままユイだけをマーガレットのそばに置いて、レオルドは元の位置まで下がった。
(め、めちゃくちゃ見られてる……!)
使節団だけではない、王国の家臣団にも同席している中、この場にあるすべての視線はマーガレットの隣にいるユイに注がれている。
「ご紹介しますわ。この娘は、ユイ。カルーシャ様のご加護を受けた我が国の聖女です」
だから聖女じゃない……!と叫びたくても、この場ではできないことは分かってる。
なので、一つ頭を下げただけだ。
「お話は聞いています。此度は、聖女様へのお目通りもお願いしてはいましたが、まさか聖女様にお出迎え頂けるとは思いませんでした。まことに光栄でございます」
ん?
ちょっと引っかかる言い方だな……。
とは思ったが、口には出せない。
「では、使節団の皆様を王宮内の客室へご案内するように。皆様、お疲れでしょうから、まずはごゆっくりお休みください。今夜は歓迎の宴を予定しておりますので」
「光栄です。では、御前を失礼いたします」
ロッソを始めとした使節団を王国の騎士団が案内して謁見室をぞろぞろと出て行く。使節団の人数は10人。それが多いのか少ないのかユイには分からなかった。
ただ、不思議だったのは、誰一人としてロッソの許可なく口を開こうとしなかったことだ。もちろん彼がこの使節団の代表だから、と言われればそれまでなのだが。その違和感の正体をのちにユイは知ることになる。




