18 女神不在の大ピンチ
「ええと、つまり、カルーシャ様は今いらっしゃらない、と?」
「ええ」
「……まずい」
トレギスが眉を寄せて汗を拭く。
「え?何か問題が?」
「まもなく帝国より、我が国へ使節団が到着します。あと数日といったところでしょうか」
「はい、聞いています。それが何か、カルーシャに関係あるのですか?」
マーガレットも困ったように続ける。
「ええ、大いにあります。今回の使節団の目的ですが……事前に書簡が届いていまして……」
一度言葉を切り、ユイを見る。
「女神カルーシャ様がこの国へ降臨されたという噂の真偽を確かめ、もしカルーシャ様の降臨が本当であれば、直接謁見したい――それが先方の正式な申し入れなのです」
「え……?」
「だから、今カルーシャ様がおられないのは非常にまずい」
「ええと……じゃあ、カルーシャはいないってことにすればいいのでは?」
「それは無理です、ユイ」
「どうしてですか?」
「我が国からは、確かに降臨されていますと返答の書簡を渡してしまっています」
うわぁ……絶体絶命じゃん……。
「ユイ様、カルーシャ様に呼びかけなどはできませんか?」
「よ、呼びかけ……。ええと……」
カルーシャ!聞こえたら返事して!!
ユイは全力で念じた。
――返事はない。
「……駄目です」
「そうですか……」
部屋に重苦しい沈黙が落ちる。
「よりによって炭酸水を取りに行ったタイミングで……」
「何ですか、それは?」
マーガレットの疑問にシーラが説明する。
「何やらしゅわしゅわする刺激のある飲み物らしいです」
「それを取りに行かれたのですか?」
「はい。いつ帰ってくるか、とは私も聞いていません」
「……使節団の到着までは、あと3日というところでしょうか。それまでにカルーシャ様が戻ってきてくれるのを祈るしかないですね……」
炭酸水一本で国際問題になるなんて、前世でも聞いたことないよ……。
それから3日、カルーシャが帰ってくる気配はなく、国境まで使節団が到着したという早馬からの報告が王宮に届いた。
「国境に着いたのなら明後日には王都についてしまう」
というトレギスの呟きは胃痛つきだった。
「カルーシャ様がお戻りになるまで、我々は時間を稼がねばなりません」
確かに。
いると言ってしまった以上、やっぱりいないは言えるわけがない。
「まずは使節団を丁重にもてなし、カルーシャ様との謁見は後日に、と話を持っていく必要があります」
「確かに」
「カルーシャ様の加護のある食材は幸いたっぷりとあります。まず、これを使っておもてなしの席となるパーティを行います」
それからトレギスはぎゅう、と胃を抑えてからユイに向き直る。
「そのためには、ユイ様のお力を借りたい」
「ええ!?私!?なんで!?」
「帝国も知っているのです。この国にはカルーシャ様の強い加護を受けた聖女がいると。だからカルーシャ様は他のどこでもなく、この国に降臨されたのだと」
「うわぁ……やめてよ、そういうの。私、聖女じゃないから」
「ですが帝国はそう思っていません。カルーシャ様の加護はこの世界の者には誰にでも与えられるものですが、特に強い加護を与えられるのは王族だけなのです。それ以外は、カルーシャ様の神殿関係者でもあり得ないのです。でもあなたという存在はそれを超えてしまった。それはこの世界では聖女と定義されます」
「……私、前世を覚えてるだけのただの村娘なんだけど……」
逃げたい、逃げ出したい。
前世は会社員、今世は村娘。そんな私に国際会議レベルの仕事を振らないでほしい。
「では明後日までにユイ様にやっていただきたいことを……」
「決定なの!?」
「はい。レオルド、任せていいか?」
「分かりました、父上。最低限になりますが……」
「構わない。最低限でいい。必要なフォローはお前がユイ様の隣りに立て」
「畏まりました。では、ユイ様。時間がありません。まず、ドレスの仕立て……は間に合いませんので、城の衣装室へ行きましょう」
「は?ドレス?ってなんで?」
「その恰好で、使節団の前に立つおつもりですか?」
ユイの恰好は、村から持ってきた普段の生活服だ。
「え?ダメ?」
「ダメに決まっているでしょう!」
レオルドは額を押さえ、大きくため息をついた。
「父上、まず衣装室へ行きます。その後、礼儀作法、挨拶、歩き方、着席の仕方、食事の作法、そして最低限の舞踏を」
「そんなの全部やるの!?」
「もちろん、すべて完璧に身につけていただく必要はありません。ですが、特に歓迎の宴では舞踏だけは避けられませんので、そこを重点的に」
「ぶとう?」
「踊りのことです」
「……え?」
「歓迎の宴で使節団の使者から踊りを求められる可能性があります」
「えええぇぇぇっ!?」
「時間がありません」
「待って!私、小学校のフォークダンスくらいしか踊ったことない!」
「……何ですか、それは」
「私にも分からない!」
いや、無理。絶対そんなの無理。
と、涙目になるユイの手をレオルドが取る。
「ご安心を。ユイ様は、使節団に自己紹介と挨拶、それから最低限の礼儀作法を守ったうえで笑顔でいてくだされば、他の外交は父上と陛下、そして我が国の外交官が行います」
「……」
「パーティでは、普段の食事とは違う、豪華な食事が並びますよ」
「え……?」
「それこそ、最近ではユイ様のレシピやカルーシャ様の加護の材料のおかげで、王宮の料理の素晴らしさがさらに上がっています。それらを片っ端から並べることになっています」
「……デザートは?」
「スライム素材を使った新しいデザートがどんどん開発されています」
「……分かった、やる」
ご飯に釣られた。
だって、仕方ない。
人間は食欲には勝てないのだ。
そのまま、マーガレットたちに一礼すると、レオルドはユイを城の衣装室へと連れて行った。
すでに話は通っていたらしく、待ち構えていた女官たちがユイが部屋に入った瞬間、一斉に動き出す。
「失礼いたします、ユイ様」
「え、ちょ……っ?」
ものの数十秒で普段着は脱がされ、気が付けば淡い黄色のドレスを着せられていた。
「肩を二寸詰めます」
「腰も少し」
「裾はこのくらいで」
「袖口も少し余ってるので詰めましょう」
「袖口にこの飾りボタンを縫い付けてくれる?」
肩、袖、腰へとお針子たちが群がり、針が目にも止まらぬ速さで動く。
サイズの合わなかったドレスは、あっという間にユイの体にぴたりと合う一着へと変わっていった。
(……プロだ)
と、感心していたユイに、女官が次々と首飾りを合わせていく。
最初に出てきたのは、大粒の宝石がこれでもかと並んだ首飾りだった。
首に当てられ、思わず
「重っ」
と、大きな声で本音が漏れる。
「これは違いますね」
女官は即座に首を振った。
「ユイ様はお肌が白く、お顔立ちも柔らかいので、大きな宝石よりも、小粒の石を散らした繊細なものがお似合いです。……こちらにいたしましょう。耳飾りも小さめの石のものを合わせます」
「へぇ……そんなのまで分かるんだ」
「それが私どもの仕事です」
そのまま、鏡台の前に座らされ、首飾りと耳飾りをつけられ、髪を結われ、化粧をされ、ユイは目の前の鏡に映っている自分の顔を見て、思わずこぼした。
「……誰、これ?」
「ユイ様ですよ。誰か、廊下にいるレオルド様を呼んで!」
女官の一人が廊下に出て、部屋の前で待っていたレオルドを衣装室へ招き入れる。
「……ユイ様、ですか?」
レオルドはしばらく微動だにしなかった。
何で固まってるのよ、失礼ね!
ストックが尽きてしまったため、ストックを書く時間のために、明日から更新時間を【夜20:00】に変更させていただきます。




