16 宰相様の問診2
「それでは問診を始めましょうか」
「分かった」
応接室でお茶を手に、三人で向い合わせる形で問診が始まった。
「これは、私と魔術師団の皆様で作った試作の問診票です。陛下に問診した内容とほぼ同じです。あ、この四角の部分は、自覚症状がある部分にチェックを入れてください」
―――――
問診票
作成:ユイ・魔術師団 共同研究
基本事項
名前
年齢
職業
普段の睡眠時間
飲酒の頻度
最近、仕事量は増えているか(はい・いいえ)
一、睡眠について
□ 寝つきが悪い
□ 夜中に何度も目が覚める
□ 朝早く目が覚める
□ 十分寝ても疲れが残る
二、体の症状
□ 急に体が熱くなる
□ 大量の汗をかく
□ 動悸がする
□ 息切れしやすい
□ 肩や首がこる
□ 頭痛がある
□ めまいがある
□ 疲れやすい
□ 力が入りにくい
三、心の状態
□ 些細なことで怒ってしまう
□ 不安になる
□ やる気が出ない
□ 気分が落ち込む
□ 集中できない
□ 以前楽しめたことが楽しめない
四、生活について
□ 食欲が落ちた
□ 酒量が増えた
□ 甘い物が欲しくなる
□ 仕事を休みたいと思っても休めない
□ 最近「年を取った」と感じることが増えた
五、周囲から言われたこと
□ 最近怒りっぽくなった
□ 疲れて見えると言われる
□ 顔色が悪いと言われる
□ 以前より元気がないと言われる
六、詳細部分
一番困っている症状は?
いつ頃から始まったか?
一日の中で特につらい時間帯は?
仕事を休むと楽になるか?
最近、楽しいと思えることはあるか?
家族に同じような症状の人はいるか?
更に魔術的詳細
1.治癒魔術による改善 有・無
2.魔力循環の異常 有・無
3.毒物反応 有・無
4.呪詛反応 有・無
5.発熱の有無
6.脈拍異常の確認
7.魔力濃度(適正・揺らぎあり)
―――――
「……書いたぞ」
しばらく悩みながらもペンを走らせていたトレギスが書き終わった問診票を差し出してくる。
「拝見します」
基本事項に書き漏れはなし。
仕事量は増えている、と。
問題は1から5までの症状の部分のほぼ全てチェックが入っていたことだ。空白部分のほうが少ない。
「……」
「……」
「父上……これは陛下よりひどいです」
「……」
「では、これから、魔術的詳細の検査を行わせていただきます」
レオルドが問診票の最後の魔術的詳細の問診を始める。まず、リトマス試験紙のような細長い紙をトレギスの前に並べる。そこには、レオルド渾身の診察用の魔術紋が書いてあり、紙には1から7まで数字があった。
「父上、この紙を全て手のひらに乗せてください」
「分かった」
トレギスが手のひらに紙を乗せると、レオルドがその手のひらに向かって何やら呪文を唱える。
しばらくして、パァッと紙から白い光が溢れ、端からじわじわと色が変わってくる。
「ふむ……」
3.4.5までの紙は全て青い色に染まった。他の番号は全て赤い色に染まった。
「毒物反応、呪詛反応、発熱はなし。他には陽性反応が出てます。ユイ様、どう診ますか?」
「総合判定として、宰相様は男性更年期障害だと思われます」
「私が……?陛下と同じ症状だと……?」
「はい、ほぼ間違いなく。ですので、宰相様に漢方薬の処方をしたいのですが……」
「あれは苦いのだろう?」
「そうですね。ああ、ひょっとして、苦いのはお嫌いですか?苦手ですか?」
ユイの言葉に少し眉を寄せるトレギスだった。
「苦手と言うか……好きではないな」
「それについてはご心配なく。最近、王宮内で提供されるようになったスライムゼリーはご存じですか?」
「陛下がいたくお気に入りの菓子だとは聞いている。だが私は甘いものが好きではないので、食したことはない」
「甘くないのもあります」
「そうなのか?」
「はい。味をつける前のスライムゼリーなら無味無臭なので、宰相様にも問題ないかと」
「ほう」
「それを使えば、どんな苦い薬でも飲みこみやすくなります」
万が一、甘いもの苦手な人がいたら、と思い味をつけていないスライムゼリーも作っておいてよかった。
「……分かった。では、私の症状に合う漢方薬とやらを服用してみよう。どうせレオルドが一通り毒見や分析は済ませているのだろう?」
「もちろんです」
「おまえがそういう研究をしないでいられるわけがないからな」
息子を信頼しきったその笑みを見て、やっぱり親子なのだとユイは思った。
症状の重さは不眠が最も強い、ということで、酸棗仁湯を顆粒にしたものをまず処方することにした。
そして。
「それから、漢方薬だけじゃなくて、もう一つ試したいことがあるの」
「何でしょう」
「いい、レオルド。教えるから、私の体で練習してね」
「……はい?」
理解できないユイの言葉に、レオルドは珍しく間の抜けた声を出した。
「漢方薬以外にも安眠のためのツボ押しを試しましょう」
「ツボ押し……?何ですか、それは」
今、レオルドとユイは正面から向き合う形でソファに隣り合っている。
「私もそんなに詳しいわけじゃないんだけど、人間の体にある血流を刺激することで、不調の改善の助けになるの。体の色んな所にあるのよ。特に安眠のツボは、前世の夫によくしてあげていたから覚えてるの」
「……なるほど、そういうことですか」
――無駄に考えてしまった。
レオルドは小さく胸の内で反省した。
……いや、そもそも何を想像していたのだ、自分は。
「はい、こっち向いて」
正面から向き合うと、レオルドの整った顔が思った以上に近い。
――いかん。
改めて見ると、ほんとにきれいな顔してる。
いかんいかん、意識するな……。集中……。
「ユ、ユイ様!?」
「いいから、今から私が押すツボの位置を覚えなさい」
少し赤くなったレオルドの両耳の後ろの少し下の辺りに指を添える。
「……確か、この辺だったかな」
耳の後ろをそっと指先で探る。
「あ、ここだ」
耳の後ろの下、髪の生え際に近いくぼみに、指の腹を当てた。
「ここをね……。こうやって……」
グリグリッ
思い切り押す。
「……っ!」
「あ、ごめん、痛かった?でも足の裏とかツボ押したらこんなもんじゃないよ」
「い、痛くはないのですが……何か一気に血が上ったように感じました」
「血流が悪いのかな、レオルド」
「あの、ユイ様」
「何?」
「手を……手を添えていいですか?」
「え?」
「自分の手でツボの位置を確かめたいのです」
「……う、ん……いいけど……」
レオルドの大きな手がユイの両手にそっと優しく添えられる。
い、意識するな……!これはツボ押しの勉強……!そう、それだけ……!
とお互いに思っていることなど知らず、お互いの手の温もりを知る。
今日までそれなりにそばにいたはずなのに、お互いの手を取ったことはなかった。だからその柔らかさも温度も今の今まで知らなかった。
「……なるほど、分かりました。髪の生え際に近いこのくぼんだ部分ですね?」
「そ、そう!ここを1から5までゆっくり数えて、それを7回から8回繰り返すの」
「なるほど……。ええ、これはかなり心地良い気持ちになりますね」
ふんわりと微笑んだレオルドの優しい笑みを真正面の間近な距離で見て、ユイの胸は跳ね上がる。
――だから、前世の夫。
これは、その……浮気じゃないからね?
「じゃあレオルド。私のツボを同じように押してみて」
「はい……では失礼します……」
続けて、レオルドがユイのツボを同じように押す。
ユイの耳が熱くなり、妙な沈黙がしばらく続く。
「……ところでユイ様」
「な、なに……?」
「ユイ様は以前生きていらした世界、前世、ですか?そのことをどれくらい覚えてらっしゃるのですか?」
「……前世のこと?そうだな、子どもの頃のことから自分が死んだときまではだいたい覚えてるよ」
「前世では、結婚してらしたんでですよね?」
「うん。勤め先の3つ年上の先輩と。私が先に死んじゃったから……今でも元気でいてくれたらいいなって、時々思うよ」
「そうですか……」
「すごく優しい人だったよ。私が体調を崩すと、自分のことみたいに心配してくれてね。私が更年期障害になったときなんて、漢方の本を私より熱心に読んで勉強してたくらい」
「それは少しわかります。知らないことを知るのは、情熱ですから」
「情熱?」
「はい」
「誰かのために学ぶことも、また情熱です」
「……」
「ですから、その方のお気持ちは少しだけ分かる気がします」
ここにある炎の名前は世界が違っても同じなのですね、とレオルドが胸に手を当てる。
「情熱、かぁ。素敵な言葉だね」
「はい」
情熱。
それは、たぶん誰の胸にもあるものなのだ。




