14 スライムゼリーの完成
それからも、ああでもない、こうでもないと日夜実験は続いた。
加熱時間を変え、果実水の割合を変え、凍らせたり、乾かしたり。
魔術師団総出で知恵を出し合い、シーラの書く実験記録だけが増えていく。
「……ねえ」
何十回目かの実験を眺めていたユイが、おずおずと口を開いた。
「もしかして、加熱しすぎなんじゃない?」
「……はい?」
「ゼリーって液体と固体の間くらいの食感なの。だから、スライムが溶けちゃう前に火を止めればいいんじゃないかな」
「…………」
「…………」
レオルドとシーラが顔を見合わせる。
「……試します」
レオルドはすぐに実験をやり直した。
ごく短時間だけ火にかける。
ほんの数秒の加熱だ。
そして冷ます。
数分後。
皿の上には――
ぷるん。
ユイがよく知る、あの感触があった。
「……できた」
「できました」
「成功です」
三人が同時に呟く。
透明なスライム片は、ほどよい弾力を残したまま震えている。
スプーンですくうと、ぷるぷると揺れた。
「これこれ! これがゼリー!」
ユイが歓声を上げる。
レオルドは静かに一口食べた。
「……味がない。でも食感はいい」
「これに果実水を混ぜて作れば、確かに甘くなりそうですね」
シーラも頷く。
「食感良好」
「喉越し良好」
「加工性、極めて高し」
さらさらさら。
「スライムゼリー製法、確立」
「では、次は、薬を包んで内服する実験を」
「よし!」
『では、私が試しましょう。ユイの漢方薬ならすでに色々摂取しています!』
「……神様が実験した結果って、人間に反映できるの?」
「……」
「……」
レオルドとシーラが同時に固まる。
「その視点はありませんでした」
「被験者を改めて募集しましょう」
「そこはちゃんと考え直すんだ!」
「では王宮内にて、被験者の募集をしましょうか」
「そうですね。老若男女、できるだけ多く実験結果が欲しいです」
「ユイさま、子どもにも使えるような漢方はありますか?」
「そうだなぁ……。小建中湯なら、お腹の弱い子供向けかな。味も甘くて飲みやすいし」
「甘くてはすらいむぜりぃの実験になりません!」
レオルドの剣幕に、ユイは必死で頭の中の引き出しを開けていく。
「……黄連解毒湯なら大人でも顔をしかめるレベルで苦いよ。でも効果はある。大人の二日酔いとかは速く効くけど、子どもの湿疹とかだと2週間以上は必要。孤児院の子どもたちの皮膚の疾患にはよく使っていたけど、ものすごく苦いから嫌がられてたの」
「では、それをまずは二日酔い確定の酒好きなものに使ってみましょう」
「たっぷり飲ませて二日酔いにしてからの摂取ですね」
「意図的に二日酔いの人を作るのはどうかと思うけど……」
「意図的ではありません。酒盛りは毎日王宮内のどこかしらで行われています」
「……毎日二日酔いの人がいるの、この王宮って」
知りたくなかった。
その後、苦い漢方を包むためのスライムゼリーの試作品作りと、被験者募集は並行して進められることになった。
それから無味無臭のスライムゼリーに味をつける実験が数日行われ……
「シーラ。果実水の濃度のレポートは?」
「まとめてあります。ライロンの実に関しては、30%の濃度が最も味が良かったと感想結果が上がってます」
「なら、ライロンの実30%濃度で試作品を作成しましょう。料理長も、陛下への試食を希望しています」
と、どんどんと話が進んでいく。
「陛下がお気に召せば、陛下への漢方の投薬にも使えます」
「それはぜひ進めたい」
「ではまず、厨房に陛下への試食用の試作品を作ってもらいましょう」
『毒見は私がしましょう!』
とカルーシャが立候補するが、レオルドがばっさり切り捨てる。
「それは私ども魔術師団の仕事です、カルーシャ様」
『何故ですか!私ならば、神聖力で、どんな微量の毒物でもわかりますよ!』
「それがよろしくないのです」
「……?」
「カルーシャ様は神です。」
『はい!』
「人間とは耐性も、魔力も、体の構造も異なります。」
『あっ』
「カルーシャ様が問題ないと判断されても、人間にも同じ結果になる保証はありません。」
「ですので、まずは人間が毒見を行います。」
『……なるほどです』
「納得した!」
そして、まず試作されたスライムゼリーの試食はレオルドとシーラが行った。
「問題ありません」
「毒性、異常なし。食感も良好です」
その報告を受け、料理長が新たに作った果実水入りのスライムゼリーは女王マーガレットのもとへ運ばれた。
後日。
「これは美味しいですね」
その女王の一言で、王宮中にスライムゼリーの名が広まることになる。
漢方薬だけでなく、子どもが嫌がる苦い薬を包み込む補助食品として。
そして老若男女が楽しめる新たな甘味として。
スライムゼリーは、やがて王国を代表する輸出品の一つへと成長していくのだった。
ちなみに、スライムの捕獲方法に関してはトップシークレットとして厳重に魔術師団が管理することになったのだった。
理由は簡単である。
発酵酒を使い、スライムを大量に誘き寄せる方法など、公表できるはずがなかった。
王宮に来て結構な日が経ち、さすがにそろそろ村へ帰りたい、とユイが申し出たが、まだ許されなかった。
「何で!?」
と研究室にいるレオルドに詰めよれば、彼は困った顔をして同じことを繰り返す。
「まだ、漢方薬についての作成と実験が済んでおりません」
と。
「それならレシピは全部書いてあるじゃない!」
「レシピ通りに作れることと、安定して作れることは違います。何より、漢方薬の材料に関しては栽培が始まったばかりです」
「それはそうだけど!」
「さらに材料ごとの薬効の確認も必要です」
「だからって私まで残る必要ある?」
「あります」
「なんでよ!」
「ユイ様が不意に新しい漢方薬を思い出されるかもしれません」
「思い出したらレシピと材料を手紙で送るよ」
「それでは遅い場合があります」
「そんなに急ぐ病気ある?」
「女王陛下の健康に関しては何よりも最優先です」
レオルドに真顔で返され、ユイは言葉に詰まる。
「……じゃあ、一週間」
「足りません」
「二週間」
「難しいですね」
「一か月!」
「安心できます」
「長い!」
机を叩くと、レオルドは少しだけ視線を逸らした。
「……それに」
「それに?」
「あなたがいると、研究がよく進みます」
「え?」
「ユイ様のような自由な発想が我々には足りていませんから」
「それ、研究者として褒めてるだけでしょ」
「もちろん、それもあります」
「も?」
一瞬だけ沈黙が落ちる。
レオルドは珍しく言葉を探すように目を伏せた。
「……ユイ様がいると……この研究室が少し賑やかになります」
「それ、私とカルーシャが騒がしいってこと?」
と、カルーシャまでユイが巻き込む。
「いいえ」
レオルドはユイに返す言葉を一瞬だけ探した。
「……ただ、シーラや魔術師だけですと、研究室内では必要最低限の会話しかありませんので」
「それはシーラや他のみんなも悪いよね?」
「はい」
隣でシーラが即答した。
「業務連絡以外、会話は必要ありませんので」
「認めた!」
「ですから」
レオルドが少しだけ笑う。
「ユイ様がおられると、研究室が明るくなります」
「…………」
思わず黙る。
そんなことを、あまりにも真面目な顔で言われるとは思わなかった。
「そ、それは……」
返事に困って視線を泳がせる。
耳が少し熱い。
『ユイ、顔が赤いですよ?』
「カルーシャ!」
『照れてます?』
「照れてない!」
「体温上昇」
さらさらさら。
「シーラ書かない!」
「頬部紅潮を確認」
「だから書かないで!」
「ユイ様の感情の昂ぶりの原因はレオルド様の発言と思われます」
「分析しなくていい!」
研究室に笑い声が響く。
レオルドだけは首を傾げていた。
「……何か、私はおかしなことを言いましたか?」
「……ダメだ、こいつ」
『レオルドらしいではありませんか!ユイももうレオルドがこういう人だと言うことは分かっているでしょう?』
「そうだけどさぁ……!」
この妙に意識してしまった感情はどうすればいいのだ。
前世も含めて人生60年以上だが、今は16歳の感情が勝手に盛り上がって騒いでしまう。
前世の夫……!これは浮気じゃないからね!?




