13 だから作りたかったのはゼリーなんですが……
すぐにスライムの研究が始まり、数日後、「ゴ」が分裂したため、新たに生まれた個体は「ロク」と名付けられた。
ちなみにカルーシャが「カル」にしましょう!と強硬に主張してきたが「自分の名前を付けたスライムが解剖されたり、食べられてもいいの?」というユイの言葉により、しぶしぶ引き下がったのは余談だ。だが、シーラにはしっかり記録されていて、後日それを読んだマーガレットが大笑いしたことは非公式な記録である。
「で?やるの?」
「ええ、やります。シーラ、ナイフを」
「はい」
シーラが消毒済みのナイフをレオルドに手渡す。
目の前には「レオ」が水槽の中でぷるぷると動いている。
「では目方はどれくらいを?」
「テストなので手のひらの半分くらいでいいかと」
「分かりました」
レオルドが躊躇なくレオの薄い青色の体にナイフを刺す。
そのまま、えぐり取るように体の一部を裂いて、水槽の外に置いてある皿の上に乗せた。
「うっわ、レオルド容赦ないわね……」
「スライムに痛覚がないことは確認できています。それにほら、見てください。もう抉ったところが戻ってます」
確かに水槽の中のレオはもう丸い形に戻っている。
「まず鑑定魔法で各種確認を」
レオルドの横で記録係と化したシーラがレオルドの一言一句を書き留めていく。
「サーチ魔法により異臭なし」
「異臭なし、と」
「毒性反応なし」
「毒性もなし」
「魔力反応、なし」
「魔力反応も認められず、と」
「つまりスライムは無害な塊です」
「スライムは無害、と」
「では、まずこれを味見してみましょうか」
「え?そのまま食べるの!?」
「ええ、まずは元の味を知らないと加工する意味がないでしょう?」
「いやいや、せめて洗いなよ……。寄生虫とかついてたらどうすんの」
「きせいちゅう、とは?」
「そこからか。私も詳しくないから、また今度ね」
「……ではまず、そのままで」
「……舐めるくらいにしとけば?」
「ふむ、確かにまず舐めて味の確認をすべきですね」
レオルドが慎重に皿からスライムの一部を持ち上げ、そっと舌先を触れさせた。
「うむ……味は、ないですね」
「ないと言うのは?」
「感触のみしか感じません。シーラ、あなたも試しますか?」
「ぜひ」
シーラがレオルドから「レオ」の一部を受取り、同じように舐める。
「確かに無味ですね」
「つまり、やり方によっては味付けや香りづけが可能と言うことと考えていいと思う」
「はい」
「ユイさま。ユイ様の知る「ぜりぃ」とやらはどのような味だったのですか?」
突然話を振られ、水槽の中のスライムと戯れていたユイは飛び上がった。
「ど、どのようなって……。基本的には子どもでも食べやすいように甘い味……かな?甘いとは言っても果実の味や香りがメインのものが多かったと思う」
「果実の味……ですか」
レオルドが頷く。
「つまり、味そのものは後から付与する食品なのですね、ぜりぃというのは」
「そういうこと。ゼリーそのものに強い味はないかな。果実水を固めるイメージ」
「固める?果実水をですか?魔法で?」
「私の生きた前世に魔法はないわ。果実水、ジュースって呼んでいたけど、それをぷるぷるに固める技術があったの」
レオルドとシーラが同時に止まった。
「液体を……」
「ぷるぷるに……」
「「固めるんですか!?」」
さらさらさら。
「加工法の聞き取り開始」
「頼んだ」
「もう記録してる!」
「ユイ様、その固めるための技術とは?」
「まず、材料」
「材料」
「ええ。前世には寒天とかゼラチンとか、そういう固めるための材料があったの」
「かんてん」
「ぜらちん」
シーラがそのまま書き写す。
「未知の素材を確認」
「いや、この世界にはないと思うから書いても仕方ないよ?」
「情報は残しておくべきです」
「将来、代用品が見つかる可能性がありますので」
「前向きすぎるなぁ……」
レオルドは皿の上のスライム片を見つめた。
「ですが」
真剣な表情になる。
「現時点で判明したことがあります」
「何?」
「このスライムは無味無臭」
「うん」
「毒性なし」
「うん」
「魔力反応なし」
「うん」
「加工素材として極めて優秀である可能性があります」
「そこへ行くの!?」
「味がなく、香りもなく、弾力だけを持つ素材。ならばこれに味つけをすれば、薬を飲むための甘いぜりいになるのでは?」
「……まあ、それ、最初に考えたことなんだけどさ」
「なるほど、だからスライムだったのですね」
レオルドは静かに頷く。
「もしうまくいけば、これは料理人が泣いて喜ぶかもしれません」
「料理人まで巻き込む気!?」
「当然です」
シーラも真顔で続ける。
「食用利用の可否は王国経済にも影響します」
「話が大きくなってきた!」
『世界初のスライム料理ですね!』
「カルーシャまで楽しみにしないで!」
水槽の中では、レオが何も知らないまま、
ぷるん。
と、機嫌よさそうに揺れていた。
そこから、まず最初に実験として「レオ」からえぐり取った素体を火にかけ、そこに果実水を入れてみた。
すると。スライムは融けてしまい、果実水と混ざっただけに終わった。因みにそのスライムジュースはカルーシャが飲んで「おいしいです」と目をキラキラさせて、お代わりをねだってきた。
「融解を確認」
「加熱により個体構造を維持できず」
「つまり耐熱性はなし、と」
「ですが」
レオルドがカルーシャを見る。
「カルーシャ様」
『はい?』
「味はいかがでしたか」
『甘酸っぱくて、とてもおいしかったです!』
「スライムの臭いは?魔物の臭みは?」
『ありません!』
「舌触りは?」
『少しとろみがありました』
「なるほど」
さらさらさら。
「食用化第一段階、成功」
「えっ、成功なの!?」
「ぜりぃにはなりませんでしたが、飲料として利用できる可能性があります」
「そっち!?」
「大事なことです。加熱で融解するという貴重なデータが得られました。では次」
「まだやるの!?」
「もちろんです。一つ結果が出れば、次の仮説を検証できます」
「研究って終わりがないんだ……」
「だからこそ面白いのですよ」
「……」
『レオルド!次はもっと甘いのが飲みたいです!』
そろそろおなかが空いてきたんだけど……とは言い出せない空気だった。
そのまま数日、研究室に監禁――もとい、半ば拉致された状態でスライム研究を続けていく中、一つの突破口が見えてきた。
昼前に、料理長のお菓子を抱えて研究室へ飛び込んできたカルーシャが、元気よく言った。
『料理長が、スライムを凍らせて削ったらどうか、と言っていました!』
「……凍らせる?」
レオルドの手が止まる。
魔術師団で行われている研究は、王宮内にも共有されていた。
マーガレット自ら、「魔術師団の研究の役に立つ知恵があれば、身分を問わず提案せよ。これはこの国の今後を左右する」という命令を出していたためである。
「料理長の提案ですか」
「はい!『寒い日に凍った果物は食感が変わるから、試してみては』とのことでした!」
「……なるほど」
レオルドが腕を組む。
「加熱では融解した」
「はい」
シーラも記録を確認する。
「では逆に低温ではどうなるのか」
「試す価値はありますね」
「そこまで真剣に採用されるんだ」
ユイが苦笑する。
「料理長、ただ思いつきで言っただけだと思うよ?」
「研究とは、その思いつきを検証する学問です」
真面目に即答するレオルドの目はすでに研究モードだった。
「では準備を」
「はい」
シーラが魔法陣を展開する。
研究室の温度が一気に下がった。
「対象はレオから採取した素体」
「はい」
「凍結開始」
皿の上の透明なスライム片が、レオルドの魔力を受けてゆっくりと白く曇っていく。
ぷるぷる、と震えていた表面が止まり、
やがて――
こつん。
軽く叩くと、小気味よい音がした。
「固まりました」
「凍結による形状維持を確認。融解や崩壊はせず」
さらさらさら。
シーラのペンが走る。
「では削ります」
レオルドは料理長から借り受けた細かな卸し金を取り出した。
「なんでそんな物まであるの!?」
「料理長が貸してくださいました」
「いつ!?」
「割と最初の頃に」
「準備いいな!」
レオルドが慎重に凍ったスライムを削る。
しゃり……
しゃり……
透明な薄片が皿へ落ちていく。
「……見た目は、かき氷みたい」
「かきごおり、とは?」
「前世にあった氷菓子。削った氷の上に色んな蜜をかけて食べるの。頭がキーンってなるけど、夏にはどうしてもほしくなるやつ」
『おいしそうです!』
「でも食べ過ぎるとおなか壊すよ?」
『……なら、壊さないように食べます』
削り終えたところへ、料理長が用意した冷えた果実蜜を少しかける。
「では」
全員が見守る中、
カルーシャが元気よく手を挙げた。
『毒見なら私がします!』
「毒性はありませんよ」
『でも神様だから安心です!』
「安心の基準がおかしい!」
カルーシャがスプーンを手に一口食べる。
しゃくっ。
目を丸くした。
『……!』
「どうですか?」
『冷たくて、ふわふわしてます!』
「ふわふわ?」
『口の中ですぐ溶けます!』
「なるほど」
レオルドの目が輝く。
「加熱では液体化」
「はい」
「凍結では固体維持」
「はい」
「さらに削ることで新たな食感を得られる」
さらさらさら。
「新加工法を確認」
「食感変化あり」
「菓子素材として有望」
「また成功扱いなんだ……」
ユイが呆れ半分で呟く。
すると研究室の扉が勢いよく開いた。
「どうだった!?」
息を切らせて飛び込んできたのは料理長だった。
自分の提案がどうなったのか、仕事が手につかなくなったらしい。
レオルドは静かに頷く。
「料理長」
「はい!」
「あなたは王国の菓子史に名を残すかもしれません」
「え?」
「スライム氷菓、完成です」
料理長はその場で固まった。
ユイは思わず天井を仰ぐ。
「違う……私が作りたかったのは薬を飲みやすくするゼリーだったのに……」
スライム研究はいつの間にか、王国のお菓子開発計画へと進化し始めていた。




