12 スライムの命名
王宮へ戻ると、捕獲したスライムはさっそく魔術師団の研究室へ運び込まれた。
透明な魔法ガラス製の大型水槽。水は入っていない。水槽の形をした檻のようなものだ。
ガラス産業に強い国ならではのものだ。
内側には逃走防止の魔法陣が幾重にも刻まれている。
「これなら外へは出られません」
レオルドが満足そうに頷く。
「そこまで厳重なの?」
「王国初の生体ですから」
「……国宝扱いだね」
袋を水槽の中で慎重に開く。
すると――
ぽよん。
透明なスライムが一匹、水槽の中へ転がった。
「……」
「……」
動かない。
「死んじゃった?」
「いえ」
シーラが水槽に顔を近づける。
「寝ています」
「スライム寝るの!?」
よく見ると
ぷる……
ぷる……
と、小さく体が上下している。
まるで寝息を立てているようだった。
『かわいいです!』
カルーシャが目を輝かせる。
その声に反応したのか、
ぷる……
ころん。
水槽の中で寝返りを打った。
「寝返り打った!」
「記録します」
さらさらさら。
「酩酊状態において体位変換を確認」
「その書き方やめて!」
ユイが思わず突っ込む。
袋の中から出て来た別の一匹は水槽の壁へ寄りかかるようにして
ぷる……
と身体を傾けた。
「これ完全に酔っぱらいじゃない?」
「アルコールに反応する魔物……」
レオルドの目が輝く。
「興味深い」
「目が危ない」
「シーラ」
「はい」
「実験項目を追加します」
「承知しました」
さらさらさら。
「アルコール耐性試験」
「ちょっと待って!」
「濃度別反応試験」
「待って!」
「発酵期間による嗜好性の違い」
「増えてる!」
「種類別果実酒との比較」
「増え続けてる!」
ユイが頭を抱える。
スライムを捕まえただけなのに。
研究テーマだけが、倍々ゲームのように増えていく。
「……研究者って怖い」
『楽しそうですね!』
「カルーシャは止めて!」
もちろん、止まるはずもなかった。
「では、まずスライムを切ってみましょうか」
「え?」
「スライムは分裂することが知られています。それを外からの力でしても無事に分裂するのか試しましょう」
と、何処から出したのか、シーラの手には一本の大振りなナイフ。
「え、ちょ……」
「ユイ様、カルーシャ様。危険ですので離れていてください」
二人が数歩下がり、シーラがナイフを構える。
「では――」
「待ちなさい」
レオルドが静かに止めた。
「シーラ」
「はい?」
「まずは非侵襲観察です」
「……失礼しました」
シーラは素直にナイフをしまった。
「切る前に分かることは、切らずに調べる。それが研究の基本です」
「なるほど」
ユイは胸をなで下ろした。
「よかった……いきなり解剖するのかと思った」
「いずれは必要でしょう」
「いずれ!?」
「ですが順序があります」
レオルドは水槽の前へ立つ。
「まず行動観察」
「はい」
「睡眠時間、この狭い行動範囲内での動きに法則性はあるのか」
「はい」
「酒から覚めるまでの時間」
「はい」
「体色変化」
「はい」
「魔力反応」
「はい」
「食性」
「はい」
「そして――」
レオルドの目が、すっと細くなる。
「アルコールを好んだ理由」
「そこ気になるんだ」
「極めて重要です」
真顔だった。
「餌として好んだのか」
「はい」
「酩酊作用を求めたのか」
「……」
「あるいは発酵菌そのものを栄養源としているのか」
「……そこまで考えるんだ」
「仮説はいくつもあります。なので、ユイ様。なぜバッカスベリーを使おうと思ったのか、改めて詳細な聞き取りをお願いしたいのですが……」
「詳細って言われても……。覚えてただけだよ。発酵臭がナメクジを呼ぶって」
「つまり経験則ですか」
「うん」
「十分です。経験則は立派な観察結果です。そこから理論を組み立てるのが我々の仕事です。では他の発酵酒も試すことにしましょう」
「え、まだやるの!?」
「やりますよ」
さらさらさら。
シーラのペンは止まらない。
「研究項目追加」
「また増えた!」
「さらに」
レオルドは水槽を見つめた。
「酒が抜けたあと、同じ酒を再び与えます」
「うん?」
「再び寄ってくるなら嗜好性で確定です」
「うん」
「寄ってこなければ学習能力」
「え?」
「避ければ危険認識」
「もういい!」
ユイの叫びが研究室に響く。
しかし研究者二人の耳には届かない。
二人とも、水槽の中で幸せそうに眠るスライムを見つめながら、
「「実に興味深い……」」
と、ぴたり同時に呟いた。
ユイはため息をつく。
「スライムより、この二人の生態のほうが謎かもしれない……」
『楽しそうですよ!』
「カルーシャは本当に止めて!」
『止める必要がありますか?私も興味があります、スライムの生態と使い方に』
「使いかたって言うな!」
『最初にスライムを使うと言い出したのはユイでしょう?』
「いや……そりゃそうなんだけど……」
実際にスライムを見たら可愛いと思ってしまった、とは言えない雰囲気だった。
その時。
ぷる……
水槽の中のスライムが、寝ぼけたように身体を揺らした。
「……」
「……かわいい」
思わず漏れたユイの呟きを、研究者二人は聞き逃さなかった。
「ユイ様」
「情が移る前に実験を始めましょう」
「そのほうが客観性を保てます」
「待って、その理屈怖い!」
レオルドは少しだけ首を傾げた。
「怖い、ですか?」
「普通は『かわいい』って思ったら飼おうになるの!『情が移る前に実験しよう』にはならないの!」
「ですが、個体識別ができなければ観察記録に支障が出ます」
「はい」
シーラも即座に頷く。
「個体1、個体2でも構いませんが、呼称があったほうが記録は取りやすいでしょう」
「だからって今その話!?」
レオルドは水槽の中で幸せそうに眠るスライムを見つめる。
「名前からつけましょうか」
「結局名前つけるの!?」
ぷる。
まるで返事をするように、スライムが小さく震えた。
『賛成みたいですよ!』
「カルーシャまで乗らないで!」
「ではこちらの眠っているほうをユイと」
「何で私の名前!?」
「第一号にはユイ様のお名前がいいかと思ったんですが……」
いや、やめて、それはやめて。
「ではユイ1号で」
「悪化してる!」
「ユイα」
「記号にしただけ!」
「研究資料上は識別しやすいかと」
「そういう問題じゃない!」
シーラが真顔でメモを取る。
「試験体・ユイ」
「書かないで!」
「失礼しました」
さらさら。
「試験体1号・ユイ改」
「何も改善してない!」
『かわいい名前ですね!』
「カルーシャも感覚がおかしくなってる!」
レオルドは腕を組み、少し考え込む。
「では捕獲方法の発見者にちなみ、『ユイスライム』ということで」
「ポケモンみたいに言わないで!」
「ぽけもん……?知らない魔物です」
「……分かった、じゃあ名前はレオ。レオで」
レオルドの名前からかじった。これで少しは嫌な気持ちが分かればいい、と思ったのだが。
何故か、レオルドはとびきりの笑みを浮かべた。
「レオ。レオ、いいですね」
「いいの!?」
「はい。王国初の生体捕獲に成功した記念すべき最初のスライム個体です。その名に私の名を頂けるとは光栄です」
「嫌がらせだったのに!?」
「なお、正式名称は『試験体1号・レオ』でよろしいでしょうか」
「正式名称にしないで!」
さらさらさら。
レオルドの隣で、シーラが忙しく筆を動かす。
「試験体1号・レオ。命名者、聖女ユイ」
「書くの早い!」
「記録は鮮度が重要です」
「そんな鮮度いらない!」
『いい名前ですね!あなたは今日からレオちゃんです!』
「ちゃん付けになった上に決定された!」
ぷる。
「そこの本人?じゃなくて本スライムも返事しない!」
おかしい、私、ツッコミ気質じゃないはずなのになんかこの人たちとカルーシャに囲まれてるとツッコミに回ってる。
とは言っても、元々の元凶は全てユイなのだが、本人にその自覚はない。
なお、捕獲されたスライムは全部で五匹いた。
名前を巡る騒動は、このあと四回繰り返されることになり、残る四匹についてもほぼ同じ内容で繰り広げられ、研究室には「レオ」「ニゴウ」「サン」「ヨン」「ゴ」が5つの水槽の中で並ぶことになった。
そして水槽にはそれぞれの名札まで貼られた。
ユイが強引に2番目以降の名前を決めたのは、続けてまた自分の名前が使われそうになったからだった。




