11 スライム捕獲!
「結論から申し上げます」
シーラが真剣な顔で言った。
「捕まりません」
「結論早いな!?」
「ですから、結論から申し上げますと言いました」
ユイが思わず立ち上がる。
「どういうこと?」
「思いつく限りの方法を三日試しました」
「三日も?」
「はい」
「網」
「だめでした」
「箱」
「すり抜けました」
「檻」
「檻が溶けました」
「……なんなのあの生き物」
部屋の空気が重い。
レオルドが静かに報告書を閉じた。
「冒険者にも聞きました」
「うん」
「全員、『倒せばいい』との回答でした」
「だから倒したら消えるんだって!」
万事休すか。
「……そもそもスライムって何食べて生きてるの?」
ユイの言葉に、全員が首を傾げた。
魔物が食べるものなんて考えたこともなかったから。
「餌が分かれば、生け捕りにできるんじゃない?」
と、そこでユイは、前世の知識を思い出した。
ビール。
確か、ビールがナメクジの大好物だと聞いたことがある。
実家の庭にナメクジとカタツムリが大発生した時に母が皿にビールを注いで一晩経ったら、皿の中で大量のナメクジとカタツムリが全滅していた。
母に聞いたら、別にビールじゃなくても、発酵食品なら同じことができると教えてもらった。
この世界にビールはない。なら。
「バッカスベリー……」
村でもよく作られていた果実酒だ。
森で採れるバッカスベリーという果実をきれいに洗って壺に入れておくと数日で発酵が始まり、微炭酸の果実酒になるのだ。あまりたくさん採れる果実ではないので、村の外に売るほどの酒造量ではなかったが、村の中では老若男女に人気のある低アルコール酒だった。
「レオルド、冒険者に、バッカスベリーの採取の依頼は出せる?」
「バッカスベリー?あの黄色い果実ですか?」
「ええ!」
「それなら、ギルド経由で依頼を出せば、今の季節ならすぐに集まるかと。あれをスライムの餌にするんですか?」
「ちょっと違う。もし私の考えている通りのことができるのなら、スライムの捕獲ができると思う」
「……確信はないんですね?」
「まだ試してないから」
あっけらかんと言うユイに心の中でレオルドがため息をつく。
「では、さっそく依頼を出します」
「お願い」
「ところで」
レオルドが首を傾げた。
「どうしてバッカスベリーなのですか?」
「あれだとすぐ発酵してお酒になるのよ。それでスライムをおびき寄せてみたいの。で、生け捕り」
「……」
「前世でね。スライムによく似たぬるぬるした生き物がいたの。それは発酵したものの臭いに弱くてね。入れ食い状態で捕まえられるのよ」
「……」
「もしそれが同じなら、たぶんスライムは匂いで寄ってくる」
「……根拠は?」
「同じぬるぬるした生き物ならいけるかなって」
「……まったく論理的ではないですね」
ばっさり。
『で、でも、もしうまくいけば、今までできなかったスライムの研究もはかどるかもですよ!』
カルーシャの一言に、レオルドとシーラがピクンと反応する。
『スライムに関しては、私が言うのもなんですが、謎が多いです。他の魔物と違い、討伐すれば消えます。弱い魔物ですが、数は多いので生け捕りにできたら研究に存分に使えます』
「……世界を作ったカルーシャ様にもスライムは謎なんですか?」
もっともな疑問をレオルドが口にする。
『ここは私が作った世界ではありませんよ?』
「「「ええ!?」」」
『この世界は、私が神になるずっと前に、他の神によって作られた世界です。その世界を、私が神の神格を得た時に、管理者として継いだのです』
「え、そうだったの?」
『そうなのです!』
「……ちょっと待ってください。これは歴史書を書き換える必要があるのでは?」
シーラの言葉に、レオルドも頷く。
「歴史書には、この世界を作ったのはカルーシャ様と記されていますからね」
「ならばすぐに文官たちに連絡して……」
「スライムが先です」
「れ、レオルド様!?」
「スライムが先です、シーラ」
「……」
「ユイ様もカルーシャ様もそのように」
何やらレオルドの背中から有無を言わせないオーラが立ち上っているのを感じて、これは茶化すのも、他の意見を出すのもしてはいけない場面だと口を閉じた。
「では私のほうから、冒険者へ依頼を出しておきましょう。ユイ様、バッカスベリーはどれくらいあればいいですか?」
「大きめの壺に一つもあれば、数日で果実酒ができます。ついでに、スライムがいる場所も探してもらいましょう。まず一度試してみるところから」
数日後、大量のバッカスベリーが冒険者ギルド経由で王宮へ届いた。
「集まりました」
壺いっぱいの黄色い果実にユイが目をキラキラさせる。
「さすが、王都ね!村の森で採るより実が大きい」
「これくらいあれば足りますか?」
「十分よ。さっそく洗って発酵させましょう」
「スライムの群生地も発見してきたそうです。再度同じ依頼があれば、喜んでやると冒険者たちが言っていたそうです」
「そうなの?」
「魔物討伐をしなくていい依頼と言うのは珍しいと」
「なるほど……。もし今後もスライムの研究をするのなら、今回の策がうまくいけばいいわね」
「ええ」
そこから果実酒を仕込むことを始めた。
王宮の片隅にきれいに洗ったバッカスベリーが壺に敷き詰められ、数日後、ぼこぼこ、と発酵が始まった。
シーラは真顔で記録を書く。
「発酵開始三日目。泡の発生を確認」
「なんか完全に研究だね」
「研究です」
更に数日後。
味見をしたユイが「よし、これくらいでいいと思う」とGOサインを出し、そこからは慌ただしくスライム捕獲作戦が始まった。
壺を馬車へ積み込み、ユイ、カルーシャ、レオルド、シーラ、生態研究班、冒険者数名でスライムの群生地である森の奥の湖へ向かう。
「本当に使えるでしょうか」
「分からない。だから試すのよ」
「そこは自信を持ってください」
「ないもの」
壺から大きめの皿に発酵したバッカスベリーの酒を注ぐと、辺りに甘酸っぱい発酵臭が漂う。
湖のほうへ風が流れるのを確認して、全員が茂みに隠れる。
五分。
十分。
「……来ませんね」
「失敗かな」
その瞬間。
ぷる。
湖が揺れた。
「……!」
湖からゆっくりと透明なスライムが一匹這い上がってきた。
更に続けて二匹。
更に五匹。
ぞろぞろと、吸い寄せられるように湖から這い上がってきて、皿へ向かっていく。
「来たぁ!」
シーラが思わず立ち上がる。
「まだです!」
レオルドが押さえる。
「静かに」
スライムたちは皿へ近付く。
ぷるぷる震えながら、皿の中へ身体を伸ばしていく。
「……飲んでる?」
「飲んでますね」
「ということは!」
レオルドが静かに手を上げる。
「今です」
冒険者が素早く皿の上からレオルドが魔法陣を組み込んだ特殊な袋をかぶせる。
魔法陣の効果は、中のものを逃がさない、という単純なものだったが、酒に酔ったスライムたちには十分な効果だった。
ぷるぷるぷるぷると袋の中で震える動きが分かる。
「……」
「……」
「捕まりました」
「「「おおおおお!!」」」
王国史上初。
スライムの生け捕り成功である。
レオルドが静かに頷く。
「……捕獲成功。ではこのまま王宮の魔術師団の研究室へ持ち帰ります」
「え?」
「まずは生態観察です」
「あ、うん」
「食性と寿命」
「……え?」
「分裂条件」
「スライムって分裂するの?」
「ええ。それから、繁殖の有無」
「……分裂で繁殖するんじゃない?」
「魔力反応」
「……」
「そして最重要、ゼリー化の可否」
「ちょっと待って最後」
「女王陛下から詳細の報告を言われていますよね?」
「うん、まあ確かに」
「陛下の王命は絶対です」
「そうですね。それが最優先です」
シーラが真顔で記録する。
「王国初、生体スライム研究開始」
「仕事増えてる!増えてるよ!」
ユイの叫びにレオルドとシーラが頷きあう。
「「それが何か?」」
研究者にとって、新しい研究対象が増えることはただの仕事ではない。
ご褒美である。
仕事大好き魔術師ツートップにはすでに目の前のスライムの研究というご褒美のことしか頭になかった。




