第11話 私が軍師?
誰も、何も言わなかった。
やがて、レオンの声がした。
「うん。間違いなさそうだ」
「……え?」
「クラウス。彼女にしよう」
「異論はありません」
二人が、私の頭越しに何かを決めている。
……たぶん、私の処遇を。
「あの」
「ハルカ」
レオンが遥を見た。
「私、処……」
「君に、この戦を指揮してもらうことにしたんだ。軍師として」
時間が、止まった。
「作戦を立てて、軍議で説明して、必要なら陣に立ってもらう。……もちろん、指揮の責任は僕たちが負う」
「ま、待ってください」
時間は止まったまま――正確には、遥の時間だけが止まったまま――動いていない口から、言葉だけが漏れ出たような声だった。
「うん」
「……聞いてません」
レオンが、少しだけ笑った。
「うん。いま、聞かせた」
左右の文官たちが、小さくざわめいた。
その中で、遥ひとりが立ち尽くしていた。
*
謁見の間を出たあと、遥は与えられた一室で、断る言葉を探していた。
結局、あの場では何も言えなかった。
だから、次に会ったときに言うつもりだった。ちゃんと、断るつもりだった。
日が落ちる頃、クラウスとレオン、それに老臣が部屋へ来た。
「私、高校生です」
「コウコウセイが何かは分からないけど」
「軍人じゃありません」
「そうだね」
「戦争したこともありません」
「そうみたいだね」
「じゃあ、どうして」
声が、少し強くなった。自分でも驚くくらいに。
「橋はたまたまです。集落も、昔の話を思い出しただけ。私が考えたことじゃ……ないんです」
言わなければと思っていた。
スブリキウス橋もベレジナも、自分の功績ではない。
ハンニバルも、信長も、ビスマルクも、遥のために何かを残したわけではない。自分はそれを教科書で読んだだけ。
昔の誰かの人生を、試験の点数に変えてきただけだ。
もし歴史の知識を剥がされたら、自分には何が残る?
学年一位という肩書きを取ったら。記憶力を取ったら。状況に合った歴史を思い出せなかったら。
何もない気がした。
だから「軍師」と呼ばれるのが怖い。
いつか中身が空っぽだと知られたら、その瞬間に期待を裏切ってしまう。
クラウスが口を開いた。
「俺も橋を知っていた」
「え?」
「橋を落とせば敵を止められることくらい、軍人なら知っている。そして、味方が残されていることも知っていた」
遥は黙る。
「俺には二つしか選択肢が見えなかった。橋を残して三千を危険に晒すか、橋を落として七百を捨てるか」
クラウスの声は静かだった。
あの夜、油の匂いの中で聞いた「分かっている」と、同じ声だった。
「情けないことに、本当は、俺はどちらも選びたくなかった」
将軍が、そんなことを言うのか、と遥は思う。
「お前がこぼした『違う』という言葉に、すがったんだ。そして――」
一度、言葉が切れる。
「お前は三つ目を出した」
その言葉が、思っていたより深く刺さった。
この人は、自分の情けなさを晒してまで、そう言っている。
「……昔の話を組み合わせただけです」
「その場で使える形にしたのが、お前だ」
少しだけ大きくなったクラウスの声に、何も答えられない。
威圧とは違う。責任、あるいは、覚悟。
少しの沈黙のあと、レオンがクラウスに言った。
「クラウス」
「『ハルカ』だ」
一瞬、何を言ったのか分からなかったが、すぐに理解した。
今それ言う?
そう思ってクラウスを見ると、やはり同じような顔をしていた。
それから、ふっ、と表情が緩んだ気がした。
「……集落での話も聞いた」
クラウスが続ける。
「昔の話を知っているだけなら、本棚と変わらん。だが、お前は――『クゼ=ハルカ』は、違う」
数秒前の自己評価を、そのまま形にされた。
そして、そうではないと言ってくれている。
「兵数の件もございます」
老臣が呟いた。
「物見より正確な数を、あの場で言い当てたと。……神秘、でございますかな」
オルネ。
老臣さん、なんて言った?
私にだけ見える、あの数字のこと……?
「あの……、オルネって」
「その話は今はいい」
クラウスが短く打ち切った。
「世界から愛されているのは、素晴らしいことだがな」
そして、遥を見た。
「今、必要なのは、クゼ=ハルカ自身の能力だ」
*
結局、はっきりとした返事は返せないまま、その夜の話は終わった。
部屋を出ていくとき、レオンとクラウスが恭しく頭を下げていったのには、少し驚いた。
タイトル回収回です。ストーリーを展開していきます。




