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第8話 美味い

1日3本ペースで投稿していきます!

 今日の食材は、鮭だった。


 秋の鮭は脂が乗っている。食材の声も、今日はいつもより明るかった。


「焼いてください。塩だけで。余計なものはいりません」


(シンプルに、か)


 私は言われた通りにした。塩を振って、じっくり焼く。香草も、ソースも、何もつけない。ただ火を通すだけ。


 前世でも、疲れ切った患者に「今日は白米と塩鮭だけにしましょう」と言うことがあった。体が限界のとき、シンプルなものが一番通る。食材の声は、前世の知識と同じことを言っていた。


 いい匂いが厨房に広がった。


 ---


 ライアス様が来たのは、焼き上がりの少し前だった。


 今日はいつもより遅い。書類の量が多かったのかもしれない。目の下のくまが、少し濃い。


「今日は遅いですね」


「……案件が多かった」


「そうですか。もう少しで焼き上がります」


「何を使っている」


「鮭です。塩焼きだけです。今日は余計なものを入れない方がいいと言われたので」


「食材に」


「はい」


 ライアス様は椅子に座って、書類を開いた。でも今日は、あまり読んでいない気がした。


 焼けた。


 皿に盛り付けて、テーブルに置いた。


 ライアス様がすぐに箸を取った。


 一口、食べた。


 黙っていた。


 私は次の仕込みに戻ろうとした。


「……美味い」


 手が止まった。


 振り返ると、ライアス様がもう一口食べていた。表情は変わらない。でも、箸の動きが少し違う。丁寧に、確かめるように食べている。


「……ありがとうございます」


 ライアス様はそれ以上何も言わなかった。


「また作れるか」は言ってくれていた。空になった皿は毎日戻ってきた。眠れるようになったと、ペリー経由で聞いていた。


 でも「美味い」は、今日が初めてだった。


 前世でも、患者から「おいしかった」と言われたことがあった。でもあの頃は忙しすぎて、素直に受け取れなかった。


 今は——


 胸の真ん中が、少し温かくなった。


「次も、鮭にするか」


「……食材の声次第ですが」


「そうか」


 ライアス様はもう一口食べた。


 私は向こうを向いて、仕込みの続きをした。


 次の市場に、鮭が出るかどうか——気づけばそのことばかり考えていた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

これからは、自分のペースで執筆をつづけていくつもりです。


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