表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/13

第6話 顔色

1日3本ペースで投稿していきます!

「顔色がよくなっています」


 朝、ペリーが厨房に来てそう言った。


「公爵様がですか」


「ええ。ここ数日で、目に見えて。側仕えの者たちも驚いています」


「そうですか」


「フィーナ様のおかげです」


「食材の効果です」


 ペリーは少し笑った。私が「食材の効果です」と言うたびに、この人はこの顔をする。


 まあいい。昼の支度を始めなければ。


 今日の食材は、ペリーが早朝に市場から仕入れてきたものだ。新鮮な鶏肉、根菜、それから珍しいことに柑橘が入っていた。


 柑橘に触れると、明るい声が聞こえた。


「気持ちを上向きにするのが得意。香りだけでも効く」


(上向き)


 昨日のライアス様の顔を思い出した。書類をめくる速さが、昨日より少し落ち着いていた。蕪のスープが効いたのかもしれない。


 鶏肉と根菜を合わせて、柑橘の皮を少し削る。


 皮を削るたびに、厨房の空気が変わる気がした。


 前世でも、患者に食事指導をするとき、柑橘系の食材は「気持ちが前を向く」と説明していた。それが今、自分の手の中にある。


(これは、いい仕事だ)


 手を動かす。


 ---


 昼前、廊下から足音が聞こえた。


 今日は少し早い。


「今日は柑橘を使っています」


 私は入口を見ずに言った。足音でわかるようになってしまっていた。


「……匂いでわかる」


 ライアス様が入ってきた。


「何に効く」


「気持ちを上向きにします。香りに作用があるので、食べる前から少し効いています」


「……なるほど」


 ライアス様は椅子に座った。書類を膝の上に置いたまま、今日はなぜかすぐに開かなかった。


 代わりに、窓の外を見た。


 秋の光が、斜めに差し込んでいる。


「顔色がいいと言われた」


「誰にですか」


「ペリーに。今朝」


「目に見えて、とも言っていました」


 ライアス様が少し動いた。


「ペリーと話したのか」


「今朝、報告に来ていたので」


「……そうか」


 また少し間があった。


「以前は」


 ライアス様が言った。


「食欲がなかった。眠れなかった。体が動いているのに、どこかで止まっているような感覚があった」


 珍しく、長い言葉だった。


 私は手を動かしながら、聞いていた。


「今は」


「今は、昼が来るのが少し楽しみだ」


 私は鍋を混ぜる手を止めそうになった。止めなかったけれど。


「……料理が、ですか」


「ああ」


 少し間があった。


「……料理が」


 繰り返した言い方が、最初と少し違った。


 でも聞き返すことはしなかった。聞き返したら——何かが変わる気がして。


 鍋を混ぜ続けた。


 楽しみ。


 その言葉が、頭の中で繰り返された。料理が楽しみ、と言った。でも二回目の言い方は、何かが違った。私への言葉ではない。でも——私がいるから、という意味かもしれない。


(深読みだ)


 そうだ。深読みだ。


「できあがりまで、もう少しです」


「待つ」


 その言葉がいつもと同じなのに、今日は心臓が一拍だけうるさかった。


 ——明日、ペリーに何か礼を言おうか。


(……何の礼だ)


 自分でもよくわからないまま、仕込みの続きに手を伸ばした。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

これからは、自分のペースで執筆をつづけていくつもりです。


評価やブックマークで応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ