第6話 顔色
1日3本ペースで投稿していきます!
「顔色がよくなっています」
朝、ペリーが厨房に来てそう言った。
「公爵様がですか」
「ええ。ここ数日で、目に見えて。側仕えの者たちも驚いています」
「そうですか」
「フィーナ様のおかげです」
「食材の効果です」
ペリーは少し笑った。私が「食材の効果です」と言うたびに、この人はこの顔をする。
まあいい。昼の支度を始めなければ。
今日の食材は、ペリーが早朝に市場から仕入れてきたものだ。新鮮な鶏肉、根菜、それから珍しいことに柑橘が入っていた。
柑橘に触れると、明るい声が聞こえた。
「気持ちを上向きにするのが得意。香りだけでも効く」
(上向き)
昨日のライアス様の顔を思い出した。書類をめくる速さが、昨日より少し落ち着いていた。蕪のスープが効いたのかもしれない。
鶏肉と根菜を合わせて、柑橘の皮を少し削る。
皮を削るたびに、厨房の空気が変わる気がした。
前世でも、患者に食事指導をするとき、柑橘系の食材は「気持ちが前を向く」と説明していた。それが今、自分の手の中にある。
(これは、いい仕事だ)
手を動かす。
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昼前、廊下から足音が聞こえた。
今日は少し早い。
「今日は柑橘を使っています」
私は入口を見ずに言った。足音でわかるようになってしまっていた。
「……匂いでわかる」
ライアス様が入ってきた。
「何に効く」
「気持ちを上向きにします。香りに作用があるので、食べる前から少し効いています」
「……なるほど」
ライアス様は椅子に座った。書類を膝の上に置いたまま、今日はなぜかすぐに開かなかった。
代わりに、窓の外を見た。
秋の光が、斜めに差し込んでいる。
「顔色がいいと言われた」
「誰にですか」
「ペリーに。今朝」
「目に見えて、とも言っていました」
ライアス様が少し動いた。
「ペリーと話したのか」
「今朝、報告に来ていたので」
「……そうか」
また少し間があった。
「以前は」
ライアス様が言った。
「食欲がなかった。眠れなかった。体が動いているのに、どこかで止まっているような感覚があった」
珍しく、長い言葉だった。
私は手を動かしながら、聞いていた。
「今は」
「今は、昼が来るのが少し楽しみだ」
私は鍋を混ぜる手を止めそうになった。止めなかったけれど。
「……料理が、ですか」
「ああ」
少し間があった。
「……料理が」
繰り返した言い方が、最初と少し違った。
でも聞き返すことはしなかった。聞き返したら——何かが変わる気がして。
鍋を混ぜ続けた。
楽しみ。
その言葉が、頭の中で繰り返された。料理が楽しみ、と言った。でも二回目の言い方は、何かが違った。私への言葉ではない。でも——私がいるから、という意味かもしれない。
(深読みだ)
そうだ。深読みだ。
「できあがりまで、もう少しです」
「待つ」
その言葉がいつもと同じなのに、今日は心臓が一拍だけうるさかった。
——明日、ペリーに何か礼を言おうか。
(……何の礼だ)
自分でもよくわからないまま、仕込みの続きに手を伸ばした。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
これからは、自分のペースで執筆をつづけていくつもりです。
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