否定しない人
いつもありがとうございます!
「この食材は、何に効く」
ライアス様の質問が、また始まった。
今日で七日目だ。毎日同じ場所に来て、同じように聞く。
私は手の中の根菜に触れながら、声を聞いた。柔らかく、温かい声が返ってきた。
「蕪です。利尿作用があって、体の余分な水分を出してくれます。それから、気持ちを落ち着かせる効果があると言われています」
「気持ちを、落ち着かせる」
「はい。昔からそういう使い方をされていた食材で。今日のライアス様には、合っていると思います」
少し間があった。
「……今日の私が、落ち着いていないように見えるか」
「顔色は変わりません。でも」
私は少し考えた。言うべきか迷った。でも、この人は否定しないので。
「昨日より、書類をめくる速度が速いです。急いているときの動きです」
ライアス様が手を止めた。
金色の瞳が、静かに私を見た。驚いているのか、困っているのか、表情からは読めない。
「……よく見ている」
「前世から抜けない癖です。人の体調が、先に目に入ります」
「前世」
「あ」
しまった、と思った。
ライアス様の視線が、少し変わった。否定でも肯定でもない、ただ「続きを聞こうとしている」目だった。
「……転生者か」
「はい」
「そうか」
一言だった。それだけだった。
前世の職場では、夜食に一人でコンビニおにぎりを食べながら、患者の記録を見ていた。「前世の話をしても誰も聞かないし、そもそも言えない」とわかっていた。
貴族の社交界で転生の話をすれば、たいてい怪訝な顔をされる。ありえないと言われる。でもライアス様は——
「……信じるのですか」
「食材の声を信じる人間が言うのだから、あり得ない話でもない」
「……論理的ですね」
「否定する根拠がない」
(こういう人が、世の中にいるのか)
証拠がないことで人を否定しない。自分が見ていないから嘘だとも、おかしいとも言わない。
蕪を鍋に入れた。ゆっくりと煮えていく音が、厨房に広がる。
「前世では、何をしていた」
「管理栄養士です。患者の食事管理をする仕事でした」
「……それで、食の知識が」
「それと、食材の声が重なって。転生してから、より正確になりました」
「役に立つスキルだ」
「働きすぎになるスキルです」
つい本音が出た。
ライアス様の口元が、わずかに動いた。
笑った。
小さくて、一瞬だったけれど——確かに笑った。
「お前も、休みたいのか」
「……はい。ずっとそう思っています」
「なのに、ここで働いている」
「……そうです」
「そうか」
鍋から、蕪のいい匂いがした。患者の食事指導がうまくいったあとと、似た匂いだと思った。あの頃も、こういう瞬間だけは——悪くなかった。
「できあがりまで、もう少しかかります」
「待つ」
ライアス様は書類に戻った。
私も次の仕込みに戻った。
包丁を持ちながら——いつの間に、この人のことをそんなに見るようになったのか、と思った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
これからは、自分のペースで執筆をつづけていくつもりです。
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