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第11話 その手

1日3本ペースで投稿していきます!

「あっ」


 仕込みの途中で、包丁が滑った。


 大した傷ではない。指の先が少し切れただけ。

 でも血が出た。


(やってしまった)


 根菜の下処理をしていた。固いものをきるときほど刃の角度に気を遣う。


 前世で、管理栄養士として患者食の調理指導受けていた時に叩き込まれたことだ。

 なのに今日のその基本が抜けた。


 疲れた時に、作業が雑になるのは前世でも今世でもかわらない。


 いっちゃなんだけど、慣れているので痛みはきにならない。


 布巾をとろうとしたときに、声がした。


「フィーナ」


 厨房の入口に、ライアス様がいた。


「あっ…」


 今日はまだ昼前で、いつもより早い。

 書類もったまま、立ち止まっていた。


 私の手元を見ていた。


「大丈夫です。少し切っただけで」


「見せろ」


「えっ」


「手を」


 ライアス様が書類を椅子において、こちらへ歩いてきて


(ちょっと、まって)


 思う間もなく、手首をとられた。


 大きな手だった。書類仕事ばかりのはずなのに指先がかたく異性との違いを感じた。


 私の指先を、静かに確認している。


「深くはないな」


「だから言ったじゃないですか」


「水で洗え」


「わかって…」


「今すぐ」


 有無を言わせない口調だった。

 いつもより強引だった。


 私は水場で傷口を洗った。

 ライアス様が横に立っていた。


 監視しているような距離だった。

 手ぐらいは洗えるんだけど…


「薬は」


「棚にあります。自分でできます」


「どこだ?」


「…2段目の右端です」


 ライアス様が棚をあけて、用意されていた救急箱を開けた。

 消毒液と包帯を取り出した。


「座れ」


「本当に大丈夫ー」


「座れ」


(・・・)


 私は椅子に座った。


 ライアス様が膝をついた。

 目線が同じ高さになった。


「…ライアス様がする必要はないですよ」


「ペリーを呼ぶよりこちらのほうが早い」


「それはそうですか…」


 ライアス様の指が、丁寧に傷口に薬を当てた。


 前世の仕事上、処置の専門家でなくてもどうしても自分や他人の処置をする回数は多い。

 だから、わかるんだけどこの人の手つきは…意外と慣れている。


「…傷の手当て、慣れているんですね。」


「昔、よくした」


「だれのですか?」


「…自分の」


 それ以上は言わなかった。


 少し気になったが、それ以上は聞かなかった。


 包帯を巻いてもらいながら、昔のライアス様のことを少し考えた。傷の手当てに慣れるくらい、何かがあった。


 雇われの料理人がきにするものではない…


「終わった」


「…ありがとうございます」


 ライアス様が立ち上がった。


 私も立ち上がろうとして…手がまだ少し握られていることに気付いた。

 それに気づいたのは私だけではなく・・・・


 ライアス様が静かにてを話した。


「料理人の手は大事にしろ」


「はい」


「以上だ」


 ライアスは書類をとって、いつもの椅子に戻った。


「今日は何を使う?」


 いつもと同じ、最初の言葉だった。


 私は仕込みに戻った。

 包帯を巻いた指が少しだけ動かしにくかった。


 でも、それよりも。


 手を握られていたのは、ほんの少しの間だった。

 気付いた瞬間には離れていた。


 でも…なぜか、手や指には温かさが残っている気がした。


(…仕込みに戻れ)


 一度深く息を吐いて、包丁を持ち直した。


 …当たり前だけど、この人にも過去がある。


 そう思いながら、刃の角度を確かめた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

これからは、自分のペースで執筆をつづけていくつもりです。


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