第八 堅物の息子
リンデンの商家に堅物の息子がいた。二十歳を過ぎても帳場と神書のあいだしか歩かず、町の若い者が湯の町の話をすると席を立ち、職人の組合の寄り合いで酒を注がれると、茶を、と言った。父親は堅いのはよいが堅すぎるのは商いに障ると思い、町内の遊び人を二人呼んで、息子を湯の町トーヴェへ連れて行ってくれ、と頼んだ。二人は橋大工と左官で、湯の町の道なら目をつぶっても行けた。父親は二人に路銀を渡し、息子には別に銀貨を預けた。これは語った橋大工が、連れの一人だったと言った話である。
口実は父親の腰だった。トーヴェの湯を汲んで帰れば腰に効く、息子に行かせたいが一人では心もとない、というので、息子は神書を一冊と湯を汲む樽を持って二人と北へ出た。道中、橋大工と左官は湯の町の話をし、息子はそのたびに神書を開いた。湯の町の関で、三人は一枚の札をもらった。関は入る者に札を一枚ずつ渡し、出るときに同じ札を返させる。三人で入れば札は一枚で、三人の名が書いてある。札は息子が持った。父親から銀貨を預かっているのは息子で、二人は預かった路銀を道中で使ってしまっていたからである。
湯宿に着いて、息子は湯を汲む場所はどこか、と聞いた。橋大工は、汲むのは明日だ、今夜はここに泊まる、と言った。湯宿に女が出てきて膳を運び、酒を注ぎ、息子は酒を飲まず、膳の前で神書を開いた。女は神書を覗いて、字が読めない、と言った。息子は読んで聞かせ、女は聞きながら息子の杯に茶を注いだ。左官と橋大工はそれぞれ別の女に連れられて座を立ち、息子と女だけが膳の前に残った。息子は、ここは湯を汲む宿ではない、と気づいて、帰る、と言った。
橋大工が廊下から戻ってきて、いま帰れば関で止められる、と言った。札は三人の名で一枚なので、一人で関へ行けば、残りの二人はどうしたと聞かれて通れない。息子は札を出して見て、三人の名があるのを確かめて、泣いた。二十歳を過ぎた男が湯宿の膳の前で神書を抱えて泣くのを、女は黙って見ていて、それから、泣くなら部屋で泣きなさい、と言って息子を連れて行った。戸が閉まり、橋大工と左官はそれぞれの部屋へ戻った。
朝になると、橋大工は女に振られて、左官も女に振られて、二人とも膳を一人で食い、腹を立てて息子の部屋へ行った。戸を開けると息子は女と向かい合って膳を囲み、女は息子に魚の骨を取ってやり、息子は昨夜の泣き顔ではなかった。神書は枕元に閉じてあり、橋大工は、帰るぞ、と言った。息子は、まだ湯を汲んでいない、と言った。左官は、腰の湯など知るか、おれたちは先に帰る、と言った。息子は女に茶を注いでもらってから、懐の札を出して二人に見せた。先に帰れば湯の町の関で止められる。
女将の字で、八年前の日盛りの月、リンデンの橋大工、関で止められたかどうかは言わなかった、とある。
私が足したのは、父親の腰のくだりだけだ。書き取りには、連れ出した口実が書いてない。




