第九 病の虫
腹の病には虫がいる、と施療師は言う。虫は腹の中で動き、動くと腹が痛み、虫が寝ると痛みが引く。薬で虫を殺すこともできるが、虫の好き嫌いを知って追い出すほうが腹に障らない。これは語った下役が、役所の同役の腹の話だと言った話で、下役は語るあいだ、自分の腹に手を当てていた。
同役は腹の痛みで寝ついて、三日起きられず、女房が施療師を呼んだ。施療師は腹を押し、脈を取り、舌を見て、虫だ、と言った。虫なら追い出せるが、何が好きで何が嫌いか聞かないと追い出せない、と施療師は言い、同役の枕元で腕を組んで目を閉じた。女房は薬を考えているのだと思って茶を淹れたが、茶が冷めるころには施療師は寝ていた。寝ているあいだに、施療師の夢に虫が出た。
虫は夢の中で施療師と向かい合い、腹の中は暗くて退屈だ、と言った。施療師が、何が好きだ、と聞くと、虫は、黒い粉で打った細い麺が好きで、あれが腹に落ちてくる日は朝から待っている、と言った。落ちてくると麺に巻きついて、麺といっしょに腹の中を回るのだという。施療師が、何が嫌いだ、と聞くと、虫は、赤い辛い実だ、あれが落ちてくると腹の中が焼けて、どこかへ逃げるしかない、と言った。施療師が、どこへ逃げる、と聞くと、虫は、焼けていない所ならどこでも、と言った。施療師は目を覚まし、女房に、細い麺を一鉢と、赤い辛い実をひとつかみ、と言った。
女房は麺を打って茹で、鉢に盛って運んできた。施療師は病人の口元に鉢を置いて、食わせろ、と言った。同役は痛みで食う気がなかったが、麺の匂いがすると腹の中で何かが動いて、口が勝手に開いた。麺が落ちていくと腹の痛みが引き、同役は鉢の半分を食った。女房は残りの半分を自分の膳に置いて、亭主が食い終わるのを待っていた。三日看病をして、女房も腹が減っていた。施療師は、いまだ、と言って辛い実を同役の口へ押し込んだ。
同役は咳き込んで、腹の中で虫が焼けて、虫は上へ逃げた。喉を通って口へ出て、口から飛び出したところに、女房が麺の残りを食っている膳があった。虫は麺の鉢の中へ落ち、女房は何も知らずに麺をすすった。虫は麺に巻きついたまま女房の腹に落ちた。女房は鉢を置いて、腹を押さえて、施療師を見た。同役は腹の痛みが引いて、起き上がって、女房を見た。施療師は女房の腹に耳を当て、それから、腹の中へ聞いた。どうだ、出るか。
腹の中から虫が答えた。亭主の腹は辛い実で焼けて住めない。こっちは麺の残りがあって、暗いのは同じだが、焼けていない。しばらくここにいる。施療師が、そこは亭主の腹ではないぞ、と言うと、虫は腹の中で寝返りを打って言った。ここは別宅だ。
女将の字で、三年前の日盛りの月、機構の下役、麺は頼まなかった、とある。
私が足したのは、施療師が寝ていたという一文だけだ。書き取りでは、施療師は目を閉じて虫に聞いた、とある。




