第十 誰の子か
街道の宿に夫婦がいて、所帯を持って十年、子がなかった。亭主は荷運びで、春から秋は街道の上にいて、宿にいるのは冬のあいだだけだった。女房は宿を守り、客に飯を出し、客の話を聞いて夜を過ごした。子のないことを女房は人に言わず、亭主は言った。冬に戻るたびに、まだか、と言い、春に出るたびに、戻るまでに、と言った。戻るまでに、の先は言わなかった。女房は、先を言わない亭主の荷を戸口まで運んで、街道を見送った。
十一年目の春、亭主は荷について出て行き、女房は井戸に願を掛けた。朝いちばんの水を汲むたびに、縄を一度余分に手繰って、子を、と言った。宿には春から秋まで荷運びの客が泊まり、客は女房に、亭主は息災か、と聞き、女房は、街道の上です、と答えた。客は、それなら、と言って、それならの先は言わずに寝た。言わない客ばかりだったかどうかは、女房しか知らない。秋に亭主が戻ると、女房の腹が大きくなっていた。亭主は数えた。春に出た月と、腹の大きさと、戻るまでの月の数を数えて、数が合うようにも合わないようにも思い、指を折るのをやめて荷を解いた。
聖燭の月に男の子が生まれた。亭主は喜び、宿に泊まる客に酒を出し、客は赤子を覗いて、よい子だ、と言った。客は荷運びで、顔見知りが多かった。湖から来る船乗りは、目のあたりがおれに似ている、と言って笑った。南から来る馬喰は、鼻がおれだ、と言って笑った。王都から下る紙屋の手代は、口がおれに似ているが、おれは去年は来ていない、と言って笑った。年寄りの荷運びは、泣き声がおれだ、と言って、自分で笑わずに酒を飲んだ。笑うたびに亭主も笑ったが、笑ったあとで赤子の目と鼻と口を順に見た。女房は赤子を客から取り戻して、湯に入れた。
冬のあいだ、亭主は赤子を抱いて宿の土間を歩き、客が来るたびに客の顔を見て、それから赤子の顔を見た。似ている客はいくらでもいて、似ていない客もいくらでもいた。亭主は、似ているかどうかで決めるのをやめようと思い、やめられなかった。
春になって亭主が出る日の朝、亭主は赤子を抱いた女房に、一つだけ聞く、と言った。女房は、どうぞ、と言った。亭主は、この子は誰に似ていると思う、と聞いた。冬じゅう、客が笑うたびに考えて、誰に似ているかが分からないので、誰の子かも分からなかった。女房は赤子の顔を見て、それから戸口の外の街道を見た。街道には朝の荷車が並んでいて、荷運びたちが坂のほうを向いていた。船乗りがいて、馬喰がいて、手代がいて、年寄りがいて、亭主の荷車もその中にあった。女房は赤子を抱き直して答えた。街道じゅう。
この話には、女将の書き込みがない。




