結 清書を終えて
清書は王都の借家で、刈入れの月の終わりから白霜の月のはじめまでかかった。十話なら十日で済むと思っていたが、女将の綴りを読める綴りに直すだけなら十日で済んでも、客の言い回しを残したまま直すのに一話で四日も五日もかかった。船乗りは船乗りの言い方で、婆は婆の言い方で語っていて、私の字に直すと、どの話も私の言い方になってしまい、それでは束を写した意味がない。直しては戻し、戻しては直して、終わってみれば、残したのは言い回しで、直したのは綴りと、足したと注に書いた数か所だけだった。
工房に清書を持って行ったとき、工房の主人は三話まで読んで、これは売れる、と言った。私も坂の崩れた二日目の夜に同じことを思ったのだから、人のことは言えない。主人は、もう少し戸の内側を書けば倍は売れる、とも言った。私は断った。女将の書き取りには戸の内側がなく、客も語っていないからだ。語られていないことを足せば、それは十話ではなく私の話になる。主人は、それでは売れ行きが鈍る、と言い、鈍った分は案内の仕事で返す、と答えておいた。案内のほうは、三日見ただけのケーデの分を含めて、もう工房に渡してある。宿は一軒だけ書いたが、水と馬の替え場は三日あれば足りた。
冊子は白霜の月のうちに刷りが上がった。一冊は南へ下る荷運びに託して、ケーデの継ぎ宿へ送った。宛名は宿の名で書き、約束のとおり女将の名は書かなかった。届いたかどうかはまだ分からないが、坂がまた崩れていなければ聖燭の月には着く。女将がそれを帳場の奥の束の隣に置くのか、土間の客に読んで聞かせるのか、分からない。読んで聞かせるなら、字にした話が土間へ戻ることになって、それは悪くない。戻った話を、また誰かが語り、女将がまた書き取るなら、次に坂が崩れた夜に泊まる物書きが、私の冊子を束の中に見つけることになる。そのときは、綴りだけ直してくれればよい。
最後に、序に書いたことをもう一度書く。十の話が本当に起きたことかどうか、私は知らない。女将は客の言ったとおりに書いただけだと言い、客は宿の火の前で、酒の回った頭で語っただけだ。語った客が自分の話だと言った話も、隣の家の話だと言い張った話も、誰の話とも言わなかった話も、同じ束の中にある。私は束から写し、綴りを直し、足したところを注に書いた。それだけである。本当かどうかは野暮の極みである。
王国歴1661年 白霜の月
王都アルデンにて
ユーゴ・ヴィ・ラント




