第三 井戸の石
ハンネの村では、冬の夜なべに女たちが一軒に集まって糸を繰る。糸車を囲んで唄をうたい、唄が尽きると話をして、話が尽きるころに夜が更けるので、戻りはいつも遅い。男は家で火の番をして待ち、待つあいだに酒を飲む者もいれば、待つあいだに疑いを飲む者もいる。これは語った婆が若いころの村の話で、女房が誰だったかは、婆は最後まで言わなかった。
村に、夜なべから戻るのが遅い女房がいた。糸車を囲む家は村の端にあり、女房の家は村の井戸のすぐ脇にあって、戻るときは井戸端を通る。亭主は女房が遅いのを、糸車のせいだとは思わなくなっていた。村の端の家には、冬のあいだだけ糸を買いに来る男が泊まっている、と誰かに聞いたからだった。ある夜、女房は夜が更けても戻らず、亭主は火を落として、戸に閂を掛けた。戻るのが遅い女房は外で寝ろ、と亭主は戸の内から言った。糸を繰っていただけだ、と女房は戸の外から言った。糸を繰る音は聞こえなかった、と亭主は言った。糸を繰る音は村の端から井戸端までは届かないのだが、亭主はそれを言う女房のほうを信じなかった。
女房は戸を叩き、頼み、村の端の家には女しかいなかったと言い、しまいに、開けないなら井戸に飛び込む、と言った。亭主は、勝手にしろ、と言った。白霜の月の夜で、井戸の縁には霜が下りていて、女房は手をこすりながら少し考えた。それから戸口に置いてあった漬物石を両手で持ち上げ、井戸端まで運んで、縁から落とした。石は長く落ちて、底で大きな音を立て、音は井戸の中で何度か跳ね返ってから消えた。女房は井戸端から戸口へ戻り、戸の脇の暗がりに立って息を殺した。
戸の内で閂の外れる音がした。亭主は灯を持って飛び出し、井戸端へ走って、縁から下を覗いた。水は暗く、揺れていて、何も見えなかった。亭主は女房の名を呼び、縄を手繰り、桶を上げ下げし、桶が水だけを汲んで上がってくるたびにまた落とした。そのあいだに女房は戸口から家に入り、閂を掛けた。
亭主が戸に気づいたのは、桶を三度上げたあとだった。戸を叩くと、戻るのが遅い亭主は外で寝ろ、と女房は戸の内から言った。亭主は、お前は夜遊び女だ、と言った。女房は、夜中に灯を持って井戸端に立っている亭主と、糸を繰っていた女房と、どちらが夜遊びだ、と言った。井戸端の騒ぎで隣の家に灯がつき、その隣にも灯がつき、灯は村の端のほうへ順に増えていった。亭主は声を落とした。女房は火を起こして糸車を回した。糸を繰る音は戸の外までなら届いた。
夜が明けて、村の女たちが桶を持って井戸端に来た。亭主は井戸の縁に腰を下ろして霜をかぶり、灯は消えていた。女たちは縄を引き、水を汲み、汲みながら亭主を見た。一人が、女房が井戸に落ちたのか、と聞いた。亭主は、落ちたのは石だ、と言った。女は桶の水を覗き、石の沈んだ水で何も変わっていないのを確かめ、それから閂の掛かった戸を見た。
締め出されたのは、亭主のほうか。
女将の字で、十二年前の白霜の月、ハンネの村の婆、糸を売りに来た。女房が誰かは言わなかった、とある。
私が足したのは、漬物石の一語だけだ。書き取りではただ石とある。




