第一 相部屋の荷
継ぎ宿の相部屋には習いが一つあって、荷は土間に出し、寝床の足もとには荷を一つだけ置く。坂を越える荷車は朝一番に継ぎ場で荷を移すから、相部屋の客は暗いうちに起き、暗いうちに厠に立ち、暗がりで戻ってきて自分の寝床を探す。そのときに足もとの荷で寝床を見分けるための習いで、二十年のあいだに女将がそう決めた。荷を見分けられない客はいないが、荷を動かす客はいる。
九年前の刈入れの月のことだ。ウルの湖から来た船乗りが、麻の荷を三つ積んだ荷車で坂の手前まで来て、継ぎ宿の相部屋に入った。湖の男がなぜ荷車で街道を来るのかと問われて、湖の水が減って舟が出ないからだ、と答えた。相部屋には先に客が三人いて、塩の袋を運ぶ商人とその女房と、年寄りの荷運びだった。年寄りはもう寝ていて、大きないびきが隣の部屋まで聞こえた。寝床は戸口に近いほうから、商人、女房、船乗り、年寄りの順になり、商人は塩の袋を一つ、船乗りは麻の荷を一つ、それぞれ足もとに置いた。女房は荷を持たず、商人の塩が二人分の目印だった。
その夜、雨が降った。坂が崩れたのはこの夜で、土間の戸口から雨が吹き込んだ。商人は夜中に厠に立ち、立つときに塩の袋を足で確かめてから出て行った。船乗りは商人が出たあとで目を覚まし、戸口の吹き込みで塩が濡れると思った。麻は濡れても乾くが、塩は濡れたら戻らない。船乗りは商人の塩の袋を持ち上げて戸口から遠い自分の寝床の足もとへ移し、自分の麻の荷を戸口に近い商人の寝床の足もとへ置いた。これで塩は濡れない。それから荷車の幌が気になって、外へ出た。
商人が厠から戻った。土間は暗く、商人は手で荷を探った。戸口に近い寝床の足もとに麻があり、二つ先の寝床の足もとに塩があった。商人は塩の袋を自分の目印と決めているから、塩のある寝床へ入って横になった。横になった寝床は船乗りのもので、隣でいびきがしたが、年寄りのいびきは部屋のどこにいても聞こえるので気にしなかった。女房の気配がないのは厠にでも立ったのだろうと思って、そのまま寝た。
船乗りが幌を直して戻ってきたとき、戸口から遠い自分の寝床には誰かが寝ていて、起こすのも気が引けた。船乗りは暗がりで数え直した。奥が塞がっているなら自分の荷は手前のどこかにあるはずで、手で探ると、戸口に近い寝床の足もとに麻があった。荷があるなら自分の寝床だと思って、船乗りは麻の寝床へ入った。隣で女房が寝返りを打ち、戻ったのかい、と言った。船乗りは、ああ、と答えた。女房は、明日は塩を値切られるんじゃないよ、と言って、背中を向けた。船乗りはもう一度、ああ、と答えた。それだけで、灯もないので、朝になった。
朝になって、土間で騒ぎになった。商人が目を覚まして隣を見ると、女房のいるはずの所で年寄りがいびきをかいていて、足もとには自分の塩があり、戸口のほうで女房が起きて髪を結っていた。商人は、荷を動かしたやつがいる、と言った。船乗りは正直に、塩が濡れると思って移した、と言った。商人は、おかげで寝床を間違えた、と言った。女房が髪を結い終えてから、こっちは間違えていない、と言った。湖の匂いのする人を亭主と思うほど鼻は悪くない、と言った。年寄りは、よく寝た、と言って、塩の袋の横で伸びをした。
商人は船乗りに、荷を間違えさせたのはお前だ、と言った。船乗りは昨夜の、戻ったのかい、を思い出して答えた。荷より先に、おれが間違えられていた。
女将の字で、九年前の刈入れの月、坂の崩れた夜、湖の船乗り、翌年は荷を二つにして来た、とある。




