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食べ方のきれいな男

「こまどり」は、宇佐美のマンションと大塚駅を直線で結ぶと、ちょうど中ほどにある。


 巣鴨駅側とは違い、この界隈にはどこか猥雑な店が並んでいた。


 朝から飲める店もあれば、ラブホテルもある。


 宇佐美の母親が知れば、眉をひそめそうな場所だった。


 慣れ親しんだ「こまどり」の暖簾をくぐる。


 カウンターの向こうから、女将のあーちゃんが六年前と変わらない笑顔を向けてくる。


「よお、俊。元気か」


 顔なじみの常連が声を掛けてきた。


 俊ちゃん。


 俊坊。


 みな、それぞれ好きなように呼んでくれる。


 東京へ出てから「宇佐美」としか呼ばれなくなった身には、悪くない空間だった。


 カウンターにいた客が詰めて、宇佐美に席を空けようとする。


「俊ちゃん、奥」


 あーちゃんが、すぐに言った。


 宇佐美が窮屈なところで食事をするのを嫌うことを知っていてくれる。


 「こまどり」はカウンター七席、テーブル席が三卓。その奥に、四畳半ほどの小上がりがあった。


 靴を脱ぎ、小上がりへ上がる。


 司がいた。


 手酌で瓶ビールを飲んでいる。


「よお」


「久しぶり」


「一昨日、ここで会ってる」


 ——いたね。僕はカウンターで、君はここにいた。


 司の膳は、もう空だった。


 相変わらず、何ひとつ残さず、きれいに平らげている。


『食べ物を粗末にしない人間は信用できる』


 とは、祖父の教えだ。


 偏食家だった宇佐美は、その祖父に鍛えられた。


「僕のマンションの裏で、何か事件があったの?」


 訊きながら、やはり畳は落ち着くな、と宇佐美は思った。


「電気屋の話か」


 司が、つまらなそうに言う。


 あーちゃんが、膳ができたと目で合図してきた。


「染井署の刑事が、僕のところへ聞き込みに来た」


 そう言って、宇佐美は膳を取りに行く。


 煮魚に、少なめのご飯。味噌汁と小鉢。それにサービスの冷奴。


 ビアグラスまで載っていた。


 小上がりに戻り、テーブルへ膳を置く。


 司は何も言わず、膳に載っていたグラスへビールを注いだ。


 大学生の頃、司には東京のあちこちを案内してもらった。


 だが、宇佐美に警察庁の内定が出たと知った途端、司の態度が変わった。


 ——他の奴らには言うな。俺も絶対に漏らさない。利用しようとする馬鹿はいくらでもいるぞ。


 その日を境に、司から連絡は来なくなった。


 大学を卒業してからは、「こまどり」で顔を合わせる以外、司と会ったことがない。


 宇佐美には、その徹底ぶりがありがたかった。


『お食事処 こまどり』と印刷された箸袋から、割り箸を取り出す。

 箸を割り、まず味噌汁に口をつけた。


「どこの電気屋さんが関係してるの?」


「あだ名だ。電気屋じゃない」


「何があったの? 揉めている声がしたとか、言ってたけど」


「電気屋が、あの家の女に会いに行ったらしい。酒が入って派手に揉めたんだろ。薬も絡んでたって話だ」


 宇佐美は箸を止めた。


「女は酒乱だ」


「それを強盗騒ぎにしたの?」


「そういう話になってる」


 司がビール瓶を持ち上げる。


「飲めよ」


「いらない」


 宇佐美はグラスに手をつけなかった。


 注がれたビールも、そのままだ。


 泡は、もう消えかけていた。

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