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京都で見つけた千年前の恋文――それを書いたのは、これから私が恋をする関白さまでした  作者: EMo


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宴へ出る条件


清景が訪れた翌朝、紗良が部屋へ入ると、二の宮はすでに身支度を整えていた。


「今日は池のそばまで参る」


「池まで、ですか」


紗良は二の宮の顔を見る。


顔色は悪くない。


朝に少し咳が出たというが、話している声にも苦しそうな様子はなかった。


「お加減はよさそうですね」


「それならば、止めぬな」


先に釘を刺され、紗良は少し困った。


「止めるつもりはありません。ただ、途中で一度お休みになってください」


「休まねばならぬほどの距離ではない」


「宮さまには近くても、私には広いお庭です」


「そなたが休みたいのか」


「そういうことにしておいてください」


二の宮の口元が、わずかに緩んだ。


「ならば、そなたのために休もう」


その言い方には、以前の弱々しさがなかった。


紗良が手を貸さなくても、自分で立ち上がる。


身体の線はまだ細いが、背筋を伸ばして立つ姿は、病人というより一人の若い男性だった。


紗良が先に廊へ出ようとすると、二の宮がその横を通り過ぎる。


歩みもしっかりしている。


「宮さま」


「何だ」


「ずいぶん、お元気になられましたね」


「今さら気づいたのか」


「毎日見ておりますと、案外分からないものです」


「それでは、そなたをそばへ置く意味がないな」


「そうかもしれません」


素直に答えると、二の宮が振り返った。


冗談のつもりだったらしい。


紗良が笑うと、二の宮も呆れたように前を向いた。



庭へ下りた二の宮は、白い砂の上をゆっくりと歩いた。


紗良と橘が少し後ろからついていく。


数日前までは廊の端から眺めるだけだった池が、少しずつ近づいてくる。


広い水面には秋の空が映り、風が吹くたび、青い色が細かく揺れた。


赤や黄に色づき始めた木々の間から、朱色の橋が見える。


池の中の小さな島には鳥が一羽降り立ち、すぐに飛び去っていった。


庭の造りについて、紗良には詳しいことは分からない。


どの木が何を表し、石がどのような意味を持つのかも知らなかった。


けれど、歩いてみると、廊から眺めていた時よりもずっと広く感じられた。


少し先を行く二の宮の衣が、風を受けて静かに揺れている。


「宮さま、歩くのがお速いです」


紗良が声をかけると、二の宮が足を止めた。


「これでも、そなたに合わせている」


「私は衣に慣れていないのです」


「いつになれば慣れるのだ」


「私にも分かりません」


裾を踏まないように気をつけるだけで、歩く速さは普段の半分になる。


この時代の女性が、幾重にも衣を重ねて静かに歩けることを、紗良は本気で尊敬し始めていた。


「少し、お休みになりませんか」


池のほとりに近づいたところで、紗良が声をかける。


二の宮は何か言いかけたが、約束を思い出したのか、素直に用意された座へ腰を下ろした。


「そなたのためであったな」


「はい。助かります」


紗良も少し離れた場所へ座る。


本当に休みたかったわけではない。


だが二の宮の呼吸は、歩き始める前より少し速くなっていた。


会話ができており、顔色も変わっていない。


今は慌てて横にさせる必要はなさそうだった。


しばらく休むうちに、呼吸はゆっくりと落ち着いていく。


二の宮自身も、それを確かめるように池を眺めていた。


「このくらいならば、宴へも出られると思うか」


不意に尋ねられ、紗良は少し考えた。


「今日歩けたことと、夜まで続く宴へ出られることは、少し違います」


「やはり止めるのか」


「止めてはいません」


紗良は笑った。


「最初から最後までいなければならないと思うと大変ですけれど、途中でお休みになったり、早めにお戻りになったりしてもよいのでしたら、できるかもしれません」


「主上の宴だぞ」


「具合が悪くなっても、最後まで我慢なさるおつもりですか」


「皆、そうしている」


「皆さまがお元気だからできるのではありませんか」


二の宮が黙る。


また言いすぎただろうかと、紗良は少し心配になった。


だが、二の宮は怒ってはいなかった。


「そなたは、できぬことを無理にせよとは申さぬのだな」


「できないことより、できることを探した方がよいと思っています」


「できることを」


「はい。宴へ出るか出ないかだけではなく、どのようにすれば出られるかを考えてみてはいかがでしょう」


二の宮は池へ目を向けた。


以前は、自分が宴へ出れば周囲が咳や発作を気にすると話していた。


人々の視線にさらされ、途中で苦しくなれば、また病弱な宮として憐れまれる。


そのことが怖いのかもしれない。


紗良は、それ以上何も言わなかった。


出ると決めるのも、出ないと決めるのも、二の宮自身でなければならない。


風に流された落ち葉が、二人の前を横切った。


やがて二の宮が立ち上がる。


「戻るぞ」


「もうよろしいのですか」


「そなたに歩みを合わせていては、日が暮れる」


「先ほどは、私に合わせているとおっしゃったではありませんか」


「だから、遅いと申している」


今度は紗良が言葉に詰まった。


二の宮は先ほどよりも軽い足取りで歩き始める。


その背を追いながら、紗良は少し笑った。



部屋へ戻ると、橘が秋の宴への返事を持ってきた。


何も記されていない紙が、二の宮の前へ置かれる。


「主上がお待ちにございます」


二の宮は筆へ目を向けたものの、すぐには手を伸ばさなかった。


紗良は少し離れた場所へ座り、黙って待った。


池のそばで、伝えられることは伝えた。


これ以上口を出すことではない。


長い沈黙のあと、二の宮が尋ねた。


「宴では、香が焚かれるな」


橘が答える。


「おそらくは」


「夜になれば冷える」


「暖かいお召し物をご用意いたします」


「人も多かろう」


「宮さまがお休みになれる場所を、あらかじめ整えていただきましょう」


橘は一つずつ答えていく。


二の宮は少し考え、今度は紗良を見た。


「そなたは、宴へ出たことがあるか」


「ございません」


「何も知らぬのか」


「はい。ですから、少し見てみたいとは思います」


正直に答えると、二の宮の目がわずかに和らいだ。


紗良が宴へ行きたい理由は、それだけではない。


満月の夜、帰る道が開くかもしれない。


けれど、今はまだ言えなかった。


「私が出れば、そなたも伴うのか」


「それは、私には決められません」


「なぜだ」


「私は姫さまにお仕えする身です。今はこちらへ伺うよう主上から命じられておりますが、勝手にお伴するわけにはまいりません」


「兄上の許しがあればよいのか」


「関白さまにも、お許しをいただくことになると思います」


雅継の名を口にしただけで、胸の奥が落ち着かなくなる。


昨夜から、何度もあの人のことを思い出している。


帰れるかもしれないと知った途端、なぜこれほど気になるのだろう。


二の宮は白い紙へ目を戻した。


「そなたがいれば、苦しくなっても、すぐに気づくか」


「気づけるよう、そばにおります」


「苦しくなる前にも分かるのか」


「必ずとは申せません。でも、咳が増えたり、お顔の色が変わったりすれば、早めに休んでいただくことはできます」


「煙からも逃がすのであろう」


「人聞きが悪いです。静かに離れていただくだけです」


橘が顔を伏せる。


笑ったのかもしれない。


二の宮はしばらく紗良を見ていた。


「そなたが伴うのであれば、宴へ出よう」


穏やかな声だった。


好意を示すというより、自分の身体を理解している者がそばにいれば、一歩を踏み出せる。


そう告げられたように聞こえた。


だからこそ、紗良の胸は少し痛んだ。


自分は宴の夜、元の世界へ帰ることを考えている。


二の宮が頼ろうとしている時に、そのことを隠していてよいのだろうか。


「分かりました」


紗良は答えた。


「お許しがいただけましたら、お伴いたします」


二の宮は小さく頷き、ようやく筆を取った。


「橘」


「はい」


「主上へ申し上げよ。宴へ参る、と」


橘の顔に、驚きと喜びが広がった。


「承知いたしました」


二の宮は自らの意思で、紙へ返事を記した。



その日の夕刻、雅継は主上の御前へ呼ばれた。


秋の宴についての相談だと聞いていた。


中断されていた宮中行事を再び始めることは、すでに決まっている。


雅継が支度の進み具合を報告すると、主上は満足そうに頷いた。


「二の宮も、宴へ出るそうだ」


雅継の手が、わずかに止まる。


「それは、ようございました」


二の宮が長く宴から遠ざかっていることは、雅継も知っていた。


その身体が回復し、人前へ出られるのであれば、喜ぶべきことである。


「紗良を伴うことを望んでいる」


雅継は顔を上げた。


主上は、その反応に気づかなかったように言葉を続ける。


「あの女が参ってから、二の宮は庭を歩くようになったそうだ。医師も、以前より身体が整ってきたと申しておる」


「紗良は、医師ではございません」


雅継の声が、思っていたより硬くなった。


「分かっている。ただ、二の宮も信を置いているのであろう」


信を置いている。


その言葉が、胸の内に小さく引っかかった。


雅継は、その理由を考えなかった。


二の宮は皇族である。


病弱であっても、その望みを軽んじることはできない。


まして、主上が許そうとしている。


「紗良は、そなたの娘の局に仕える女であったな」


「はい」


「宴の夜だけ、二の宮に伴わせたい。構わぬか」


断る理由はなかった。


紗良は二の宮の呼吸が苦しくなった時、何をすべきか知っている。


宴へ出るために必要だというのであれば、付き添わせるのが最もよい判断だった。


関白として答えるなら、迷うことなど何もない。


「主上のお望みのままに」


雅継は静かに頭を下げた。


「では、そのように取り計らえ」


「承知いたしました」


それで話は終わった。


御前を下がり、廊を進む。


庭には夕暮れの光が残り、その上に白い月が浮かび始めていた。


満月には、まだ少し早い。


雅継は足を止めることなく、その月を見た。


三日で戻るはずだった女が、二の宮の邸へ移ってから、すでに幾日も過ぎている。


今度は、二の宮とともに宴へ出るという。


それが何だというのか。


紗良が誰のそばに控えようと、政には何の関わりもない。


雅継はそう考え、再び歩き始めた。


だが、自らの部屋へ戻って最初に命じたのは、秋の宴の支度ではなかった。


「二の宮の邸へ使いを出せ」


近侍が頭を下げる。


「紗良へ、明日、私のもとへ参るよう伝えよ」


言葉にしてから、雅継は気づいた。


主上の命を伝えるだけなら、使いの者に任せればよい。


紗良を呼びつける必要などない。


それでも、命を取り消すことはしなかった。


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