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京都で見つけた千年前の恋文――それを書いたのは、これから私が恋をする関白さまでした  作者: EMo


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開かれた文


翌朝、二の宮は庭へ出なかった。


前日に久しぶりに歩いた疲れが残り、起き上がった時に咳が続いたためだった。


「やはり、昨日は歩かせるべきではなかったのです」


橘が心配そうに言う。


「そうでしょうか」


紗良は、寝具の上に起きている二の宮を見る。


顔色は悪くない。


咳はすでに治まり、呼吸も落ち着いていた。


「昨日より悪くなったようにお感じですか」


紗良が尋ねると、二の宮は少し考えた。


「身体は重い。だが、いつもの苦しさとは違う」


「どのように違いますか」


「足が重い」


「昨日、久しぶりに歩いたからかもしれません」


橘が目を見開いた。


「歩くと、足が重くなるのですか」


「長く歩いていなかった方なら、なおさらです」


「では、ご病気が重くなったわけでは」


「そうとは限りません。今日は休んで、明日のご様子を見ましょう」


紗良が答えると、橘は胸を撫で下ろした。


二の宮は不満そうに眉を寄せる。


「今日は、外へ出られぬのか」


「出たいのですか」


「昨日、今日で終わりではないと申したであろう」


覚えていたらしい。


「今日はお休みください」


「そなたは、昨日と申すことが違う」


「昨日は、また歩けると申し上げました。毎日歩くとは申していません」


二の宮は黙った。


橘が、笑いをこらえるように顔を伏せる。


「明日、お身体が落ち着いていれば、また出ましょう」


「明日だな」


「はい。明日です」


二の宮は念を押すように紗良を見たあと、ようやく寝具へ身体を戻した。


文箱の上には、主上から届いた秋の宴の文が置かれたままだった。


封は、まだ開かれていない。



翌日、二の宮は再び庭へ出た。


前回と同じ廊の端まで歩き、同じ場所で休んだ。


戻る途中に咳が出たが、二の宮はすぐに立ち止まり、自分から柱へ身体を預けた。


「今日は、言われる前に休んだぞ」


なぜか得意そうに言う。


「よくできました」


紗良が答えると、二の宮の顔から満足そうな色が消えた。


「やはり、子どもに申すように聞こえる」


「では、何と申し上げればよいのですか」


「何も言わずともよい」


「それでは、せっかくご自分から休まれたのに」


「褒めてほしいとは申しておらぬ」


「そうでしたか」


紗良は素直に頷いた。


二の宮は何か言いたそうに口を開き、そのまま閉じた。


後ろを歩いていた橘が、今度こそ小さく笑った。



さらに二日が過ぎた。


二の宮は、庭へ出ても廊の端までなら、途中で休まず歩けるようになっていた。


咳がなくなったわけではない。


夜中に息苦しくなることもあり、冷たい風を吸えば、すぐに咳が出た。


それでも、香や煙を避けるようになってから、大きく呼吸を乱すことは減っている。


何が二の宮を苦しくさせるのか。


まだ、すべては分からない。


紗良は医師ではなく、病を治す薬も持っていない。


ただ、その日の状態を見ながら、できることと休むことの間を探していた。


その日は庭へ出ず、寝殿の御簾を少し上げて過ごすことにした。


二の宮は秋の庭を眺め、紗良は少し離れた場所で、姫への文を書いていた。


「毎日、何を書いている」


二の宮が尋ねる。


「宮さまのお身体のご様子です」


「兄上への報告か」


「姫さまへお送りしています」


「そなたは、姫の女房であったな」


「女房と申してよいのかは、今も分かりませんが、おそばに置いていただいております」


「戻りたいか」


不意に尋ねられ、紗良の手が止まった。


「はい」


答えたあと、二の宮の表情を見て、紗良は慌てて付け加えた。


「こちらにいるのが嫌ということではありません」


「そのようには聞いておらぬ」


「では、なぜ」


「戻りたいかと尋ねただけだ」


二の宮は庭へ目を向けたまま答えた。


紗良も、手元の紙へ視線を戻す。


「姫さまにお会いしたいです。千代や小夜にも」


「千代と小夜とは」


「姫さまの局にいる女房です。千代は、水を煮立てることに、私より熱心になりました」


「水を煮ることに熱心な女房か」


「はい。私が戻ったら、どこの水を飲んだのか、すべて尋ねられると思います」


二の宮の口元が、わずかに緩んだ。


「それは、早く戻らねばならぬな」


「宮さまのお身体が落ち着きましたら」


「私が良くならねば、そなたは戻れぬのか」


紗良は答えに迷った。


主上からは、二の宮が落ち着くまで留まるよう命じられている。


いつをもって落ち着いたとするのか、はっきりとは決められていない。


「今のところは、そのようです」


「そうか」


二の宮は、それ以上何も言わなかった。



午後になり、橘が一通の文を持ってきた。


「宮さま。主上より、再びお文が届いております」


二の宮は文へ目を向けた。


「また、宴のことか」


「はい。今度こそ、お返事をいただきたいとの仰せにございます」


文箱の上には、先に届いた文が封も切られずに残っている。


「出ぬと伝えよ」


「宮さま」


橘が声を落とした。


「主上は、宮さまのお身体が少しずつ良くなられているとお聞きになり、たいそう喜んでおられます。お顔を見るだけでも、と」


「宴の途中で咳をすれば、皆が騒ぐ」


「医師も女房も、おそばに控えます」


「それでも同じだ」


二の宮の表情が閉ざされていく。


紗良は、黙って二人のやり取りを聞いていた。


出た方がよいとも、出るべきではないとも、自分から言えることではない。


二の宮がどれほど宮中を避けてきたのか、紗良はまだ知らなかった。


「秋の宴は、いつなのですか」


紗良が橘へ尋ねた。


「次の満月の夜にございます」


満月。


その言葉に、紗良は窓の外へ目を向けた。


昼の空に、月は見えない。


けれど、胸の奥で何かが小さく動いたような気がした。


この時代へ来た夜も、満月だった。


「紗良」


二の宮に呼ばれ、我に返る。


「はい」


「その日は、姫も宴へ出るのか」


「おそらく」


「千代と小夜もいるのか」


「姫さまのおそばに控えると思います」


二の宮は、文箱の上に置かれた文を見る。


「宴へ出れば、そなたも姫に会えるのだな」


「ですが、私は宮さまのおそばにいるよう命じられております」


「私が宴へ出れば、そなたも宮中へ来ることになる」


「そうかもしれません」


二の宮は黙り込んだ。


紗良は、それ以上何も言わなかった。


自分が姫に会いたいからといって、二の宮へ出席を勧めることはできない。


やがて二の宮が、橘へ手を差し出した。


「文を」


橘が驚いたように顔を上げる。


「宮さま?」


「返事をするとは申しておらぬ。まず、読む」


橘は両手で文を差し出した。


二の宮は受け取り、ゆっくりと封を開いた。


それだけのことなのに、橘の目には涙が浮かんでいた。


二の宮は文へ目を落とす。


紗良は少し離れた場所から、その横顔を見ていた。


宴へ出るかどうかは、まだ分からない。


それでも、文はようやく開かれた。


御簾の向こうで秋の風が動き、池の水面に細かな波をつくっていた。

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