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続きを書きましょう  作者: 有志多数
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第十九話


唐突に降り始めたどしゃぶりの雨は、止むのも突然だった。

夕焼けに赤く染まる空を覆い尽くした灰色の積乱雲は、いつしか遠く北に移動している。

日は既に沈み、空を彩るグラデーションは徐々に濃紺の夜に押し潰されていった。

先程までの豪雨によって僅かに掛かっていた巨大な猿の血は全て綺麗に洗い流されたが、水気を多分に含んだ服はずっしりと重く、綾香は引き摺る様に足を動かしていた。


あの時、巨大な猿と戦い、今にも死んでしまいそうな程ぐったりとした尚志を前に、綾香はどうすればいいのか分からなかった。

田子と名乗る不思議な雰囲気の女が尚志を抱き上げ竜宮城に行くと言った時も、「君も来るかい?」と誘われた時も。

綾香は、どうしたら良かったのか分からなかった。

どうしてこんな事になったのかも、綾香には分からない。

体育で50m走をした直後に倒れてから起きたり眠ったりを繰り返していた尚志が心配で、後を追う様に家を出たのは覚えている。けれど、気付けば知らない男に捕まっており、家を出てそれからどうしたのかは、さっぱり思い出せなかった。

ただ、巨大なタコになって力を振るう尚志も、大量の血を吐いて死んだ猿も、訳が分からないこの状況も、綾香は全てが怖かった。

混乱に陥りながらも足は迷うことなく歩を進める。

ス-パーのビニール袋を両手に下げた主婦とすれ違い、角を曲がろうとした所で散歩途中のチワワに吼えられた。

廃墟になった街の一部から遠ざかれば、目に映るのは昨日までと殆ど変わらない日常ばかり。

綾香を無理やり捕らえて人質にする人も居なければ、轟音と共に街が破壊されることも無い。

戦闘も既に終わっている。

だというのに、恐怖は後から後から湧いてきた。

全部夢なら良いのに。

夕暮れの残滓から逃げるように背を向け、綾香は一人、涙で滲む視界を拭いながら家路を急いだのだった。




***


尚志と出会ったあの日、綾香が海に行ったのはタコを捕るためだった。

2年程前。綾香が今の学校に入学した頃に突然タコ漁師になった父・領一りょういちは、秘めたる才能を発揮し毎日のように大量のタコを収穫した。自国領海内のタコを獲り尽くさんばかりの勢いで網漁を展開する領一は、同じ市場に顔を出すタコ漁師やタコを取り扱う養殖業者から恨みを買いそうなものだが、今では何故か良好な関係を築いている。

獲れたて新鮮な天然のタコを毎日安定的に供給する領一に、近隣の魚屋や料亭、寿司屋は皆恵比須顔で取引に応じたが、そんな父が綾香は厭で堪らなかった。

海から水揚げされても元気にウネウネ動き続ける新鮮なタコを、父は売れ残ったからと毎日毎日大量に家まで送ってくるのだ。時にはトラクターまで使って。

領一がタコ漁師として海に出たその日の夕食から、水島家では朝昼晩とタコ尽くしの料理が食卓を占領し続けていた。

タコの炊き込みご飯にタコのお吸い物、タコのカルパッチョにタコグラタン、タコソーメンにタコさんウィンナー、タコの酢味噌和えに刺身に姿焼きに一夜干し。

学校給食のある綾香は昼までタコを食べる必要は無いものの、最近ではおやつまでタコばかり。

もううんざりだった。

何でタコ漁師になったのか、いつまで続けるつもりなのか、せめて海老漁師になってほしい。

漁を終えて家に帰ってきた領一を捕まえ、小一時間問い詰めせがんだ時に綾香は知ったのだ。

領一は、ある特殊なタコを捕まえるまでタコ漁師であらねばならないことを。


そんな訳であの日、父の為に特殊なタコを捕まえようと自分よりも大きなシャチの浮き輪を抱えて海へと泳ぎだしたのである。

父の言う特殊なタコというのが、どんな姿形をしていてどんな海域に生息しているのか綾香はまったく知らなかったが、まだまだ大人になるには程遠い綾香はとにかく普通じゃないタコを捕まえようと夢中でシャチの上から海の中を覗き見ていた。

次第に荒れていく海に沖へ沖へと流されている事にも気付かずに。

肌寒さを感じてふと顔を上げた時には、自力ではどうしようもないほど沖に流され荒れ狂う波間に一人取り残されていた。

岸に居る大人たちが何かを叫んでいるがよく聞こえない。

助けてと叫びたくても、大きな波に揺れ続けているシャチの浮き輪にしがみ付くのが精一杯だった。

遂に波に呑まれた綾香が海の中へと落ちて溺れ掛けた時、誰かの腕が綾香を抱え込み泳ぎ出したのを綾香は感じていた。

シャチから転落した際、海水に呼吸と体温を奪われ、目を開けるのも億劫な程消耗していた綾香だが、辛うじて意識は保っていたのである。

そして、全身を包む不規則な海水の流れを感じて、薄れ行く意識の中やっとの事で重い目蓋を押し開く。

見えたのは海中で揺れるストロベリーブロンドと鳶色の髪、綾香を抱えて泳ぐ誰かの肩だけだったが、それでも綾香は、その泳いでいる何者かの動きが尋常ではない程人間離れしたものである事を感じ取った。

このヒト、絶対に人間じゃない。

荒れ狂う海流をものともせず、滑らかな素早い動きで度々岩礁に取り付き移動する様は、いつかテレビで見たタコの泳ぎ方とまるで同じだった。

さっき取り付いたと思っていた岩礁があっという間に見えなくなっていく。

霞む視界と意識の中で、もしかしたら父の探している特殊なタコと何か関係があるのかもしれないと思った綾香は、砂浜にたどり着いた後、助けてくれたという少年を一も二も無く自らの家へと連れ帰ったのである。




***


全身ずぶ濡れで半ば泣きながら帰った綾香を玄関で出迎えたのは母・香澄かすみだった。

もう、すっかり夜となっても帰ってこない綾香と尚志を探しに出ようとした矢先の帰宅であり、香澄は家を出る準備を整えて肩には鞄を掛けていた。

「どこに行っていたの?」「尚志君はどうしたの?」と問い詰める香澄に、綾香はやっぱりどう説明したら良いのか分からず黙り込んでいた。

「尚志君を追い駆けに行ったんでしょう?尚志君はどうしたの?」

俯いたまま、じっと何かを耐えるように話そうとしない綾香の肩を掴み、香澄は幾分声の調子を和らげて聞いた。

「黙っていたら、お母さん分からないでしょう?」

香澄は雨に濡れた綾香の頬を両手でそっと包み込み、顔を上げさせるとその目をじっと覗き込んだ。

綾香のエメラルドグリーンの瞳は玄関の蛍光灯の明かりに晒され頼りなく揺れていた。

綾香の瞳よりも黄色味の強い、香澄のペリドットのような瞳が、視線を逸らす事を許さない強さで綾香を捕らえる。

香澄は優しげにそれでいて困ったように微笑むと、小首を傾げて綾香を促した。

「……どう、言ったら良いのか、分からないの」

震える涙声でそう伝える綾香を落ち着かせるように、香澄は穏やかな声で会話を繋げる。

「最初から、ゆっくりでいいから。お母さんに、何があったか教えて?玄関を出て、それからどうしたの?」

「家から出て……、それから、わからないの」

まだ幼い綾香の突飛で要領を得ない話を、香澄は何度か詳細を尋ねながら辛抱強く聞き出した。

家を出て、気付けば知らない男に人質として捕らえられていたこと。

尚志が巨大なタコになり、綾香を捕らえた男と一緒に居た、大きな女が巨大な猿になって街で戦ったこと。

人の姿に戻った尚志までが死んでしまいそうで怖かったこと。

不思議な女が尚志を連れて竜宮城に行くと言ったこと。

どうしたら良いのか分からなくて、怖くなって誘いを断ったこと。

話の途中で泣き出した綾香を宥めながら、漸くの事で最後まで聞き出した香澄は、綾香に風呂に入るよう勧めた。

「すっかり冷えちゃったわね。さっきお風呂沸かしておいたから、入っていらっしゃい。お母さん、これから仕事でしばらく帰って来れないけれど、もうすぐ、お父さん帰ってくるから。ご飯は二人で食べなさいね」

綾香を風呂場へと送り出すと、香澄は濡れたフローリングの床を気にする事も無く、肩に掛けた鞄から小型の機械を取り出す。

ストロベリーブロンドの長髪が動きに合わせてさらりと、その肩から零れ落ちた。

「……夕飯の支度があるからと、先に帰って来ていたのが仇になったわね。まあ、いいわ」

一見して、巷に溢れた携帯電話となんら変わりのない見た目をしたその機械、PHMは通信の他にもあらゆる検知・測定機能を備えた一品で、組織において一定以上の地位にある者には皆、支給されていた。

綾香を気絶させ、組織の男に引き渡したのは他でもない香澄だった。

巨獣化した状態で憑神を捕獲する為に、綾香を人質にし尚志に危機感を与えたのである。

起動させたPHMにパスワードを入力し、僅か数秒で操作を終えるとディスプレイ画面に尚志の現在地が表示された。

画面を注視する香澄の瞳孔はほんの一瞬線のように細く萎まり、弧を描く唇からチラリと覗いたその舌は、蛇のように細く、先が二つに割れていた。




やっぱ、リレー小説始めたら真ん中書かないとね!

皆さんのおかげで読むのも書くのも楽しんでおります。

ありがとうございます♪

フラグ回収に乗り出したつもりだったけれども、コレ、果たして回収になっているんだろうか?

誰か続きをお願いします!


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