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伯爵に成り上がった婚約者に「用済みだ」と切り捨てられましたが、彼の功績も財産も健康も、支えていたのはわたくしでした  作者: 鷹居鈴野


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灰色の商人の正体

 個人的な清算が一段落した頃、戦況は、新たな局面を迎えていた。


 捕えた賊軍からの証言と、あの鷲の紋章の証文。それらを辿った辺境伯へんきょうはく家とヴェスターラント両国の諜報網が、ついに、賊軍の背後にいる存在を突き止めたのだ。


 砦の軍議の間には、燃え尽きかけた蠟燭の匂いが、こもっていた。地図を囲む一同の視線の先で、諜報方の老臣が、集めた証拠を並べていく。


「――グラウ商会の実権を握っているのは、ザイデルン帝国の高官でした」


「灰色の外套を纏い、素性を隠して各地を渡り歩く商人。人々は『灰色の商人』と呼んでおりましたが……その正体は、ザイデルン帝国の工作を統括する人物のひとりです」


 私は、証拠の書類に目を通しながら、事の全貌を掴んでいった。この賊軍は、ただの略奪集団ではなかった。ザイデルン帝国が、周到に計画した工作の、一部だったのだ。


 そして――机上に広げられた紋章の写しを見つめるうち、ずっと胸に引っかかっていた既視感の正体に、ようやく思い当たった。


 鷲の紋章。あれを、私は前にも見ている。


 ヴェスターラントで、フェリクスの事業を支えていた頃だ。彼の元へ、時折出入りしていた商人がいた。毛織物と塩を扱うという、その商隊の荷に――確かに、この鷲の印が押されていた。当時は気にも留めなかった。ただの取引相手だと思っていた。


 けれど、今なら分かる。ザイデルンは、あの頃から、この地に手を伸ばしていたのだ。フェリクスの治水事業も、あの一帯の繁栄も、帝国にとっては、いずれ呑み込むべき獲物の下見に過ぎなかったのかもしれない。


 指先が、地図の上で、止まった。


 私が去ったあとのヴェスターラントは、事業の衰退と、魔獣の再発と、そして――このザイデルンの工作という、三重の綻びに、同時に晒されていたのだ。


「妙だと、ずっと思っていました」


 私は、口を開いた。


「賊軍の動きが、あまりに組織的で、あまりに『効率的』すぎる。まるで、ヴェスターラントを疲弊させること自体が、目的であるかのように」


「……と、申しますと?」


「これは、略奪のための戦ではありません。ヴェスターラントという国を、内側から消耗させ、弱らせるための――陽動なのです」


 軍議の場に、緊張が走った。


「ザイデルン帝国は、ヴェスターラントを直接攻めるのではなく、賊軍を使って国境を荒らし、国力を削っている。そうやって弱ったところで――本命の一手を打つつもりなのですわ」


「本命、とは」


「まだ、分かりません。けれど」


 私は、地図の上に指を滑らせた。国境の各所に、賊軍の出没地点が、点々と記されている。北から南へ、その点は、途切れることなく続いていた。


 これは、ヴェスターラントだけの話ではない。


「……この工作、ヴェスターラント一国に留まる規模では、ありません」


 私は、静かに告げた。


「これは、賊の反乱ではありません。……戦争の、準備よ」

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