使用人代わり、でしたかしら
「ちょっと、お待ちになって!」
甲高い声が、広間の空気を破った。
オデットだった。青ざめながらも、なお虚勢を張り、彼女は前へ進み出た。
「そんな……そんな話、信じられませんわ。あの女は、ただの、平民の、卑しい治療師で――」
「身分が、釣り合わない――でしたっけ?」
私は、彼女の言葉を先取りして返した。
オデットの顔が、強張った。
「式典の日、廊下でそう仰いましたわね。もう身分が釣り合わない、フェリクス様からお離れになって、と。妾として残るつもりなら身の程を弁えろ、あなたの目に二度と入らないようにしろ、と。……汚らわしい、とまで仰いましたわね。あら、いま思えば、あの日のあなたの言葉、ずいぶんと身の程知らずでしたこと」
「な……」
オデットは、言葉を失っていた。
辺境伯令嬢――家格で言えば、侯爵令嬢の彼女よりも、はるかに上。それを「汚らわしい」と嗤い、「身分が釣り合わない」と見下していたのだ。今となっては、どちらが身の程知らずだったのか、この場の誰の目にも明らかだった。
*
私は、静かに、もうひとつの言葉を付け加えた。
「そういえば」
「……?」
「あの日、あなたは仰いましたわね。寛大なあなたが、私を妾のひとりとして置いてやってもいい、と。感謝しなさい、と」
オデットの頬が、屈辱で赤く染まった。
「……ご厚意は、必要なくなりましたの」
私は、微笑んだまま、告げた。
彼女が「寛大」を気取って差し出した「慈悲」が、いかに滑稽なものだったか。辺境伯令嬢に向かって、侯爵令嬢が「妾に置いてやる」と言い放った――その本末転倒を、今、この場の全員が理解していた。
オデットは、何も言い返せず、ただ拳を握りしめていた。
*
そして、私は、フェリクスに向き直った。
三年ぶりに、正面から向き合う元婚約者。彼は、私の視線を受け止めきれず、目を泳がせていた。
「……イレーネ」
絞り出すような声だった。
「君は……本当に、辺境伯家の……」
「ええ」
「なぜ、黙っていた。三年も、なぜ」
私は、静かに答えた。
「地位でも家柄でもなく、私自身を見てほしかったからですわ。……そう申し上げたら、あなたは覚えていらっしゃるかしら」
フェリクスの顔が、凍りついた。
婚約の夜、跪いて誓った言葉。「君が平民でも構わない。俺が愛しているのは、地位でも家柄でもない、君自身だ」――あの言葉を、思い出したのだろう。
そして、その舌の根も乾かぬうちに、「平民風情のくせに」と嗤って、私を捨てたことも。
「それに――もうひとつ、思い出したことがございますの」
私は、静かに続けた。
「あなた、覚えていらっしゃる? 昔、私が旅の途中で倒れて、名も知らぬ方に助けられた話を打ち明けたとき。あなたは、『その頃、俺もその街道を旅していた。運ばれてきた女性を見た。もしかしたら、それは君だったのかもしれない』と、そう仰いましたわね。はっきりとは仰らず、けれど否定も、なさらずに」
フェリクスの喉が、ひくりと動いた。
「私、あなたを恩人かもしれないと思って、それも、あなたを支える理由のひとつにしておりましたのよ。……けれど、後になって、あの宿の女将に、あなたの人相を伝えて尋ねましたの。答えは、はっきりしておりましたわ。あなたは、あの夜、私を助けてくださった方ではない。……あなたは、恩人のふりをして、人の恩に付け込んだ、ただの詐欺師でしたのね」
「わたくしは、ずっと、あなたを恩人だと信じて、この身を尽くしてまいりましたのに」
「そ、それは……」
「私を助けてくださったあの方は、名前も告げず、見返りも求めず、ただ静かに去っていかれました。……恩人のふりをして、そこから何かを引き出そうとするような、浅ましい真似は、決してなさいませんでした」
フェリクスの顔から、完全に、血の気が引いた。




