表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「用済みだ」と婚約破棄されましたが、あなたの功績も財産も健康も、支えていたのは平民のふりをしたわたくしですけれど?  作者: 鷹居鈴野


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/35

使用人代わり、でしたかしら

「ちょっと、お待ちになって!」


 甲高い声が、広間の空気を破った。


 オデットだった。青ざめながらも、なお虚勢を張り、彼女は前へ進み出た。


「そんな……そんな話、信じられませんわ。あの女は、ただの、平民の、卑しい治療師で――」


「身分が、釣り合わない――でしたっけ?」


 私は、彼女の言葉を先取りして返した。


 オデットの顔が、強張った。


「式典の日、廊下でそう仰いましたわね。もう身分が釣り合わない、フェリクス様からお離れになって、と。妾として残るつもりなら身の程を弁えろ、あなたの目に二度と入らないようにしろ、と。……汚らわしい、とまで仰いましたわね。あら、いま思えば、あの日のあなたの言葉、ずいぶんと身の程知らずでしたこと」


「な……」


 オデットは、言葉を失っていた。


 辺境伯へんきょうはく令嬢――家格で言えば、侯爵こうしゃく令嬢の彼女よりも、はるかに上。それを「汚らわしい」と嗤い、「身分が釣り合わない」と見下していたのだ。今となっては、どちらが身の程知らずだったのか、この場の誰の目にも明らかだった。


 *


 私は、静かに、もうひとつの言葉を付け加えた。


「そういえば」


「……?」


「あの日、あなたは仰いましたわね。寛大なあなたが、私を妾のひとりとして置いてやってもいい、と。感謝しなさい、と」


 オデットの頬が、屈辱で赤く染まった。


「……ご厚意は、必要なくなりましたの」


 私は、微笑んだまま、告げた。


 彼女が「寛大」を気取って差し出した「慈悲」が、いかに滑稽なものだったか。辺境伯令嬢に向かって、侯爵令嬢が「妾に置いてやる」と言い放った――その本末転倒を、今、この場の全員が理解していた。


 オデットは、何も言い返せず、ただ拳を握りしめていた。


 *


 そして、私は、フェリクスに向き直った。


 三年ぶりに、正面から向き合う元婚約者。彼は、私の視線を受け止めきれず、目を泳がせていた。


「……イレーネ」


 絞り出すような声だった。


「君は……本当に、辺境伯家の……」


「ええ」


「なぜ、黙っていた。三年も、なぜ」


 私は、静かに答えた。


「地位でも家柄でもなく、私自身を見てほしかったからですわ。……そう申し上げたら、あなたは覚えていらっしゃるかしら」


 フェリクスの顔が、凍りついた。


 婚約の夜、跪いて誓った言葉。「君が平民でも構わない。俺が愛しているのは、地位でも家柄でもない、君自身だ」――あの言葉を、思い出したのだろう。


 そして、その舌の根も乾かぬうちに、「平民風情のくせに」と嗤って、私を捨てたことも。


「それに――もうひとつ、思い出したことがございますの」


 私は、静かに続けた。


「あなた、覚えていらっしゃる? 昔、私が旅の途中で倒れて、名も知らぬ方に助けられた話を打ち明けたとき。あなたは、『その頃、俺もその街道を旅していた。運ばれてきた女性を見た。もしかしたら、それは君だったのかもしれない』と、そう仰いましたわね。はっきりとは仰らず、けれど否定も、なさらずに」


 フェリクスの喉が、ひくりと動いた。


「私、あなたを恩人かもしれないと思って、それも、あなたを支える理由のひとつにしておりましたのよ。……けれど、後になって、あの宿の女将に、あなたの人相を伝えて尋ねましたの。答えは、はっきりしておりましたわ。あなたは、あの夜、私を助けてくださった方ではない。……あなたは、恩人のふりをして、人の恩に付け込んだ、ただの詐欺師でしたのね」


「わたくしは、ずっと、あなたを恩人だと信じて、この身を尽くしてまいりましたのに」


「そ、それは……」


「私を助けてくださったあの方は、名前も告げず、見返りも求めず、ただ静かに去っていかれました。……恩人のふりをして、そこから何かを引き出そうとするような、浅ましい真似は、決してなさいませんでした」


 フェリクスの顔から、完全に、血の気が引いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ