表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「用済みだ」と婚約破棄されましたが、あなたの功績も財産も健康も、支えていたのは平民のふりをしたわたくしですけれど?  作者: 鷹居鈴野


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/35

聖医の記憶

「殿下。お加減は、いかがでしょうか」


 私は、王太子エドヴァルドに向かって、静かに問いかけた。


 その瞬間、彼の目が、大きく見開かれた。


「……その言い方」


 彼の声が、微かに震えた。


「その、確かめるような言い方を、俺は覚えている。三年前、闇の中で俺の額に触れながら、同じ言葉を言った人がいた。名も告げず、朝が来る前に去った――聖医と呼ばれた人が」


 私は、何も言わなかった。ただ、静かに彼を見つめ返していた。


「あの夜、俺は死を覚悟していた。医師団がさじを投げた病だった。それなのに、灯りひとつ持たずに現れたあなたは、迷いのない手つきで俺の額に触れて、こう言ったんだ。『お加減は、いかがでしょうか』と。……その声を、ずっと覚えていた。あれから三年、俺はあの声の主を、王国中の医術師を洗って、探し続けた」


 エドヴァルドは、一歩、私に近づいた。


「まさか、と思っていた。だが、確信した。あなたが――」


「はい」


 私は、もう隠す理由を持たなかった。


「あの夜、殿下を治療したのは、私です」


 広間が、静まり返った。


 *


 辺境伯へんきょうはく令嬢。聖医。


 その二つの正体が、同じ女に重なった瞬間、ざわめきが、波紋のように広間の隅々まで広がっていった。


「あの地味な女が……」


「三年前、フェリクス卿の陰に隠れていた、あの……」


 そんな囁きが、驚愕の色を帯びて、幾重にも重なり合った。


 そして――ざわめきの中から、思いがけない声が上がった。


「――あの声だ。間違いない」


 声の主は、王太子の随行者のひとり、宮廷大使だった。彼は、目を見開いて私を見つめていた。


「三年前、私の持病を癒してくれた治療師。名も顔も明かさず、ただ静かに去った……あの手つきを、私は忘れたことがない」


「私もだ」


 別の声が続いた。財務卿だった。


「長年の不眠に苦しんでいた私を、一夜で救ってくれた治療師。あれも、あなただったのか」


 次々と、声が上がった。かつて私が、名も告げずに救ってきた要人たち。彼らが、口々に、恩義を語り始めたのだ。


 広間の空気が、一変した。


 「平民上がりの、地味な治療師」として見られていた私が、今や――辺境伯令嬢であり、王太子の命の恩人であり、そして、この国の要人たちが密かに恩義を抱く聖医だったと、明らかになったのだ。


 *


 その光景を、フェリクスは、蒼白な顔で見つめていた。


 彼が「婚約者としての務め」と切り捨てた女。「平民風情」と嗤った女。その正体が、次々と明かされていく。彼の頭の中で、これまで信じてきた世界が、音を立てて崩れていくのが、傍目にも分かった。


「そんな……嘘だ……」


 彼の呟きは、誰の耳にも届かなかった。


 広間の視線は、もはや彼になど、向いていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ