表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伯爵に成り上がった婚約者に「用済みだ」と切り捨てられましたが、彼の功績も財産も健康も、支えていたのはわたくしでした  作者: 鷹居鈴野


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/35

王太子、参陣

 賊軍の初戦を退けたという報せは、瞬く間に王都へと伝わった。


 その数日後、王太子エドヴァルド自らが、後詰めの兵を率いて、国境の砦へと姿を現した。国の危機に、王太子が直々に前線へ出るのは、異例のことだった。それだけ、この事態を重く見ているということでもあった。


 そして――王太子の一行には、ローデンヴァルト伯爵はくしゃくと、その婚約者オデットの姿もあった。国境に近い所領を持つ縁で、戦況見舞いという名目で同行していたのだ。


 私は、その日、辺境伯へんきょうはく令嬢としての正装で、彼らを出迎えることになった。


 *


 もう、『霞の首飾り』を身につける理由は、どこにもなかった。


 誰かに素性を怪しまれる心配も、誰かに顔を狙われる不安も、ここにはない。私は、素顔のまま――辺境伯令嬢としての、本来の姿で、この場に立っていた。


 自ら手がけた化粧品、レーヌ・ブランシュ。地味に抑える必要のないその顔を、繊細な紅と香油が、いっそう引き立てている。辺境伯家の紋章を刺繍した、深い青のドレス。銀の髪飾り。


 出迎えの列の中央に立った私を見て、砦に居合わせた者たちが、一様に、目を見張った。


 *


 馬車から降り立ったフェリクスは、私の姿を見た瞬間、雷に打たれたように、その場に立ち尽くした。


 彼が三年間、隣で見てきた「イレーネ」は、地味で、素朴で、目立たない女だった。それが今、目の前にいるのは――光り輝くほどに美しい、辺境伯令嬢。


 三年間、彼が見つめてきたのは、魔道具越しの、偽りの姿でしかなかった。今、ようやくそれに気づいたのだろう、その顔から、みるみる血の気が引いていった。


「君は……その顔は……」


 声が、掠れていた。


「あら、フェリクス様。お久しぶりですわね。……私の顔に、何かついているかしら?」


 私は、あえて、こともなげに、そう笑いかけた。


「地味に、素朴に見せる魔道具を、身につけていただけですのよ。……こちらが、わたくしの、本来の姿ですわ」


 ――「君は、そのままでいい。着飾ったところで……」


 あの言葉を、幾度となく口にしていたのは、他ならぬフェリクス自身だった。地味なほうが身の丈に合っている。物静かで、出しゃばらない女のほうが、扱いやすい。そう思って、私を押し込めていたのは、彼だった。


 今さら、その顔を見て、何を思うというのだろう。


 *


 フェリクスの視線が、私から、隣に立つオデットへと、ふらりと移った。


 その目に、戸惑いの色が浮かぶのを、私は見逃さなかった。


 どれほど高価なドレスも、どれほど贅を凝らした宝飾も、彼の目に映るオデットの装いは、心なしか、急に色褪せて見えているようだった。それが、なぜなのか、彼自身にも、分かっていない様子だった。


 フェリクスの顔に、後悔とも、恐怖ともつかない色が、ゆっくりと広がっていった。


「……俺は」


 彼の唇が、震えながら動いた。


「知らぬ間に……最初から、比べさせられていたのか」


 その呟きは、あまりに遅すぎた。


「――イレーネ嬢」


 その時、澄んだ声が、私を呼んだ。


 振り向くと、王太子エドヴァルドが、まっすぐにこちらを見つめていた。


「イレーネ嬢……? 君が、あのイレーネ嬢なのか?」


 戸惑いを隠せない様子で、彼は、私の顔をまじまじと見つめた。


「話に聞いていた人物像と、あまりに違う。……もっと、地味な女性だと聞いていたが」


「姿を偽る魔道具を、身につけておりましたの。理由あって」


 私は、静かに答えた。


 エドヴァルドは、なおもいぶかしげな表情を崩さなかったが、それ以上は追及せず、小さく頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ