初戦
砦に入った私は、まず状況の把握に努めた。
賊軍の攻撃は、単発の略奪ではなかった。防衛線の弱点を的確に突き、補給路を断ち、守備兵を消耗させる――明らかに、軍事的な訓練を受けた者たちの動きだった。ただの盗賊に、こんな真似はできない。
卓上に広げられた地図を、私は指先でなぞった。もっとも、この地形なら、地図など見るまでもなかった。目を閉じても、水路の一本一本、堤の高さまで、思い出せる。三年前、焚き火の傍らで思い描いた設計図が、今、目の前の羊皮紙に刷られている。
「敵は、次にこの西側の水路沿いから来ます」
地図を指し示す私の手に、迷いはなかった。守備隊長が、目を見張った。
「なぜ、そこまで」
「この一帯の地形は、熟知しておりますので」
なにしろ、その水路は、私が設計したものだった。どこが手薄で、どこが伏兵に適しているか。誰よりも、私が知っている。
かつて、この水路は、荒れ地を穀倉地に変えるために描いた図面だった。それが今、故郷でも何でもないこの土地の民を守る盾になろうとしている。設計した本人にすら、思いがけない使い道だった。
*
果たして、賊軍は私の読み通り、水路沿いから攻め寄せてきた。
だが、そこには既に、辺境伯家の精鋭が伏せていた。私自身も、前線に立った。
辺境伯家に伝わる守りの結界を展開し、味方の被害を最小限に抑えながら、敵の勢いを削いでいく。剣がぶつかり合う音、水を跳ね上げる足音、怒号。三ヶ月の稽古で取り戻した力は、この喧噪の只中でこそ、確かな手応えを見せた。
「怯むな! 押し返せ!」
私の号令に、守備兵たちの士気が立ち直っていく。防戦一方だった戦況が、少しずつ、反撃へと転じ始めた。
賊軍は、統率された動きを見せてはいたが、こちらの結界と用兵の前に、次第に崩れていった。半日に及ぶ攻防の末、彼らはついに、撤退を余儀なくされた。
*
戦いのあと、私は捕虜となった賊のひとりを、じっくりと観察した。
装備が、妙に良い。ただの野盗が持てるような代物ではない。武具の質、隊の規律――やはり、どこか正規の軍の匂いがする。
「この者の懐を検めて」
兵に命じると、賊の懐から、一枚の証文が出てきた。
報酬の支払いを約する文書。そして、その隅に押された印を見て、私は息を呑んだ。
翼を広げた、鷲の紋章。
グラウ商会の印だった。
辺境伯家の諜報網で追い続けてきた、あの商会。ザイデルン帝国の影が疑われる、あの鷲。それが今、この賊軍の背後に、確かに繋がっていた。
「……やはり、あなたたちだったのね」
私は、その証文を握りしめた。
この戦は、単なる国境の紛争ではない。もっと大きな何かの、始まりに過ぎない――その予感が、確信へと変わっていく。




