表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伯爵に成り上がった婚約者に「用済みだ」と切り捨てられましたが、彼の功績も財産も健康も、支えていたのはわたくしでした  作者: 鷹居鈴野


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/35

出陣

 出立の支度は、慌ただしく整えられた。


 辺境伯へんきょうはく家の精鋭を率いての援軍。父は当主として国境の守りを離れられないため、指揮は私に任された。三ヶ月前まで剣も握れなかった娘に、である。無謀に思えるかもしれない。けれど父は、静かにこう言った。


「アイゼンヴァルトの血だ。それに――お前には、あの土地を知る者にしか分からないものが、見えるはずだ」


 その言葉の意味を、私は正確に理解していた。


 私は、ヴェスターラントの地形を知っている。あの国の水路を、道を、村の位置を――誰よりも詳しく知っている。なにしろ、その多くを、自分の手で描いたのだから。


 三年前、焚き火を挟んでフェリクスに語って聞かせた設計図は、今も、寸分違わず私の頭の中にある。あの夜、彼に託した夢を、今度こそ、この手で守りに変える番だった。


 *


 出陣の朝、兄バルドゥインが、国境の警備の合間を縫って見送りに来てくれた。鎧の上から外套を羽織っただけの、慌ただしい格好だった。ここ数日、ろくに眠っていないのだろう、目の下には薄く隈が浮いていた。それでも、口ぶりだけは、いつもと変わらなかった。


「無茶はするなよ、と言っても、聞かないんだろうな」


「兄様ゆずりですもの」


「言うようになったな」


 兄は笑ったあと、ふと真顔になって尋ねた。


「……あの、男爵だんしゃく上がりの伯爵はくしゃくとやらに、一言、伝えることはあるか」


 フェリクスのことだ。私が三年を捧げ、そして捨てられた相手。


 少し考えて、私は答えた。


「特には」


「特には、か」


「ええ」


「らしくないな。三年も尽くした男だろう」


 兄の言葉に、私は静かに首を振った。


「三年、尽くしました。だからこそ、言葉より先に、見せるべきものがあるのです。……彼が積み上げたと思い込んでいるものの、本当の持ち主が、誰なのか」


 兄は、しばらく私の顔を見つめたあと、にやりと笑った。


「怖い妹だ。……気をつけて行け」


「はい、兄様」


 *


 グレタとは、ヴェスターラント国境で合流する手筈になっていた。現地で聖医の診療網とレーヌ・ブランシュの事業を守り続けてきた彼女は、あの国の今の情勢を、誰よりもよく把握している。彼女の情報は、この戦いで、何よりの武器になるだろう。


 辺境伯家の旗を掲げ、私は馬上の人となった。


 空は高く晴れ渡り、風は西へと吹いていた。ヴェスターラントの方角へ。


 三年前、身分を隠し、顔を隠し、俯くようにして越えた国境を、今度は――辺境伯令嬢イレーネ・フォン・アイゼンヴァルトとして、堂々と越えていく。


 今度は、身分を隠さない。


 この先に何が待ち受けているのか。三年前、置き去りにしてきたものと、どんな顔で向き合うことになるのか。まだ、分からなかった。けれど、もう、俯くことだけはしない。


 私は、まっすぐに前を見据えて、馬の腹を蹴った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ