国境の異変
「――ヴェスターラント国境で、賊軍の活動が活発化しているそうです」
夕食の席で、父が険しい顔で報告書を読み上げた。燭台の炎が、報告書の紙面に落ちる影を、小さく揺らしていた。
「単なる野盗の類ではない。統率の取れた動き、計画的な略奪。まるで、正規の軍隊のような規律だという」
「規模は?」
「まだ小さい。だが、この短期間で急速に拡大している。……妙な話だ。ヴェスターラントは、これまで大きな騒乱もない、比較的落ち着いた国だったはずだが」
私は、静かに耳を傾けていた。頭の中で、ここ数日集めてきた断片が、少しずつ繋がり始めている。
鷲の紋章の商会。国境を頻繁に行き来する、不釣り合いな護衛の数。そして今、ヴェスターラント国境で急速に力をつけつつある、規律だった賊軍。ばらばらだった点が、一本の線になろうとしていた。
「兄様は、今どちらに?」
「バルドゥインなら、まだ我が国の国境の警備に当たっている。……気になるのか」
「少し」
偶然にしては、あまりにも出来過ぎている。兄の目の奥に揺れていた、あの見過ごせない予感を、私は今になってようやく、言葉にできそうな気がした。
*
その夜、諜報方の老臣が、新たな報告を携えてやってきた。書斎の扉を叩く音は、いつもより硬く、性急だった。
「お嬢様。例のグラウ商会の件、続報がございます」
「聞かせてちょうだい」
「商会の資金の流れを辿ったところ……ヴェスターラント国境の賊軍への、武具と資金の供給元である可能性が高いことが分かりました」
やはり。
胸の中で、確信が輪郭を持ち始める。冷えた指先を、私は膝の上でそっと握り込んだ。
「そして、その商会のさらに背後に、何があるのかは、まだ掴めておりません。ただ……」
「ただ?」
「これほど大掛かりな、複数国に跨る工作を仕掛けられる力を持つ組織は、そう多くありません。周辺の情勢を考えれば――」
老臣は、言葉を選びながら、慎重に続けた。灯火に照らされたその顔には、長年国境の闇を見てきた者だけが持つ、重い翳りがあった。
「ザイデルン帝国の影を、疑わざるを得ないかと」
その一言に、体の芯が冷えた。
灰色の商人の影は、私たちの国境だけでなく、ヴェスターラントの国境にも、確かに伸びていた。かつて私が三年を過ごし、今も名も知られぬまま多くのものを遺してきた、あの土地にも。
――これは、ただの盗賊の反乱ではない。
もっと大きな何かの、始まりの兆しなのかもしれない。




