095:榊原海渡(4)
◇2041年6月@東京 <東山紗理奈>
六月に入って最初の日曜日の夕方、東山紗理奈は、新宿のタワマン最上階にある榊原家の来客用ダイニングルームにいた。詰めれば二十人近く座れそうなテーブルの半分だけを使って、榊原家の女主人である綾、次期当主の海渡、彼の婚約者の立花初音、長女の澪、澪の家庭教師の坂下美倖、そして、紗理奈の六人が集まっていた。
家政婦の片瀬尚美が、前菜から順番に料理を運んで来る。綾、海渡、初音の前には白ワインが、残りの三人の前にはウーロン茶が置かれていた。
最初に口を開いたのは、海渡だった。
「ところで、紗理奈ちゃん。さっきは、僕らに頼み事があったんじゃないの?」
その通りなのだが、それをどう伝えるかで悩んでいたのだ。だけど、前菜に手を付ける前に紗理奈は、思い切って話し出した。
「あの、ぶっちゃけ色々と考えるのが面倒になっちゃったんで、ストレートに言います。サカキバラ商事さんとして、私達『ムシ』の後ろ盾になってもらえませんか?」
「あはは。相当にぶっちゃけたね」
「お兄ちゃん……」
「大丈夫、澪。一応、僕個人としては、そのつもりだったんだけどね。だけど、会社としては、そうも行かないってのは、紗理奈ちゃんだって分かるよね?」
「はい。サカキバラ商事さんとしてメリットが無いと、受けて頂けませんよね?」
「その通りなんだけど、紗理奈ちゃんが考えるメリットって何かな?」
紗理奈が前菜のカナッペを口の中でもぐもぐさせながら、何から言うべきかを考えていると、綾が声を上げた。
「もう、海渡ったら、そういう話は食事が終わってからにしなさいな」
という訳で、メインの肉料理を全員が食べ終えるまでの間、サカキバラ商事に「ムシ」達の後ろ盾になってもらう話は、取り敢えず、お預けになったのだった。
★★★
やがて、食後のコーヒーとデザートのティラミスが全員に行き渡った時、海渡が「じゃあ、さっきの話を、そろそろ再開しようか?」と言った。
それで紗理奈は、食事の合い間に考えていた事を話し出した。
「えーと、サカキバラ商事さんが、私達『ムシ』の後ろ盾となった場合のメリットについてでしたよね?」
「ああ、それで合ってるよ」
「ありがとうございます……。まず考えられるのは、社会貢献っていうか会社としての知名度アップです。『ムシ』の子は、これからどんどんと増えて行って、社会の注目を浴びる存在になります。その『ムシ』達を初期の段階からサポートしていた会社として、サカキバラ商事さんの好感度、知名度は間違いなくアップすると思います」
「知名度はアップするだろうけど、好感度はどうかな? それって、『ムシ』って存在が、社会にどうやって受け入れられるか次第なんじゃない?」
「そうですね。でも、逆に言えば、サカキバラ商事さんのバックアップで、『ムシ』の良いイメージを作って、それを保持する為のサポートをして頂ければ、好感度は上がると思います」
「なるほど」
「それに、『ムシ』という存在が世間にオープンになってからの事ですけど、『ムシ』の子をサカキバラ商事さんの広告とかに出演させても良いですよ。小さめの翅を持って、アクロバティックな動きができる『シジミ』の子とかお勧めです。そういうのが大好きな子もいますので」
「確かに、金髪の美少女達なら、広告宣伝にも使えるのかな?」
「はい。ですが、本来の目的は、そこじゃないですよね?」
紗理奈は、手元のティラミスをスプーンで掬って、口元に運んだ。途端に、ほろ苦い甘さが口の中に広がって、思わず顔が綻んでしまう。
それから、海渡の表情を見たけど、ニコニコしているだけで本心は掴み難い。
『まあいっか』と思った紗理奈は、先を続ける事にした。
「ここからは、あんまり言い触らして欲しくないんですけど、『ムシ』の子って、やろうと思えば窃盗とか、やり放題なんですよねー。それは裏を返すと、窃盗防止にも役立つって事です。それ以外にも、先程お話した『ムシ』の子の能力って、どれも諜報活動とかには最適なものばかりだと思いませんか?」
「確かに、君達なら色々と出来そうではあるね」
「はい。例えばですけど、私達は特に夜になると空を飛びたくなる習性があります。その際のルートに、サカキバラ商事さんの顧客を入れて周回するようにすれば、盗難とかの犯罪防止に有効だと思いませんか?」
「そうだね」
「私達は、サカキバラ商事さんが最初に始められた、『ネット上でのセキュリティ向上』には貢献できませんけど、物理的な面でのセキュリティについては、充分に貢献できると思います」
「あはは、大きく出たね」
「ですが、私達の能力って、各国の諜報機関だとか反社会的勢力とかが、喉から手が出る程に欲しがるものだと思うんです。まあ、裏を返せば、それだけ狙われるって事でもあるんですけど……」
「そっか」
「つまりですね、私達『ムシ』と手を組む事で、サカキバラ商事さんは、各国の諜報機関が欲しがる能力を独り占め出来るって事になるんです。これって、ウィンウィンの関係だとは思いませんか?」
紗理奈が「ウィンウィンの関係」という言葉を持ち出した事で、海渡の目の色が変わった。
「あの、紗理奈ちゃん。君の立場について聞きたいんだが、僕は君が『ムシ』達の代表と思って良いのかな?」
「少なくとも私は、東京ファミリーのキャップとして、首都圏の『ムシ』達を纏める立場にあります。ですが、『ムシ』達全体の『クイーン』という存在が福島の方におりまして、矢吹天音っていう高校生なんですが、今日、お話ししている内容については、事前に彼女の了承をもらっています。更に……」
紗理奈は、その先をどう話そうか少しだけ考えてから、先を続けた。
「あの、福島の方には『ムシ』達のサポート組織として、主に親達で構成された『茶髪の子の保護者会』というものがありまして、そこの役員の方とも調整済です。それと、今日の私の話を概ね了承して頂いた際には、正式な契約書が必要になるかと思いますので、そうした交渉事に長けた者が弁護士と共にお邪魔する事になるかと……」
「ほう。それは、具体的に誰なんだい?」
紗理奈は一瞬だけ考えて、思い切って名前を出す事にした。
「あの、福島市の紺野グループというのをご存じでしょうか?」
「ああ、知ってるよ。うちも福島市には支店があるからね」
「これは絶対に内緒にして頂きたいんですが、その紺野グループのお嬢さんが、実は『ムシ』なんです。ですので、その紺野グループの幹部の方と顧問弁護士という事でご納得頂けますでしょうか?」
「いや、それだけ教えてもらえれば充分だよ……。そうか。あの紺野グループが、既に君達の後ろ盾になっているとはねえ」
紗理奈が紺野グループの名前を出した事は、予想以上の効果があったようだ。
紗理奈は再びティラミスを口に運んで、コーヒーにも口を付けてから、おもむろに話を再開した。
「それでは、次に『ムシ』の能力に加えて、組織というか習性についてのお話をさせて頂きたいと思います。それが私達にとっては、一種の強みであるからです」
その後で紗理奈が語ったのは、「クィーン」を頂点とするピラミッド構造の組織についてだった。
ただし、その繋がりのベースは「マザー」「ドーター」「シスター」といったっ「ムシ」に固有の絆であり、それらを束ねる「ファミリー」と名付けたグループである事。その「ファミリー」は地域毎に設置し、「ムシ」が増えるに従って分裂して行って、最終的には市町村単位、街単位となって行くであろう事……。
「つまり、君達の組織は非常に強固であって、全ての『ムシ』達を把握しており、逸脱した行為を許さないし、そうした事があった場合でも、即座にリカバリできる体制を設けていると言いたいんだね?」
「はい。その点では、同じ『クイーン』を頂点にした『ハチ』や『アリ』の社会を想像してくれてかまいません。ですが、私達の組織の場合は、本能というよりも、愛情的な結び付きに依るものですけど……。まあ、それもまた『ムシ』としての本能と言えなくもありませんね」
「そうか。良く分かったよ」
海渡が頷いてくれたのを見て、紗理奈は更に話を進める事にした。
「それでなんですけど、この『ファミリー』という組織と、サカキバラ商事さんの各支店とをマッチングする形で、それぞれの『ファミリー』には、先ほど申しました『夜間の見回り』のような、『ムシ』としての特性を活用した活動をさせて頂き、各支店には、何かが起こった際の『ムシ』達の相談相手というか、『駆け込み寺』的な存在になって頂きたいんです」
「なるほど」
「それと、ついでに要望を述べさせて頂きますと、できましたら、各支店の窓口には、若い女性を配置して頂ければ嬉しいです。やはり、色々と相談するにしても、同性で年齢の近い方が話易いですし……、あ、いや、オジサンが絶対に嫌という訳じゃなくてですね……」
「君が言いたい事は分かるよ。分かるんだが……」
言い淀んでいる海渡に構わず、紗理奈は先を続けた。
「それでなんですけど、もっと女性の採用を増やして頂きたいんです……。あの、これはサカキバラ商事さんを私達のパートナーにしたい理由のひとつなんですが、御社はセキュリティをウリにする会社ですので、社員の方々は真面目で信用できるでしょうし、社内のコンプライアンス等も完璧だろうと想像してます。この点は、十代女子ばかりの集団のパートナーとなって頂く為には、必須の条件です。ですが、社員の男女比が男性に傾き過ぎている点が少々気になっておりまして……、女性の比率を高める事は、多様性やCSRとかの観点でも必要なんじゃないでしょうか?」
「あ、あの、紗理奈ちゃん」
「いやあ、参ったなあ。とても中学生とは思えないよ」
「ふふっ、これは、孝太郎さんの秘蔵っ子と噂される訳だわ。将来が恐ろしいわね」
どうやら、褒められているのは間違いなさそうだ。
それで気を良くした紗理奈は、次の要求を出す事にした。
「とはいえ、現時点で『ムシ』の存在が確認されているのは、福島、茨城、栃木、宮城の各県と首都圏、それと、恐らく愛知県にもいるだろうといった所です。ですので、先ほど申しましたサカキバラ商事さんの支店を活用させていただくのは、それらの地域からになる訳ですが、それ以外の地域であっても、私達が把握していない『ムシ』が存在する可能性はある訳です。それで、出来ましたら、御社の支店網を使って、『ムシ』の情報を集めて頂ければ嬉しいと申しますか……」
と、ここまで調子に乗って話してきた紗理奈は、海渡が何やら考え込んでいるのに気付いて話を止めた。
「あ、いや、実は、この後の事を考えていたんだ。私個人としては、君の考えに賛同したい所なんだが、如何せん、会社としての回答となると、色々と手続きが必要になる訳だよ」
「はい。分かります」
「それに、今、君が言った『ムシ』関連の情報提供にしても、全国の支店に号令を掛ける為には、君達の情報をどこまで出すかといった微妙な話になってくる。とにかく、大人の世界には色々とあって、何をするにせよ時間が掛かってしまうんだ。まあ、僕なんかは、まだまだ若輩者で、心情的にも君達に近い訳だけどね」
そこで、再び少し考え込んだ後、海渡はキッパリと言った。
「分かったよ。サカキバラ商事として、君の提案は前向きに検討させて頂くよ。その上で、さっき君が言った福島の紺野グループの方と会いたいと思うから、そっちのアレンジをお願いしたい」
「あ、はい。承りました」
「それとだ。私個人としては、澪の兄として、えーと『茶髪の子の保護者会』だっけ?」
「はい」
「そこに加入して、君達『ムシ』を全面的にサポートすると約束するよ。母さんも良いよね?」
「もちろん、私も海渡と同じ考えよ」
「あ、あの、私と美倖ちゃんも入会できるのかしら?」
「はい、初音さんと美倖さんも大歓迎です」
という訳で東山紗理奈は、この日、サカキバラ商事という最高のパートナーをほぼ手中に収めると同時に、榊原海渡を始めとしたメンバーを、新たな『ムシ』達のサポーターに取り込んたのだった。
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引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
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※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
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※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
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※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




