094:榊原海渡(3)
◇2041年6月@東京 <東山紗理奈>
六月最初の日曜日も、いよいよ午後となり、東山紗理奈は「ムシ」になって新宿のタワマン最上階にある榊原澪の部屋へ飛び込んだ。
迎えてくれたのは、彼女の家庭教師、坂下美倖だった。
「紗理奈ちゃん。来てくれたのは有難いんだけど、明日からのテストは大丈夫なの? 中学に入って最初の定期テストなんでしょう?」
「たぶん、大丈夫だと思います」
紗理奈は、別に思った通りに言ったつもりなのだが、美倖は「無理しなくて良いのよ」との事。
そうこうするうちに澪が迎えに来て、家族用のリビングに通された。
そこに居たのは、一組の男女。男性の方は、ポロシャツにチノパンといったラフないで立ちで、まさにゴルフ帰りといった感じだ。
隣りの妙齢の女性の方は、和服姿。やや小柄だが品があり、若いのに落ち着いた人だ……なんて、紗理奈が思っていたら、別の入り口から見知った女性が入って来た。
「小母様、遅くなってしまい申し訳ありません」
「良いのよ、初音ちゃん。大して遅れてはいないわ」
初音は、清楚な白いワンピ姿。てことは、和服姿の女性の方は……。
そこで、紗理奈の存在に気付いた初音と隣の澪とが、ほぼ同時に声を上げた。
「あら、紗理奈ちゃん……」「ママ、こっちが私の親友の紗理奈だよ」
「まあ、本当に綺麗な蜂蜜色の髪をしているのね。それに、碧い瞳だなんて、本当に素敵」
「もう、ママったら……」
「あ、ごめんなさい。私は、澪の母の榊原綾です。紗理奈ちゃんのお父さんの孝太郎さんには、大変お世話になっているわ……あら、どうしたの?」
「あ、すいません。澪のお母様にしては、あまりにお若いと思いまして……」
「あらまあ、嬉しいわ。さあさあ、座って頂戴」
紗理奈は、「コ」の字型のソファーの綾の正面に腰を下ろした。その隣には澪が腰掛ける。
「小母様は、本当に若く見えますものね」
「ふふっ、そのせいで、初対面の相手に嘗められる事が多くて、苦労してるのよ」
「母さん、童顔だもんな」
「お黙りっ、海渡!」
どうやら、綾の隣の男性が澪の兄、榊原海渡のようだ。この部屋で唯一の男性である海渡は、紗理奈が思っていたよりもずっと若く見えた。澪より十二も年上だとは、とても思えない。
ラフな服装ってのもあるけど、初音と同じ大学生カップルと言われても頷けるレベル。小柄な澪と同じ遺伝子を持つとは信じられない程に長身で、精悍な顔付きの正統派イケメンって感じだ。
しばらくの間、紗理奈が海渡の方を見ていたからか、その彼が話し掛けて来た。
「もう分かってると思うけど、僕が澪の兄の海渡だよ。今日はテスト前だって言うのに、来てくれてありがとう。なるほど、初音から聞いてはいたけど、本当に綺麗な子だね。まるで西洋人形みたいだ」
「あ、あの、良く言われます」
「海渡さん。その言葉、紗理奈ちゃんは、好きじゃないみたいよ」
「そうなのかい?」
「当然でしょう。人形みたいっていうのは、人間味が無いと同義ですもの。私も時々言われるんですけど、嬉しくはありませんわ」
「そうか。ごめんごめん。でも、綺麗だって思ったのは、本当だよ。さっき、母さんだって言ってたじゃないか」
「でも、女性が言うのと男性が言うのとでは、意味が違うと思いますけど」
「もう、初音は煩いなあ。綺麗な子を綺麗って言って、何で悪いんだよ。それに、すっごく可愛いじゃないか」
「あの……」
「あ、もちろん、澪も可愛いよ……。しかし、純粋な日本人で金髪って子が、澪以外に居たってのは驚きだな。その点でも紗理奈ちゃんに会えて良かったよ」
「あの、澪と私以外にも居ますけど」
「ああ、小川さんの所のお嬢さん達だね」
「私の従妹の佐伯家にもいます」
「その話も聞いてるよ。ほんと、最近の日本は、どうなっちゃってるんだろうね」
「はい、その辺の事を、今日はお話させて頂く為に参りました」
「あはは。紗理奈ちゃん、固いよ。この部屋では、もっと軽い調子で良いからね」
「海渡さんは、軽すぎますっ!」
初音が窘めた通り、海渡は口が軽いというか、かなり饒舌な男だった。
将来、大企業を背負って立つ上では、こういうのも必要なスキルなんだろうか?
そういや、ガイジンっていうと、早口の英語でペラペラと捲し立てるイメージがある。そいう口達者な海外の顧客と対等に渡り合う為には、これくらい饒舌じゃないと……なんて思っていたら、隣の澪から、〈紗理奈、それ、絶対に違うからね〉という言葉が心話で飛んで来た。
〈兄貴のスキル、女の子を口説く為に磨いた奴だから。それでママが、「そろそろ落ち着きなさい」って意味も込めて、早急に初音さんとの結婚を前倒しさせたんだからね〉
〈なるほど〉
やっぱり、紗理奈の男の人の見方は、まだまだ甘いようだ。最近、優流お兄ちゃんと話すようになったとはいえ、知り合いの男の人が圧倒的に少ないせいだろう。もっと、色んな男の人と話してみる必要があるのかも……。
そんな風に脳内反省会をしていた紗理奈に、澪がタブレット端末を押し付けてくる。紗理奈の方が慣れているからと、澪に「ムシ」の説明を任されていたのだ。
紗理奈は、「未確認飛行少女情報サイト」の画面を壁の巨大ディスプレイに表示し、いつもと同様に「ムシ」の説明を開始。その後、海渡からの質問を受ける。
それらが終わると、澪と紗理奈が順番に「ムシ」になって見せた。室内だと見える部分が限られるので、窓をすり抜けて、外側に浮かんで全身が分かるようにする。既に陽が沈んだ後だったのが幸いして、「カラクサ」も「アオスジ」も色鮮やかに視認する事が出来た筈……。
「いやあ、実物を見ると、思った以上に迫力があるね」
「でも、とっても素敵だわ。私、小さい頃は空を飛ぶのが夢だったのよ……あ、もちろん、飛行機でって意味じゃないわよ」
そんな感想が二人の口から出てくるって事は、予め初音が説明してくれていたんだろう。
そうかと思うと、海渡が急にビジネスライクな口調で言った。
「これは、僕が思った以上だよ。それで、紗理奈ちゃん。この『ムシ』に変異できる女の子は、本当に、これからどんどんと増えて行くんだね?」
「はい。増えて行くのは間違いありません」
「その根拠は?」
「私達は、『ムシ』予備軍って呼んでるんですけど、将来、『ムシ』になりそうな小学生の女の子がいっぱいいるからです」
「それは、単純に『金髪かそれに近い髪色の女の子が多くいる』って意味じゃないんだよね?」
「違います。そういう髪色の子イコール『ムシ』になるって訳じゃないですから」
「と言うと、君は、『ムシ』になるかどうかが分かるって事かい?」
「はい。ある程度は。たぶん、どの『ムシ』の子も多かれ少なかれ分かると思います」
「そういうものなのかな?」
「そういうものです」「紗理奈の言うとおりだよ」
紗理奈の声に重ねる形で、澪も断言してくれた。
それから、今度は『ムシ』の能力についての説明に移った。
説明の最後に、紗理奈が髪の毛を伸ばして操作して見せた時だった。さすがの陸翔も「うわあ」と怯えた声を上げた。その隣では、綾が声も出せずに震えている。
マズいと思った紗理奈は、直ぐに髪を元に戻して言った。
「すいません。見苦しい物をお見せしました。これは、最終手段っていうか、身の危険を感じた時の切り札でして……」
「あ、いや、見せて欲しいって言ったのは僕の方だから、紗理奈ちゃんは悪くないよ……。でも、驚いたよ」
「他にも、澪は、ちょっとした竜巻を起こす事ができます」
「あの、竜巻って言っても、小さなつむじ風だけどね」
「ふふっ、女の子のスカートを捲ったりするには、役立つみたいよ」
そんな事を初音さんが言い出したのは、きっと場を和ませる為だろう。だから、紗理奈も便乗する事にした。
「あ、それなら、もっと良い能力があります。私も出来るんですけど、壁の向こうが透けて見えたりするんです」
「それって、ひょっとして……」
「はい。初音さんの下着の色だって、バッチリ分かっちゃいます」
「なるほど、何で男の子は『ムシ』になれないかが分かった気がするわ。海渡さん、残念だったわね」
視線が唯一の男性の海渡に集まった事で、彼は小さく咳払いをしてから、おもむろに「だいたい、分かったよ」と言った。
「じゃあ、そろそろ本題に入ろうか?」
ところが、その時、家政婦の片瀬尚美がやって来て、綾に向かって言った。
「奥様、お食事の準備が出来ましたけど、どうなさいますか?」
END094
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
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※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
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※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




