093:榊原海渡(2)
◇2041年5月@東京 <東山紗理奈>
榊原澪が兄の海渡と母の綾に、自分が「ムシ」である事をカミングアウトする日程が決まった事で、東山|紗理奈は、矢吹天音、関口仁志の二人とウェブ会議をしていた。
榊原海渡は、サカキバラ商事という世界的な大企業の時期社長と目される人物。紗理奈達「ムシ」側としては、澪のカミングアウトが成功するという前提で、サカキバラ商事には、「ムシ」達の後ろ盾になってもらいたいと考えている。
『じゃあ、次はサカキバラ商事の強みについてだね』
「はい。それについては、三つあると思うんです」
サカキバラ商事について、紗理奈は澪から色々と聞かされていた。この二人は、どちらも社長令嬢であるが故に、普通の中学一年生では絶対にしないような会話も、割と日常的にしているのである。
「まずは、サカキバラ商事が非常に知名度の高いグローバル企業であるという点です。そうした企業が後ろ盾になってくれているのであれば、『ムシ』達の信頼度も多少は上がると思うんです」
『それは、そうだろうね』
「それに、先ほど言った広告や宣伝に、『ムシ』の子達を使ってもらえればっていう下心もあります。まあ、それは将来の話なんですけど」
『なるほど』
「それで、ふたつ目なんですが、サカキバラ商事が全国に持つ支店網の事です。サカキバラ商事と言えば、セキュリティの総合商社として、海外での知名度が高いグローバル企業といったイメージがありますけど、国内でも地域に密着したセキュリティのサービス事業を展開していまして、国内の従業員の大半は、そっちの事業に携わっています」
『確かに、そうなんだが……』
関口が、『何を言ってるか分からない』という顔をした。それを見た紗理奈は、逆に得意げになって、「その支店網こそが、私達『ムシ』にとっては重要なんです」と言った。
「サカキバラ商事の全国にある支店網と、『ムシ』達のファミリーとを結び付けるんです。『ムシ』達としては、地域でのトラブルがあった際、サカキバラ商事の支店の方々に相談に乗って頂いたり、場合によっては保護して頂いたりする訳です。ですが、『ムシ』達もただ守られる存在という訳じゃなくて、サカキバラ商事の事業拡大の為に色々と出来る事があると思うんです。いわゆるウィンウィンの関係って奴です」
紗理奈は、自分でも驚く程に熱く語ってしまっていた。まるで何かに取り憑かれたかのように、思っている事が次々と口から出てくるって感じだ。
「私、サカキバラ商事とだったら、『ムシ』達の良きパートナーとして、お互いに成長して行けると思うんです。両者が結び付く事で、良い意味での化学反応が起こって、相乗効果が生まれるって奴ですね」
『なるほど……。で、具体的には?』
「まずはですね、顧客企業の夜間見回りのサポートです。私達『ムシ』は、基本的に夜空の散歩を日課にしてますよね? そのルートに、サカキバラ商事の顧客企業を組み込んで見回りすると同時に、何かあったら直ぐに駆け付けるってのは如何でしょう?」
『うーん、それって、危険なんじゃないかなあ?』
「あの、関口さん。『ムシ』に変異した状態の私達は、割と無敵ですよ。余程の事が無い限り犯罪者に負けるとは思えません」
『ムシ』には実体が無いので、拳銃もナイフも意味をなさない。それに普通は『ムシ』が襲い掛かれば、たいていの人はビビッてくれるだろう。
『うーん、だからと言って、十代前半の君達に、犯罪者の相手をさせるのは反対なんだが……。まあでも、君達の能力が役立つってのは間違いないだろうね』
「あの、単独行動は駄目ですけど、ファミリーとして対応すれば、余程の事が無い限り大丈夫だと思うんです」
『まあ、そこは、支店長の技量次第って所かもね。当然、サカキバラの支店には、そういった荒事に長けた人材が配置されている筈だから、色々とノーハウもあるだろうし……。うーん、マニュアルとかの整備が大変そうだけど、そこはサカキバラの方の仕事になるのかなあ?』
「はい。そう思います。たぶん、それ以外にも『ムシ』としての特殊な能力を使えば、サカキバラ商事のセキュリティ事業に貢献できる事って色々とあると思うんです。それと、契約企業に限らずに街の治安維持の観点から言いますと、酔っ払いのオジサンに絡まれてる女性を助けるだとか、不審人物を見付けて通報するとか、徘徊老人を見付けるとか、後は、『ビルの屋上から身を投げようとしてる自殺志願者を助ける』ってのもありましたね」
『凜華ちゃんと真凛ちゃんの話ね?』
「はい。後は、えーと……、迷子の子猫ちゃんを見付けるとかでも、私達って割と役立つと思いますよ」
それから紗理奈は、「ムシ」達の側のメリットについて語った。
「あの、当面の間、私達『ムシ』って大半が十代前半の女子ですよね? なので、世間の常識に疎いし、何かトラブルがあった場合の対応力に欠ける訳です。まあ、その為の『茶髪の子の保護者会』な訳ですけど、皆さん、それぞれに仕事を持っておられる訳で、四六時中相談に乗って頂くのも難しいですよね。その場合、何かあれば駆け込める場所があるってのは、非常に有難い事だって思いませんか?」
『なるほど』
『確かに、そうかも』
「その点、サカキバラ商事の支店には、職業柄二十四時間三百六十五日、誰かがいてくれます。うーん、厳ついオジサンが多いってのは難点ですけど……。できれば、サカキバラ商事の支店に若いお姉さんとかの担当を置いて頂ければ、最高なんですけど……」
『そこは、交渉次第だろうね』
「はい……。あ、そんで、大きなトラブルの場合は、支店長さんを呼び出して、支店全体で対応して頂くんです」
『なるほど』
「うーん、でも、やっぱり、これからは女性の新卒採用を増やしてもらった方が良いかも……」
そう言ってから紗理奈は、少しだけ真面目な口調になって先を続けた。
「それから、サカキバラ商事ってのは、セキュリティの会社だけに、安心安全っていう点では最も信頼できる会社ですよね。だから、社員の人も真面目な人が多いだろうし、社内のコンプライアンスなんかもしっかりしていると思うんです。そういう所も、サカキバラ商事の強みのひとつですよね」
『確かに、そうだろうね』
「一方で、今の所、私達は全員が十代の女子な訳ですから、社員の人に問題があるような会社では困るんです。その点でもサカキバラ商事は、私達にとって最適なパートナーな訳です」
更に紗理奈は、サカキバラ商事と付き合う場合のメリットを、もう一点、付け加えておく事にした。
「それとですね……」
『えっ、まだあるの?』
「はい。これは割と直近の事なんですけど、今の私達って、福島と東京を中心としたエリアに集中してますよね? それで、『転勤とかで他の地方に越して行って、そこで「ムシ」になった子の対応が難しい』っていう悩みがある訳です。そこの所、サカキバラ商事の支店網を使ってカバーできないかなって思ってまして……」
『なるほど……』
「もちろん、『ムシ』の誰かが行くのがベストなんですけど、できればサカキバラ商事の方でも、『ムシ』の目撃情報とかを集めて頂きたいっていいうか……、関口さんのサイトって、福島周辺と首都圏以外の閲覧者って少ないですよね?」
『まあ、そうだね』
関口は、小さなスマホの画面の中で頷いてくれた。
そこで、ずっと口数の少なかった天音が声を上げた。
「えーと、だいたい出揃ったと思うんですけど、紗理奈ちゃんが言った通りの内容で良いですよね?」
『そうだね。うーん、なんか、僕らが話を聞くまでもなかったって気がするんだけど……』
「そんな事ないです。こうやって話を聞いて頂くだけで、私も頭の中が整理できたんで、充分に助かってます」
『あ、それと、「茶髪の子の保護者会」の方なんだけど、本当にサカキバラ商事の後ろ盾が得られた場合は、誰かに挨拶しに行ってもらうつもりだからさ』
「えっ、関口さんじゃ駄目なんですか?」
『あのさ、どう見ても僕じゃ役不足だろ』
「そんな事はないと思いますけど……」
『いや、社会経験が無い僕ではダメなんだ。それに、そもそも最終的には契約書が必要になる訳だから、その時は間に弁護士だって立てる事になると思うよ』
「なるほど、そうですね」
『まあ、毎回で申し訳ないけど、たぶん、今回も菅野彩佳さんに頼る事になるだろうね』
「分かりました。その時は、そういった事も伝えておきます」
『あのさ、そうは言っても、紗理奈ちゃんの提案がそのまま通る事はないと思うから、一度で上手く行かなくても落ち込まなくて良いからね』
「はい、分かってます。そうですね、次は真花のご両親とか苺のご両親とかを巻き込んでも良いかも」
『あの、もし紗理奈ちゃんのお父さんが交渉に加わってくれたら、百人力だと思うわよ』
「うーん、どうなんだろう……。まあ、それも含めて考えてみますね」
★★★
水曜日の夜、矢吹天音と関口仁志に相談した内容を紗理奈は、直ぐに榊原澪と小川真花との間で共有した。
更に紗理奈は、土曜の昼、澪と一緒に立花初音の所を訪れ、昼食を御馳走になりながら、彼女ともサカキバラ商事への依頼事項を事前に共有しておいた。要するに、「根回し」という奴である。その初音は、澪のカミングアウトの場にも同席してくれるとの事。
それから、澪の家庭教師の坂下美倖にも同席してもらう事になり、出席者は六人となった。
そうして迎えた日曜日の朝、紗理奈がダイニングルームに入って行くと、またも父の孝太郎と顔を合わせる事になった。今回は父の方から紗理奈に話がある訳じゃなくて、偶然一緒になっただけのようだ。
それでも紗理奈は、少し考えた上で、「今日の午後、榊原綾と海渡の二人と会う事になった」旨を、報告しておいた。時間的に見て、夕食を御馳走になる可能性も付け加えておく。
当然、「ムシ」に関する事は伏せての報告だが、父からは思った以上に好意的な言葉が返ってきた。
「なるほど……。紗理奈が大切な娘なり妹なりと頻繁に会っているとなると、一度は自分の目で見て、人となりを確認しておきたいって事なのかな」
「そうかもしれませんね……。あ、それと立花初音さんも同席して頂けるという事で、少しだけ安心してます」
「そうか。紗理奈なら大丈夫だと思うから、楽しんで来なさい」
「はい」
「しかし、東京精霊女学園に入ってからの紗理奈は、順調に交友関係が広がっているようで頼もしい限りだな。まだ中等部に入ったばかりなのを考えると、将来が楽しみだ」
「ありがとうございます。えーと、あの、皆さん良い人ばかりで、本当に有難いです」
相変わらず穏やかな表情でいる所から判断するに、父の孝太郎は、紗理奈の成長を心から喜んでくれている様子。
そんな父を見ながら紗理奈は、『そろそろ本気で、「ムシ」の事をカミングアウトする事も考えてみようかな?』と思ったのだった。
END093
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




