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092:榊原海渡(1)

◇2041年5月@東京 <東山紗理奈>


小川真花(まはな)が両親へのカミングアウトを終えた日の翌々日の朝、東山紗理奈(さりな)が目を覚ますと、榊原澪さかきばらみおからメッセージが入っていた。次の日曜日、実兄の榊原海渡(かいと)のアポが取れたという。

一緒に母親のあやも同席してくれるとの事だが、ラスボスとも言える榊原陸翔(りくと)は海外出張中で不在との事。『まあ、そんなに上手く行く訳ないか』とは思いつつも、海渡へのカミングアウトに成功すれば、間違いなく大きな前進だ。

中間テストの前日である事から、控えめな調子で『紗理奈も来る?』とある。当然、紗理奈は『行くよ』と回答した。


その日、学校の昼休みに紗理奈は、真花に澪からのメールの話をした。つまり、日曜に榊原海渡に対して「ムシ」の話をするといった内容だ。真花も期待と言ってくれたけど、中間テストの前日でもあり断った。


「もし時間があるんだったら、いちごの勉強を見てやって」

「分かったよ。そうする」


という訳で、榊原海渡への澪のカミングアウトには、紗理奈だけが同席する事になった。



★★★



その日の夜、紗理奈は矢吹天音(あまね)と関口仁志(ひとし)に、榊原(みお)から海渡かいとへのカミングアウトの話をしていた。紗理奈は天音に通話を繋いだのだが、彼女は既に関口と通話中。それで、三者通話というか、画面に姿を見せての通話なのでウェブ会議の形になったのだ。

紗理奈が一通りの説明を終えると、早速、その関口からコメントが飛んだ。


『なるほど。いよいよカミングアウトも正念場って訳だね』

「えっ、ラスボスは、お父さんの陸翔さんじゃないんですか?」

『あはは。紗理奈ちゃんも、ラスボスなんて言葉を使うようになったんだね。澪ちゃんの影響かな?』

「確かに、最近は澪の部屋で良くゲームをやってますけど」

『紗理奈ちゃんとゲームってのは、似合わないわね』

「天音さんの中での私のイメージって、どうなってるんですか? ひょっとして、ガリ勉少女とか……」

『ううん、むしろ、天才美少女って感じなんだけどな』

「うーん、それはそれで複雑な気分なんですけど……」


そこで関口が小さく咳払いをしてから、おもむろに言った。


『それで、海渡さんに、どういう要望を出すかなんだけど……』


関口が言いたいのは、澪が「ムシ」という存在である事を海渡が受け入れた後、海渡個人というよりもサカキバラ商事に対して、何を期待するかという事だろう。だけど……。


「私、その前に考える事があると思うんです。まずは、私達『ムシ』に何が出来るかって事からじゃないでしょうか?」

『確かにそうだね。「己を知り敵を知れば百戦危うからず」って奴かな?』

「では、まずは『ムシ』としての能力からでしょうか?」


そうして、話し合われた「ムシ」達の能力として、最初に上がったのは、空を飛べる事。しかも、どんな場所へでも障害物をすり抜けて飛んで行ける。地下だろうと海中だろうと関係ない。煮えたぎるマグマの中だって、氷河の中だって、一直線にすり抜けてしまえる。

それに、発着場所の制約が無いってのも重要なポイントだ。広大な滑走路が必要な飛行機は言いうに及ばず、ヘリコプターと比べたって、その有効性は突出していると言える。

ついでに言うと、一度行った場所は何となく覚えていられるってのも、地味に便利な能力だったりする。普通、空には標識なんて無いし、時には森の中だとかビル群の中、山腹の真ん中を突っ切ったりとか、海の中に潜り込んだりとかして、上下の感覚すら不明瞭になる事だってあるからだ。


次に、壁とかの障害物を自由にすり抜けられるってのも大きなメリットだ。それによって、どんな空間にだって忍び込める。「ムシ」には実体が無いので、その空間に空気が無かろうと毒ガスが充満してようと関係ない。

更に、どんなに強固な金庫にも忍び込める。もっとも、この場合、中にある金の延べ棒なんかは持ち出せない。持ち出せるとしたら、せいぜい小ぶりな宝石類だとか、重要データや設計図の入った記録媒体ぐらいだろうか?


三つ目は、「ムシ」固有のコミュニケーション能力だ。その代表が心話で、声を出さずとも相手とのコミュニケーションが取れる。しかも、個人差はあるものの、十キロ程度の距離なら離れていても話せるってのが大きい。

また、それ以上の距離であっても、「ムシ」同士であれば、お互いの存在を「感じる」事が出来る。新しい「ムシ」が生まれる予兆が分かり、「呼ばれてる」って感じるのも、たぶん、そうした能力の一環なんだろう。


以上の三要素の外に、「ムシ」が発現した後、肉体の様々な能力が嵩上かさあげされるといった点も重要だ。


そのひとつとして、「ムシ」は一般人よりも五感が優れている事が上げられる。例えば、「ムシ」は視力が良くて遠くの物がハッキリと見える。これは、上空から地上の目標ターゲットを探す上で、必須な能力のひとつだ。それと、夜間でも飛行出来るように、夜目が利く。

更に、一部の「ムシ」は、壁の向こうだって見えてしまう。手塚真琴てづかまこと菅波杏樹すがなみあんじゅなんかは、周囲の三百六十度が俯瞰的に見えるというか「知る」事が出来るという。


聴覚に関しても同じ事が言える。遠くでひそひそ話されている事が聞えてしまうし、個人差はあるものの、隣の部屋で話されている事まで分かってしまう。それから、大勢が一斉に話している中で、特定の会話だけを聞き出すような事だって出来てしまう。

嗅覚に関しては、空気の微妙な違いが分かるようになるし、味覚に関しても、毒とかの存在を確実に捉える事が可能だ。

ちなみに、「ムシ」達の中には視力と聴覚の点で障碍を持って生まれてくる子が多いが、今の所、全員が「ムシ」の能力の発現後、完治している。


五感以外にも、色々とある。


たとえば知力。記憶力が向上し、一度見た事、聞いた事、知った事など、なかなか忘れないようになる。それに、計算能力が向上する等、知能指数そのものが高くなっていると思われる。

また、体力については個人差が大きいが、概ね「ムシ」になる前の能力が大幅に向上する。今の所、オリンピック選手並みになった「ムシ」は存在しないが、たぶん、紗理奈の場合なんかは、どんなスポーツであれスポーツクラブに入れば、即座にレギュラー入りして全国レベルの強化選手に選ばれるレベルだろう。


その上、「ムシ」の子はケガをしても早く治るし、めったに病気に罹らない。

更に、視力や聴力の障碍と同じで、紺野鈴音(すずね)のように、生まれ付き足が不自由だったのが、「ムシ」になった事で歩けるようになったといった事例もある。


最後に、一部の「ムシ」にだけ備わっている固有能力というのがある。

例えば、穂積郁代ほづみいくよとかの気配遮断。紺野鈴音こんのすずねの瞬間移動や透明化ステルス玉根凜華たまねりんかが始めて行い、紗理奈も使えるようになった髪操作などである。


『さて、これらの能力が最も有効活用できる事って、何だと思う?』

「諜報活動ですか?」

『正解だよ、紗理奈ちゃん。逆に言うと、各国の諜報組織からすれば、喉から手が出るほど欲しい人材って事になるだろうね』

「そんだけ、私達が狙われ易いって事ですよね?」

『そうだね。それと、犯罪組織とかにも目を付けられる可能性があると思う』

「宝石とかの小物だったら、盗み放題ですもんね」

『そういう事だよ』



★★★



『じゃあ、だいたい「ムシ」の能力は出尽くしたと思うんだけど、君達には、他にもアピールするポイントがあると思うんだよね』


そこで、最初に紗理奈の頭に浮かんだのは、いちごの事だった。


「そういや、見た目とかもそうですよね。私は別としても、他は可愛い子が揃っていると思います。金髪かそれに近い髪色にしたって、学校の先生とかには嫌われてますけど、一部の人達には好まれるみたいだし……。だから、うちの吉岡(いちご)が言うように、アイドルとかダンサーとかの需要はあるんじゃないでしょうか?」

『なるほど、それはそれでアリなんだろうね。でも……』


その後、関口が言ったのは、全く別の事だった。


『僕はさ、天音ちゃんの「クイーン」を頂点に、全ての「ムシ」の子が、漏れなく何処どこかのファミリーに所属するって体制が、結構、君達のウリになると思うんだ。一見すると、それは会社と同じようなピラミッド組織み思えるんだが、実際は、「マザー」「ドーター」「シスター」といった、人と人との絆で結びついた強固な組織だよね? 今の体制なら、これから「ムシ」達の数が増えて行っても、全ての「ムシ」達を確実に「クイーン」の傘下に置く事が出来ると思う。そうする事のメリットについては、僕が言うまでもない事だと思うけど……』

「一部の『ムシ』の子が暴走したりしないように出来る上に、万が一、暴走したとしても、素早いフォローが出来るって事ですよね?」

『そうだね。「ムシ」達の誰かが何かの犯罪行為に関わったりすると、全ての「ムシ」の評判悪化に繋がるリスクがあるからね。前も天音ちゃんには言ったと思うんだけど、君達「ムシ」は、一蓮托生って訳だ』


そこで、紗理奈が声を上げた。


「あの、そういった組織で『ムシ』達を管理するのも大事だと思うんですけど、それだけじゃなくて、積極的に『ムシ』のイメージを向上する戦略も必要だと思うんです。もちろん、『ムシ』って存在が、ある程度、社会に認知されてからの事になるかとは思いますけど……」

『つまり、さっき言ってたアイドル活動とかかな?』

「いや、それだけじゃなくて、『ムシ』の能力を生かした人助けっていうか、社会貢献みたいなものをネットやメディアとかでアピールする事で、『ムシ』の子が役立つ存在なんだって知ってもらうんです。あ、それと広告や宣伝に出て、『ムシ』の子が普通の女の子だって知ってもらうのも、意外と大切だって気がします」

『そっか。さすが紗理奈ちゃん。とても中学一年生とは思えないわね』

『僕も、紗理奈ちゃんの発想は凄いと思うよ』


そんな風に尊敬する先輩の天音や関口から褒められて、内心で紗理奈は、割と有頂天になっていたのだった。




END092


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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