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090:お化けアゲハ誕生

◇2041年6月@福島県岩木市 <矢吹天音>


六月になって二度目の土曜の朝、矢吹天音(あまね)は例の違和感を感じた。だいぶ馴染みになってきた新しい「ムシ」の子の予兆だ。しかも、とびっきり強力な奴。

スマホが震えたので見て見ると、菅波杏樹すがなみあんじゅからだった。やっぱり、『新しい「ムシ」の子の予兆を感じた』という報告。他にも、草野美優(みゆ)樫村沙良かしむらさらからも来ている。そうかと思うと、水戸の石井めぐみ、日立の小室繭菜こむろまゆなからもメッセージが届いた。その後も、門馬里香もんまりか玉根凜華たまねりんか……あ、手塚真琴てづかまことからも来た。そんだけ、新しい「ムシ」の子のパワーが強大だって事だろう。


もちろん、それが誰かなんて明白だ。鯨岡絢乃くじらおかあやのに決まってる。



★★★



それでも念の為、朝の内に絢乃へは確認を取った。やっぱり、朝から何となく身体からだがムズムズするらしい。


『最初は女の子の日なのかって思ったんだけど、違うみたいなんです』

「ふふっ、間違いないわ。絢乃ちゃんは、今日、『ムシ』になるの」

『ええーっ、本当ですかあ?』

「前から言ってるでしょう。もうすぐ『ムシ』になるよって」

『それは聞いてますけど……、いよいよなんですねえ』

「ふふっ、怖い?」

『ちょっと……。あ、でも、ワクワクするのと半々ですね』

「たぶん、身体の変化が始まるのは夕方だと思うから、それまでは普通に過ごしてて良いわよ」

『てことは、遊びに行っても……』

「別に良いけど、夕方までには戻って来て、部屋にいる事。身体が光っている所なんて、知らない人に見られたりしたら『化け物』とか『お化け』とか言われちゃうでしょう?」

『確かに……』

「テストが終わった後の週末だから、遊びたくなるのは分かるんだけど、ほどほどにね」

『了解でーす!』


絢乃とそんな会話を交わしてから通話を切ると、天音はタブレット端末を取り出して勉強を始めた。中間テストが終わったばかりとはいえ、勉強は出来る時にやっておくべき。天音には、これから忙しくなりそうな予感があるからだ。



★★★



そして、夕方。天音が絢乃の部屋に行ってみると、既に杏樹あんじゅ沙良さら繭菜まゆながいた。

天音が『美優みゆは遅いな』と思っていると、突然、石井めぐみが飛び込んで来た。

変異を解いた彼女はスクール水着姿で、足元は裸足。しかも、髪も水着も濡れている。てか、ポタポタと雫が落ちて、床が濡れちゃうじゃない!


「ねえ、絢乃。シャワー借りて良い?」

「あ、私が分かるから、案内する」


案内を買って出たのは、杏樹だった。

めぐみと杏樹が出て行くと、入れ替わりに絢乃の母親の弥生やよいさんが入って来た。


「大勢でお邪魔してしまって、すいません」

「いや、皆さん、絢乃の事が心配で集まってくれたんでしょう? だったら、気にしないで頂戴」

「あのー、中には変なのも混じってまして……」

「めぐみちゃんだっけ? 水着姿だったのは、さすがに驚いたわ」

「すいません。やんちゃな子なんです」

「いやいや、うちの絢乃も似たようなものですから、大丈夫ですよ」


弥生さんは忙しいらしく、それだけ言って出て行った。

だけど天音には、めぐみと絢乃が悪い方に化学反応を起こしてしまいそうで、どうにも不安しかない。


やがて、ノックも無しにドアが開いて、杏樹かと思ったら絢乃の兄の千景ちかげが現れた。


「千景くん。女の子の部屋にノックも無しに入ってくるのは、どうかと思うんだけど……」

「別に良いだろ。てか、絢乃以外に三人もいるんだな……うわっ、絢乃の身体が本当に光ってる……うっ」


その時、慌てて後ろに下がった千景が、開いてるドアから入って来た杏樹にぶつかって……、いや、実際にはぶつからず、咄嗟に光をまとった杏樹をすり抜けてた千景の身体は、床に叩き付けられる事になってしまった。


「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」


光を解いた杏樹が、慌てて千景に声を掛ける。幸いにも頭は打っていなかったようで、彼は直ぐに起き上がった。


「えーと、君は?」

「菅波杏樹です」

「ああ、そういや、こないだもいたような……」


そうやって杏樹に返しながらも、千景の目は、再び絢乃の身体をマジマジと見ている。

この中では天音の次に年長の沙良が、おずおずと尋ねた。


「あの、千景さんは、『ムシ』の姿を見たのは初めてですか?」

「ああ、近くで見るのは初めてかもな」


そう言えば千景は、クリスマスパーティーとかにも来ていなかった。

天音は、早めに釘を刺しておく事にした。


「あの、この後の事なんだけど、先に言っておくね。絢乃ちゃんは、あと少しで『ムシ』になります。それを千景くんが見守ってあげたいんだったら、それでも良いけど、驚いて大声とか出さないでいてくれるかな……。それと、うちらも身体に光を纏うと普通に声が出せなくなるの。つまり、話し掛けてきても返事できないから、後で怒んないでくれると助かるわ」


天音は割と大声で言ったのだけど、彼がどこまで理解したかは微妙。それでも、渋々といった様子で首を縦に振っていたから、これ以上、彼の事は気にしないでおく。

ところが、次の瞬間、光の塊が部屋に飛び込んで来た。案の定と言うか、千景は小刻みに身体を震わせている。

その光の素性は、「シジミ」の小さな翅を持つ草野美優くさのみゆ。しかも、その美優もまたスクール水着姿で、めぐみ以上に髪の毛がビショ濡れの状態。うーん、前髪が顔にベッタリと張り付いて、結構、シュールかも……って思ったら、隣にいた千景が、「うわあ、化け物だあ!」と叫んで、部屋から飛び出して行った。


〈今の人、何なんですかっ! 女の子に「化け物」だなんて、もう、失礼しちゃうわ!〉


いつもは温厚な性格の美優が、珍しくプンスカ怒っている。


〈あのさあ、美優。今のは、あんたが悪いでしょうが。普通、そんな恰好で人の家に来ないよ〉

〈沙良の言う通りよ。今、めぐみちゃんがシャワー浴びてるから、その後でシャワーを使わせてもらいなさい〉

〈あ、はい、天音さん。すいませんでしたーっ〉


その美優が言うには、昼過ぎになって、めぐみから急に「プールへ行こう!」って誘われたらしい。もちろん、例の巨大屋内プールの事だ。

めぐみの頭には、ゴールデンウィークの時の楽しかった思い出があって、「せっかく岩木へ行くんだから、プールへ行かなきゃ!」という発想になったようだ。

美優と入れ替わりに部屋へ戻っためぐみには、当然、お説教だ。と思ったら……。


〈あ、あんた、何でハダカなのよっ!〉

〈何でって、びしょびしょの水着なんか着たくないじゃん〉

〈あんたねえ〉

〈別に、良いじゃん。「ムシ」になっちゃえば、ハダカだって分かんない訳だし〉

〈うわあ、真凛さん二号かも……〉


そうやって叫んだ沙良に天音は、〈ちょっと、黙ってなさい〉と言って、再び、お説教モードへ戻る。


〈あのね、めぐみちゃん。新しい「ムシ」の子が生まれるのは、神聖な儀式なの。それを、遊びのついでになんてしちゃ駄目でしょうが!〉


ところが、めぐみはと言うと、相変わらず涼しい顔のままだ。


〈あの、そんなら、あたしも言わせてもらいますけど、天音さんだって、あたしが「ムシ」になった時は、梅まつりのついでだったじゃないですかあ!〉


うーん、その通りなので、天音には、ぐうの音も出ない。


そうこうするうちに、いよいよ絢乃の身体が本格的に光り出した。杏樹が〈どんな感じ?〉と訊くと、〈なんか、フワフワする感じ〉との事。しかも、しっかり心話で返ってきた。


〈ふふっ、フワフワするってのは、独特な表現かもね〉

〈絢乃ちゃんらしいかも〉

〈あのー、でも、こんなに光って、大丈夫なんでしょうか?〉

〈全然へーき〉〈問題ないと思う〉

〈沙良と杏樹の言うとおりよ。「ムシ」になった子は誰もが経験する事なんだから、落ち着きなさい〉

〈絢乃ちゃん、深呼吸しよう。ほら、大きく息を吸ってー、はい、吐いてー〉

〈沙良ちゃんが言った深呼吸、名案かもね。これから取り入れましょう〉


そんな会話を交わしていると、シャワーを浴びた美優が戻って来た。

その美憂も、当然ながらハダカだ。一応、二人ともバスタオルを巻いてはいるけど、なんだか変な感じ。

ここに千景がいなくて、本当に良かった。


〈あの、勝手にタオルを借りちゃったけど、良かったかな?〉

〈大丈夫。私から小母さんに言っといた〉

〈ふふっ、さすがね、杏樹。これからの絢乃の面倒も、お願いしようかしら?〉

〈あ、はい。任せて下さいっ!〉


珍しく杏樹が言葉に感情を載せてオーケーしてくれた時、絢乃の身体が最大光量で眩い光を放った。

そうして、全員が固唾を呑んで見守る中に現れたのは、銀色に光る少女と真っ黒な……?


〈これって、何かな?〉

〈黒い壁とか?〉

〈まさか……〉


困惑した様子のギャラリーが見守る中、絢乃の身体がゆっくり天井へ消えて行く。

尚も疑問を胸に抱いた状態のまま、残された六人の「ムシ」達も一斉に光の翅を出して、その後を追って行った。



★★★



鯨岡絢乃を含む七人の「ムシ」達がやって来たのは、岩木夢浜海岸だった。矢吹天音が「ムシ」になって最初に訪れた場所であり、言わずと知れた「ムシ」達の聖地とされる海岸である。

天音達六人の「ムシ」達は、その広大で美しい砂浜へ降り立ち、海の上を自由に舞う巨大な「アゲハ」を眺めた。その「アゲハ」とは、もちろん、鯨岡絢乃が変異した姿である。彼女は、東山紗理奈(さりな)に次ぐ二人目の「アゲハ」だったのだ。


絢乃の翅の形状は、標準的なアゲハ蝶と似ていた。ただし、紋様が黄色じゃなくて、濃い青。その為、暗めの感じになるのは否めない。

そして絢乃の翅は、「アオスジ」の紗理奈よりも遥かに巨大だった。どのくらい巨大かと言うと、開長で二十メートルくらいあるんじゃないだろうか?


〈あのー、天音さん。あたし、大きさを自由に変えられるっていうか、もっと大きくできるみたいなんです?〉

〈えっ、どういう事?〉

〈だから、『大きくなーれ!』って祈ると、でっかくなるんです。やってみますね〉


その直後、夜空を覆い尽くすような巨大なアゲハが出現した。もはや、辺り一面が黒いベールで覆われたような状態で、夜目が利く「ムシ」達でさえ、何も見えなくなってしまう。いや、杏樹は見えるようだけど、それは特殊な能力の恩恵だろう。


どうやら、従来の「ムシ」達が可愛く見えてしまうような、本物の「化け物」が顕現してしまったようである。




END090


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

次話から、東山紗理奈の視点に戻ります。

引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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