089:その後の事
◇2041年5~6月@福島県岩木市 <矢吹天音>
鯨岡家から岩木駅近くの自宅マンションに帰った矢吹天音は、ほとんど同じタイミングで帰って来た母の涼子に、絢乃の中学での出来事を話しながら夕食を取った。そういった類の学校でのトラブルには、天音と同様に慣れっこになっている涼子は、「相変わらず、教師の質は落ちる一方ね」と呟くように言っただけだったけど、若松という若い男性教師に殴られた時の映像を見せると、さすがに顔を顰めた。
「本当に、天音は大丈夫だったの?」
「うん。打たれた頬、もう治っちゃったよ。最近の私って、結構、不死身みたい」
「そんでも、あんまり危ない事はしないでよね。いくら『ムシ』だからと言ったって、何処に弱点があるか分からないんだから」
母の涼子の言う通りである。それから涼子は、「彩佳さんにも連絡しとかなきゃね」と言って、夫婦の寝室へ行ってしまった。
天音は、食べ終えた食器類を洗ってから自室へ戻ると、直ぐにスマホで関口仁志を呼び出した。
「関口さん、ちゃんと夕食は食べました?」
『学食で食べて来たよ。メニューは少ないけど、夕食も出してくれる所があるんだ』
「そうなんですね……。実は、報告したい事が幾つかありまして……」
それから天音は、母の涼子にも話した絢乃の学校でのトラブルの事と、絢乃と彼女の両親から聞いた志賀沙織の事の二つを話した。
絢乃の学校での出来事については、母の涼子よりも怒ってくれはしたものの、概ね似たような反応だった。ただし、「茶髪の子に対する教師の偏見」については、弁護士の意見を聞いた上で、「茶髪の子の保護者会として、教育委員会等へ正式に申し入れすべき」との意見だった。
『たぶん、僕が言わなくても彩佳さんだったら、そうやって言い出すと思うんだよね』
「その意見には私も賛成なんだけど、将来、『ムシ』の子イコール『金髪かそれに近い髪色の女子』となった時の反動が心配です」
『それは、その時に考える事だと思うよ。まずは、教師が生徒に髪色の違いで偏見を持って接するのを、止めさせるべきじゃないかな?』
「確かに、そうですね」
『それより、二つ目の件の方は、早急に手を打つ必要がありそうだね』
「関口さんも、そう思いますか?」
『そうだね。単独の「ムシ」の子の存在は、本人にとってもキツいだろうけど、「ムシ」達全体にとっても大きなリスク要因だと思うんだ。その子が大人しい子だとは限らないし、たとえ良い子でも、何かの拍子で暴れたりして社会の敵と見做されてしまえば、「ムシ」達全体が駆除対象になりかねない』
「確かに……」
『最近、思うんだけど、天音ちゃんが良く言う「『ムシ』は皆、ひとつの家族」ってのは、単なる相互扶助の標語じゃないんだよ。最初から「ムシ」達は一蓮托生の運命にあって、だからこそ団結する必要があるんじゃないかな?』
「一人でいる『ムシ』の子は、どうしても精神状態が不安定になりがちですもんね。私の場合は、岩木のような田舎にいましたからマシだった部分もありますけど、名古屋と言うと大都会でしょうから、きっと相当にストレスいっぱいな状態だと思います」
『そうだろうね……』
関口は、いったん黙り込んでしまった。
天音は、名古屋に行く場合の事を考えてみた。
メンバーとしては、鯨岡家の誰か、できれば絢乃に同行して欲しい。とすれば、彼女が「ムシ」になるのを待った方が良いのかもしれない。
後は、東京ファミリーのメンバーと彼女達のサポーターの協力を仰ぐ事だけど……。
「あの、本当は直ぐにでも飛んで行きたいんですけど、冷静になって考えれば、少し待った方が良いかもしれません」
『そうだね。僕も同じ事を考えてたよ』
「そうなんですか?」
『ああ。天音ちゃん、もうすぐ中間テストだろ?』
「そういや、そうですね」
それから、絢乃が「ムシ」になってからの方が何かと好都合な事や、東京ファミリーの協力が不可避に思えるけど、そうなると、せめて紗理奈か澪の親へのカミングアウトを待った方が良さそうな事についても、関口と話し合った。
「それでは、私は紗理奈ちゃんに連絡しておきます」
『だったら、僕は琴音さんにでも話を持って行くかな』
「あれ? 最近の関口さん、琴音さんと仲良しなんですか?」
『いやいや、会ったのは、こないだの昼食会の時だけだよ』
「ふふっ、関口さんったら、なんか慌ててて、おっかしい」
『こらこら、年上を揶揄うもんじゃないよ……。えーと、天音ちゃんから、涼子さんにも連絡しといてくれるかな?』
「あ、そうですね。さっきは、絢乃ちゃんの学校での事しか言ってなかったし……」
という訳で、関口仁志との通話を終えた後、次に天音は紗理奈に連絡する事にした。
★★★
東山紗理奈とは、直ぐにスマホで話す事が出来た。天音が志賀沙織の事を話し終えると、『うわあ、いよいよ名古屋進出ですね』と言ってくれた。
「別に、天下統一とか狙ってる訳じゃないのよ」
『でも、「クイーン」として「ムシ」達の全員を統べるって事は、そういう事ですよね?』
「もう、冗談はさておき、紗理奈ちゃんと澪ちゃんにお願いしたいのは、最低どちからに付いてって欲しいって事なの」
『低って事は、二人とも言っても良いんですか?』
「別に三人でも四人でも良いと思うんだけど、うーん……」
『苺は、留守番させましょうか?』
「いや、いつも留守番って訳にも行かないし……」
『絶対、また拗ねるでしょうね』
「だよね」
その後も議論を続けた結果、ひとまず東京ファミリーからは、紗理奈だけが代表として付いて行く事で、皆に提案する事になった。
★★★
そうこうするうちに、福島市の菅野彩佳から、『天音ちゃんを殴った若松とかいう男、傷害事件で逮捕されたわよ』という連絡が入った。教頭の方も犯罪者隠蔽の容疑が掛かっていたようだが、起訴はされなかったとの事。
ただし、被害者の女子高生を前に踏ん反り返いている時の映像とかが残っており、教育者としても管理者としても失格との烙印が押された事から、今後、職場では相当に辛い立場に置かれるのは間違いなさそうだ。
それと、「生まれ付き茶髪の子に対する教師の偏見を無くしてもらいたい」旨の要望書を、正式に「茶髪の子の保護者会」の名前で県の教育委員会へ提出し、受理されたとの事。それと合わせて、「茶髪の子の保護者会」を、NPO法人として認可してもらう手続きを進めているという。
★★★
中間テストが始まる直前の日曜日、珍しく榊原澪から連絡があった。彼女の兄の榊原海渡と母親の綾に、「ムシ」である事のカミングアウトを行った旨の報告だった。
更に、その場に同席した紗理奈が海渡と交渉し、今後、サカキバラ商事に「ムシ」達の後ろ盾となってもらう代わりに、「ムシ」達としても同社の事業に協力して行く方向で合意を得たとの事。
本件は、天音と関口が事前に紗理奈と打ち合わせを行っており、海渡との交渉内容も把握していた。しかし、関口も含めて全面的な合意が得られるとは考えておらず、その点は紛れもなく紗理奈の功績である。
ただし、澪の父親であり、サカキバラ商事社長の榊原陸翔は海外出張中の為、後日、改めて説明する事になる。とはいえ、次期社長の海渡が合意している以上、陸翔によって全てが白紙に戻るとは考え難く、『もう決まったのも同然』なのだそうだ。
『最終決定はパパなんだけど、絶対に大丈夫です。だって、うちのパパ、私にすっごく甘いですから?』
「えっ、そうなの?」
『そうですよー。まあ、そんでも会社に大きな損害があるんだったら別でしょうけど、今回の提案は、お互いにウィンウィンですから』
「でも、『ムシ』のイメージ次第では、サカキバラ商事への打撃になりかねない提案なのよ?」
『あの、これは私の意見ですけど、それも含めてのウィンウィンだと思うんです。うーん、ちょっと違うかな。えーと、運命共同体って奴かも。とにかく、私達「ムシ」のイメージ向上の活動も含めて、「これからは一緒に戦って行こう!」って事なんじゃないでしょうか?』
「なるほどね。まあ、細かい事は、明日からの中間テストが終わってから、紗理奈に聞く事にするわ」
小川真花の両親へは、『先週、家族で焼き肉を食べに行った後に済ませました』との事なので、残りはと言うと、榊原陸翔以外では紗理奈の父親ぐらいだ。
だけど、最近の紗理奈の話を聞いている限りだと、そっちは問題ないって気がする。たぶん、本人の自覚はないんだろうけど、父親の話をする時の紗理奈は、とても嬉しそうなのだ。
その後、天音は、福島市の菅野彩佳に連絡を取った。「茶髪の子の保護者会」の会長は父の正史だが、最近、実質的には事務局長の彩佳が代表のようになっている。
その彩佳は、『おめでとう。これで、だいぶ安心になったわね』と言ってくれた・
『でも、これからが大変よ。細かい決め事が山のようにあるもの。天音ちゃん達の中間テストが終わったら、早急に動かなきゃね』
★★★
六月に入って早々に行われた中間テストでも、天音には確かな手応えがあった。他の「ムシ」達も同様に好感触の子ばかりなのだが、唯一、同居人に文句を言っていたのが紺野鈴音だ。
最近、天音は「クイーン」としての立場から、二週間に一度くらいの頻度で「ムシ」達全員参加のウェブ会議を主催している。今回は、中間テストが終わった日の翌日に行ったのだが……。
『天音さん、真凛さんったら酷いんですよ。テストの最中、未だに分からない問題があると、私に心話で訊いてくるんですもん』
「えっ、真凛ちゃん、そうなの?」
『別に、一科目に二三問ぐらいなんだから、教えてくれたって良いじゃん』
『回数の問題じゃないです。数学の計算問題の時とかだと、マジでムカつくんですけどー』
『何でよ? 前は教えてくれてたじゃん』
『私が小学生の時は、テストの時期が重ならなかったから良いんです。今は同じタイミングで、しかも学年が違うから別の強化じゃないですか』
「確かに、それはキツいかも」
『そうなんです。いくら私でもムリです。人の足を引っ張る行為は、止めて下さい。だいたい、もう真凛さんは劣等生を卒業してますよね?』
『そんでも、学年一位とかになってみたいじゃん』
『あのね、真凛さん。カンニングみたいな事してトップになったって、嬉しくないんじゃないですか?』
『いやいや、一位は一位なんじゃない?』
『……はあ、価値観の相違って奴ですかね』
結局、最後は玉根凜華から、『後で、じっくり説明……ていうか、お説教してあげるから』との声が飛んで、真凛は強制的に黙らされたのだった。
とはいえ、以前は劣等生だった真凛が、学年一位を狙える所まで成績が伸びたのは驚きである。「ムシ」の子は、誰もが記憶力が良く、計算とかも早くて正確だ。これも「ムシ」の能力であるのは間違い無さそうだ。
そして、その中間テストが行われた週末の土曜日の朝、初めて感じる強力な新しい「ムシ」の予兆に天音は、思わず身を震わせる事になったのだった。
END089
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引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




